13-04 運命の歯車が噛み合いました
十二月一日。月が替わり、第四回イベントに向けてプレイヤー達が活動を活性化させていく。
現在の話題は、やはり第四回イベントについて。そして新たにAWOに参入した、有名アイドルである配信者・伊賀星美紀ことアンジェリカについての話題が大半を占めていた。
「第四回イベ、もうすぐだな!」
「どこのギルドも、プレイヤー勧誘やPAC契約で大忙しみたいだな」
「イベント常連の【七色】は、今回はどんな活躍をするんだろうなぁ」
「GvGなら大規模ギルドは、人数差っていう強みを生かせる。いつまでも【七色】一強じゃ無いだろ」
「おいおい聞いたか!? もうアンジェちゃん、全部の第二エリアに到達してるぞ!」
「マジか……速いな、やっぱり。今は確か、レベル23だっけか?」
「やっぱり、ユニークスキルのレベルも上がってんのかな……いいなぁ、ユニークスキル」
そんなプレイヤーが賑わう街並みを、一人の男が歩いていた。彼の名はスオウ=ミチバ。情報屋として活動する、異色のプレイヤーである。
彼は見た目では飄々とした様子ながら、内心ではいくつもの事を考えている。その中で最も重要と考えているのは、ある男からの依頼についてだった。
――さてさて、いい加減にあちらさんも焦れているかな?
そろそろ本格的に動かなければ。そう思いながら始まりの町の北側へ向かうと、その視界に一人の青年と、一人の女性の姿が映る。二人はどうやら、穏やかに会話を交わしている様子であった。
「やぁ、お疲れさん」
スオウが声を掛けると、二人も彼に気が付いたらしい。一人は青年で、眼鏡を掛けている男。もう一人は、フードを目深に被った女性である。
彼等はスオウにとって、長い付き合いの仲間であった。
「やぁ、スオウ。お疲れ様」
「やっほー、待ってたよ! それじゃあ【セス】の店に行こうか」
自然な様子で合流した三人は、ある店に向けて歩き始める。
プレイヤーが行き来する往来から少し細い路地に入ると、一軒の店があった。その店先に掲げられた看板には、[Camulodunum]と書かれている。店の扉には”準備中”の札が掛かっているが、スオウは構う事無く扉を開けた。
「君達か、いらっしゃい。今日は三人だけか?」
出迎えたのは、亜麻色の髪の青年。顔立ちは整っており、カフェのイケメンマスターという風貌だった。
「やほやほー! 【ヴェネ】ちゃんはギルドだってさ」
「【ホープ】さんはリアルの用事だそうです。セスさんはカフェの方、どうですか?」
並んでカウンターに座る三人に頷き、青年は棚からカップを取り出していく。
「あぁ、順調だと思うよ。料理バフの実装に合わせて、いいタイミングでオープン出来たからね。今では贔屓にしてくれるお客さんも増えた。思った以上に、ゲームを楽しんでいるかな」
手際良くコーヒーを準備する様子から、本当に楽しんでいるのだろう。その姿に、三人は頬を緩めた。
そんな彼等に向けて、ある男の声が掛けられた。
「それなら何よりだよ、【セス=ツジ】」
その声は、扉の方から響いた。そちらの方向を見れば、彼等にとって馴染みのある人物の姿があった。
「来た、黒幕!」
「やぁ、黒幕」
「お疲れっす、黒幕!」
茶化す様な言葉に、彼は苦笑する。
「失敬な、誰が黒幕か」
そんな彼の言葉を耳にして、マスター……セスは呆れた様に肩を竦める。
「相変わらず、影で色々やっているんだろう? 黒幕で十分だと思うけどな」
「うわぁ、客に対して辛辣……こんな優しい人を捕まえて、そんなこと言う?」
「名は体を表さないという、実例だな。いつもので良いのか?」
彼がカウンター席に座ると、スオウが本題を切り出す。
「さて、それでボス? いい加減保留にしていた、例の件について聞きたいんだけど?」
「北斗君じゃあないが、ボスはやめろ……そうだな舞台は整い、役者も表舞台に引っ張り出す事が出来るだろう。後は、主演の動き次第か」
彼の言葉に、セスが視線を細める。
それに気付いた眼鏡の青年は、穏やかに微笑みながら現状を口にする。
「首尾よく加入出来た【桃園】は、中々に居心地が良いよ。メンバー同士の仲も良好だ……ケイン君、彼は中々に気持ちの良い男だね。裏方仕事抜きでも、長い付き合いにしたいな」
