16-27 それぞれの夜でした
読者の皆様へ。
精神的糖分を摂取して、この暑い夏を乗り切って下さい。
ジンヒメによる糖分は滋養強壮、精神安定、疲労回復に効きます。私だけかもしれませんが。
作者より。
仁達は旅館に移った後、宴会場での食事を楽しみ、旅館一番の目玉である露天風呂を堪能して各々が部屋に戻った。
初日のホテルでは、部屋割りは子供達の希望が優先された形となった。そこで二日目の旅館での部屋割りは、親の意向を優先するものになっている。
一家で一部屋、これが主な部屋割りだ。大学生&社会人組は、初日と同様。舞子と瑠璃は、亜麻音と同室の三人部屋である。
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寺野 俊明 ・ 撫子 ・ 仁
星波 大将 ・ 聖 ・ 英雄 ・ 姫乃
初音 秀頼 ・ 乙姫 ・ 賢 ・ 恋
古我 大二 ・ 好美 ・ 音也
伴田 満 ・ 雅子 ・ 千代
相田 鷹志 ・ 桔梗 ・ 隼
巡音 勝利 ・ 友子 ・ 愛
新田 修 ・ 優
名井家 真司 ・ 悠里 ・ 鏡美 ・ 拓真
土出 鳴子 ・ 富河 朱実 ・ 笛宮 美和
麻盛 和美 ・ 梶代 紀子 ・ 奥代 里子
飯田 左利 ・ 入間 輝乃
入間 十也 ・ 山尾 千尋
名嘉眞 真守 ・ 熱田 言都也
山尾 治 ・ 成田 蔵頼 ・ 梅島 勝守
御手来 舞子 ・ 渡会 瑠璃 ・ 社絵 亜麻音
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ちなみにこの旅館、ホテル側には無かったあるモノがある。それは何か?
創作物で、よくある混浴? それは無い。この旅館にというか、そういった混浴可能な施設は一部の例外を除いてあってはならないものとされている。
法や条例により、混浴が認められるのは水着着用を義務付けられている温泉施設、客室備え付けの風呂、もしくは貸し切りの家族風呂くらいなのだ。
つまり貸し切りの家族風呂ならば、混浴は可能という事になる。勿論こちらは純粋な温泉の為、水着着用不可である。
そんな温泉旅館で一組の男女が、仲睦まじい様子で温泉を堪能していた。互いに身を隠すものはなく、されど距離を取る事もない。
そこに入っているのは……初音夫妻でした。うん、普通に家族で夫婦だよ、ごめんね。ちなみにここまで引っ張っといてなんだけど、客室備え付けの風呂である。
中高生である仁達に、家族風呂を貸し切るなんて許可が親から出るはずないのです。
それはさておき、初音夫妻はリラックスした様子で会話していた。
「今回の旅行は、実り多いものになりましたね」
乙姫がそう言うと、秀頼は柔らかい笑みを浮かべ頷いた。
「恋の仲間に、そのご家族……そしてあの子達の側にいる、友人達。彼等に会い、その人柄を知る事が出来て良かった。残念なのは、水姫達が別行動だった事か。折角、家族水入らずが出来そうだったんだが」
「もう、またそれですか? 本当に子供達を溺愛しているんですから」
旅行の始め、行きのバスでもその件について秀頼はぼやいていた。余程、娘や娘婿とも旅行がしたかったのだろう。
「さて、それでだ。私達にもう一人、子供が増えそうな件について」
「隠し子でも出来るのですか?」
「そんなはずが無いだろう? 全く君は、解っていてそういう冗談を言うのだから」
恋の小悪魔ムーブの根幹は、絶対にこの乙姫さんですね解ります。これを日常的に見せ付けられていたら、恋が小悪魔ムーブを習得するのも当然なのかもしれない。
「英雄君は、実に良い少年だ。彼ならば私は、何の文句も無い」
「えぇ、そうでしょうとも。賢も英雄さんを歓迎していますし、流石は恋が選んだ方ですね」
初音夫妻は、英雄と恋の交際を全面的に受け入れていた。勿論これは英雄の人となりに加えて、彼が健全な交際をするという強い意志を示しているからだ。
「であれば、障害は何も無いね。今夜にでも、話を進める事にしよう」
秀頼には、何か考えがあるようであった。
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その頃、旅館のロビー。ある女性に「ここで待っている」と告げた男が、彼女の到着を待ち侘びていた。
待っていた時間はそう長くはないのだが、彼にしてみれば一日千秋……むしろ、一分千秋といった具合か。大げさな表現になるが、彼にしてみればそれだけ緊張と不安に苛まれる時間だった。
そこへ、やって来た一人の女性。
「……お、お待たせ」
彼女……富河朱実は、ロビーで待っていた山尾治に声を掛けた。
