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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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危険な二つ名 その3


「お帰りなさい、ウェルマーさん。待っていましたよ」

 ポーラさんがカウンターからうれしそうな声を上げる。


 全員同じような格好をしているので誰が誰だかわからないけれど、多分先頭の人だろう。パーティのリーダーは先頭を歩くものだしね。


「こんなところにいやがったのか」


 忌々しそうに後ろの人がつぶやいた。みんな赤い格好だし、名前がわからないので『赤い外套(レッド・コート)』二番としておこう。二番はごつい全身鎧にカブトをかぶった大男だ。ガチャガチャと金属音をさせながら前に出ると、ごつい手甲を僕の腕の中のスノウに伸ばしてきた。僕が後ろに下がってそいつをかわすと、焦れたような舌打ちが聞こえた。


「その白猫をよこせ」

 この人たちまでスノウが嫌いなのか。まったく、なんてギルドだ。猫嫌いにもほどがあるだろう。

「スノウをどうするつもりです」


「決まっているだろう」二番は鎧をきしませながら親指を下げて見せた。

「真っ黒に染めて袋に詰めて川に流してやるのさ」


 目の前が真っ黒にくらんだ。頭に血が上り、鼻の奥がつんと痛くなった。僕はこれほど悪質な冗談を聞いたことがない。


「じゃあ、僕からも忠告です」今にも爆発しそうな感情をこらえながら僕は言った。

「その寝言を今すぐ止めないと、鎧の中まで真っ赤っかになりますよ」

「なんだと?」


 二番が僕に飛びかかろうとする。その機先を制して僕はその鎧の眼前に虹の杖を突きつける。

「言っておく、僕は本気だ」

「にゃあ」


 スノウが腕の中で不安そうな声を出す。

「大丈夫だよ、スノウ」

 僕がいる限り、指一本触れさせやしない。


「いい加減にしなさい、ギルドの中での私闘は禁止だと何度言えば」

「だったら、ギルドの中でなければいいんだろう」


 ボーラさんの怒鳴り声にウェルマーが平然と割って入る。

「練習場を貸してくれ。そこで話を付ける。それでいいだろう」


「いいわけないでしょう。いくら何でもこんな子相手に大勢でよってたかって。『赤い外套(レッド・コート)』の名前が傷つきますよ。だいたい、こんな大事な時期に好き好んでトラブルを起こさなくても」


「大事な時期だからさ」とウェルマーが僕の腕の中のスノウに顔を向ける。

「このままじゃあ縁起が悪い。余計な要素はつぶしておく方がいい」

「だからって」


「悪いようにはしなさいさ。このガキには後で銀貨でも渡しておく。それでいいだろう」

 ふざけるな。スノウがお金に換えられるものか。金貨一千万枚積まれたってお断りだ。


「やっぱりダメよ」ボーラさんがいやいやをするように首を振る。

「袋だたきにされるのを黙って見ているわけにはいかないわ」

「僕なら構いませんよ」


 このままではらちがあかない。さっさと決着を付けるのが一番だ。

「勝つのは僕ですから」

 二度とスノウに手を出そうなんて考えられないくらいにこてんぱんにしてやる。


 ギルドの訓練場は建物の奥、買い取り場の裏側にあった。広さはちょっとした集会場くらいはあるだろう。周囲をギルドの買い取り場や倉庫やギルドの事務所に囲まれている。天井はなく、冷たい風が吹き抜ける。ぱっと目の前が白く染まった。地面には白い砂を撒いてあるのだ。


 普段は冒険者が訓練のために剣を振ったり、木剣で模擬戦を行っているという。ギルドに雇われたり、あるいは自主的に冒険者が後輩の稽古を付ける場所でもあるそうだ。使うにはギルドの許可がいるけれど、先輩冒険者である『赤い外套(レッド・コート)』たちに僕が稽古を付けてもらう、ことになっている。もちろん、そんなのはただの建前だということは僕を含めその場にいる全員が知っていることだろう。


 訓練場にはすでに『赤い外套(レッド・コート)』をはじめ、大勢の冒険者たちが立っている。ひい、ふう……全部で二十一人か。『赤い外套(レッド・コート)』が参加すると知った途端、ビルたちほかの冒険者も参加すると言い出したのだ。


 武器は持っていない。訓練であってもたった一人相手に武器を使うのなら使用許可は出せない、とポーラさんが押し切ったのだ。その代わり鎧を付けていたり、手甲を付けている。あれでは蹴っても痛くないだろうし、ぶん殴られれば鼻血どころではすまない。


「今からでも遅くありません。やめましょう」

 訓練場の端っこで、ポーラさんが今にも泣き出しそうな顔で言った。

「いくらなんでも不公平すぎます」


「構いませんよ」僕は胸を張って言った。

「どうせ泣きべそをかくのは向こうの方です」


 ふと見下ろすと、スノウが爪を立てて僕の足にすがりつく。世にも哀れな声で鳴いているのを聞くと、僕まで悲しくなってくる。

「大丈夫だよ、スノウ」


 僕はスノウを抱えると、頭を優しく撫でてあげる。

「君は絶対に僕が守るからね」


 僕は武器と荷物とマントをポーラさんに預けると、悪魔どもの待つ訓練場に向かった。


「覚悟はいいか」僕が正面に立つのを見計らって二番が自分の拳を打ち合わせる。景気づけのつもりなんだろうけど、あんなの拳を痛めるだけだ。


「ああ、とっくにね」

 僕は肩をすくめる。


「君たちをこてんぱんにしてやるって覚悟は決めたから安心していいよ」

「なんだよ、こてんぱんって」二号が鼻で笑った。「わけがわかんねえな」

「こてんぱんはこてんぱんさ」


 僕はわざとあわれむように言ってやる。

「すぐにわかるよ」


次回は10月13日の午前0時頃に更新の予定です。

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