そんな青年……バヴェルは、曇りない笑みでそう告げる。
そんな彼の言葉に、フードを被った女性……オヴェールは溜息を吐いた。
「私はまだどこにも所属してないんだよね。どーしようかなぁ」
ぼやくオヴェールに対し、声を掛けるのは……黒幕と呼ばれた彼だ。
「可能であれば、【遥かなる旅路】に所属して欲しいな」
「簡単に言ってくれるよね、相変わらず……」
大規模とはいかなくとも、【遥かなる旅路】は名のある中規模ギルドだ。そんな有名ギルドに潜り込むなど、簡単な事ではない。
オヴェールにコーヒーを差し出しながら、セスが彼に問い掛ける。
「そして【聖光】はホープ、【森羅】はヴェネ……か。それで、俺はどうする?」
「ここでカフェのマスターをしながら、情報掲示板の管理を頼む。実力のあるお前には、不満だろうがな?」
「嫌だと言ってもやらせるだろう、お前は。まぁ構わない、こうしてカフェをやりながら掲示板を管理するのも意外と楽しいしな」
そう言いながら、セスはシステム・ウィンドウを開く。
「この情報掲示板が、プレイヤー達の冒険の助けになる。この活動に、俺は意義を見出しているよ」
「それは重畳……お前は取り纏めがうまいから、助かる。その分、現場の情報収集は任せてくれ」
「はいはい。仕方が無いから、喜んで使われてやるさ」
そう言いながらセスが差し出したコーヒーに、彼は口を付ける。
「まぁ、僕達は脇役……そして裏方だ。こうして陰で、小細工をするのが関の山さ」
その言葉に、オヴェールがクスリと笑う。
「ほら、やっぱり黒幕だ! 服装も真っ黒だし!」
「いや、だって僕って言ったらイメージカラーが黒じゃん」
そう笑って、彼はコーヒーに再び口を付けた。
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一方その頃、現実のとある喫茶店。そこに、謎の集団が揃っていた。大学生くらいの若者集団に、スーツ姿の男女。ラフな服装の青年が居れば、高校生らしき制服姿の少女も居る。
「忙しいところ、呼び立ててしまってごめんなさい」
艷やかな黒髪の女性が、そう言って頭を下げた。
「良いんですよ、先輩達の頼みなら!」
「そうですよ。それに……多分、相談の内容ってAWOの件……ですよね?」
大学生くらいの女性二人がそう言うと、頭を下げた女性……AWO運営メンバーである初音主任は、頷いてみせた。
「私の大学時代の後輩に……あぁ、貴方達になら”シオン”と呼んだ方がしっくり来る?」
「シオンさん? 【七色】のシオンさんです?」
金髪の小柄な外国人女性がそう問い返すと、頷いたのは運営責任者の男性。初音主任の夫である、通称・ボスである。
「あぁ、そのシオンだ。彼女には既に話してあるが……」
……
運営責任者の二人が懸念している、ある予測。それを聞かされた面々は、成程と納得した。
「つまり【七色】を目の敵にしているのは、その怪文書を送ってきた人物の可能性がある……ですね?」
「怪文書とは、言い得て妙だな」
サイドポニーの女性の隣で、眼鏡を掛けた男性が苦笑してみせた。
対照的に、不機嫌そうな顔をしてみせる女性……彼女は、六浦財閥の令嬢。恋とも現実で面識がある人物だ。
「恋さん達が、そんな事をするはずがない。私達はそれを解っているし……どうですか?」
そう問い掛けられたのは、黒髪ツインテールの美女。彼女はキリッと表情を引き締めて、その質問に答える。
「そんなの決まっているわ、彼等は私達にとって大切な友人。もしもの時は、彼等の支援を優先しましょう。異論のある人は、いる?」
黒髪ツインテールの女性が出した結論に、否と言う者は居ない。
「ありがとう……」
「済まないな、君達も純粋にゲームを楽しみたいだろうに」
初音夫妻がそう言うと……黒髪猫目の女性が微笑み、首を横に振った。
「ゲームを楽しむには、【七色の橋】という素敵な友人が必要不可欠ですから!」
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そして、水面下で暗躍するアレク一派。今日もRAINを使い、アンジェリカの為に情報収集に勤しんでいた。