「お、おう。済まないな、わざわざ時間を取らせて」
朱美が来た事で、治の心の奥底から歓喜の念が湧き上がる。しかし同時に、未だに燻り続ける不安が残留していた。喜びと不安で、彼の心の中はぐちゃぐちゃである。
――温泉に入っていたんだろうな……くっ、いつも魅力的だが、今日は更に……。
浴衣に身を包んだ湯上がり姿の朱美は、いつも以上に色気がある。温まったからか、赤みがかった頬も日頃のクールな印象を薄れていた。
そんな朱美も、治の姿に思う所があるようだ。
――改めて思うけど、髭がないと印象違い過ぎる……あっちはあっちでアリだけど、優しそうな感じが際立つわ。
治は、大柄な成人男性だ。AWOにおけるもう一つの身体……ゲイルとしては、髭の影響か無骨で荒々しい印象を与える事が多い。
だが現実で見るこの治は、髭がないだけで穏やかそうな表情と優しげな雰囲気が強化されていた。内面とのギャップは埋められ、本来の彼の包容力が感じられるのだ。
職業・幼稚園の先生。ゲイルの姿では「本当に?」と思われるかもしれないが、治の姿であれば納得がいくまである。
さて、朱美も治も考える事は同じだ。これまでの関係から、新たな関係に至る為の一歩を踏み出す……その覚悟で、今夜を迎えている。
しかしながら、ここは旅館のロビー。オープン前なので貸し切り状態ではあるのだが、突っ込んだ話をしている最中にうっかり仲間の誰かや保護者の誰かが通り掛かる可能性も大いに有り得る。となると、場所を変えるべきであろう。
「えーと、ちょっと色々と話したい事があるんだが……場所を、変えたいなと思うんだ」
「そうね、私に異論は勿論無いわ……で、どこで話すかなんだけど……」
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一方、大学生男子コンビの片割れ……熱田言都也は、部屋で一人ボーっとしていた。
「……あー、彼女欲しいなぁ」
その一言が、彼の今の心境をこれでもかと物語っている。
今回の旅行に参加して、【桃園の誓い】の仲間達との絆は深まったと思う。そして姉妹ギルドである【七色の橋】の面々とも、他愛ない話をしたり笑顔を交わし合ったりと良好な関係を構築できている。
この旅行に、参加する事が出来て良かった。言都也は心の底から、そう思っている。
しかし同時に、考えさせられる事が多々あった。それは当然、カップル率の高さである。
元より【桃園の誓い】はケインとイリス、ゼクスとチナリというカップルが居た。十三人中四人という、多いとも少ないとも捉えられる数だ。しかしながら【七色の橋】と行動を共にする事で、カップル率は一気に跳ね上がった。
更にリアルでも同じ大学に通う親友・名嘉眞真守が、【七色の橋】の土出鳴子と恋仲になった。二人は今も共用スペースに赴き、就寝前の会話を楽しんでいるらしい。
それによって、言都也は少しばかり思うのだ……取り残されているな、と。
最も、羨ましくはあるが妬ましいとは思わない。どこぞのギルドとは違うのだよ、どこぞのギルドとは。
なにせ相手は、ギルドの仲間や姉妹ギルドのメンバー。その人となりも理解しており、素直に祝福できるのだ。この点においては言都也という青年の根底が、善良な性格である事が窺い知れるだろう。
そもそも仁と姫乃に至っては、妬む事などあってはならないとすら思う。事故によって、長年追い掛けて来た夢を断たれる絶望。そして可憐な少女には重過ぎる、生まれつき背負った障害。実際に目の当たりにしてみれば、言葉を失う程にヘビーな背景があるのだ。
しかし二人はそれを乗り越え、互いに唯一無二の存在として巡り合い結ばれたのだ。こんなの、妬んだら神様に嫌われてしまう気すらする。
「でも、それはそれとして恋がしたい」
これは本当に、言都也が心の底から思う事である。
大学で交友のある女学生は、大体彼氏持ちである。なので、大学関係者の中で恋人を探すのは諦めていた。
となると、バイト先やゲーム内で探すか……という考えに至る。
ここでゲームを選択肢に入れるのは、浅慮では? と思われるかもしれない。事実、フルダイブ型VR・MMOという仮想現実世界とはいえ、恋愛に発展しようとしてトラブルになるという話は決して少なくない。
しかしながら、彼はただのVR・MMOプレイヤーではない。【桃園の誓い】のヒューゴである。
ここは、具体的に言うべきだろう。VR・MMOであるにも関わらず、リアル含めた一生ものの縁を築き上げた二つのギルド……その片割れに所属するメンバーである。
ゲームでの出会いが、現実でも強い結びつきとなる好例が目の前にあるどころか……前後左右に乱立しているのだ。ならば、自分もそうなりたい……そんな考えに至るのも、不思議では無いのかもしれない。
