15-29 幕間・その頃現実世界で
「どうしてここに居るの……舵定」
アンジェリカ……伊賀星美紀が一人暮らしをしている部屋。彼女がログアウトした際に、既にその部屋に居たのは……益井舵定だった。
彼が部屋に居た事で、危機感を覚える美紀。これまでの彼女は何とも思わなかっただろうが……ジンとの戦いで自分の意志を取り戻しつつあり、ログアウト前にギルドの仲間達から忠告されていたお陰だろう。
身の危険を感じる美紀だが、その不安は……取り越し苦労と言って良い。
「……美紀、済まなかった。俺は……いや、俺達は皆、間違っていた。君にも、酷い事をしてしまったんだ」
それは謝罪であり、懺悔だった。土下座同然で深く頭を下げる舵定の様子に、美紀は目を丸くしてしまう。
「俺達はさ……自分の欲とか、弱さとか、そういうのに負けた。そうして、自分の欲求を受け止めてくれる、美紀に依存して……そうして、過ちを犯したんだ」
その言葉を聞いた美紀はベッドで身体を起こす体勢から立ち上がり、舵定の目の前で正座をして向き合う。
「でも、美紀は違う。美紀は……その、なんていうか……心が、大事なものが欠けているんだ……俺達はそれを知りながら、美紀に欲望を押し付けて、君を……」
「言いたい事、解る」
舵定の言葉を遮って、美紀は今の心情を吐露する。
「愛されたい……それだけが、全てだった。でも……それだけじゃ、いけないんだよね」
そう口にする美紀の口調は、これまでの淡々としたものでも、アイドルを演じる溌溂としたものでもない。
「愛される為なら、何をしてもいい訳じゃない……それに、何もしなくてもいい訳じゃない」
その声色には、後悔や罪悪感を滲ませていた。
「愛情は……求めるだけじゃ、ダメなんだって教えて貰ったから」
美紀の言葉から、舵定は察した。彼女に変化を齎したのが、何だったのか……誰だったのかが。
「……一緒に、お互いに、育てていく……か。彼の言葉だな」
今思えば、かの少年はどこまでも誠実で、真っ直ぐだ。そしてその仲間達も……自分が失いたくないと思っていた、ギルドの仲間達も同様だった。己の過ちに気付き、それを正さなければならないと自覚した今だから解る。
ギルドに潜入して、彼等と交流する様になり……そして、自分達が間違っていたと理解した。そんな今ならば、彼等との交流の中で感じた全てを素直に受け入れる事が出来る。
舵定が言葉を切ったので、美紀は疑問を口にした。
「……舵定、どうしてここに居たの?」
今までならば、「あ、来たんだね」で終わっていた。そんな些細な言葉からも、彼女の変化が伺える。そんな実感を口にすることは無く、舵定は彼女の言葉に真摯に応えようと口を開いた。
「……雫は解らんが、他の連中は美紀に何かするんじゃないかって思ったんでな。罪滅ぼしじゃないが、君を守らないといけない……そう思ったんだ」
舵定だけでなく、他の面々も彼女の部屋の合鍵を持っている。【禁断の果実】が瓦解した今、彼等は美紀を己のものにしようと何かしらのアクションを起こすかもしれない。
そう思った舵定は、美紀を守らなければと行動する事にした。彼女を、自分だけのものにする為ではない。自分達が騙し、傷付け、汚してしまった……その罪は消えなくとも、これ以上彼女を貶めてはならない。そんな強い意志の元に、舵定は動いたのだ。
「玄関の鍵に加えて、ドアロックもかけた。これなら専用の工具が無いと、開けられないだろ」
そう言う舵定だが、美紀はまだどこか警戒している様だった。本当に、”自分を取り戻した”のだと舵定は感じ……後悔と同時に、安堵を覚える。勿論、申し訳なさも……だ。
彼女に危害を加えたりはしない……それを信じて貰う為に、舵定は言葉を続けた。
「安心しろ、美紀に依存するのはもうやめにしないといけないって……彼等に、教えられたからな」
最後の一言で、舵定はようやく笑みを浮かべた。寂しそうに、悔いるように、懐かしむように……それでも、確かに笑った。
その表情で、美紀も気付いた……自分と同じように、舵定も変わったのだと。そして彼に変化を齎したのが、彼を止めた者達なのだと。
