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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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危険な二つ名 その1

今回からまた新しいエピソードの始まりです。

前回の続きから始まります。

  第八話 危険な二つ名


 クロウラー通りを抜けて大通りに入るとにぎやかな音に包まれる。道行く人たちの足音や話し声、大きなかごいっぱいに果実をかついだ行商人の呼び声、お店から聞こえる威勢のいい掛け声、酒場からは楽しそうな笑い声と乾杯の音、たくさんの音や声が熱気といっしょに聞こえてきた。まるで音の湯気を浴びているかのようだ。


 日は高く、オトゥールの町は活気に満ちているけれど、僕はしょんぼりした足取りで歩いていた。

 やむを得ない事情から受ける羽目になった借金の取り立てと、それを巡る一連の出来事がようやく一段落付いて依頼も終了した。


 でも僕を待っていたのは、達成感ではなく、疲れとも、あきらめとも付かない、暗くどんよりとした気持ちだった。そう思うのは僕の中で後味の悪い結末を迎えたからだろう。


 大通りはゆるやかな坂道になっている。山の地形に沿っているためか、まっすぐではなく時折ヘビのように曲がりくねっている。先の見えないのがまた僕の気持ちを沈ませた。

 何とか気持ちを奮い立たせて僕は冒険者ギルドへと向かっている。


 えっちらおっちら坂道を上り、ようやくギルドの看板が見えてきたところで、急に歓声のようなざわめきが聞こえた。反射的に顔を上げると、赤いマントをつけた人が目の前をゆっくりと歩いている。一人だけじゃない。男の人が五人と女の人が二人。金属鎧とか、皮鎧とか、ローブとか着ているもの、ばらばらだけれど、共通しているのは、みんな頭の先から靴の先まで赤一色に染め上げていることだった。ご丁寧に髪の毛も赤い。地毛ではなく、根元がわずかに黒いところを見ると、薬か何かで染めているようだ。


 肩にはギルドの組合証を付けている。みんな三つ星だけど、先頭の人だけは四つ星だった。すごいなあ。現役の冒険者で四つ星の人を見るのは初めてだ。


 顔の汚れ具合から町に着いたばかりというところだろう。日焼けした肌やすり切れた柄からは、経験の豊かさを感じる。


 彼らは僕の目の前を通り過ぎて、一本外れた道を曲がっていった。坂の上は確か『宿り木通り』といって宿屋がたくさん並んでいる。宿でも探しに行ったのだろう。


 立ち止まってその背中を見送っていると、隣にいた恰幅のいいおばさんが感心したようにつぶやくのが聞こえた。


「へえ、あれがウワサの。立派なもんだねえ」

「あの人たちが誰かご存じなんですか?」


 僕が問いかけると、おばさんはお団子のように膨らんだ頬と鼻をひくつかせて僕をまじまじと見た。

「アンタこの町に来たばかりだね」

「ええ、三日ほど前に」


「なら知らないのは無理もないねえ」と自分一人で納得したように、深いため息をつく。

「あの人たちはね、この町でも一番の冒険者さ。名前を『赤い外套(レッド・コート)』ってんだ」

 それからおばさんは、まるで自分のことのように得意げに話してくれた。


 『赤い外套(レッド・コート)』というのは、この町でも一番の冒険者パーティだという。リーダーのウェルマーをはじめ、全員が装備を赤で統一している。当然、とても目立つ。目立てば、気にくわない、と因縁をふっかけてくる奴も出てくる。でもそれをはねのける実力を持っているから平気なんだそうだ。


「特にリーダーは剣の達人でね、あんまりその剣が早いんで『赤光』なんて呼ばれているそうだよ。こんな感じでね」


 おばさんは落ちていた枝を拾うと、えいやっと振り回しながら身振り手振りで説明してくれた。

「すごいですねえ」

「のんきに感心してちゃダメだよ」


 おばさんがパン、と手のひらで僕の背中をひっぱたく。地竜の皮鎧を着ているから痛くはないけれど、勢いに押されてつんのめる。


「アンタも冒険者なんだろ? だったら努力して『二つ名』で呼ばれるようにならないとねえ。腕のいいのや、名前の売れた冒険者はたいてい、そういう『二つ名』を持っているからね」

「がんばります」


 適当に相づちを打つと、おばさんは満足げにうなずいて去って行った。


 冒険者ギルドへと向かいながら僕はさっきのおばさんの言葉を思い出していた。

「『二つ名』かあ」

 要するに、あだ名のことだ。冒険者の場合、その人の得意な武器だとか、戦い方で付けられると聞いたことがある。


 僕もいつかは『二つ名』で呼ばれるようになるのかなあ。格好いいのがいいんだけどなあ。『天龍神剣』とか『降魔黒狼』とか。『クルルの大冒険』に出てきた騎士ジャスティンのように『白金の獅子』なんてのもいいなあ。

