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忍者ムーブ始めました  作者: 大和・J・カナタ
第十五章 第四回イベントに参加しました・弐

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15-34 最終決戦1―白熱―

 数多くのプレイヤーが戦い、競い合い、倒れていくGvGイベント。残り時間が二十分を切ったその頃の、ギルド【天使の抱擁】の拠点。そこで繰り広げられる攻防戦は、激化の一途を辿っていた。

 その中心となるのは、言わずと知れたトッププレイヤー達である。各ギルドの応援者達も奮闘したが、このそうそうたる顔ぶれの前では力及ばず倒れていった。残るはプレイヤーとPAC(パック)だけ……いや、神獣が一匹居るのだが。


 ここまでの戦いで誰もがダメージを積み重ねていき、HPが心許ない状態となっている。しかし、一人だけはHPを十分に残していた……無論、それはアークだ。

 彼の所有するユニークアイテム≪聖痕の鎧≫に込められた、武装スキル【ヒーリングファクター】。この武装スキルによりアークのHPは、一秒ごとに全HPの1パーセントずつ回復していくのだ。

 更に彼が装備している≪聖衣の外套≫により、状態異常になる確率が三割減となっている。これによりアークはデバフ付与攻撃を受けても、状態異常になり難いのである。


 そんなアークと戦うプレイヤーの中の一人、ジン。彼は既に切り札である【変身】を使用し、ステータスを強化した状態で対抗していた。それでもアークのステータスの高さと回復性能により、流石のジンも押し切れずにいる。

 だが最も厄介なのは、そこではない。装備やスキルもさることながら、アーク自身のPSプレイヤースキルこそが一番の壁である。第二回イベントの時よりも、アークは更に腕を磨いていた。なにせ、ジンの攻撃を半分以上は凌いでいるのだ。


――APはもう、半分を切ったか……まずいかな。【九尾】を使うにも相手は複数、それもトップランクの強者揃い。この乱戦では、被弾を抑え切れない。


 最終武技【九尾の狐】を使用するには、回避数を稼ぐ必要がある。しかしこの頂上決戦で、全ての攻撃を回避するのは困難だ。

 とはいえ、ジンが本気で回避に専念すれば被弾を避けられる可能性は高い。しかしそうすると、今度は攻撃の手が少なくなってしまうのだ。イベント時間も残り少ない現状で、タイムアップを待つ……という手もあるが、それはジンの方針ではない。


―――――――――――――――――――――――――――――――

「ジンさんヤベー!! 目で追えない!!」

「それを凌いでるアークさんも、かなりヤバない?」

「いやぁ、回復スキルは厄介だな」

「削っても削っても、回復されたら倒せないわそりゃ」

「何回やっても何回やっても」

「空気男ちゃうねんで」

―――――――――――――――――――――――――――――――


 唯一の救いは、孤軍奮闘の状態ではない事か。とは言っても、ヒメノ・ヒナ・リンと、センヤ・ヒビキ・コンも戦闘中。相手が相手なだけあり、こちらの援護に来るのは難しい状況だ。では、誰か?

「はっ!!」

 アークの背後に回り、刀で斬り付ける女性……【忍者ふぁんくらぶ】の会長ギルドマスターを務める、アヤメだ。彼女の髪は艶のある黒髪なのだが、今は真っ白に染まっている。これは彼女が発見し、獲得したスキルによるものだ。


 そのスキルは、【コンバージョン】というレアスキル。発動中は最大HPを半分にする……その代償として、STR・AGIを二倍に上げるという力を持っていた。ユニークスキル程では無いにしろ、強力な力を得られるスキルである。最も使いこなすには、相当なPSプレイヤースキルを要求される。

 そんな【コンバージョン】のお陰で、アヤメのSTRとAGIはとても高い。それぞれのステータスはジンやヒメノに及ばずとも、トッププレイヤーの中でも上位を超える数値となっているのだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――

「うわぁ……流石、以前は最前線クラスだった人だよね」

「あぁ、レイチェルって名乗っていたな」

「え、そうなの!?」

「それが何故、【忍者ふぁんくらぶ】に……」

「ググっておk」

「どこをググれと!?」

「掲示板だろFA」

「しかし、ファンギルドも案外バカに出来ないよな。こうして最終日に残るヤツらも居る訳だし」

「【ふぁんくらぶ】が特殊だと思うの、私だけかしら……?」

―――――――――――――――――――――――――――――――


 しかし、相手はアークだけではない。ジンの繰り出す攻撃と攻撃の間に、発生するわずかな隙……それを突くのは【漆黒の旅団】のグレイヴだった。

「オラァッ!!」

 ジンの背後を取ったグレイヴは、左側の太腿部を狙って斬撃を繰り出した。その攻撃はジンに命中し、更に≪風の忍鎧≫からAPを削っていく。


 彼は両手足などの咄嗟に動かして避けられる部位ではなく、即反応するのが難しい部位を狙っている。これは人間の体の構造上、アバターも同じ様に構成されている事を理解した上での戦術である。現実の世界での関節の動き、可動域、そういったポイントを押さえているのだ。