そんな中、彼等にとって重要な情報がある人物から出たのだ。
『マジか、これ?』
『あぁ、多分だけど信憑性は高いんじゃないか?』
カイトはマキナから得た情報を、アレク達に流していた。それはジン達の持つ、ユニークスキルの情報であった。
『確かに、あの時忍者が【狐雷】という技を使っていました。それに、この【天狐】とやらも』
『そうね……他の情報も、イベント時に目撃した技と一致するわ。まだ公の場で使っていないスキルもあるみたいね?』
『ねぇ、カイト? これをどこで?』
ルシアの質問は、至極当然の疑問だ。これまでどんなに躍起になっても、得られなかった【七色の橋】の情報。それがこんなに事細かに、満遍なく手に入れられるとは思わなかったのである。
アンジェリカも見ているグループチャットだが、カイトは平然と嘘を並べ立て始める。
『なに、マキナの奴が口を滑らせたのさ。対人戦の話で盛り上がった所で、奴等ならどう動くか予想しようって話に持っていってな』
『成程、やるじゃないか』
アレクのそんなコメントに、カイトはチッと舌打ちを打つ。上から目線に感じられて、不愉快だったのだ。
『ふむ……ハヤテのユニークスキルの情報も、有用です。これならば、対策が立てられますね』
対【七色の橋】対策は、アンジェリカの望みの為には必要不可欠だ。その糸口を得られた事で、ジェイクも満足気に頷いていた。
それに、彼は他のメンバーと違う点がある。
――私はギルドではなく情報掲示板のメンバーとして、ソロで活動している。私ならばイベントで、アンジェの側に居ても決して不自然では無い。君達には悪いが、アンジェの一番になるのは私だ……。
そんな欲望を抱きつつ、彼は更にコメントを打ち込む。
『そこまで信頼を得ている君ならば、【七色】に潜り込む事も可能では?』
カイトはアンジェリカのイトコであり、彼女に最も親しい人物。そして短絡的で自意識過剰な性格もあり、ジェイクは快くは思っていない。
ならば【七色の橋】に潜り込んで、アンジェリカから引き離したい……そんな願望が、言葉の裏に込められていた。
『マキナを通じて打診しているが、難しいだろうな。あのハヤテが、警戒心の塊みたいな奴なんだとさ』
ハヤテ……その名を目にして、ジェイクは納得せざるを得ない。一度きりの邂逅だったが、彼は会話の録音でジェイクの行動を縛った事があった。そのせいで、彼の情報を流出する事は出来なかったのだ。
『各ギルドに潜り込んだ駒は、それなりの数になっているわ。潜り込めていないのは、【七色の橋】と【魔弾の射手】ね』
エレナの言う通り、各ギルドに潜り込んでいるスパイは一人や二人では無い。そして彼等は、アンジェリカの為にならば何でもする。
しかし……。
『【忍者ふぁんくらぶ】は?』
『あんなファンギルド、ろくな情報は得られないだろ』
『違いない。ファンギルドや、ろくな力のない小規模ギルドは無視でいい』
全てのギルドが対象という訳ではないらしい。
『有名所のギルドを崩壊させれば手っ取り早いけど、それでアンジェの踏み台が減るのは駄目ね。やはり、私達が動くしかないかしら』
アンジェリカの踏み台……つまり大規模や中規模、【七色の橋】を始めとする少数精鋭ギルドをアンジェリカが倒す。それが差し当たっての、第四回イベントでの達成目標である。
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その頃、【七色の橋】のギルドホーム[虹の麓]。ジンとヒメノの新婚部屋で、二人はあるモノで盛り上がっていた。
「いいよ、コン! めちゃくちゃ可愛い!」
「ふふっ、ジンさんとお揃いですねーコンちゃん♪」
「これはとても、良いものですね」
「可愛いです! 最高ですね!」
新婚夫婦に、リンとヒナまで加わって何をしているのか? それは狐神獣のコンに、ジンやリンと似たマフラーを巻いてあげたのだ。
まるで「パパとお揃いだぁ!」とばかりに、嬉しそうに床を蹴り走るコン。その様子に、ジン達は癒やされていた。
「コンちゃんも、すっかり馴染みましたねぇ」
「ねー。僕らが居ない時も、カームさんに餌を貰ってるみたいだよ」
