16-20 いろいろと見られました
各々が温泉を堪能した後は、皆で揃って昼食をとる。今日は昨日と違い、レジャーエリアのフードコートでの昼食だ。まだオープン前ではあるものの、モニターという事もあり実際に入るテナントのスタッフが対応している。
「結構お店ありますね!」
「一通り、食べて感想が言えた方が良いよね。ばらけて食べる方が良いかな?」
「そうですね。もしくは、皆でシェアしても良いかもしれません」
「私はシェアに一票かしら。色々な物を食べられるし」
「んー、でもラーメンとかをシェアするのは難しいですかね」
「玉子やチャーシューの数を考えると、確かにねぇ」
賑やかな仁達の様子に、ニコニコしているテナントスタッフ達。しかし彼等は、内心ではテンションを上げていた。
――何だこの美女、美少女揃いの客は!!
――めっちゃイケメンいるし!! マジ最高なんだけど!!
――あれ、渡会瑠璃だよな!? 本物だよな!? しかも、水着姿じゃねぇか!!
――オープン前に呼び出されて外れクジ引いたかと思ったけど、とんでもねぇ!! 大当たりじゃん!!
男女共に、客である仁達の容姿を見て大喜びである。しかも現役アイドルである瑠璃が、仕事では見せない水着姿だ。今は上からパーカータイプのラッシュガードを羽織っているが、それでも貴重な姿である事には間違いない。
だが、彼等は徐々に気付いていく……この面々の大半が、カップル同士である事に。
「へぇ……普通のチェーン店とかも、割と入ってるんだね」
「はい、英雄さん。ここだけの物だけではなく、馴染み深いものも必要との事ですね」
「輝乃は何が良いんだ?」
「そうねぇ……あ、あれどう? イタリアンっぽいやつ!」
「拓真さんは、好きな食べ物や嫌いな食べ物ってありますか?」
「好き嫌いはしないけど、牛丼とかは好きだよ」
「鳴子は何食べたい? 折角だし、普段食べない物とか行ってみたらどうだ?」
「たまには良いかもしれないわね。それなら……ホットドッグとか?」
「十也、見て見て! ご当地ラーメンだって!」
「ちぃはホント、ご当地系とか好きだよな。じゃ、あれにするか?」
「愛、あれあれ! メニューに海鮮いくら丼ある!」
「ちょっ……あははっ! とろろご飯もあるかなぁ?」
「ね、治。あの辺のはどう?」
「ん? おー、ハンバーガーか。たまにはそういうジャンク系も良いかもな」
「父さん達は、まだ来ないのかな? うちや音也んとこ以外も、皆来てないし」
「まだゆっくりしてるのかもね。昨晩は結構、飲み過ぎたみたいだし」
「うーん、これ……食べたいけど、多い……」
「ふふ……紀子? それなら、勝守さんとシェアしたらどう?」
「お、おぉ! そうだな、それなら紀子さんも食べれる分だけ食べられるし!」
「姫、気になるのはあった?」
「どれも美味しそうで、目移りしちゃってますね」
自然と醸し出される、甘い空気。付き合いの深まったカップルのやり取りや、付き合いたての初々しさを感じさせるカップルの甘酸っぱさ。慣れている和美達ですらそう感じるのだから、耐性の無い面々には甘過ぎる。
甘々ムードを目の当たりにしたテナントスタッフ達は、胸焼けしたような顔になってしまうのだった。
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フードコートでの食事を終えても、親達は顔を見せなかった。そこまで二日酔いが尾を引いているとは思えず、どうしたのだろうか? と気になった仁達は、一度部屋に戻る事にした。
「何かあれば、賢さんから声が掛かるよね?」
「はい、そうなると思います」
なので尚更、どうしたのか? と疑問を抱いてしまうのだが。
そうして歩く途中にある宴会場で、親達の話し声が聞こえた。
「……客は僕達だけですし、ここに集まっているんでしょうか?」
「そうかもしれませんね。少々お待ち下さい」
鳴子がノックすると、にこやかな笑みを湛えた賢が扉を開ける。やけに良い笑顔である。
「やぁ、お帰りなさい。今、皆さんはあちらで動画を鑑賞していますよ」
「動画……鑑賞……!?」