 前日の戦いで、ジンと彼が互角の勝負を演じた理由はこれである。グレイヴは対人戦に長けているだけあり、避けにくい場所を熟知しているのだ。故にジンも彼の攻撃を警戒し、押し切る事が出来なかったのである。


 更に今のグレイヴは、事前に口にした料理バフ効果でステータス等を底上げしていた。これは頂上決戦に参戦する直前、戦いの為の準備として食べていたのだ。

 こういった所が、彼というプレイヤーを現していた。立ち位置の割には、真っ当に戦っている……そんな彼のプレイ方針が、こういった所からも窺い知れる。

 ちなみに彼等が口にする食事は、意外にもアッドが作っている。どうやら彼は、現実でも料理が好きらしいとはグリムの談。


―――――――――――――――――――――――――――――――

「出た、グレイヴ!!」

「ジンさんに攻撃当てられる時点で、コイツもバケモノだよな」

「あそこに居るの、九割バケモノだろ」

「正直、あの場所に放り込まれたら即死する自信があるよ……」

「しかし、グレイヴは背後を取ったりはするけど……やっぱ、戦い方が普通だよな」

「ダーティな戦法は無いな、確かに。それだけPSに自信があるのか、それとも何かしらのポリシーがあるのか……」

「グレイヴ流PKの流儀じゃね」

「PKの流儀とか、スレが荒れそうなパワーワードな」

―――――――――――――――――――――――――――――――


「頭領様……っ!!」

 アークとグレイヴ、強力な二人のプレイヤーに挟まれたジン。援護するべくアヤメは駆け出すが、その進路に一人の青年が割って入った。

「そうはさせない!!」

 鋭い突きを繰り出すのは、茶髪の青年。【絶対無敵騎士団】ギルドマスター・フデドラゴンである。普段は柔和そうな顔立ちなのだが、今は表情を引き締めて乱戦の中で剣を振るっている。


 その刺突を避けるアヤメだが、フデドラゴンは即座にアヤメに追撃。刺突から、横薙ぎの斬撃に切り替えた。アヤメはその追撃を、巧みな小太刀捌きでいなしてみせた。

「やはり、巧い……!!」

「……そちらこそ」

 アヤメの返答は、心からの言葉だ。フデドラゴンはこれまで然程目立った活躍は無かったが、それにしては高い技量の持ち主だった。

 更にフデドラゴンは、堂々とした戦い振りでアヤメを抑える。


―――――――――――――――――――――――――――――――

「おー!! フデドラくん!!」

「【絶対無敵騎士団】のギルマスか……ここで名前が挙がるとはなぁ」

「ってか、普通に強くね? 何で今まで目立ってなかったんだ?」

「フデドラゴンだけ強くても、目立たないからだよ」

「どういう事だってばよ」

「ところでアヤメ嬢、美人よね」

「黒髪が白髪になったけど、アレ何だろうね?」

「一粒で二度おいしいから何でも良いじゃん」

「お前は何の話をしているんだ」

―――――――――――――――――――――――――――――――


 ギルド【絶対無敵騎士団】を率いるフデドラゴンは、VRMMO歴が長いプレイヤーだ。様々なゲームをプレイし、経験を積み重ねて来た。故に、その技量も高い。

 第二回イベントで決勝トーナメントに進出できなかったのは、彼の力だけではどうにもならなかったからだ。

 フデドラゴンは面倒見がよく、仲間達が困っているのを放っておけない。苦戦している時は手助けし、悩んでいれば相談に乗る……彼自身は、実に好青年である。

 しかしギルドメンバーは、そんな彼に甘えてしまっていた。自分の力が足りずとも、フデドラゴンが居れば何とかなる……そんな考えに至ってしまっていたのだ。


 しかし第二回イベントで、彼の率いるチームは予選突破に手が届かなかった。フデドラゴンは誰も責めず、自分の力不足だと言った。しかし、原因がフデドラゴンに無い事を誰もが実感していた。