ギルドのマスコットとして、コンは皆に馴染んだらしい。よきかなよきかな。
「しかし、コンの育成をしたいけど……今は身動きが取りにくいんだよね」
「監視されてるんですよね、私達……」
今現在、【七色の橋】は行動を起こす際にわざとカイトに情報を流している。あちらの目的が不明な為、渡せる情報はあえて渡しているのである。
渡せない情報は、少なくない。未だ公で使用していないスキルに、新たに製作した衣装や武器。そして何よりもコンという、まだ誰も手に入れていないであろう神獣の存在。
情報を取捨選択するのは、ヒイロ・レン・シオン・ハヤテ・マキナに託している。ギルドのツートップに、大人のシオン……そしてVR歴の長いハヤテとマキナならば、的確な方針を打ち出せるだろう。
しかしながら、イベントに向けて新スキルの入手なりなんなりしたいタイミング。そこで思うように動けないのは、中々に不利な状況である。
「あ、全員揃ったね」
いつも通り、仲間達が揃った様だ。新婚夫婦はPACの二人と、コンを連れて部屋を出る。
……
大広間では仲間達が集まり、それぞれ和やかに会話をしている。
ヒイロとレン・シオンは、リリィと雑談に興じている様だ。ハヤテとアイネは、センヤ・ネオン・ヒビキ・マキナと談笑中。
ミモリとカノンは、ユージン・クベラとウィンドウを見ながら会話している……新たな製作物についての、相談だろうか。
PAC達も、それぞれ思い思いに過ごしている。
ロータスはレンの側に控えて、姿勢良く佇んでいた。シオンと並ぶ形になるので、執事・メイド感が更に増している。
セツナとカゲツは、何やら雑談に興じているようだ。同じ[遥か東の地]出身だけあり、会話も噛み合うのだろう。
ジョシュアとメーテルは、縁側に並んでお茶を啜っていた。おじいちゃんとおばあちゃんなので、何だかピッタリである。最も、共に伴侶に先立たれた者同士だ。今更、惚れた晴れたは無いだろう。
カームはキッチンで、茶菓子を用意している様だ。ボイドもそれを手伝っている。
二人は非戦闘員だが、ギルドの縁の下の力持ち。料理・鍛冶でジン達を支えてくれている、頼れる仲間だ。
真っ先にジン達に気付いたのは、ヒイロ。次いでユージンだった。
「お、来たか」
「やぁ、君達……おや、コン君。中々に似合っているね」
ユージンの言葉を理解しているらしく、コンは嬉しそうに目を細めた。可愛い。
ともあれ全員が揃った【七色の橋】とゲストメンバーは、今日の予定について話し合う。
「アイテム生産についてだけど、そろそろ本格的に取り掛からないといけないと思うの」
「だ、だから……私達は、生産活動に……集中しようか、と……」
ミモリとカノンは戦闘にも参加するが、基本的には生産職。そして、【七色の橋】の生産力の要だ。
特に今回は、長丁場の戦闘イベント。ポーションや消費アイテムは、多ければ多い程良い。
「私達はスキルとかを探しながら、レベリングをしようと思うんです!」
「三人だけだと万が一があってはいけないから、僕が一緒に動きます。今はカイトや、その仲間の事もありますし」
センヤ・ネオン・ヒビキは、熟練プレイヤーのマキナと共にスキル探しをするそうだ。
「ユニークスキルが手に入ったら、超ラッキーだよねー!」
「そんなに簡単には、いかないと思うけどね」
そんなセンヤとヒビキのやり取りに、他の面々も苦笑してしまう。これで彼等がユニークスキル保有者になった日には、【七色の橋】はユニークスキルの宝庫となるだろう。
「ゲストの皆さんは?」
アイネがそう問い掛けると、最初に申し出たのはユージンだ。
「僕は、ミモリ君とカノン君の手伝いだね。二人とPACだけでは、大変だろう」
調薬にミモリ、鍛冶はカノンとボイド。料理はカームとメーテルとなる。
この少人数で生産をしたとしても、イベント参加メンバー……加えて、応援者となる現地人全体を賄うのは至難の業だろう。となれば、生産職の頂点に立つユージンの助力は不可欠だ。
そんなユージンの言葉に、クベラも乗っかる。
「ワイもそっちやな。今更、戦闘に参加しても焼け石に水や。後方支援の方が、ワイの持ち味を活かせると思うしな!」