嫌な予感しかしなかった。賢が視線を中に向けたので、仁達もそちらを見てみる。すると親達は、雁首を揃えてある映像を見ていた。仁達が来た事にも気付いていない様で、ワイワイと話している。
「うーん、流石我が子。とんでもない速さだわ」
「この対戦相手は、確か過去のイベントでも戦った相手でしたね……アーク君だったかな?」
「えぇ、えぇ。彼はAWOで最強と称されるプレイヤーの一人ですよ」
「最強と最速の戦いか……成程、この展開は中々に熱い! いやぁ、漫画のワンシーンみたいだ!」
「おっ! 行け、音也! そこだ!」
「あらあら、大二さんたら……」
「ふむふむ、千夜も中々腕を上げたわね……実際にこうして動いているのを見ると、デザインの細部にも気を配ったのが解るわぁ」
「こういった服も、動きがあると映えますよね。瑠璃ちゃんの次の衣装、もっとヒラヒラを足すのもアリかしら?」
親達は、動画を見ていらっしゃった。しかも、亜麻音まで一緒だし。
宴会場に設えられたモニターの大画面に、親達with亜麻音の視線は釘付けだ。机の上には飲み物やら軽食が用意されており、長時間に渡って鑑賞していたのだろうと伺わせる。
何の動画かは、最早語るだけ野暮だろう。今見ているのは第四回イベント最終日の、ジンとアークが戦場で遭遇した直後のシーンだった。
問題なのはそれがPVではなく、編集無しの戦闘シーンだ。
「PV以外でこんな動画、あったんだね……?」
「もしかして、観戦エリアで撮影した動画でしょうか?」
恥ずかしい気持ちよりも、何故そんな物が? という思いが先に立つ。仁と姫乃が困惑気味にそう言うと、賢はにこやかな笑みを崩さずに頷いて話し始めた。
「今回のイベント、私は仕事で観戦する事が出来なかったのでね。うちの使用人達に指示して、【七色の橋】の戦闘を録画させたんですよ」
それくらい、普通の事でしょう? と言わんばかりの、悪意ゼロパーセントの笑顔。彼は本気でそうするのが当たり前であり、自然な事だといった雰囲気を醸し出していた。むしろ「【桃園の誓い】の動画も確保させれば良かったな」なんて思っているのは、内緒である。
「……あぁ、道理で。ログアウトした時に、何名かの同僚がお疲れの様子だったのですが……そういう事でしたか」
鳴子はあの日ログアウトした後、同僚が謎の疲労感を感じさせていた様子を目撃している。その理由に、ようやく合点がいったらしい。それと同時に、賢の依頼で観戦エリアに常駐していた同僚達を心の中で労う。
そして賢は、親達に聞こえない様に声を潜めて付け加える。
「勿論、皆様にお見せする動画は選別していますよ。ですので、ご安心下さい」
どうやら全てを上映している訳では無い様で、不正疑惑なんだかんだと喚き立てる相手との戦いは省いている様である。
VRMMOをプレイする上でのトラブル、親も当然それを心配しているだろう。そんな親達が、【七色の橋】への風評被害のシーンを目の当たりにしたら……どうなるかは、火を見るよりも明らかだ。最悪、AWOをプレイする事に待ったを掛ける可能性がある。
賢もそれは織り込み済みだったのだろう。となるならば、スパイ討伐戦も見せていないと察する事が出来た。
賢と仁達が話している事に、真っ先に気付いたのは仁の母である撫子だった。
「あらあら、もう来ちゃったの? まだ全部見終えてないのに」
ニマニマとした撫子の表情に、仁は嫌な予感を覚える。父・俊明に視線を向けて「母さんはどうしたのさ?」と無言で訴えると……父までもが、からかう様な笑みを浮かべる。
「いやぁ、本当に忍者なんだなぁ仁。サマになっているじゃないか」
「ぐ……こ、これはね、えーと……」
からかう様な、ではなくからかう気満々の笑みだったらしい。写真では見ていたものの、実際に息子が忍者ムーブかましているのを見てニヤけていた。
それは他の親も同様だ。我が子達のゲームでの姿と活躍ぶりを見て、親勢はテンションを上げていた。実際、仁達の活躍ぶりはAWO随一と言って良いものだ。無理もないだろう。
「英雄、立派な殿様になったんだなぁ……」
「いやいやいやいや、殿様じゃないけど……!?」
ちなみに【幽鬼将軍】でもねぇ。
「姫乃、ほとんど一回の攻撃で相手を倒しちゃうのね。弓ってそんなに強いの?」