 そこで、ギルドメンバー達はハッキリと気付いたのだ。自分達が、フデドラゴンに甘え過ぎていたと。このままでは、彼の足を引っ張ってしまうのだと。

 そうして第四回イベントの告知がされる前から、【絶対無敵騎士団】の面々は必死に腕を磨いて来た。こうしてフデドラゴンは強くなった仲間達と共に、第四回イベントに臨んだのだ。


 その甲斐あって、彼等はこの第四回イベント最終日まで生き残れた。そしてこの頂上決戦に、フデドラゴンが参戦出来た。

 これは彼に依存していた……そしてその状態から脱却しようと、一念発起した【絶対無敵騎士団】のメンバー達は喜んでいた。その最たるプレイヤーは、ジン達と同じ高校に通うエムだ。


――どうだ!! 俺達のギルドマスターも、お前達には負けていないんだぜ!! フデドラさん、ギルドクリスタルは俺等に任せて……心置きなく、戦って下さいっ!!


―――――――――――――――――――――――――――――――

「フデドラさんやるやん!!」

「アヤメさん、頑張って!!」

「技巧派の人同士の戦いって、どこに注目すれば良いか解らないんだよね。だがそれがいい」

「ちょっと解る。自分もああいう動き出来ないかなとか、ちょっとやってみたくなるよね」

「この戦闘も、後でじっくり見返したいわー!」

「それな!!」

―――――――――――――――――――――――――――――――


「はああぁッ!!」

 アークの攻撃を、紙一重で回避するジン。その背後から、グレイヴが迫っていく。

「背中が……ガラ空きだ!!」

 ジンの変身装備のAPを削るべく、剣を振り被るグレイヴ。しかしそこに、ガタイの良い男性が乱入する。

「【シールドバッシュ】!!」

 グレイヴの胴体目掛けて、左手に装備した盾を打ち付ける。その際に発した鈍い音に見合った威力があったらしく、グレイヴのHPが減少していく。

「またアンタか……」

 グレイヴが彼を忌々し気に睨むと、男性……カイセンイクラドンは、厳しい視線で剣を突き出す。

「うちのギルドにも、【漆黒の旅団(きみたち)】の悪質なPK行為で辛い思いをした子達が居る……その上【七色かれら】にまで手を出すならば、決して容赦はせんぞ」


 グレイヴ達の方針を知らないカイセンイクラドンは、彼等がかつての【漆黒の旅団】……悪質なPKギルドのままだと勘違いしていた。執拗にジンを狙う所からも、何かしらの逆恨みか? などと考えている。

 最もそれは無理のない事で、それだけPKギルド【漆黒の旅団】という名は有名なのだ。更にその手口が悪質で執拗だという話も、プレイヤーの間に広く知れ渡っているのである。そんなPKギルドが、ジン達……中高生を中心としたギルド、【七色の橋】を付け狙っている様な光景。面倒見の良いカイセンイクラドン的に、それは決して看過できないものだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――

「待って、イクラさん!! そいつ悪い奴だけど、そこまで悪い奴じゃないんだよ!!」

「いや、悪人は悪人なのでは……」

「PKerはPKerだからな」

「でも!! ほら昨日の、ジンさん達との共闘!! あれ見たろ!?」

「うるせぇ!! お前みたいな奴が、雨の日に子犬助ける不良にトゥンクしちまうんだよ!!」

「お前等は何を言い争ってるんだ……」

「しかしまぁ、やっぱりカイセンイクラドンは良いな……下につくなら、ああいう人が良いと改めて思わされたわ」

「理想の上司っぽいトップランカーナンバーワンの座は伊達じゃねぇな……」

「何だよ、それ……どこで投票できる?」

―――――――――――――――――――――――――――――――


 そんな混迷を深める主戦場に、一人の青年が駆け出した。この拠点を預かる、現在の【天使の抱擁】の中心……その名も、ハイドである。

 アンジェリカから後の事を託された以上、手をこまねいて見ているわけにはいかない……とばかりに、彼は今まで戦場を駆け抜けていた。そして敵ギルドのプレイヤーを削り、いよいよ大物を止めに入るらしい。ここまでの戦いで疲弊しているだろうに、彼の瞳から窺える闘志に衰えは無い。


――確かに、彼女のした事は間違っていたかもしれないけど……


 アンジェリカ……伊賀星美紀。彼女がアイドルとして人気を博したのは、【禁断の果実】が裏で暗躍していた影響もあるだろう。そして彼女の顔・スタイル・声などで、ファンとなった者も少なくは無いだろう。人気が高まっているのを見て、流行に乗り遅れまいと彼女を推す様になった者もいるのだろう。

