16-25 幕間・ジルとバーベラ
ほらよギルバート!! デートだぞ!!
( ‘д‘⊂彡 ε=【微糖】))Д´)
日野市高校一年A組の学級委員長、隈切 小斗流。彼女は実に真面目な学生で、成績も学年上位をキープする程の優等生だ。教師からの覚えもめでたく、クラスメイト達にも不真面目な点には小言を言うが、何だかんだで信頼を寄せられている。
彼女は幼少期から真面目で、娯楽の類には疎かった。あえて言うならば、気晴らしにライトノベルや少女漫画を読むくらいである。その趣味嗜好は純愛物で統一されているのは、御愛嬌。
そんな彼女だが、ゲームに一切触れて来なかったわけではない。世間一般で知られる物くらいは、多少なりとも触れている。とはいっても据え置きハードのテレビゲームや、携帯型ハードのゲーム程度。配管工の兄弟がメインキャラクターのレースゲームや、どんなに巨大サイズでもポケットサイズと言い張るモンスターと冒険するゲームは好きな部類だ。それでも弟に付き合う程度で、熱中する程ではない。
という訳で彼女はVRどころか、MMO・RPGは初体験である。
その為彼女は、コーチ役をクラスメイトに依頼した。そのクラスメイトの名は、鳴洲 人志。かつてクラスでは、陰キャガチオタクで不真面目な生徒の代表格として見られていた。しかし二学期からは不真面目な態度が改められつつあり、学園祭でもクラスメイトをフォローしたりと良い部分が見られる様になった少年だ。
そんな彼は、VR・MMO・RPG【アナザーワールド・オンライン】において有名人である。最大規模のメンバーを擁する、大規模ギルド【聖光の騎士団】の元サブマスター・ギルバート。ギルドでは最速の男として内外問わず知られており、その槍捌きで多くの勝利を手にして来たトッププレイヤー。軟派な態度が玉に瑕と評されていたが、最近では仲間に対する思い遣りやギルドを率いる男気が評価され、仲間達からの信頼を取り戻している。
そんなガチ勢ランカーと初心者プレイヤーな二人は、AWOを始めたプレイヤーが必ず訪れる始まりの町[バース]で待ち合わせをしていた。
「こ、これが……ゲームの世界? 凄くリアルだわ……」
小斗流……アバターネーム【バーベラ】が、周囲をキョロキョロ見回しながら呟く。
ちなみにアバターのネーミングは、名字と名前の一部を英訳して決めた。名前の小斗流でバード、名字の隈切でベアー。バード・ベアーを少し女の子らしい響きに変えて、バーベラにしたのだった。本人は、割と良いセンスなのでは? とか思ったりしている。
そんなバーベラの容姿は、現実の彼女の容姿を少し弄ったものだ。髪の色は黒髪から、亜麻色の髪へ。背も少しだけ高くして、体型も自分が成長したいと思う理想の体型に調整している。現実では視力が少し低い為に眼鏡をしているが、ゲームではそんなものは関係ない。眼鏡を外して、少しだけ顔立ちも大人っぽく弄っている。
が、彼女はここで後悔していた。
――この姿、鳴州に見られるのよね……!? しまった、調子に乗ってついついやり過ぎた……!!
大丈夫、安心して良いよ。人志に比べれば、小斗流のカスタムなんて可愛いもんだよ。
鳴りを潜めたギルバート節だが、元はそのキャラ付けも容姿もザ・モテたい。ただ純粋(かつ一部は邪)に、恋人が欲しいというその一念でゲームにのめり込んだ。それが、鳴州さん家の人志君である。
エメラルドグリーンの長い髪と、スラリと高い長身。洋風の顔立ちに、クッキリとした目鼻立ち。そんな美丈夫の姿は、モテる為に全力でカスタマイズした努力の結晶だったりする。
が、今の彼の姿は異なった。
「もしかして、バーベラさん?」
「……という事は、貴方がジル君?」
今は名前を非表示にしている為、頭上に【GILBERT】の文字は見る事が出来ない。そしてギルバートは、バーベラに"ジル"と名乗って待ち合わせをした。
これは自分の為ではなく、バーベラの為だ。自分がどういったプレイヤーかを彼女に知られるのは別に構わない。しかし慣れない内は、ポロッと口を滑らす可能性もある……彼女は、VR自体が初めてなのだから。そうしてうっかり、自分は【聖光の騎士団】のギルバートとの繋がりがあると知られるのはリスクが高い。
もしもそうなった場合、彼女に向けられるのはどの様なものか。好奇の視線か、トッププレイヤーを蹴落とそうとする悪意か。
ギルバートは、彼女に初めてのVRを心ゆくまで楽しんで欲しい。だから手間は掛かるが、彼はわざわざウィッグを購入し変装して来たのだ。
黒い髪は現実と同じくらいの長さで、少々野暮ったい印象を与える。【聖光の騎士団】の制服と鎧は今は脱ぎ、店売りの中では高ランク装備の服と鎧を装備している。その印象は冒険者チックなものであり、【聖光の騎士団】よりは【森羅万象】寄りの格好である。
