32 たしかあのへんはいいかんじのいしとかたくさんあったようなきがするのです
夜ごはんは、ロドニーがカートを押して持ってきてくれました。ロドニーだって宿にお泊りしてるお客なのにって思ったのですけど、「ちょうど廊下で従業員と会ったので」ってにっこりされました。
屋敷でするのと同じようにロドニーとタバサがサーブしてくれたのは、ロールキャベツです。とろとろトマトの果肉がまとわりついたキャベツの葉は、きっちり畳み込まれていてピックも刺さってません。ナイフを入れるとするって切り離された葉っぱは歯に挟まらないくらい柔らかい。これは中身が熱いやつなので注意せねばなりません。
「あ!ナッツ!ナッツも入ってます!美味しい!」
ひき肉にはスパイスや野菜を刻んだものと一緒に砕いたナッツも入っていて、ほろほろじゅわっとしたお肉のアクセントです。ちょっと熱くて舌がぴりぴりしたけどこのくらい大丈夫。
「アビー」
旦那様が小さな声で詠唱をすると、お水のコップがキンッて鳴りました。あ!冷たい!魔王だったらテーブルも一緒に凍らせてました。きっと。今は試したことないからわかりません。さすが旦那様。凍る一歩手前くらいに冷たいお水をしばらく口の中にいれていれば、すぐぴりぴりはおさまりました。
「そういえば魔王はどんな魔法も使えたんだろう?やっぱり治癒魔法もできたのか?」
「魔王は怪我しなかったのでわかりません」
「あー、なるほどな」
「たまに端っこがいつの間にか切れてたりしてたことはあったのですけど、それはほっといたらすぐ戻ったので」
「お、おう。怪我の概念がなかったか」
次はきのこです。おっきなエリンギが分厚く切られてるソテーは、バターとにんにくのいい香り。歯ごたえがきゅっきゅってします。
「美味いか」
「はい!」
オニオンスープはちゃんと火傷しないで食べられましたし、細切りにんじんのサラダはぱりぱりしゃりしゃりして美味しかった。ロングハーストにも美味しいものがあるとわかったので、きっと今回もイーサンのお土産にいいものが見つけられると思います。いいのがなければ森の泉でいい感じの石を拾いましょう。それがいいです。
◆◆◆
アビゲイルを寝かしつけてから寝室を出ると、ロドニーが寝酒を用意していた。グラスの隣にある瓶のラベルを見れば、かなり強めの酒なのがわかる。
「”凍てつけ"」
口の中で詠唱すると、いびつで不揃いな氷がふたつ、からんからんとグラスに落ちた。手にしたグラスの中で氷と酒をぐるりと馴染ませているのを見つめながらロドニーが口を開く。
陽も落ち始めてるのになかなか運ばれない食事を気にして、二人が廊下の様子を見に出たときの様子が報告された。
「従業員が廊下で食事の載ったカートを押し付けあってたんですよねー」
「高級宿が聞いて呆れます。客から見えるところでそんな不作法をしているだなんて」
タバサは苛立たし気にハンカチをきりきり両手で絞る。
「支配人からして様子がおかしかったからな。何か聞き出せたか」
「……金瞳が、とかだけでしたねー。言い伝えだかなんだかが染みついた者の妄執というかー、害意というより忌避感ですかね」
「念のために全ての料理の毒見をその場でさせました。問題はありませんでしたし、明日の朝食にも何か仕込むような真似はしないでしょう」
明日も同じように毒見をさせると命じましたからねと、手にしたハンカチで扇を叩きつけて開くような仕草をしてタバサは言い切った。
「領に入ったばかりでこれか。先が思いやられるな……」
「やはり護衛を全員連れてきてよかったですねー」
「もともとアビゲイルのためだけにつけた護衛だ。連れてこなきゃ意味がない」
不本意に来ざるを得なくなった今回の同行だが、そのうち直接調べに来たほうがいいとは思っていたから、この際存分に利用すべきだろう。少なくともアビゲイルを狙うやつらの正体は突き止めたいし、なんなら叩きのめしておきたい。
「しかしこれほどまでに金瞳への偏見が広範囲に根付いてるとは……」
「閉鎖的な土地柄故でしょうか」
「魔王の森にべったりと依存するかのように広がっているくせにねー」
「近いからこその畏怖だとも言えるがな」
魔王の森は連なる岩山に囲まれていて、それはまるで王都を守る城壁のようだ。こちら側にはちょうど入り口だとばかりに、ぽかりと岩山がとぎれた場所を領都として、そこから森に蓋をするかのように領地が広がっている。
「まあこれで、ここの領民に情けをかける必要もないのがはっきりしていい」
「領主館の使用人は元伯爵夫人とともに既に排除済みというお話だったのでは?」
「……父上はそう手配したはずなんだが、どうやら派遣した文官どもが情けをかけたらしい。元伯爵夫人はきっちり追い出したようだが使用人まではだと。排除したところでどうせまた雇うのは地元の領民だっただろうけどな」
「あらら。それじゃカガミニセドリにやられても自業自得だったんじゃないですかー?」
「さすがに情けをかけてそれじゃ釣り合いがとれないでしょう」
タバサはロドニーを窘めるが、あまり本気で思っているようでもない。侯爵家からの指示を軽視したのだから、生きていたとしてもそれが判明すればそれなりの制裁は受けただろう。……業務上では有能だという評価を受けた者たちばかりだったそうだ。ここでさえなければ、その采配も咎められることまではなかったかもしれないが。
第二王妃に招かれた茶会の日、屋敷に帰るなりアビゲイルが告げたのは、文官たちはカガミニセドリにやられたのではないかということだった。
そもそも王都邸にカガミニセドリの卵が紛れていたことだって、不自然すぎると思っていたからこそ、城壁外を警邏中に発見したとか色々ごまかしながらも研究施設に届け出ておいたんだ。城壁に堅く守られた王都内で、これまで未確認の、しかも普通なら自分より賢い生き物の巣に仕込むことはないという魔物の卵が唐突に現れるものか。
もし、というか、まず間違いないのだろうが、今回の件もカガミニセドリの仕業であるならば元伯爵家周辺のやつらが何かしら関わっている可能性は高い。偶然だと片付けるのはめでたすぎる。
「カガミニセドリを発見して届け出たのは俺だ。現地に入りさえすれば何かしら紐づけて警告もだせるだろう。二人は護衛たちを上手く使って探ってみてくれ。だが言うまでもなくアビゲイルの安全が最優先だ」
一気に酒を飲みほしてテーブルにグラスを叩きつけるように置く。分厚い底のグラスはタンっと小気味よい音を立てた。