 ハイドも最初は、友人から見せて貰った動画で彼女を知った。徐々に彼女に興味を惹かれ、いつしか彼女のファンになっていた。完全に彼女に魅了されるのに、そう時間は掛からなかった。正直、このゲームで【天使の抱擁】に入れたのも、彼女と親しくなれる機会があるんじゃないかと思っていたくらいだ。


 スパイ集団【禁断の果実】の事や、彼女の過去……それらを知って、ハイドも心が揺れた。それは、まごう事なき事実だ。正直に言えば、アンジェリカを糾弾した連中の気持ちも解らなくはない。それでもハイドは、アンジェリカを憎めなかった。

 それは彼がかつて、仕事で心身ともにボロボロになった事があったからだ。その時は、いっそ死んでしまえば楽になるんじゃないか……そんな考えが浮かぶほど、追い詰められていたのである。

 しかしそんなハイドは、伊賀星美紀アンジェリカの歌に勇気付けられた。そのお陰で彼は今も生きているし、苦痛の日々を何とか乗り切り、今は穏やかな気持ちで仕事が出来る様にまでなった。


――全てが、偽りなんかじゃない……少なくとも俺はあの時、彼女から生きる希望を貰ったんだ!!


 人を信じずに怒り、貶め、糾弾する事は容易い。しかし人を信じて赦し、支える事にはとても勇気が必要だ。

 苦痛に満ちた過去の自分の様に、アンジェリカはこれから辛い日々を送るのかもしれない。そんな時、彼女から貰った希望を少しでも返せれば……それが彼女の救いになれば。だからハイドは、全力で彼女に応えると決意していた。

 それは残った仲間達にも、自分の口から伝えている。それに共感した者達が、今の【天使の抱擁】である。


―――――――――――――――――――――――――――――――

「おっと!? あいつは……ハイド氏」

「ハイド……あぁ、何回か野良パした事あるわ。普通に強いし、いい奴だったな」

「それが何で、【天使】なんかに……」

「いや、普通にアンジェリカファンだったからじゃね? ていうか、【天使の抱擁】に居るヤツ全員がギルティって訳じゃないんだぞ?」

「そうそう。スパイとは無関係で、純粋にアンジェリカファンとしてギルドに加入したんだろうさ」

「近頃の騒動で、もうちょっと物事を冷静に見ないといけないって考えさせられたな。デマとか憶測を鵜吞みにして、騒ぎ立てるのはもう止めようぜ」

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「行くぞ……ッ!! セイッ!!」

 最強のプレイヤー・アークに対して繰り出した、渾身の一撃。アークはそれを左手の聖剣で受け止めるが、勢いに押されてバランスを崩しかけた。

「……君は確か、ハイド……だったか」

 ハイドはアークの言葉に答える事なく、今度はアヤメに向けて斬り掛かる。

「ヤァッ!!」

「む……っ!!」

 気合いの篭った攻撃は、空を切る。しかしアヤメはそれを避けて尚、警戒を緩めない。


――やはり、彼も強力なプレイヤーの一人……油断は禁物だわ。


 ハイドの身体に漲る力は、決意と信念に満ちたもの。それを感じ取ったアヤメ、そしてアークも緊張感を高めていく。

「アンジェリカさんに託された以上、全力を尽くす……!!」

 スパイ達とは違う、澄み切った眼差し。それを前にしたトッププレイヤー達は、更なる激戦を予感し気を引き締め直す。


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 そんな混戦の傍らで、繰り広げられるのもまた混戦。戦場は主に三つに分かれているのだが、その理由はあるギルドのメンバーにあった。

 大規模ギルド【森羅万象】を支える、三人の少女……彼女達は一人の少年を取り合うライバルであり、同時に友人でもある三人組。通称アーサーガールズと呼ばれる、アイテル・シア・ナイルの三人である。


 この三人はピッタリ息が合っており、互いの力を引き出し合う良好なチームワークを見せるプレイヤーだ。個々の力も優れているが、三人揃うと相乗効果で更に強く……ハルを加えたら、簡単には手の付けられない難敵と化す。