愛槍≪スピア・オブ・グングニル≫も収納に収められており、携えているのは第一回イベント以来使用していなかった≪聖騎士の長槍≫だ。
「あぁ、俺がジルだ。すんなり合流出来て、良かったよ」
「うん、ホントにね」
普段のAWOでの雰囲気は微塵も無く、学校での素の口調でバーベラに話し掛けるギルバート。そんないつもの様子と大きな差がない様子に、バーベラは少し安堵しつつ笑みを浮かべ……そして、すぐに申し訳無さそうな表情になった。
「でも、本当に良かったの? 確か……ギルド、だっけ? お仲間さん達と、予定とかあるんじゃ……」
ギルバートは、そんなバーベラの言葉に目を丸くし……そして、微笑む。学校ではよく、小言を言われている印象があった彼女。しかし思えば彼女は気遣い屋で、クラスを纏めるためにそれぞれと意思疎通を良く取る。自分も、彼女のそういった面に救われた覚えが多々あった。
だから、ギルバートは「気にしなさんな」とおどけて笑う。
「俺等がオススメする、最新鋭のゲームだぜ? 折角だから、布教しようと思ってさ。それにいつも、いいん……いや、バーベラさんにゃ世話になってるし」
ギルバートが「委員長」と呼ぼうとしたので、バーベラの視線が一瞬でジト目になった。それを見たギルバートは、慌てて彼女のアバターネームを呼びつつ言葉を続けた。
「で、武器は……弓にしたんだな」
「うん、あまり切った張ったの戦いには自信が無いから」
そんなバーベラの言葉に、ギルバートは「それもそうだな」と納得する。
何か武道の心得があるならば別だが、普通の女子高生が初めてVRMMOをやるならば魔法職か後衛職を選ぶ傾向が強い。剣等の近接武器を使って戦うのは、怖いと感じるのが一般的なのだ。
――そう考えると、ルーさんは普通だよな。シルフィさんやアリステラさんがおかしい……というよりは、肝が据わってると言うか。
ギルバートは当然知らないが、アリステラの場合は宇治財閥の令嬢だ。そんな彼女なので、フェンシングを嗜んでいる。その影響で、彼女は剣に適性があっただけである。
シルフィ? 狂戦士系姉御なので、前に出てガンガンやりたかっただけです。
「ジル君は槍なんだね」
バーベラの言葉が耳に入り、ギルバートは思考の海に沈みかけた意識を浮上させた。バーベラに視線を向け直すと、彼女は「へぇ~、何か強そうな槍だね」などと感心している。
「まぁね、それなりに良い装備ではあるよ」
「ゲームガチ勢な君だし、それなりどころじゃないんでしょ」
かつてはVRMMOの為に睡眠時間を削り、学校で授業中に居眠りしていたギルバートだ。そこまでのめり込んでいた彼の装備が、それなりとは思えない。
バーベラの予想はある意味で正解である。彼の≪聖騎士の長槍≫は最大強化済みで、ステータス強化に加えて状態異常耐性が備わっているのだ。現時点での最前線プレイヤーも、メインウェポンにする性能を持っている。
ウルトラレア装備≪スピア・オブ・グングニル≫には劣るものの、かなり良い装備と言って良い。
「さてと。最初は何をするとか、何処に行くとかある? ストーリーを進めるとか、ゲームって色々あるんでしょ?」
「あー、AWOはグランドストーリー……えっと、平たく言えば本筋のストーリーみたいなのは無いんだ。クエストっていう、任務を進める上で発生するミニストーリーみたいなのはあるんだけどな」
ギルバートがそう言うと、バーベラは目を丸くしていた。
「そうなんだ? じゃあ、自由に冒険してねって感じ?」
「だな、大方そんな感じだよ。冒険するもよし、生産するもよし、店開いてカフェとかバーとか経営するプレイヤーだっているぞ」
そんな自由度の高いゲームだと思っていなかったのか、バーベラは「へぇ~」と感心した様な声を上げた。
「とりあえず、レベル1じゃなんも出来ないのは確かだ。だからレベルを上げるのからスタート……なんだが、まずは冒険の準備をしないといけない」
「成程。大事よね、段取り」
生真面目なバーベラなので、しっかり準備して行動に移すのは望むところだ。
ギルバートの案内でNPCショップに向かった彼女は、どういう品があるのかをしっかりと確認した上で≪古木の長弓≫と初心者セット……そして、スキルオーブ【感知の心得】を購入。いよいよ、フィールドへと赴くのだった。
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「……あの、本当に大丈夫なの?」
「あぁ、この程度のモンスターならダメージにならないからな」