「……【桃園の誓い】、良いギルドだね」
「あぁ……もう戻れないのが、悔しいし、寂しい。でも……前を向かないとな」
美紀は警戒心を脇に置いて、舵定に真っすぐ向き合う。考えたのは、これからの事だ。
「これから、どうするの?」
舵定はそんな美紀の問いに、一つ頷いて答えた。
「既に運営には、メッセージを送った。夜が明けて、君を守り抜いた後……俺は自分の罪を償う事にする。ちゃんと自分の罪に向き合って、ケジメを付けないと……彼等に顔向けできない」
そう告げる彼の表情は引き締まっており、罪を償うという意思の固さが伺える。
運営にこれまでの事を全て報告し、警察へ通報となるならば出頭する。その覚悟で、彼は運営に自分から連絡をしていた。
「私も、向き合いたい。だから、私も運営にメッセージを送るよ。自分のした事、出来るはずなのにしなかった事について……責任を取らないといけないから」
まだ、自分の全てを取り戻したわけではない。取り戻した感情には、まだぼんやりとした部分がある。それでも、舵定の様にいかなくても……前に進まなければならない。
美紀はそう考えて、言葉を紡いだ。誰かに言われたからではなく……自分自身の意志で。
「それまでは、俺に守らせてくれ……君にひどい事をした、こんな俺だけど」
「うん、お願いします。最初に来てくれたのが、舵定で良かった」
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罪を認め、罰を受ける覚悟を決めた二人。そんな二人が居る部屋の前に、最初に辿り着いたのはカイト……浦田霧人だった。
鍵穴に合鍵を差し、開錠。ドアノブを捻って扉を開けようとして……ドアロックにより、扉はほんの数センチメートルしか開かなかった。
「はぁ!? いつもなら、こんなのしてないだろうが!! 美紀!! おい、美紀ッ!!」
苛立たし気に、扉を開けようと何度も強く引く霧人。その度にガンガンと音が響き、マンションの廊下に響き渡る。
そこに、稗田蓮織・稔子……そして佐田貴志も、やって来た。
「テメェ、霧人!! どの面下げて……ッ!!」
「アンタのせいで、私達の計画が……!!」
「お前はもう、美紀に捨てられたんだ!! 消えろ、クソガキがッ!!」
美紀の部屋の前で、三人に取り囲まれ押さえ付けられる霧人。
「クソッ!! 放せよ、クズ共がっ!! 俺が、美紀の一番なんだ……!! お前らなんか、お呼びじゃねぇんだよっ!!」
抵抗しようとするも、彼はまだ中学生。成人済みの大人三人に、抵抗できるはずもない。
さて、先程触れたがここはマンションだ。ちなみに美紀の部屋はフロアの端ではあるが、そうなると隣に居住者が居る訳で。
隣の部屋の扉が開かれ、住民が顔を出す。
「うるさいぞ!! 近所迷惑だ!!」
その住民は、壮年の男性だった。彼が忌々し気に四人を睨みつけると、霧人達はその眼光に震えあがってしまう。
今まで感じた事の無い、身震いする程の重圧。それに晒された四人は、思わずへたり込んでしまう。
四人がへたり込んだ所で、男性の持っていた携帯電話が鳴る。
「はい、成上です……えぇ、先程通報した……今、私の前に。はい、はい……管理人さんにも連絡してありますので、オートドアを開けて貰えるかと……はい、お願いします」
電話での通話を終えて、男性は四人に再び厳しい視線を向ける。
「今、警察が来る。それまで大人しくしているんだな」
言われなくても、何も出来ない。四人は警察が来るまで、男性の放つ威圧感に圧倒され……ガクガクと震える事しか出来なかった。
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「……警察が来るみたいだね」
「ここにも来るかもしれないな。そうだったら、あいつらを連れて行った後で応対させて貰う様にしよう」
あぁ、舵定で良かった。
まもなく2022年も、終わりを迎えようとしております。
年の瀬のお供に、大晦日・元旦の両日更新で参ります!!
次回投稿予定日:2022年12月31日(本編)




