24 あんきはぴかぴかでくらくはなかったです
閉じた門扉の向こうにたどり着いたブリアナは、腕を組んで鼻を鳴らしました。
「いくらあんたでも世話になってる主人の状況くらい知りたいんじゃないの」
「奥様。耳を貸す価値もありません。戻りましょう」
「使用人が差し出がましいね!」
「旦那様とロドニーのことを教えてくれるのですか」
「奥様っ」
ブリアナは口元を歪めて笑います。首を横に振るタバサに頷いてみせました。これは女主人のお仕事だと思います。
「いい暮らししてるようだし、まずはもてなしてもらいましょう」
「――おいっ」
「うるさいっ、もううんざり!宿もとれないんだから!」
袖を引こうとしたお供の手を振り払うブリアナのスカートの裾は泥だらけであちこち裂けてますし、羽織ったローブも砂ぼこりで白茶けています。
おなかも減っているのかもしれません。
屋敷から駆け寄ってきたイーサンが私の横に並びます。裏の通用門の方へ従僕が一人静かに駆けて行ったのが見えたので、衛兵を呼ぶんじゃないでしょうか。
「入ってもいいです。ここ開けてください」
護衛は私とイーサンを見比べた後、槍を構えながらするすると門扉を人間一人分の幅だけ開きました。
「ちょっと」
「おまえだけです」
自分だけは通されても、お供たちを入れさせないことにブリアナは文句をつけようとしましたが、ご用のない人はいれません。
「ごはんもあげません。おまえたち、何をしたのですか」
「は?」
イーサンが私の前に出ようとしましたが、一歩横に飛んでその前にまた出ます。まだいざというときではないので!
ブリアナは私より頭一つ分大きいですけど、私の方がつよい。
「軍から伝令が来たのはさっきです。なんでおまえが知っていますか」
「……ふんっ、だから知りたいならもてなせって言ってるの」
私が見えないのに、このにんげんが知ってるのはおかしいことです。
義母上から習いました。おもてなしはその人にふさわしいおもてなしをするものだって。
このにんげんはうそつき。ロングハーストにいたときだって、ごはんくれなかった。
私だってもう知ってるのです。私がお仕事しなくたって、ブリアナは私にごはんを食べさせなくてはいけなかったって、それが当たり前だって旦那様に教えてもらった。
「ごはんが欲しいならお仕事をするといいです!」
「はぁああっ!?」
「さすが我が奥様」
ブリアナが一歩足を踏み出し、タバサが私の肩を抱いて引き寄せました。
「後は私どもが話したくなるようにさせましょう。奥様、命じてください」
イーサンがブリアナの鼻先へと伸ばした手の先には、銀色の細くて尖ったアイスピックみたいな大きな針があります。またどこから出たのかわからなかった。これがきっと暗器というもの!ぴかぴかなのに!
顎を引いて後ずさったブリアナの背で、鉄の柵ががしゃっと鳴ります。
その向こうのお供たちを囲むように護衛たちが姿を見せました。
だけどブリアナとそのお供は少しひきつってはいますが、にやにや笑いをしたままです。
「ばっかじゃないの。そんな化け物を奥様って?そいつを寄こせばあんたらのことは見逃してあげる。どうせあんたらには上手く使えやしないんだか――ひっ」
「戯言を」
イーサンの手はほんのわずか振られただけだったようなのに、ニードルはブリアナの肩先を掠め、後ろのお供の手に刺さりました。もうイーサンの手に次のがある!いつのまに!またわからなかった!
お供はポケットから何かを取り出そうとしていたらしく、それはブリアナの足元に転がりました。ガラスの小瓶ですが割れることはなく、ブリアナはつま先で転がるのを止めます。お行儀悪い。小瓶の中には……粉?黒い粉が入ってるようです。
「これ、何だと思う?あんたらも見たことあるはずだよ。私らからの連絡が途絶えれば、あんたたちの主様とやらは狂った魔物たちに襲われるだろうね」
「……魔物寄せですか」
イーサンが突きつけているニードルをそのままに少し掠れた平坦な声で問い、護衛たちはさらに強く身構えました。私の肩に添えられたタバサの手にも力が入ります。
ドリューウェットの収穫祭で、ナディアは焚火に魔物寄せの花を入れようとしました。ここにいる全員が知っています。
見たことあるといっても、その時は枯れた花そのままでした。小瓶の中ですし匂いはわからないのですけど、そうするとあれは乾かした後で粉にしたものということ。
「――あなたの娘がどうなったか知らないわけでもないでしょうに」
「ほんっと馬鹿な娘だったよ!物の使い方も知らないのに勝手に持ち出して!」
「渓谷にそれを持ったにんげんがいるということですか」
「そうさ。渓谷の狭い場所に上から火をつけてばらまけばどうなるか馬鹿でもわかるだろって……あんた今日は随分しゃべるね。少しは人間様の真似が上手くなったようだ」
「たかいところにいる」
渓谷の両側には私の森とは違う森が広がっています。
だからボスも違う。会ったことはありませんが、あそこのボスは竜よりも長く生きてるって得意そうにしていた黒蛇猿です。
猿っぽいけどもっとずっと大きくて鱗のあるおなかのほかは毛むくじゃら。
旦那様が出発してから毎晩あちこちのボスに様子を聞いていたのです。
うるさいのいないよとか。
うちのこたちはみんないいことか。
なまいきなのとけんかしたとか。
おうちからでないからわかんないとか。
ずっとおてんきだよとか。
軍の人たちは旦那様より弱い人たちばかりですけど、閣下みたいにつよいのもいます。
人里の近くにいるのはよわい子が多くて、数だってそんな多くない。
でも渓谷あたりのあの子のおうちはちょっとはなれたところの洞窟だけど、ながいきのぶんかしこいから。
――おまえのこどもたちをまもりなさい
「イーサン、旦那様たちは大丈夫です。そのにんげんたち捕まえなさい」