そうして言都也は、ある人物に会いに行く事にした。
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その頃、とある客室。
「ではこれより、面接を始めます」
「宜しくお願いします!」
何か始まっていた。
これ、アイドルを目指す舞子からの申し出によるものだった。
彼女もいずれはちゃんとした事務所に所属し、アイドルとして羽ばたきたいという強い意志があった。そこで舞子は瑠璃と亜麻音に、オーディションの時の面接などについて質問をしていたのだ。そうこうしている内に、亜麻音がある事を提案した。
そうだ、模擬面接をしよう。
これは賢との約束で舞子をスカウトできない、亜麻音の苦肉の策だった。スカウトはしないけど、模擬面接はするよ。もしその気があるなら、後日お話ししようね。みたいな流れにしたかったのだ。
ちなみに賢には、ちゃんとそのあたりの話は通している。舞子がアイドルを目指しているのは賢も知っているので、舞子限定ならOKと了承も得られた。
そんな訳で、面接官には芸能事務所【プリズムスター・プロダクション】のベテランマネージャー・社絵亜麻音。そして現役アイドル・渡会瑠璃である。
「まず、アイドルを志望するきっかけについて伺いたいのですが」
「はい! 子供の頃に、両親に連れて行って貰ったコンサートがきっかけでした! その頃は歌ったり踊ったりする事に、そこまで興味は無かったんですけど……そのコンサートはまるで会場の中だけは別の世界に感じられて、凄くドキドキして。それから気付いたら、自分もあぁして歌ったり踊ったりして、誰かをドキドキさせたいと思うようになりました!」
考えるそぶりもなく、スラスラと答える舞子。その言葉の内容は、決して特別なものではない。
――うーん、志望動機としては平凡ね。でも、それが良い。
変に奇をてらったアイドル志望者も、少なくはない。〇〇星から来ただとか、前世はアイドルでだとかいう娘さんも時にはいるのだ。そんなキャラ設定が崩れるのは、大体早い。そもそも面接でそれを言い出すのは、正直やめて貰いたい。
それに比べて舞子の立ち振る舞いや発言内容には、安心感を覚える。
「成程。では舞子さんは、どんなアイドルを目指しますか?」
「はい、簡単に言ってしまうと『人に夢を与えられるアイドル』になりたいです!」
今度も、舞子はよどみなく答えた。その表情から伺えるのは、純粋な熱意だ。
「ふむふむ、と言いますと?」
「私は、先程言ったコンサートでアイドルに憧れるようになりました。それからは夢を叶える為に頑張ろうっていう気持ちになれて、日常生活でも色々と頑張る様になったんです。それはあの日、私に夢を与えてくれた存在がいたからだと思っています。いつか私も、自分の時の様に誰かに夢を与えられる存在になりたいと思っています!」
――ふむ、良い表情。それに声の感じからも、本気の思いが伝わるわ。話の内容も筋道が通っていて、嘘偽りは無いのでしょうね。
亜麻音、旅行中であることを忘れて敏腕マネモードへ突入。彼女は既に、これが模擬面接である事を忘れている。
舞子は飛び抜けてはいないものの整った容姿に、耳当たりの良い声を持っている。歌や踊りも、過去に動画サイトに投降したものを見せて貰った。評価としては、アマチュアと考えたら出来る方……といった所か。
そして真っ直ぐな性格で、明確な目標を持っている。この点も評価としては良い部分だ。
そうして突発的に始まった、模擬面接という名のほぼ本番面接……それは、まだまだ続くのだった。
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あちらこちらで人間関係や、夢に向かってそれぞれが動きを見せる中。仁と姫乃は、旅館内のお土産コーナーを二人で見ていた。
「この剣と龍のキーホルダー、相当昔からあるんだよね」
「そうらしいですね! こういう武器、VRMMOでもありそうですよね」
「だとしたら、相当派手な武器だよねぇ」
二人は旅館に備え付けられた浴衣を着て、のんびりと土産物を見て談笑している。キーホルダーや銘菓を見ては、あーでもないこーでもないとゆったりとした時間を過ごしていた。
「ん-、人志と明人にはこれかな?」
仁達が住むのは県央なので、駅前などに行けば県内や首都圏の土産物は割と手に入る。そんな訳で、あまり見た事の無い土産菓子を手に仁は頷いた。
それはポピュラーなスナック菓子……その、ご当地限定バージョンの品である。
「あ、良いですね!」