急に何らかの素材が足りなくなった……という時に、クベラならば用立てる事が可能かもしれない。そういう意味では、確かにサポート要員に向いているだろう。
リリィは生産より、フィールド探索向けのプレイヤーだ。故にジン達主力メンバーか、中途加入メンバーのどちらかと同行する必要がある。
「私はセンヤさん、ネオンさん、ヒビキさん、マキナさんと同行しようかと思います。私の支援があれば、探索効率を上げる手助けが出来るかと」
彼女が支援メンバーとして同行するならば、中途加入メンバーはより安全かつ迅速な探索が可能となる。それは、願ってもない申し出だった。
「そしたら、俺らは……」
「七人で回りますか?」
残る七人……ギルド設立メンバーは、全員がユニークスキル持ち。それ故に、非常に目立つ面々でもある。
「それか、いつも通りに分かれるか……でしょうか」
いつも通り……つまり、カップルごとにである。唯一、シオンはヒイロ・レンに同行する形になるが。
七人での話し合いは、そこまで長引く事は無かった。結論として、カップルごとに分散して行動する事になった。
……
ヒイロ・レン・シオンと、セツナ・ロータス組は西側第三エリアへと向かった。
ハヤテ・アイネ・カゲツ・ジョシュア組は、南側である。
そしてジン・ヒメノ・リン・ヒナと、神獣コンは東側第三エリアを探索する事にした。
中途加入メンバーとリリィは、北側である。
さて、コンを連れて行くのは情報漏洩の危険が伴う。なにせ見ただけで、「何か動物を連れている!」とバレてしまうのだ。
ではどうするか? 答えは簡単。
「コンもいつか、一緒に走るでゴザルよ!」
「ですねー!」
「リンちゃん、ありがとうです!」
「このくらい、お安い御用です」
ジンがヒメノをお姫様抱っこ、リンがヒナをお姫様抱っこして走る。コンは、ジンの肩にちょこんと乗っている。
普通に走れば、その姿に気が付くだろう。そして「また忍者か!」となるのだ。しかし、そうはならない……ジン達は、普通に走っていないのだ。
ただただ、ひたすら速いのである。その為、他のプレイヤーからはその姿を視認する事が出来ないのだ。もし気付けても「あぁ、忍者さんが今日も走ってるなぁ……」くらいしか、認識できないのである。
「さて、コンの為にレベリングもしたいし……どこかのダンジョンにでも、向かうでゴザルか?」
「そうですね、コンちゃんの為に頑張りましょう♪」
そう言って微笑む、最愛のお嫁様。ジンも笑顔を返して、近場のダンジョンへと駆けていく。
ジン達が選んだのは、風属性のモンスターが多いダンジョンだった。風属性モンスターから得られる素材で、何か新装備が作れるかもしれない……そんな算段からのチョイスである。
……
ジンとリンの回避盾としての性能に加え、ヒメノの一撃必殺……そして、ヒナのサポート能力。スキルレベル向上の為に、コンもスキル【妖狐】の技をどんどん使っていく。
盤石の態勢でダンジョン攻略に臨む四人と一匹は、さしたる苦戦も無く突き進んでいた。
モンスターの襲撃がある程度落ち着き、一息つけるタイミング。そこでふと、ジンはヒメノに視線を向けた。彼女の手にしている弓は、新たに誕生した”新装備”だ。
「どうでゴザルか、調子は」
「えへへ、結構使いやすいです! ユージンさんとカノンさんに、感謝ですね♪」
そう言って微笑むヒメノに、ジンも笑顔を返す。彼女の様子を見た限り、本当に問題無さそうだ。ジンから見ても、新たな装備を振るうヒメノの姿に不安要素は感じなかった。
そんな順調な道中である為、緊張感はほぼ無い状態。そんな中、ジンの【感知の心得】が進む先にプレイヤーが居る事を報せた。
「この先に、プレイヤーが居るようでゴザル。人数は一人の様でゴザルが……」
第三エリアのダンジョンを、一人で訪れるプレイヤー……というのは、皆無では無いだろうが現時点ではごく少数だろう。
というのも、第三エリアは第二エリアよりも難易度が高い。更に言うとフィールドマップのモンスターより、ダンジョンマップのモンスターの方がレベルが高く設定されている。
そして、第三エリアは最近解放されたエリア。一人で攻略可能な安全マージンを取れる領域まで、レベルを上げているプレイヤーはそう多くないだろう。