 故に彼女達は、混戦開始と同時に分断されたのである。


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「あー、【森羅万象】の面々は完全に分断されてるな」

「何でこうなっちまった?」

「エリアボス倒した後で、アイテルがヒメノ狙って攻撃して……そっから、崩れたな」

「アイテルちゃん、先走っちゃったかぁ……」

「そこは鞘走っただろ!!」

「何で防人語なんだよ……」

「というか、アイテルの判断は間違ってないと思うぞ? ヒメノちゃんをマークするのは普通じゃないか?」

「まぁ、あの絶対破壊少女はなぁ……弓撃っただけで、相手は死ぬからな」

「……そう言われてみると、確かに……」

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 きっかけは、ジン達の戦いが始まったタイミング。アイテルがヒメノに攻撃を仕掛け、それを窘めようとしたシアにシルフィが突撃。更にナイルをトロロゴハンが襲撃し、完全に三人は分断されたのだ。

 こう言うとアイテルの行動がまずかった、と思われるかもしれない。しかし、彼女の判断は合理的なものだった。

「【ホーミング】……!!」

「わっ……危なかったです……!」

 頭上からの矢を、後ろに跳んで避けたヒメノ。視覚以外の感覚の鋭敏さは、この乱戦でもしっかりと力を発揮していた。


―――――――――――――――――――――――――――――――

「何かヒメノちゃん、めっちゃ避けるやん」

「確かに……結構、回避も上手いのか?」

「スピード自体は普通なんよ……勘が良いのかな」

「流石、忍者さんのお嫁様だ……」

―――――――――――――――――――――――――――――――


 そんなヒメノに向けて、更に一本の矢が飛ぶ。ヒメノの回避行動が終わる瞬間を狙ったそれは、彼女の知覚能力をもってしても回避するのは難しいものだ。

「……させません」

 しかし黒髪ポニーテールのくノ一が、手にした小太刀で攻撃を弾き落とす。彼女はジンから指示された通り、ヒメノの護衛として立ち回っていた。

 アヤメが視線を向けたそこには、既に誰も居なかった。それもそのはず、矢を放ったプレイヤー……ソラネコは、常に動き回りながら標的に向けて狙撃していたのだ。

 この状況下でヒメノをフリーにした場合、一気に流れを持っていかれる可能性は高い。故にソラネコは、駆け回ってチャンスを見付ければ狙撃という戦術を駆使していた。


―――――――――――――――――――――――――――――――

「ソラネコさんだ!」

「動き回って狙撃……狩人って感じね」

「それを防ぐリンちゃんパネェ」

「リンちゃん!? リンさんだろうが!! 誰のPAC(パック)だと思ってんだ!!」

「お前のPAC(パック)じゃねぇのは知ってるわ」

―――――――――――――――――――――――――――――――


 そんな彼女は、同時にある組み合わせの戦いに視線を向ける。

「あら……中々やるじゃない!!」

「ボクだって、やる時は……やるんですよっ!!」

 戦鎌と新体操の様な動きを駆使した、独特の戦い方をする【漆黒の旅団】のPKer・エリザ。そんな彼女を抑えているのは、【忍者ふぁんくらぶ】最年少ボクッ娘・イナズマだ。

 エリザの戦術に最初は困惑したものの、イナズマはすぐにそれに順応してみせた。それだけでも彼女がこの最終決戦に参加するに相応しい、相応の実力を持っているのだと窺い知れるだろう。


―――――――――――――――――――――――――――――――

「金髪ツインテくノ一ちゃん、可愛くない?」

「その上、ボクっ娘だぜ……これは心が滾るな」

「確か、イナズマちゃんだったか? これはまた要注意人物が増えたぜ……」

「ていうか、エリザ嬢とやり合えてる事に驚きだよ。彼女もかなり強いだろ」

「新体操みたいな動きだよな、あの戦い方」

「そうだな……無理にやってる感じじゃなくて、すげぇ滑らかな印象だ」

「こっちもこっちで、目が離せないな……」

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 トップクラスのプレイヤー達による、第四回イベント最後の戦い。敵味方入り乱れた乱戦は、誰一人として軽視できない存在ばかりだ。

 その中でも、やはり警戒すべきはSTR特化の弓使い・ヒメノ。その破壊力は、VIT極振り盾職タンクであるハルを圧倒する程。決して、放置してはならない相手である。だからこそ、早々に退場させるか……せめて、抑えるかしなくてはならない。

 アイテルもソラネコも、だからこそ先に攻撃を仕掛け……彼女を仲間達から引き離そうとしたのだ。

 それは、シアとナイルも遅ればせながら実感していた。


――アイテルの判断の方が、確かに的確だったか……ゴメン、アイテル!!