姫乃から見ても、仁のチョイスは良い選択に思えたのだろう。その反応を良しとして、仁は二人へのお土産をそれに決める。
そうしていると、ふと姫乃が小さく呟いた。
「もうすぐ終わっちゃうんですね……旅行」
それは残念そうで、そして寂しそうな声色だった。
恋人の仁や、クラスメイトである恋達とは日頃から会える。隼や音也・拓真も、会おうと思えば会えるので同様だ。しかし遠方に住む和美や紀子、【桃園の誓い】の面々や勝守・舞子は、気軽に会える距離ではない。瑠璃に至ってはアイドルという立場があるので、尚更である。
そんな面々との旅行は本当に賑やかで、そして楽しい時間だ。姫乃は、それが終わってしまうのが寂しいのだろう。仁としても、その気持ちは良く解る。
「そうだね。楽しければ楽しかった分だけ、終わるのが名残惜しくなっちゃうよね」
それだけ、今回の旅行に集った面々が良いメンバーだったのだろう。仁はしみじみと、そう思う。
出会いは確かにVRゲームで、今回初めて会う面々ばかり。そんな仮想現実でしか知らない相手との旅行となると、何も知らない人には「不用心では?」と言われるかもしれない。
しかしその人柄は、そして育んできた絆は現実と変わらない。これまで一緒に積み重ねてきた信頼関係があるからこそ、今回の旅行は成立したのだ。
だからこそ、仁は思う……悲観する事は、何も無い。
「だからまた皆で集まったり、旅行したりしたいね。次こそは、【魔弾】の皆さんも誘ってさ」
楽しい時間は、いつか終わる。けれど、これっきりではないのだ。
「あ……ふふっ、そうですね♪ 仁くんの言う通り、また一緒に……!」
ふにゃりとした笑顔を浮かべ、姫乃はそう返した。終わりへの寂しさは完全には拭えていないだろうが、その分新たな時間への期待がそれを薄れさせたのだろう。
いつもこうして自分を思いやってくれる最愛の少年に、姫乃は深く感謝する。自分も同じように、仁の心に寄り添っていきたいと思う。
姫乃はそんな決意を行動で表すかのように、隣で微笑む仁の腕に自分の腕を絡めて身を寄せてみせた。
「仁くん……いつも仁くんは、私が一番欲しい言葉をくれます」
「そう……かな?」
そんな姫乃の決意は、伝わっている。彼女の気持ちはとても嬉しく、幸せな気持ちが胸の奥底から湧き上がるものだ。
しかし同時に、別のものも伝わっていた。
――う、腕にすごく柔らかいモノが……!!
姫乃の胸が、仁の腕に密着している。という事は、中学二年生の平均サイズを遥かに上回る立派なそれの感触が、しっかりと伝わっていた。嬉しくも幸せでもあるのだが、それ以上に気恥ずかしさと罪悪感みたいなものが胸中に募っていく。
日頃から腕を組んでいるので、今更感が激しいと思うだろう。しかし、今は普段とは違う要素がある。
そう……姫乃は現在、浴衣姿である。そこまで生地が薄い訳ではないのだが、いつもより感触はダイレクトに伝わる。仁の触覚にダイレクトアタックなのだ。
しかも姫乃は、温泉から上がってそう時間が経っていない。いつもとは違う種類の石鹸の良い香りが、仁の鼻腔をくすぐってやまない。
また浴衣姿そのものが、姫乃の魅力を引き上げている。魅力値補正かな? 仁の視点からだと、姫乃のうなじや胸元が良い具合に目に飛び込んで来るのだ。
触覚・嗅覚・視覚……五感の内、三つを刺激されている状態だったりするのだ。
姫乃への深く強い愛情で、仁は意思を強く持つ。取るべき手段は、戦略的退避。
「……姫、ごめん。嬉しいんだけど……当たってる」
「え? あ、えーと……」
仁の言葉を聞いた姫乃は、仁を上目遣い気味に見つめ……そしてはにかむ。
「あ、あててんのよ……です」
頬を赤く染めて照れくさそうにしつつも、仁から目を逸らさない。VRギアを通して見る仁の表情を、一瞬たりとも見逃さないと言わんばかりだ。
ラブコメにおいて絶大な威力を発揮するパワーワードを囁かれた仁は、顔が熱くなるのを自覚していた。おや、これは聴覚もやられたかな? あとは味覚だ!
そんなラブをコメっている二人の下に、英雄と恋がやって来た。
「仁、ヒメ。ここだったんだ」
「……仲睦まじいところ、済みません」
英雄は普段通りの様子で、恋は「お邪魔してごめんなさいね」と言わんばかりの表情で声をかけた。仁的には、天の助けである。
「お兄ちゃん、恋ちゃん?」
「えっと、どうかした?」
仁と姫乃が二人に向き直ると、英雄は神妙な面持ちで用件を切り出した。
「うちの両親と、恋のご両親……それに、仁のご両親が呼んでるんだ」
次回投稿予定日:2023/8/5(本編)
いやー、いったいなにがおきるんだろうなー(棒)