最もジンの様に、例外中の例外がいるが。ユニークスキルを保有する者ならば、その能力によっては単独ダンジョンアタックも可能となるだろう。シオンも攻撃役が居れば、平然と突き進めそうである。
それらを踏まえてジン達は、進むか退くか……もしくは少し戻って、別ルートを選ぶかを相談する。
「コンちゃんの事がバレてしまいますし、別ルートにしますか?」
「奥方様の意見に賛成致します」
「お義兄ちゃん、私もそれが良いと思います!」
ヒメノ達は、やはり情報を秘匿する方向性を推す。これは、ジンも同意見だ。例えば相手が、一人でモンスターの大群やPkerにでも襲われていない限りは……。
「って、そんな事を思った矢先に……!」
ジンの【感知の心得】もレベル10まで上がり、感知に引っ掛かった対象のカーソルが解る様になっていた。そして感知に引っ掛かったのは、三つの赤色……重犯罪者のカーソルカラーであった。
第三エリアに重犯罪者が到達していることに驚きつつ、ジンは即座に判断を下す。
「進もう! この先に居る人が、レッドプレイヤーに囲まれそうでゴザル!」
見捨てるという選択肢は、ジンの辞書には存在しないらしい。そんなジンの言葉を受けて、三人は驚き……そして、臨戦態勢の表情に変わる。
「ヒメ!」
「はいっ!」
「ヒナ、失礼します」
「お願いします、リンさん!」
「コンッ!」
再び、ダブルお姫様抱っこ態勢。最高速を出すのに、必要な措置である。
そうして駆け出せば、プレイヤーとの距離がみるみる内に狭まっていく。途中のモンスターは、ガン無視で。
ジンは無事を祈りつつ、足の回転率を早めていった。
そして残りわずかという所で、この先に居るプレイヤーの姿が見えた。長い髪を揺らしながら、Pkerらしきプレイヤーを斬り付ける女性。その姿はとても美しく、戦う姿も舞を踊るかのように軽やかだった。
三人の赤カーソルプレイヤーが地面に倒れ伏すと、女性は身体から力を抜いた。そこで、彼女はジン達の存在に気付いた様だ。
「こんにちは」
鈴を転がすといった表現がピッタリな、耳当たりの良い声。美貌という表現が似合う、整った顔立ち。ヴィーナス像に匹敵すると称して差し支えの無い、均整の取れたプロポーション。男女問わずに視線を集めてしまいそうな、完成された美女。
「こ、こんにちは。無事で何よりでゴザル……」
ヒメノや【七色の橋】の女性陣のお陰で、整った容姿の威勢に慣れているジン。そんな彼ですら、その女性の美しさに圧倒されて間の抜けた言葉しか返せない。
そんなジンに、女性はふわりと微笑んだ。
「もしかして、助けに来てくれたんでしょうか」
美女の微笑みに、ジンとヒメノは頷く事しか出来ない。
そんなジン達を見て、女性は笑みを深めた。
「お気遣いありがとうございます。見ての通り、何とか無事でした」
何とか……とは言うが、それが謙遜なのは明らかだ。どこからどう見ても、彼女は余力を残している。
その女性に対して、ジンとヒメノは心の中でこんな事を考えていた。
――す、すごい……ヒメに匹敵する美人さんだ!!
――すっごく綺麗な人……天使みたい!!
ヒメノに匹敵する……これ、ジン的に最上級の褒め言葉です。何気に、嫁至上主義ですので。
ヒメノはヒメノで、こんな大人になりたいなんて考えてしまう。案外この二人、余裕があるのではなかろうか。
絶句する二人に微笑みかけながら、女性はある点について気が付く。ジンとヒメノの、左手の薬指に輝く指輪についてだ。
「もしかして、貴方達は夫婦でしょうか?」
何やら嬉しそうな女性に、二人は「はい……」と頷くしか出来ない。美人圧とはかくも凄いものなのか。
「うふふ、素敵ですね。それでしたら、第一エリアにある七つの[神竜殿]を巡ってみるのがオススメですよ」
夫婦と何か関係があるのかな……? と思いつつ、ジンは何とか返答する。
「ご助言、感謝するでゴザル」
ジンの返答に満足気に頷きつつ、女性は踵を返す。
「それでは、私はこれで失礼しますね。またお会いしましょう、ジンさんにヒメノさん」
青髪を靡かせながら、女性は入口の方へ向けて歩き出す。ジンとヒメノは、その背中が見えなくなるまで身動きが取れずにいたのだった。
次回投稿予定日:2021/11/8(幕間)