――アイテルさんやシアさんと、何とか合流できればなぁ……。


 こうなると、何とかして他の二人と合流を果たしたい。そうすれば、そう簡単には負けはしないのだから。

 しかし、相手がそれを許してはくれない。シアにはシルフィが、ナイルにはトロロゴハンが猛攻を仕掛けて来ている。この盤面は、エリアボス討伐から変わらない……変えさせて貰えないのだ。

「まだまだ、付き合って貰うよ!!」

「あー、もうっ……!! しつこいなぁっ!!」

 詠唱させまいと、果敢に攻め立てるシルフィ。その攻撃を凌ぐシアだが、正直に言うと分が悪いにも程がある。並の前衛ならば対応できるが、シルフィは並外れた前衛なのだ。無理も無いだろう。

 むしろシルフィの猛攻に耐えている事こそ、シアの実力が高いという証明だろう。


――おのれ~……!! 詠唱さえ出来ればなぁ……っ!!


 シルフィの動きを鈍らせる事も、シールドを張る事も、回復する事も魔法が使えれば出来る。詠唱さえ出来れば、魔法が使える。その為には、シルフィを一時的にでも誰かが止めてくれれば良い。

 しかしシルフィとシアの戦闘に、加わる者は誰も居ない。他のギルドの面々は、どちらかが倒れるまでは二人で争っていて貰えた方が良い。そして味方は、援護をしようにも【聖光の騎士団】のメンバーに邪魔されて救援に駆け付けられないのだ。


 それはナイルも同様で、【遥かなる旅路】のトロロゴハンにマークされている状態だ。ナイルは二本の≪メデリオルスの鎖≫と、その魔法戦術で戦うタイプ。物理攻撃には強いのだが、魔法攻撃には魔法で対抗するか……もしくは、避ける以外に手はない。

「行くわよっ!! 【ウィンドボール】!!」

「ま、まずい……!!」

 トロロゴハンは、ナイルに詠唱させまいと発動の速い魔法で攻め立てる。それに対し、ナイルは必死に逃げ回っている状態だった。ナイルは呪文を詠唱するタイミングを見出せず、HPを削られていくばかりだ。


「シアさんか、ハルさんが居れば……」

 いつも守ってくれる、年上のお姉さん的存在。アーサーを巡る恋のライバルだが、頼りになる仲間である。その存在のありがたみを、この戦いで再確認してしまった。

 シアの方が苦戦しているのは、時折聞こえる彼女の台詞で見ずとも解る。このまま彼女の所に駆けて行けば、何とかなるかもしれないのに……。


 それが放たれたのは、ナイルがそう考えた直後の事だった。

「【ウィンドボー】……えっ!?」

 トロロゴハンに向かって飛ぶ、一本の矢。それは不自然な軌道を描いて飛んで来た為、トロロゴハンも気付くのが遅れてしまったのだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――

「あれはっ!!」

「【ホーミング】……だな?」

「という事はッ!!」

―――――――――――――――――――――――――――――――


「くっ……!! まさか、今のは……!!」

 トロロゴハンが視線を向けたら、そこには不敵な笑みを浮かべる黒髪赤目の少女の姿があった。【森羅万象】一番の弓使い、アイテル。彼女の所有するレアスキル【ホーミング】による、予想外の方向からの狙撃。混戦の中でそれを撃たれては、トロロゴハンも対応し切れなかったのだ。


「アイテルってば、やってくれるじゃん……!!」

「今……っ!!」

 ナイルは真っ先にトロロゴハンの射程距離から離れ、シアとシルフィの居る位置へと向かう。

「む……っ!!」

「まずい……!!」

 シルフィとトロロゴハンは、二人の合流を妨害しなくては。そう判断し、追撃を続ける。しかしシアとシルフィの間に、ナイルが割り込んで形勢が傾いた。

 鋭い金属音は、ナイルの≪メデリオルスの鎖≫がシルフィの大剣を弾いた音だ。その隙にシアは呪文を詠唱し、魔法を完成させようとしていた。


「【ウィンドボール】!!」

 詠唱を阻止しようと、トロロゴハンの魔法攻撃がシアを襲う。しかしそれを、ナイルが自分の身体を使って阻止した。

「うぅ……もう超危険域……」

「ところがぎっちょん!! お任せあれだよっ!! 【セイクリッドスフィア】!!」

 シアが発動したのは、回復と防御を兼ね備えた聖女の魔法【セイクリッドスフィア】。二人を包む光のドームは追撃を防ぐと同時に、彼女達のHPを回復させた。


 シアとナイルはここから反撃だと表情を引き締め、チャンスを作ってくれたアイテルの援護を……と思った所で。

「……後は、頼みますよ?」

 ギルド【漆黒の旅団】のPKer、エリザの戦鎌を背中に受けてHPを全て散らしてしまった。

「アイテル!?」

「そんなっ……!!」

 ライバルにして、友人……そんなアイテルの姿を見て、二人は悲痛な声を上げた。


「……何か、私が悪者みたいじゃない?」

 ただ、PvPしてただけなんだけどな……という顔をするエリザ。自分が酷い事をしているような展開に、何だかなぁという気分だ。ちなみに彼女はPKerなので、一般的にはうん、悪者側だ。おおよそのPKerの中で、マシな部類というだけで。


