26 だんなさまはわりとよくちょっとないちゃいますから
本日2話同時に公開しています。
前話にご注意ください。
「”凍て」
「アビー!俺がやる!」
「奥様!主様が泣きます!」
「え、駄目です。え?」
私を抱きしめるタバサが叫んだ声は聞こえました。それと一緒に遠くから届いた声も。
勢いよく回っていた魔力がしゅんっとなり、ブリアナたちのわめき声がまた戻ってきました。
私が痛いと旦那様は泣いちゃうのですけど、私痛くないのに。上手にできるのに、泣いちゃうのでしょうか――あ。
「全員伏せ!」
イーサンの叫びで護衛たちも、私を抱えたままタバサもしゃがみました。
「”切り裂け”!」
タバサの腕の中から、詠唱が聞こえた方角に目を向けます。
甲高い風切り音がいくつも走り、悲鳴と、ばたばたばたと重い水が落ちる音。
「アビー!」
石畳の上を旦那様が、駆けてくる。速い。少し遅れてロドニーもいる。
後ろでひとつにくくった黒髪をなびかせて、身体強化を使っているのでしょう、ぐんぐんとあっという間にもう目の前です。すごく速い!
「旦那様!」
タバサと一緒に立ち上がって私が両腕を広げると、そのまますくうように抱き上げられました。
「旦那様旦那様!タバサが!あれはいらないです!治しちゃ駄目って!でもタバサが!」
「アビー、アビー、何もされてないか」
旦那様は私の頬を撫でながらあちこちを確認します。
どこも痛くなんてありません。さっきの魔法だって上手に使えたのですし。
だけどまだ、魔力のぐるぐるは止まったのに、まだ何かがぐるぐるして止まりません。
「私は!あのにんげんいらないですし!」
「落ち着け、な、アビー」
「奥様、わたくしはかすり傷ですよ」
「でも!」
「俺がやるから。その力をそんなことにつかわなくていいから」
前に旦那様はもう魔王をしなくていいんだって、そう言ってくれました。
私はとてもつよいのに。
魔法だってなんでもつかえるのに、タバサはつかわなくていいって言います。
私はなんだってできるのに。
いい匂い。旦那様のいい匂いです。
旦那様の首に手を回してぎゅっとすると、ぎゅって返してくれます。
やっぱり金剛鳥のぬいぐるみとは違う。
つむじから首へと何度も何度も撫でてくれます。
ゆっくりとぐるぐるがおさまってきました。
――あら?なんで旦那様がもうお帰りなんでしょう。
「旦那様」
「うん」
「旦那様はお早いお帰りです!事故があったって!どうしましたか!」
「ああ、それは後だ。途中で衛兵所へ走る従僕に会って聞いた。それよりこれは」
旦那様はほっと息をついてから、ぎろりとブリアナたちを睨みつけました。
全員、旦那様の風魔法で体中切り裂かれて、呻いたり叫んだりしています。私の氷は消えてしまっているけれど、起き上がることはできないようです。護衛たちも槍を突き付けていました。
イーサンが口早に旦那様へさっきまでのことを伝えます。渓谷のほうは大丈夫ですよって、それは私が話しました。抱っこされてますから耳元でこしょこしょって。
「そう、か。そうすると向こうはそこのボスがそいつらを片付けたと思っていいんだな」
「かしこい子だったので!」
「よくやってくれた。留守もしっかり守ってくれてありがとう。さすが俺の妻だ」
「はい!」
褒められました。きっとあとでご褒美もしてくれます。
その間にロドニーは護衛たちに、ブリアナたちを縄でぐるぐる巻きにして敷地内に転がすよう指示を出しています。治療を手当てをとひぃひぃ騒いでいますが、みんな知らんぷりです。タバサはそこだと汚くてみっともないからもっと影の方になさいって、門から離れたところを指差していました。肩口の服が破れたあたりに大きなスカーフが巻かれていますけど、肩から指先までまっすぐにびしびしといつも通りです。
「俺を足止めするためだけに、崖崩れまで起こしただと?それでアビーを連れ出せたとしてもロングハーストにだって戻れんだろう」
「どんな算段だったかは、これからの取り調べでわかるでしょうが……私どもの手でというのは」
旦那様が舌打ちをしました。見つめていたら鼻先に口づけをくれたので、お返しを差し上げます。
「ここで魔物寄せを使おうなどと……これだけ騒いだんだ。国に突き出さないわけにいかない。従僕には衛兵ではなくドミニク殿下につなぐよう命じたが……まあ、そろそろ到着するだろうな」
「……どうして、どうしてそんな化け物を」
ブリアナがつぶやきました。
ぐるぐる巻きで這いつくばっていますが、歪んだ顔を持ち上げていて、目が合うと歯をむき出しに叫びます。
「あんた!魔物の癖にいい気になってんじゃないよ!」
「……イーサン、一人生きてれば用は足りると思わんか」
「お気持ちはわかりますが……ここであっさりというのもいささか見合わないかと」
「ああ……くっそ、そうだな。念入りな取り調べを頼もう。おい、そいつの口をふさいどけ。アビー、部屋に戻ろうな。土産もあるぞ」
「魔物は魔物らしくしてろ! お前なんか誰も愛さな――っぐ」
口に布切れを押し込められて、あちこち血だらけなのにもがいて暴れるブリアナは罠にかかったたぬきみたいで、ナディアとよく似ていました。
愛さないって、旦那様も初めてお会いした夜にそんなようなことをおっしゃったのを思い出します。
そのときは意味がわからなかったのですけど。
「そう言われましても」
「アビー?」
「旦那様はあいしてるって言います。私も同じ。同じあいしてるです」
今はもうちゃんとわかるのです。教えてもらいましたので。