「ううん、STRっていうステータス……えーと、攻撃力にたくさんポイントを振っているからなんですよ」
星波一家は英雄と姫乃が大活躍する様を見て、とても嬉しそうな様子である。それに対し、初音夫婦は少ししんみりとした様子であった。
「恋、心おきなく楽しんでいる様で何よりです」
「はい、お母様。皆さんのおかげです」
乙姫は心の底から、安心したかのような笑顔を浮かべていた。様々なものを抱える恋が、仲間達と楽しそうにゲームをプレイしている。その様子を改めて目にしたからか、嬉しそうであった。
「土出君も、いつも済まないね。日頃から恋を守ってくれて、感謝しているよ」
「勿体ないお言葉で御座います、秀頼様。恋お嬢様のお側に居られるのは、私の喜びでもありますから」
秀頼も鳴子に対し、掛け値なしの感謝の言葉を向ける。そんな秀頼への返答は、偽りない鳴子の本ねだ。
そんな会話をしていると、他の親達も賑やかに会話をし始める。
「隼君が銃を使っているのは愛から聞いていたんですが、中々に格好良かったですなぁ」
「いえいえ、愛ちゃんの薙刀捌きこそ! 過去に習っていたんでしたよね? 素晴らしい腕前で……」
「新田さん、優さんは本当に気立てが良くて愛らしいですねぇ」
「えぇ、自慢の娘ですから。拓真君も、見た目は結構変えていましたが……気配りなども出来て、その……とても、良い子ですね」
「千夜ちゃんの抜刀術、見ていて気持ちが良いなぁ!」
「いやいや、音也君のフォローあってこそですよ!」
「子供の成長は速いんだと、改めて思い知りましたねぇ」
「なんという、アイドル性の塊……っ!! それも、何人も……!! あぁぁ、今回はスカウトとか無しって約束が無かったら、間違いなく声掛けてたわ……!!」
我が子やその恋人の活躍を見て、親達は軒並み上機嫌だ。実際、仁達の戦い振りは爽快感を感じさせるものなので、エンターテイメント的な面も多分にある。
ちなみに亜麻音は夜が明けた後、賢と「旅行中はスカウトや営業活動はなしで」と約束している。なので、仁達にスカウトが出来ない訳なのだが……それがめっちゃ、悔しいです!! という顔だった。
そんな感じで場が温まっていると、音也の母である好美がふと思い付いた事を口に出す。
「実際にプレイしている所を見てみたいわね~」
好美の言葉を聞いた親達は、苦笑する。それは「いやいや、流石に……」という思いを滲ませたものだ。
「いくらVR技術が凄くても、この年で若者とゲームをするのはね」
「私はまだ現役で動けるわ!……と言いたいけれど、この映像を見ているときつそうねぇ」
「それに子供達も、親を連れてゲームをするのは少々緊張してしまうでしょうし」
「周囲の目もあるものねぇ」
親勢の発言は、全てAWOにログインして子供達のゲームを観戦するという意味合いである。流石に一からAWOを始めるのは厳しいし、子供達の動きについていける自信は無かった。
だがAWOをプレイしている所を見る方法は、もう一つある。
「観戦は可能ですよ。彼等の内の誰かが、配信すれば良いのです」
秀頼がそう言うと、親達は配信って何? と首を傾げる。
……
「つまりVRドライバーを着用すれば、配信を映像で観戦できる……と」
秀頼の説明に、各家庭の親達(+亜麻音)は成程と唸る。
「普通のパソコンとかでは、見れないんでしょうか?」
「リアルタイムで見るならば、VRドライバーでなければなりませんね。時間加速によって、ゲーム内の時間は三倍速になっていますから」
「時間加速……VR技術って、本当に凄いのねぇ」
時間加速型のVRMMOであるAWOは、VRドライバーを着用して同様に時間加速下にならなければリアルタイムの観戦は出来ない。普通のパソコン等で見られるのは、配信が終わった後の動画になってしまうのだ。
「配信……というのは、誰でも出来るものなのでしょうか?」
「えぇ、誰でも可能ですよ。ただし、専用のソフトと動画サイトのアカウントが必要になります」
そこで言都也が、舞子に視線を向ける。
「そういや、舞子さんは配信者だよな!」
ここまで、あえて誰も触れずにいた……しかし言都也は、深い事を考えずにその件に言及してしまった。
――馬鹿、言都也……それを言わなければ、そうなのか~で終わっていたのに!!