 でも、『二つ名』なんてのは人から付けられるものであって、自分から名乗るものじゃあない。不真面目な仕事をしていたらすぐに『ゴブリン』とか『野ねずみの』とか『はげウサギの』なんて、格好悪いのが付けられてしまうだろう。実際、ついこの前も『森ガラス』なんて呼ばれたばかりだ。


 僕もよくほかの人をあだ名で呼んだりするけど、世の中には母さんみたいに変なあだ名を付けようとする人もいる。前にアップルガースの村祭りで、酔っ払ってジェロボームさんに「この山羊頭!」とか、エメリナおばさんに「なによこのヘビ女!」と失礼な呼び方をしていたものだ。あの時は、恥ずかしさで死ぬかと思った。


「あ、ごめんなさい」


 ぼけっとしていたからだろう。背中からどんと誰かがぶつかってきた。僕はまたもつんのめりながら、どうにかこらえる。そして声の主に顔を向けると、心臓が高鳴った。


 首元近くでそろえた茶色がかった黒髪。ぱっちりとした緑色の瞳。薄いシャツに袖のない上着、灰色をした厚手のズボン。薄汚れているし、どうみても男物だった。年の頃は僕より、二つ三つ上というところか。格好のせいか年頃のせいか、美人ともかわいいとも呼びがたい。


 でもはっきりしているのは、うん、一目見て僕がぽーっとなっちゃう女の子だってこと。


「ごめんなさい、急いでたもんで」

「いや、僕の方こそごめん」

「ほら、財布落ちているよ」


 と、僕の足下を指さす。小さな財布が転がっている。いつの間に落としたのかな。腕を伸ばしながらかがんだ時、不意に背中に柔らかいものが飛びついてきた。


「にゃあ」

「スノウ!」


 僕の友達は甘い声で鳴くと、僕の肩までよじのぼり、その白くて柔らかい毛を毛を僕の顔にすりつけてきた。


「どうしたんだい、スノウ。おさんぽかい?」

「にゃあ」

 返事の代わりに僕にほおずりする。


 よく考えれば町に来て以来、スノウとは夜しか遊んでいない。朝から晩までいつもおるすばんばかりで退屈していたのだろう。もしかしたら寂しかったのかも知れない。


「ごめんよ、スノウ」

 こんなに優しい子を寂しがらせるなんて僕は友達失格だ。


「ちょうどいいや、仕事も終わったし、一緒に行こうか」

 スノウが来てくれたおかげでさっきまで落ち込んでいたのがウソのように晴れ晴れとしている。やっぱりスノウは僕の特別だね。


「あの……」

「ああ、ゴメン」

 おずおずと話しかけてきた女の子に謝る。


 女の子も乾いた笑い声を出しながら差し出そうとしていた手を引っ込める。

「でも、これ僕の財布じゃないよ」


 小さな布の袋をつまみ上げる。僕の使っている小銭入れとは、形が違う。


「そうなんだ。てっきり君の懐から落ちたように思ったんだけれど、勘違いだったみたい」

 中身は銅貨ばかりだけれど、きっと落とした人は困っているだろう。

「衛兵さんに届けないとね」

「ちょっと、やめときなって」

 びっくりした様子で、女の子が手を振る。

「衛兵なんかに渡してもそのままちょろまかすだけかな」

「そうかなあ」

 僕は首をかしげる。


「なんなら、もらっといたら?」

「そういうわけにはいかないよ」


 落とし物は本人に返さないといけない。『失せ物探し(サーチ)』で探そうと思ったけれど、僕は落とし主を知らないので見つかるかわからない。なので、カバンから紙を取り出した。それから近くの古着屋さんに許可をもらい、僕が財布を拾ったこと、心当たりのある方は冒険者ギルドか、宿屋まで取りに来てもらうように書いた紙を店先に貼っておく。


「これで大丈夫だね」

「そうかなあ」

 女の子は首をかしげる。多分、誰か悪い奴が落とし主になりすまして取りに来るのを心配しているのだろう。でも、財布の形や中にどれくらい入っているかは書いていないので、来た人たちに聞いてみればわかることだ。


 同じ場所でずっと突っ立っていて見ジャマになるので人の流れに乗って歩き出す。女の子もいっしょだ。自然と並んで歩く格好になってしまい、どきまぎしてしまう。


「そう言えば、まだ名乗ってなかったね。僕はリオ。こっちはスノウ」

 それから冒険者ギルドの組合証を見せる。


「へえ、旅の人かと思ってたら冒険者なんだ」

「まあね、まだ駆け出しだけど」


 入って二ヶ月かそこらなのだから、駆け出しと言っていいだろう。

「アタシはエセル。この町で働いているの。よろしくね」


 歩きながら握手をする。手袋ごしだから感触なんてわからないけれど、女の子と触れ合っているという事実だけで僕はぽーっとなってしまいそうだ。


「どこから来たの?」

「ちょっと山奥からね」


 アップルガースの名前を出すべきか迷ったけれど、今は伏せておくことにした。村のみんなは事情があって世間では悪く思われている。僕としては恥じることは何一つないけれど、女の子をムダに怖がらせることもない。