―――――――――――――――――――――――――――――――

「アイテルちゃん……!!」

「二人のピンチを救う為に、わざと……?」

「く……っ!! アーサーの事ばかり考えてる娘だと思っていたが、ちゃんと……仲間の事を大切に思ってたんだな……!!」

「何泣いてんの……?」

―――――――――――――――――――――――――――――――


 シアとナイルは、アイテルを蘇生しようと駆け出した。しかしシルフィも、トロロゴハンもそうはさせぬと妨害に出る。

「はぁっ!!」

「無駄だから……!!」

 シルフィの攻撃に対しては、ナイルが前に出て≪メデリオルスの鎖≫で防ぐ。対物理攻撃ならば、その性能は遺憾なく発揮される。

「悪く思わないで……ねっ!!」

「それは出来ない相談かなっ!!」

 杖を使って行動を妨害しようとするトロロゴハンだが、同じ魔法職ならばシアも負けてはいない。≪聖女の杖≫を使った防御術で、トロロゴハンの攻撃を危なげなくいなしてみせた。


 そんな四人が迫るのを見て、エリザはクスリと笑みを浮かべる。彼女にとっては、新たな獲物が自分からやって来ているのと同義だ。

 しかし、背筋に走る強烈な悪寒。エリザは即座にその場から移動し、戦鎌を構え直す。

 その咄嗟の判断は正解だったと証明するように、黒髪のくノ一の小太刀がエリザの居た位置で振るわれた。

「……」

 無言で小太刀を構え直す、ジンのPAC(パック)・リン。彼女の鋭い視線は、エリザの闘争本能を掻き立てる……しかし、警戒は緩めてはいけない。彼女が相手をしていたのは、破壊力においては追随を許さぬSTR特化型弓使いなのだ。


「はっ!!」

 ユージン直伝・速射法を駆使し、エリザに向けて弓を射るヒメノ。同時にシルフィ・トロロゴハン・シア・ナイルにも、次々と矢を放っていく。

「うげっ!! これかぁ!!」

「おぉっと!! 君の矢に当たるのは、厳しいな!!」

「……≪鎖≫の、耐久が……凄い減った……!?」

「うっわ、敵として顔を合わせると、こんなに怖いのね……」

 シルフィとシアは、過去にヒメノと戦闘した経験がある。トロロゴハンも戦術を組む段階で、ヒメノを相手にする場合をシミュレーションしていた。故に三人は、攻撃が来ると解ってから全力で回避。

 ナイルは≪メデリオルスの鎖≫があるので、問題ないと思っていたが……一気に半分近くの装備耐久が減った為、危機感を強めた。


「【ウィンドボール】!!」

 トロロゴハンは、シアやナイルに警戒しつつ【ウィンドボール】を放った。ヒメノは避ける様子を見せず、真剣な表情で弓に矢をつがえる。

 するとヒメノの横に立つヒナが、≪聖女の杖≫を掲げてみせた。その足元には純白の魔法陣が描かれており、既に魔法は完成している。

「【セイクリッドスフィア】!!」

 先のシアと同様、防御と回復の効果を同時に得られる魔法。それを発動させたヒナは、すぐに次の魔法詠唱を開始。


 ヒナの生み出した【セイクリッドスフィア】がある内に、ヒメノは勝負を決めようと両手を前方に突き出してクロスさせる。

「行きます……!!」

 再び衆目に晒される、ヒメノの得たスキルオーブの力。ジンのそれをイメージしつつ、自分っぽさを取り入れたポーズを取る。

「【変身】!!」

 ヒメノが腕を振り下ろし、立ち昇る猛火。設定通りに炎の中で紅蓮の炎が八度燃え盛ると、ヒメノは手を振るって炎をかき消す。


「おっと……ははは!! そう来たか!!」

「あらあらあら……ジン君とラブラブなのは知ってるけど、まさかそんな所まで……」

「……マジで!? 勘弁してよ、ホント……!!」

「……良いなぁ」

「あぁ、それ! リベンジさせて貰うわよ、御姫様!!」


 シルフィは心底、面白いと言わんばかりに。トロロゴハンは、ジンと似通った変身専用装備に苦笑気味。

 シアは予想外の超強化に、心から嫌そうな表情を浮かべている。その隣で、ナイルは羨ましそうだ……アーサーも、【変身】を持っているからね。お揃い、良いよね。

 そしてエリザは、昨日の戦いでこの状態のヒメノにしてやられている。その時のリベンジとばかりに、やる気を漲らせていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――