――あー、これは親に見られながら配信プレイになるのかな……ちょっと気まずいんだけどなぁ。
成人組は言都也の迂闊な発言に、やっちまったなこいつ……という感じだ。子供達は子供達で、親が観戦する事に対して内心で頭を抱える。
そんな仲間達の様子に、ようやく言都也は己の失言を悟った。もし自分が同じ立場ならば、親の見ている中でのゲームプレイなど恥ずかしくて仕方が無い。
「あ……あー! でもVRドライバーが無いと駄目だよなぁ」
誤魔化す様にそう言う言都也だが、仁達は「初音家なら用意していそう……」という顔である。さり気なく視線を恋に移せば、恋も「恐らく用意はあるでしょうね」という顔だ。皆、顔に出過ぎです。
言都也の発言に、反応を見せたのはやはり賢である。しかしその内容は、仁達の予想とは真逆のものだった。
「そうですね。皆さんの事を伺った時点で、VRギアは用意していましたが……ゲームをする皆さんの分しか、用意がありません。親御さんの分は、残念ながら……申し訳御座いません」
そう言って、申し訳なさそうな顔をする賢。
ちなみに、実はこれは嘘である。親に見られる中でのゲーム? と恋の表情が若干曇り、英雄の笑みが引き攣ったのを彼は見逃さなかったのだ。
愛する可愛い妹と、将来の義弟。そして二人の大切な仲間達も、授業参観VRMMOは乗り気ではない様子。ならば、いつも通りのびのびとプレイさせてあげる方が良いだろう。賢はそう判断した。
これが英雄を同類とみなした、自他共に認めるシスコン。愛する妹の為ならば、その意向を汲んで立ち回る。流石は初音家、シスコンっぷりでも格が違う。
しかしそんな賢のファインプレーも、ここまでであった。彼と恋の母親である、乙姫が声を上げたのである。
「あら、賢にしては珍しいですね? でも安心なさい。念の為に私の方でも、用意してあります」
VRギア、人数分あった。乙姫が使用人に用意させて、持って来ていたらしい。ちなみにその中には、配信用ソフトをインストール済みの物が三台あるそうだ。恐らく乙姫は、最初から彼等のゲームプレイを配信で視聴する気満々だったらしい。
親達は歓声を上げ、子供達は内心で悲鳴を上げる。これで、逃げ道は塞がれた。
仁達は、これはやるしかないのかと諦めモード。成人組は、やれやれ仕方が無いかといった表情だ。しかしその中で、真守だけは言都也にジト目を向けていた。
「……言都也、お前今回の旅行で地雷踏みまくってんぞ」
「浮かれててごめんなさい」
小声でチクリと言われては、言都也も旅行で浮かれていた気分が沈むのだった。
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親達に押し切られ、仁達はAWOにログインする。舞子もここまでお膳立てされてはNOとは言えず、配信を開始するしかなかった。
今回は親達にVR世界がどんなモノなのかを見せる為だけの配信である為、URLを知る者しか見られない限定配信にした。
ちなみに時間加速状態での配信視聴は、仮想現実空間で空中に浮かぶ大きなモニターを見る形となる。その空間はインスタンスエリアとなり、許可された者しか立ち入る事は出来ない。
今回は、初音夫妻が所有している空間に、親勢がお邪魔する形となった。洒落たソファに豪華なテーブルが設えられており、部屋の周囲は宇宙の様な空間であった。
「何か、この景色に既視感が……」
「そうですね……」
「デザイ〇グランプリかな?」
規模はこちらの方が広いが、確かに某特撮番組に出て来るオーディエンスルームに酷似している。
「さて、そろそろ……お?」
真っ暗だったモニターに光が灯り、AWOの世界を鮮明に映し出す。モニターに映るのは、舞子のアバターであるコヨミの姿だ。
『皆さん、見えていますかー?』
限定配信が始まり、リアルタイムで中継映像を見る……これまで経験した事が無かった体験に、親達は口元を緩めて声を上げた。
「見えているよー!」
「成程、これが配信……!」
ちなみに親達の声はジン達には届いておらず、AIが声を拾って文字変換しコメントとして届く様になっている。その事は、親達も事前に聞かされていた。
ちなみにこの文字変換の機能はAWOだけではなく、他のVRゲームでも採用されている。しかしながら、文字変換はあまり多用されていないのが現状だ。