ギルバートは、フィールドに出て盾役を買って出た。レベル60の彼にしてみれば、推奨レベル1のモンスターの攻撃などかすり傷にもならない。逆に言うと、軽く小突いただけで即死するだろう。
なので挑発して注意を引き付け、後は棒立ちしている。あ、噛み付かれた。絵面的には襲われる哀れな少年なのだが、その実モンスターに甘噛みされているといった程度である。
「え、えーと……【ショット】」
弓に矢をつがえ、武技を発動するバーベラ。しかしギルバートに飛び掛かるタイミングと重なった為、狙いは少しずれてモンスターに掠っただけだ。
「動いている的を狙うの、難しいわ」
「まぁなぁ……弓使いの仲間が言うには標的の行動パターンを予測して、矢の速度を勘定に入れて、標的が移動する所を狙って撃つらしいんだが」
殆どの弓使いが、そんな事を意識している訳では無い。基本的に遠距離攻撃は、対象の動きが止まった所を狙うのが普通だ。
「それって素人に出来るやつ?」
「何事も練習じゃね? そういう風に意識してやる方が、上達のコツなのかも」
「成程、ド正論ね」
ちなみにそのアドバイス……元はスカウトマンでしかなかったのに、隠していた実力を見せたら【聖光の騎士団】幹部に抜擢された斥候なあの人のものである。
そんな風にバーベラのレベリングと、弓の練習に付き合って一時間。ギルバートは溜まったゴールドコインを確認して、一つ頷いた。
「これなら矢筒も買えそうだな。≪初心者の矢筒≫だと、入れられる矢の上限が十五本だろ? 新しいのに変えた方が、効率良くなるぜ」
「確かにそうね。レベルも10か……結構、簡単に上がるのね。ジル君はレベルいくつなの?」
「今の環境の上限で、レベル60だよ。ちなみに20越えると、レベルも上がりにくくなるからな」
レベルが上がれば上がる程、次のレベルに到達するまでの必要経験値が増える。これはVRが世に広まる前の時代から、何ら変わることはない。
「ふぅん……最初はレベルがサクサク上がって、慣れて来た頃には更に努力を必要とするのね。まぁ、そうじゃないと簡単過ぎて面白くないものね」
バーベラはあっさりと、ゲームのレベルシステムに対して理解を示した。ゲームにはあまり精通していない彼女だが、理解力の高さから即座に運営の指針とプレイヤーの意欲に思い至ったのだ。
ギルバートは、そんな彼女の発言を耳にして「流石だな」と感心した。
小斗流は優等生だけあって、学年の成績も上位に位置する。人志はそれを、日頃から勉強をしているからだと思っていた。だが今の彼女の発言で、それ以外の要素もあるのだと考えた。
――洞察力というか、理解力というか……そういうのが高いんだろうな、委員長。
もしかしたら、彼女はとんでもないプレイヤーになるのでは? そんな事を頭の隅で考えつつ、ギルバートは次の目標について言及する。
「じゃ、早速ショップに行くか。プレイヤーメイドの品は高額だから、まだ手は出せないしな」
「うん! 付き合ってくれてありがとね、ジル君」
仮の名前で呼ばれて、少し申し訳ない気持ちになるギルバート。クラスメイトである彼女に対して、それを隠し続けるのは気が引けた。
「それと、俺の本当のプレイヤーネームは”ジル”じゃないんだ。その、なんつーか……悪気はないんだけどな? それなりに知れ渡った名前でさ。実は、この格好も変装で……えっと、なんつーか……」
しどろもどろになりながら、釈明の言葉を口にするギルバート。そんな彼の様子に、バーベラは一瞬目を丸くし……そして、すぐにフッと笑って頷いた。
「まだ良く解ってないかもだけど……ま、ジル君がそう言うならその方が良いんでしょ?」
ギルバートの告白を聞いたバーベラは、あっさりと彼の言葉を受け入れた。
――今の鳴洲が、人を傷付ける様な嘘を言うとは思えない。名前が知られているプレイヤーっていうなら、初心者の私が一緒に居たら変なちょっかいやからかいを受けるんだろうな。多分それは自分の為じゃなくて……私を守る為だ。
二学期以降、実直に頑張る様子を見せる人志。彼のその姿勢を見守り、高く評価している小斗流だからこそ、彼の言葉を受け入れる事が出来た。
ならば、彼の判断を信じる……それが、彼女の決断であった。
「それにさ、私がそこそこ成長したら……ちゃんと教えてくれるんでしょ?」
「……ありがとな、バーベラさん。うん、約束する」
「あ、別にバーベラって呼び捨てで良いよ。私も君付けが何か違和感あったし、ジルって呼ぶね……その時が来るまでは、ね?」
「……ははっ、了解。改めてよろしく、バーベラ」
何だかやたらと良い雰囲気を醸し出しながら、二人は始まりの町へ向けて歩き出す。恋仲というにはまだ距離を感じさせるものの……ただのクラスメイトよりは、縮まった距離感で。




