18 あしたのよるはねるときにタバサにほんをよんでもらおうとおもいます
去年の聖夜祭に旦那様からいただいた金剛鳥のぬいぐるみを、ぎゅっとして一緒にお布団にはいりました。
いつもはたくさんある枕に挟まってるのですけど、遠征に行ってしまっている旦那様の代わりです。もこもこであたたかい。
昼の間はもう暑いくらいのこともありますが、まだ夜はひんやりしてるからちょうどいい。
タバサが首元までお布団をかけてくれてから、おやすみなさいませと部屋を出ていきました。
お留守番をはじめてからもう三週間になります。
リックマンをお招きして裏庭にある野苺を一緒に摘んでからお茶会をしました。初めて私が主催したお茶会です。ちゃんと子爵夫人らしくできたと思います。
今夜だって寝る前にイーサンと屋敷の戸締りを見て回りました。イーサンが鍵をかけて、私はそれを指差して確認します。屋敷を護るって旦那様と約束したのですから。
目を閉じてから金剛鳥に顔を埋めて、出発前に旦那様が指差してくれた方角へと意識を向けます。
どんなに遠くたって、魔物やお天気とかならわかりますのに。
ロングハーストの領都くらいなら、旦那様がどこにいるのかわかりますのに。
にんげんが住むところを進んでいく旦那様は、もうどのあたりにいるのかわからない。
だから旦那様がいるはずの方角にある森や山をみていました。どこの魔物もそこのボスの言うことをちゃんと聞いている。大丈夫です。
予定通りなら今頃は王都への帰り道のはずです。どのくらいまで近づいたらわかるでしょうか。一番外側の城門くらいならわかる気がするのですけど。
金剛鳥もお布団もふわふわもこもこであたたかい。
なのになんだか体の真ん中がすぅすぅします。
冬の森の泉で春を待っていたときよりずっとあたたかいのに。
春になったらあの子が来てくれるって、冬が来るたび私はそう思いながら待っていました。
旦那様はあの子とは違います。それに旦那様のおうちはここですので、だから旦那様は必ず帰って来てくれます。
ここにはタバサもイーサンもいます。お爺はにんげんのつくったお花を教えてくれて、料理長はにんげんのごはんをつくってくれます。
あの頃とは違うのを、私はちゃんと知っています。
ここにいるにんげんは誰も私に嘘をつかないし、私をやっつけにきたりしないのです。
◆◆◆
王都から国境近くの遠征地まで片道十日ほどの行軍で、同盟国との共同演習は三日に渡って行われる。上層部の会合もあるし、休息日も含め滞在期間は六日間だ。
「早く帰りたい……」
「はいはいはい。遠い目しなーい。ほら閣下が呼んでますよっ」
同盟国同士の交流会では、隊長クラス以上は別会場となる。ここにまでハイドンは入り込めないから、少しばかり気が抜けていた。
演習自体は例年通り滞りなく行われ、上層部の会合も特に問題なく終えたと聞いている。ロドニーの耳打ちで姿勢を正し、ウィッティントン将軍閣下の手招きに応えた。
閣下と談笑していたのは同盟国軍の幹部たちで、俺も面識がある。挨拶もそこそこに結婚を祝われた。
「去年の演習のときは何も言ってなかったじゃないか」
「私事でしたし、式もまだだったので」
「前回は将軍が参加していなかったからなぁ。後で社交界のほうから噂が流れて来てたぞ。堅物が幼な妻に堕ちたってな」
「幼く見えますがきちんと成人してますよ」
「堕ちたほうは否定しないのか」
「間違ってはいませんね」
元々仲が良好なことを示すために少ないながらも社交を行ったわけだから、望むところではある、けれど最近は少しやりすぎたんじゃないかという気がしないでもない。顔には出てないはずだが若干背中が熱い。国外にまで伝わると思わないだろう!
「奥方は赤髪と金瞳が印象的で綺麗なお嬢さんだよ。話すと可愛らしいしね」
閣下は少し口端に堪えたような笑いを見せている。顔合わせ以降、時々様子を聞かれているのはアビゲイルの天恵や能力のことだけではなく、単純に気に入ってくれているからだろう。閣下の遠縁だからと持ち込まれた縁談というのも勿論あるが。
遠征地から王都までの往復は行軍の演習も兼ねているけれど、ドミニク殿下の依頼を受けた俺は帰途で離脱することになっている。その後押しもしてくれていた。
「ほお?金瞳とは……さすが閣下が目をかけているだけあって、とんでもない吉兆をつかみましたね」
そう感嘆の声をあげたのは、同盟国の中将だった。
「まあ幸運だったとは思っていますが、吉兆、ですか?」
「私の出身地、ああ、ここの国境を越えてすぐの地なんですが、そのあたりでよく言われることでね。閣下のような薄茶や琥珀色とも違う金の瞳は珍しいでしょう。魔力の輝きがなければ金色にはなりませんから。それで聖獣の伝承もあって豊穣をもたらすものとされてるんです」
「聖獣の伝承とは興味深いですね。詳しくお聞きしても?」
魔王の森はロングハースト領地ということにはなっているが、俺が武功をあげたときの敵国と同盟国とうちの三国を分かつ国境でもある。公国があった時代は四国に囲まれていたことになるか。森を囲む岩山は一国の軍が越えることはできないほどに険しく、平地に抜けられる道も我が国側にしかない。ロングハースト領都へ続くあの道だ。だから先の戦争でロングハーストは戦地とはならなかった。岩山と森があの地を護っていたとも言える。
「子どもが寝物語に聞かされるような話ですよ。岩山から下りてきた金瞳をもつ魔物は、手を出さなければ襲ってくることはない。魔物の姿をした聖獣だから畑を少し荒らしたとしても山に帰るのを黙って見送れと。そうすればその年は豊作になるってね」