その理由はAIの精度に難がある為、とされている。AIの性能が高くなければ、拾った言葉を意味不明なコメントに変換される事もあるせいであった。
しかしAWOのAIは非常に高性能で、文字変換の精度が高くバッチリ正確なコメントに変換されている。
最もAWOにおいても、顔文字をコメントに入れたいという視聴者が相当数いる。その為、コメントはキーボード派が主流だったりする。
……
そんな親達に見守られている、ゲーム内。ジン達は、ゲーム内の様子を見せると言ってもどうしたものか? と顔を突き合わせる。
「ログインしたからには、まずは日課を済ませる?」
「それが良いのではないでしょうか。生産活動もAWOの醍醐味の一つですしね」
「明後日にはまた販売日だし、そうするかい?」
一月六日の月曜日になれば、【桃園の誓い】のギルドホームで販売活動だ。それに備えて、まずは生産活動をする事にした。
ちなみにゼクトとバヴェルは、今日はログイン出来ないと事前に聞いていた。なので、今回の活動は欠席だ。
「じゃあ私は各所のお手伝いをしながら、見守ってらっしゃる皆さんに解説する感じですかね?」
「ふふっ♪ コヨミさん、アナウンサー役ですね」
リリィにそう言われて、コヨミは「いやいやそんな」と照れ笑いする。本来ならばリリィが適任なのだろうが、動画配信用の撮影端末は所持者であるコヨミの後を追跡する。そんな仕様である為、その役はコヨミ以外にいないのだ。
そうこうしている間に、ジン達は生産の準備を済ませていた。そして各々が、自分の担当する作業を始める。
「それじゃあまずは、やっぱり武器製作でしょう! こっちですね~」
コヨミが歩き出した先は、本格的な炉や金床が設えられている鍛冶スペース。既に炉は熱されて、≪ヴォノート砂鉄≫で作った玉鋼を加熱している。
『わぁ、本格的ね』
『やっぱり、ハンマーでガンガンやるのかい?』
親達の反応に、コヨミが頷く。
「はい、加熱した玉鋼を鎚で叩いて刀を作ります! カノンさんが鍛造した刀は、プレイヤーの間でも話題の武器なんですよ!」
「そ、そんな……そこまで、言う程じゃ……ない、ですよ?」
コヨミの紹介に、顔を赤らめながら両手をブンブン振るカノン。彼女からしてみれば、最も武器製作において優れた物を作っているのは……やはり某生産大好きおじさんが一番、という認識である。
ちなみにカノンは否定するが、彼女の製作した武器の人気はユージンに匹敵すると言って良い。これはやはり、第三回イベントで武器部門の一位に輝いた事……そして実際に製作された刀の見た目と性能が、優れているという話題が広まっているからである。
そんな話題が話題を生むカノンの刀鍛冶が、いよいよ始まる。補助に付くのは、ヒメノだ。
「それじゃあ、始めるね」
「はい、よろしくお願いします!」
そうしてカノンが鎚を振るい始めれば、甲高い音と火の粉が散る。その迫力は現実の刀鍛冶に匹敵し、視聴している親達から歓声が上がった。
『本格的!!』
『凄い迫力だな』
『紀子ちゃんの表情も、凄い真剣ねぇ』
『玉鋼から刀を鍛えるとは……』
感心のコメントが流れる中、カノンの刀鍛冶は進んでいく。ヒメノはてきぱきと必要な道具を受け渡し、彼女のサポートに徹している。
そうして出来上がった、一振りの刀。それは打刀で、モニター越しでも優れた逸品だと解る物だ。
「後はこれに柄を取り付けて、鞘に納めたら完成ですね!」
「うん……こ、こんな感じ……でした……」
ヒメノとカノンが撮影端末に向けてそう言うと、親達からのコメントが届く。
『お見事!!』
『いやー、良いものを見られたね!!』
『紀子ちゃん、格好良かったわー!!』
『匠の業といった風情でした、素晴らしかったですよ』
『姫乃ちゃんの補助も、凄くて慣れていたわね~』
『本当、息ピッタリだったなぁ』
そんな賛辞に、ヒメノとカノンは顔を見合わせて微笑む。
二人がデモンストレーション代わりに一仕事を終えたので、他の鍛冶メンバーも動き出す。
「よし、セツナ。俺達も始めよう」
「良いだろう、主。刀匠の娘や姫君にも劣らぬ物を鍛えようではないか」
「ボ、ボイドさん……盾の製作の補助を、御願いして良いですか?」
「(クワッ!!) 了解です、ヒビキ殿」
「じっちゃん、火薬持って来て貰っても良い?」