「出たぁーっ!! ヒメノちゃんの【変身】だぁーっ!!」

「改めて思うと、この組み合わせってエグいよね」

「何を今更、【変身】持ちは本気でヤベーのばっかりだよ」

「これはヒメノちゃんVS他の連中か?」

―――――――――――――――――――――――――――――――


「それでは、お手並み拝見だっ!!」

「待ちなさいな!! 私の獲物よっ!!」

 シルフィとエリザ……狂戦士と戦闘狂が、率先して駆け出した。事ここに至ると、トロロゴハンもシア・ナイルコンビを抑えるのは困難になる。

 しかも、二人にどう対応するか考え出したその瞬間。


「【ホーミング】!!」

「……!? あっぶな!!」

 トロロゴハンの死角から、再び矢が襲い掛かってきた。ギリギリでそれを回避するが、そのスキルを使ったのが誰か? そんなの、この場には一人しかいない。

 立ち上がって、シアとナイルに駆け寄ったアイテル。そのHPは多くはないが、確かに彼女は復活していた。


「アイテル!? 何で!?」

「あ、もしかして……」

 ナイルが何かに気が付いたらしく、アイテルに視線を向ける。

「スパイが持っていた≪聖なるメダル≫を、シンラさんに託されました」

「はよ蘇生せーや!? 私の心配を返せー!!」

「あら、心配して下さったので? それはそれは……」

 我、憤慨ぞ? と言わんばかりに地団駄を踏むシア。しかしそんなリアクションを取っている時点で、それが本心では無いことは誰の眼にも明らかだった。

 それが解っているからか、アイテルも普段通りの様子で肩を竦めてみせる。


 そんな二人を見ていたナイルは、またも何かに気付いた様子だ。トロロゴハンを警戒しつつ、アイテルに質問を投げかけた。

「……アイテルさん、狙った?」

 年下のナイルに対しては、何気に優しいアイテル。彼女はその質問に、素直に応じた。

「えぇ、まぁ……お二人なら、私が倒れたら来てくれると信じてましたから」

 つまりは彼女達を援護しつつ、≪聖なるメダル≫の使用を勘定に入れての合流作戦だった。貴重なアイテムを使用してでも、合流するべきだとアイテルも理解していたという事だ。

「……卑怯なり、アイテル!! そんなん言われたら、何も言えないじゃんか!!」

 三人が揃った事で、シアとナイル……そしてアイテルの態度に変化が起きていた。もうこれで大丈夫だ、そう確信しているかの様に。


「あらー、もしかして追い詰められちゃった?」

 苦笑して構えるトロロゴハンに対し、シアは胸を張る。

「へっへーん、三人寄らば何とやら!! ってね!!」

 そんなシアの両脇に、ナイルとアイテルが並ぶ。その表情は、やってやるぞという気合いを感じさせるものだった。

「……かしましい?」

「文殊の知恵でしょう、そこは」


―――――――――――――――――――――――――――――――

「エモい」

「拙者、こういうの大好き侍」

「これにはシンラさんもニッコリだろ」

「トロさんファンとしては、ここで巻き返してほすぃ」

「こりゃあ、いよいよ大詰めって感じかな……?」

―――――――――――――――――――――――――――――――

次回投稿予定日:2023/1/25(本編)

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱ前衛剣士に自動回復は全うに強い。 九尾の狐含めてステータス系ユニークは必殺技の解除条件が明確な分、徐々に解析されていくんでしょうねぇ。(それでも強いことに変わりはないけど 各戦場で…
[気になる点] >年下のアイテルに対しては何気に優しいアイテル アイテルが自分に優しい事になってません?多分年下のナイルだと思うのですが。
[良い点] 忍者と姫の戰場 観戦側の面々が 色々コメントして大助かりです   戰場は熾烈を極めたBATTLEですので…… LASTBATTLEに相応しいBATTLEの応酬 最高です [一言…
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