18 おそろいとないしょはとてもたのしくていいものだともうわたしはしっています
お誕生日のお祝いはみんな夜更かしをしてましたけど、私は途中で眠くなってしまったので先にお部屋に帰されました。たくさんあったお料理は全種類ちゃんと食べましたから、おなかがいっぱいです。それぞれ一口とか二口でしたけど、たくさんだったので仕方ありません。
煮炊きの煙がしみついたからとさっと湯あみした後に、タバサが髪を梳かしてくれるのが気持ちよくて、私はドレッサーの前でちょっとうっとりしていました。この旅行にメイドはつけていませんから、全部タバサがしてくれるのです。するすると目の細かい櫛が頭のてっぺんから毛先まで撫でていく感触は、旦那様が頭を洗ってくれたのとはまた違う心地よさ。屋敷や城のメイドがしてくれるのだって気持ちよいけど、タバサはちょっと低めのゆったりとした声でおしゃべりもしてくれます。
去年、初めてお誕生祝いをしてもらった時も楽しかったけれど、今日のお祝いもお祭りみたいで楽しかったですと言えば、それはようございましたって、タバサのそのそれはようございましたが好き。
「奥様から頂いたホタテはとてもおいしゅうございましたね」
「はい。おっきいホタテですから当たりだったと思います」
タバサへのお土産だからタバサは独り占めしてもいいのに、私と分けてくれました。私は他にも食べたいものいっぱいあったので一口だけにして旦那様に差し上げましたけど、タバサはもっといっぱい食べてもよかったのではないかと思います。でも私と一緒に食べるのが美味しいって。私も旦那様と一緒に食べるごはんは美味しいので、それと同じです。
「それで奥様、そのホタテの中に真珠がはいっておりまして」
「硬くなかったですか。齧れましたか」
「いえ、下準備のときに料理人が見つけたので大丈夫でございますよ」
よかったです。歯は大事です。タバサはドレッサーと私の間に回り込んできて、小さなビロードの化粧箱を開けて見せてくれました。白くてつやっとした石がふたつ。
「奥様、この真珠は希少で使用人が頂くのには少し高価でございます」
「それはタバサのです。みんなつやつやもぴかぴかも好きですよね?」
違うのでしょうか。好きだと思っていたけどタバサは違いましたか。
タバサは少しだけ眉を下げた困り顔で、はいと笑いました。
「これは内緒のお願いなのですが、聞いていただけますか」
「ないしょ!なんでしょう!」
眠気が飛びました。旦那様とお花の飴の内緒はありますけど、タバサと内緒はありません。
「いただいたホタテの真珠はふたつあります。奥様とおそろいの意匠で、そうですね、奥様は宝箱、わたくしはこのピンバッチのチャームとして誂えるのをお許しいただけますか」
「おそろい!いいと思います!」
タバサが示した襟元のピンバッチは、家令と家政婦長という使用人を束ねる者たちの証だそうです。対になるピンバッチをイーサンがつけています。大事なものだと前に教わりました。タバサとおそろい!
深い礼から身を起こしたタバサに王都に帰ったら宝飾屋を呼びましょうねと手を引かれてベッドにもぐりこむと、上掛けを肩までかけてとんとんしてくれます。旦那様たちがお祭りしている賑わいは、ぼんやりとして木々のざわめきとまじりあいどんどん眠くなってきました。今日もとっても楽しかった。
私はノエル家に来てから夢を見ることがあまりなくなっていました。ノエル家のベッドはふかふかで気持ちがいいのでいつもぐっすりだからです。ほんの時々お花の飴やサーモンジャーキーを食べる夢を見るくらい。
ロングハーストでは物置部屋の床に薄く敷かれた藁がベッドで、ごはんは二日に一度だけど自分で庭の葉っぱや裏の森にある木の実をとったりもできました。でもおなかがいっぱいになることはなくて、力は出ないしくらくらして眠ることが多かったです。床の硬さが藁でいくらか和らぐくらいの感触は、魔王が草むらでうたた寝していたときのと似ています。
だからでしょうか。浅い眠りで見る夢は、ざわりざわりと梢が鳴る森の中で佇んでいる魔王であった頃のものでした。
今私が久しぶりに見ている夢は、まだ魔王が魔王と呼ばれる前のころです。私は見たこと聞いたことは忘れないので、そのころのことだって覚えています。
にんげんはいつだって魔王を見たら悲鳴を上げて逃げていきます。お弁当を落とすこともときたまありました。
魔王のお散歩はいつも森の中だけれど、時々森の外との境界線あたりまで足をのばしたりします。
森の近くににんげんの住む村があるのは知っていました。時々森の中で会うのはここの村の者たちです。
村へ行かなくたって様子はわかります。目がいいのでがんばったら見えますから。
村の中にいるちっちゃいにんげんは森の近くにはきません。なのにその日はちっちゃいにんげんとおっきなにんげんの間くらいのにんげんがいたのです。
焚火をしているそのにんげんに近寄ると、叫びながら投げてよこしたものが焼けたおいもでした。美味しかった。
そんなことが何度かあって、そのうちそのちっちゃめのにんげんは魔王が近づいても逃げなくなりました。
自分のごはんからおいもをわけてくれるようにもなりました。
魔王はにんげんの言葉はわかります。だけどお話することはできません。口はたくさんあるのに。
お返事もできない魔王に、そのにんげんは語りかけ続けます。村でのにんげんの暮らしとかお仕事とか。
働かないとごはんはもらえないのだというのを教えてくれたのもこのにんげんです。
だけどお仕事は別にしていない魔王においもをくれました。
「ひとりぼっち同士だからな」
そういって三つしかないおいものうち一つをくれるのです。
ちっちゃめのにんげんがちょっとおおきめなにんげんになったころ、森の少し奥まで入って草とか木の実、弱い魔物を狩ったりするようになりました。
いつも会うのは森と村の間くらいのところで、森の中で会ったことはなかったです。
だけど、ある日森の浅いところよりちょっと奥で偶然会ったそのにんげんは、あまりそのあたりには来ないような大きめの魔物に食べられそうになっていました。
「たすけて」
魔王が自分を襲ってこない魔物を食べたのは、その時が初めてでした。
「ありがとう」
魔王が思ったり考えたりしたことは覚えていないからでしょう。夢の中でもやっぱり魔王がどう思ったのかはわかりません。
ただぴょんぴょん小さく跳ねていました。
旦那様にありがとうとご褒美の口づけをもらえるとき、ぴょんぴょんしたくなることをそういえばと思い出します。
魔王は私ですからきっとこの時もそんな感じだったんじゃないかと、思い出せなかった魔王の気持ちが初めてわかった気がしたところで、優しく髪を撫でる感触と旦那様のいい匂いがしました。だから私はぴったりくっついてもう一度眠ったのです。
今度は夢を見なかったと思います。