「あいよ、坊主」
「レオン、いつもは補助をして貰っていたけど……今回は君が鍛えてみるか?」
「あー、そうだな……うん、やってみようか。俺も出来る様になれば、生産数増やせるもんな」
「お、そんじゃ俺レオンさんのサポートやるよ」
「おう、頼むぜヒューゴ」
「んじゃあ、俺はスティードと組むか?」
「了解しました、ダイス様」
「うん、それで行こう。さぁマーク、始めようか!」
「了解です、マスター」
『えーと、あの人達は?』
『頭の上に表示されている……あれは、何て言うのかな? 色が違うけど』
「あ、そうでした! カラーカーソルが水色の彼等は、この世界の住人ですね。プレイヤーと契約する事で、PACと呼ばれる相棒になるんですよ!」
「PACはプレイヤー一人につき、一人までしか契約できないんです。なので、誰と契約するかも慎重に考えなければならないですね」
コヨミの解説に、リリィも捕捉で加わる。いよいよもって、アナウンサーみたいになって来ている二人である。
『ゲームの世界の住人? つまりNPCか』
『えぇ。ただ、NPCやAIという言葉は彼等の好む所では無いんですよ』
『成程、それでそういった言い回しにしたんだね』
『へぇ……そうすると、あの子狐もそうなのかしら?』
『え? 子狐……あ、本当だわ! きゃー、可愛い~!』
「おっ、そこに気付いちゃいましたね? じゃあ、ちょっと彫金班の方に行ってみましょっか」
コヨミとリリィが歩き出せば、その先で作業をするのはジン達だ。
「お邪魔しますね。ジンさん、ちょっとコンちゃんをお預かりして良いですか?」
「あぁ成程、大丈夫ですよ。コン、行っておいで」
ジンがそう言うと、コンはコクリと頷いてコヨミとリリィの方へと歩み寄る。その可愛らしい仕草に、母親達と鏡美&亜麻音から黄色い声が上がった。
『きゃー、可愛いー!!』
『あらあら、お利口さんなのね』
『もふりた~い!!』
『フワフワしてそう~!!』
その気持ち、大いに解る……と内心で思いつつ、コヨミは撮影端末に向けて話し掛ける。
「この子はジンさんの神獣で、コンちゃんといいます!」
「エクストラクエストという特殊なクエストがあるのですが、そのクエストを制限時間内にクリアすると貰える卵から生まれた子なんですよ」
『そういえば、舞子さんが狐に乗っている動画があったね?』
『あぁ、確かにあった! もしかして、あの狐は……』
「はい、その通りです! コンちゃんが【成獣化】というスキルを使って、大きくなった姿ですよ~!」
その言葉に、親達は「へぇ~!」と声を上げる。それが立て続けにコメントとして流れるので、何だか某番組のボタンを押した時を思い起こしてしまう。
コンがそのままコヨミとリリィに同行し、彫金・料理・調合・縫製とそれぞれの生産風景を紹介していく。
「で、これが今度販売する予定の服……その完成形ですね」
イリスが仕上げた服……所謂、チャイナ服を撮影端末に向けて広げて見せる。
『おー……』
『コ、コスプレ衣装的な感じ……』
『これで戦ったりして、大丈夫なのかしら……見えちゃわない?』
「あ、ゲームの設定でその辺りが見えない様に出来るんで。どんだけ動いても、パンチラしないですよ」
あっけらかんと話すイリスに、女性陣は「へ、へぇ……」という反応だ。ちなみに男性陣は、一瞬だけちょっと残念と思いつつもそれは顔に出さなかった。
このままだと、女性陣に子供達への悪影響を心配されるのでは? と懸念したフレイヤが、ヴィヴィアンの様にスリット部分がプリーツスカートになっているタイプの衣装をそれとなく広げる。
「これらは明後日、私達のギルドホームで販売するんです。【七色の橋】の皆は和風ですが、我々【桃園の誓い】は中華風で統一していまして」
そのままディスプレイ用のトルソーに衣装を着せて、撮影端末に向けて微笑むフレイヤ。露出少なめの可愛らしさを重視したチャイナ服なので、親勢も少しばかり安心していた。
そこで、撫子がある事を思い付いた。
『仁達はいつも、和風の衣装なのよね? 朱美さん達の所で色々と売るなら、その時だけ中華風にしたらどうかしら。珍しがって、お客さんも増えるかもしれないわよ』
次回投稿予定日:2023/7/13(幕間)
ナズェミディルンディス(;OwO)!!




