16-16 幕間・金髪の少年
とあるフィールドに、目立たない様にこじんまりと建てられた一軒のギルドホーム。その広間では、プレイヤー達が寛いでいた。和やかに会話している彼等だが、話題の中心は一人の少年である。
「……という訳で、基本はやっぱりあちらに居ないといけないんだ。でも時間がある時は、こうして皆と一緒にゲームが出来そうだよ」
そう告げるのは、サラサラの金髪が印象的な少年だ。歳の頃は、ジン達と同じくらいだろう。
「そっかそっか、良かったじゃん!」
「ねー! ふふ、これでウチも十三人だね!」
赤髪の青年と黒髪ツインテールの美女がそう言うが、それに口を挟む者がいた。
「待った待った、俺達は基本的に居ないものとして考えてくれよ……現時点ではまだ、な?」
そう言ったのは男性で、ウルフカットの黒髪が印象的だった。年の頃は二十代前半……大学生くらいの、精悍な顔立ちと体格をした青年だ。
そんな彼の背後に立つ男性は、高校生から大学生くらいといった容貌だ。金色の髪をしっかり整えており、清潔感を感じさせる。そんな彼は、黒髪の青年の言葉に頷いてみせた。
「……任期が終わるまで、大っぴらに参加出来ませんからね」
「そこがやっぱり難点ね。やり甲斐は感じているけど、皆と早く気兼ねなく遊びたいわ」
そう言うのは、青い髪の少女である。高校生から大学生くらいの見た目で、その長い髪をポニーテールにしていた。姿勢良く座っている姿からは気品を感じさせ、整った顔立ちと均整の取れたプロポーションは目を引かれる。
「こちらとしても、男の頭数が増えるのは助かる。君達三人が気兼ねなく遊べるようになったら、いよいよフルメンバーになるしね」
「俺も同感です。クリスマスパーティーでは、他のギルドの男性陣に羨ましそうな顔をされましたし」
和気藹々とした歓迎ムードは、彼等の絆の深さを感じさせる。特に喜んでいるのは、金髪少年の隣に座る黒髪の美女……レーナだろう。
そう、ここは【魔弾の射手】のギルドホームであった。とある二人の来訪者を除けば、ここに居るのは全員がギルドメンバーである。
「良かったわね、レーナ」
「ふふっ、うん♪」
ミリアが声を掛ければ、レーナは本当に嬉しそうに頷いた。いつもの大人びた様子は鳴りを潜め、ご満悦な様子のレーナ。これを彼女のファンが見たら、また某ギルドのメンバーが増える事態になりそうである。
「で、プレイヤーネームが【トーマ】ですかー!」
シャインがそう言うと、少年……トーマは笑みを浮かべて頷く。
「本名は避けた方が良いって、教えて貰ったからね。個人的にも気に入っているよ」
「ふふ、レーナちゃんのプレイヤーネームにちょっと似てるね?」
「婚約者の名前を意識したのは、事実だね」
ルナの言葉に動じることなく、あっさりとそんな事を言うトーマ。その発言にレーナの目尻が下がり、ルナは微笑ましそうに「ごちそうさま」と返した。
そこに一組の男女と、一人の少女が姿を見せた。
「盛り上がっている様で何よりだ。待たせたね、トーマ」
「ふふ、楽しそうですね」
相変わらずのアロハシャツ姿で、上機嫌に笑うユージン。その傍らに寄り添うのは、白いニットセーターに青地のロングスカートを身に纏ったケリィである。
そんな二人に続いて歩み寄るのは、この夫婦の孫娘であるメイリアである。彼女はどうやら、二人の手伝いをしていたらしい。
「おじい様、おばあ様」
トーマが立ち上がって二人を迎えるが、ユージンとケリィは微妙な表情である。
「……トーマ、ゲーム内では様付けは無しにしましょうか?」
ケリィがそんな事を言うが、問題点はそこではない。
「いや、そこじゃないだろ。トーマ、僕は構わないけど、ケリィにおばあ様はやめてあげなさい。実年齢はそうでも、見た目は二十代後半くらいなんだから」
ユージンがそう言うと、メイリアが自分を指差しながらケリィに声を掛ける。
「……私も、そうした方がいい?」
「ん、そうしよう……周りの人、驚くし……」
ケリィの返答に、メイリアは「わかった」と頷いた。
「さて、トーマ。出来立てほやほやの装備だよ」
ユージンはシステム・ウィンドウを操作し、トーマに対してトレード申請を送る。
「はい……えーと」
トーマがどう操作するのか考えていると、レーナがその横に立ってシステム・ウィンドウを覗き込む。
「教えてあげるね、まずはこの前教えた可視化設定にしてくれるかな?」
「了解」
「日本語は大丈夫だよね? このカタカナがトレード欄で……」
「うんうん……」
仲睦まじい二人の様子に、ユージンは笑顔を浮かべている。孫とその恋人が、幸せそうなのが嬉しいのだ。トーマへのクリスマスプレゼントに、VRドライバーを贈った甲斐があったというものである。
ちなみにトーマは、実際よりも少しばかりアバターの身長を高めに設定している。それはレーナと並んだ時に、せめて同じくらいの高さになるようにという意図からだろう。
そうしてトレードが成立すると、トーマは真っ先にユージンに与えられた銃を装備した。光を反射する黒い銃身に一瞬目を奪われるも、すぐに気を取り直し銃を捧げ持つ。ずしりと重いアサルトライフルだが、彼はそれに堪えた様子は無い。
「お祖父様。僭越ではありますが、ありがたく受取らせて頂きます」
片膝を付いて銃を捧げ持ち頭を垂れるトーマの姿は、まるで”王から直々に宝剣を賜る騎士”の様であった。
ユージンは内心で「大袈裟だなぁ」と思うものの、彼はそういう教育を受けているのだからそうなるだろうとも思う。
「トーマ? ゲームの中では、そういった儀礼的な動作はやらなくて良いよ。第一、僕はもう引退した身だしね」
「お祖父様がそう仰るのでしたら……こちらで暮らすというのは、結構学ぶ事が多そうですね」
納得していない様子ではあるが、あの調子で接しているのを他のプレイヤーに見られたら何事かと思われる。是非頑張って学んでほしいと、ユージンは思う。
「ま、それはレーナ君や皆が付いているから大丈夫さ。僕も勿論、協力するしね。ともあれ、着てみてご覧?」
婚約者と仲間達、そして祖父母に見守られて、トーマはユージンが贈った装備を身に着ける。
黒いノースリーブシャツと、ロングパンツ。上半身には、タクティカルベスト。腰に巻かれたのはレーナの物と似た意匠の腰巻きだが、長さはロングコートの裾ほどある。どことなく、漆黒装備のユージンのコートと似ていた。
「うん、良いね」
「似合っていますよ、トーマ」
「ふふ、格好良いね!」
祖父母と婚約者がそう言うと、仲間達も口々に褒め言葉を贈ってくれる。そんな暖かな雰囲気に身を浸しながら、トーマは笑顔で応える。
「皆、ありがとう。これから、よろしくね!」
それは十五歳の少年の、年相応の笑顔であった。