「一人で旅しているんだ、大変ね」

「スノウがいるよ」

 僕の肩の上でスノウが切なそうな声で鳴く。


「リオもやっぱり七つ星とか目指して冒険者やっているの?」

「まさか。僕はそんなに強くないからね」


「でも、冒険者やるくらいだから、名前を国中にとどろかせたいとかって、あるんじゃないの? 派手な二つ名とか付いてさ。知っているかな? 『赤い外套(レッド・コート)』とか」


 二つ名、と聞いて僕はさっきの空想を思い出して恥ずかしくなる。エセルも知っているところを見ると、『赤い外套(レッド・コート)』はやはりこの町では有名なようだ。


「僕は地味な男だからね。細々とでも続けていけたらそれでいいさ」

「まあ、獅子だの狼だのってのはちょっと似合わないかなあ」


 そこでエセルは僕の前に回り込むと、ちょっと体を屈めながら上目遣いに僕を見上げる。

 間近に迫るかわいい女の子の顔に、胸の鼓動は急速に高まっていく。


「まあ、君なら『白猫』ってところじゃないかな」

 唇に手を当ててくすくすといたずらっぽく笑い出す。


「『白猫』かあ……」

 僕はぼんやりと同じ言葉を繰り返す。


 白猫というのはもちろん、スノウのことだろう。今も僕の耳を甘噛みしているところだ。普通、二つ名とかあだ名というものは、その人に似ているものとか、身近なものから付ける。僕もよく心の中であだ名で呼んだりするからよくわかる。


 獅子だの狼だというのは、戦い方がまるで獅子や狼のように勇猛果敢だからだろう。太っちょとか、やせっぽち、みたいに外見そのままだったり、シロヘビさんみたいに外見が似ているから付けることもある。あるいは、身につけている鎧や住んでいる場所がそのままあだ名になる場合もある。


 今回の場合なら、スノウが僕のあだ名になっている。つまり、それだけ僕とスノウが仲良し、という証拠だ。『白猫』のリオ。いいじゃないか。


「そうだね、機会があったら名乗らせてもらうよ。ありがとう」

 あだ名なんてほかの人が勝手に呼ぶものだ。自分から名乗るものじゃないけど、エセルがせっかくつけてくれたんだ。その好意をムダにはしたくないのでそう答えておいた。


「え、あの……」

 僕がお礼を言うと、エセルはなぜかおどろいた様子でうわずった声を上げた。口の中でもごもごと言葉を詰まらせ、そのまま黙りこくってしまった。


 はて、どうしたのだろう。僕が尋ねても「なんでもない」と言われた。

 もしかして、気に入ったからやっぱり自分で名乗りたいのかな。『白猫』のエセルとか。同じあだ名の人もいるだろうし、名乗りたいなら好きにに名乗ってくれてもいいよ。


 そう言おうとしたところで僕たちは足を止めた。頭の上には冒険者ギルドの看板が吊されている。

「じゃあ、僕はこれで。今、『空飛ぶイタチ亭』に泊まっているから何かあったら来てよ」


 それじゃあ、と別れようとしたらエセルが焦った様子で「待って」と声を掛けてきた。

「えーと、その……そのスノウちゃん……だっけ。その子は置いていった方がいいと思うかな」

「どうして?」


 スノウがいないと、『白猫』のリオは名乗れないじゃないか。

「その……この辺、猫嫌いの人多いから。ね? わかるでしょ」

 猫が嫌いという気持ちはまったく理解できないけれど、エセルの言いたいことはなんとなくわかった。嫌われたり、追い払われたらスノウだっていい気持ちはしないだろう。


「それじゃ、この辺りで待っててくれるかな」

 スノウは元気よく返事すると、僕の肩から軽やかにジャンプする。肉球程度しかない細い看板の上にもバランスを崩すことなく着地する。そのまま二度飛び跳ねて屋根の上に飛び乗る。

 さすがスノウだ。


「忠告ありがとう。それじゃあ、僕はこれで」 

 手を振ってギルドの中に入ろうとすると、エセルも後から付いてきた。

「君も冒険者ギルドに用事なの?」僕は振り返って聞いた。


「ちょっとね」

 鼻歌でも歌いそうな雰囲気で僕に続いてギルドの中に入る。何か依頼でもあるのかな。それとも、もしかして冒険者なのかな? 見たところ組合証はないけれど、普段は荷物の中にしまってあるという人もいる。質問しようとしたけれど、ギルドのにぎやかな雰囲気についそちらを向いてしまう。


 ギルドの中は、冒険者であふれかえっていた。初めて来たときの閑散とした雰囲気がウソのようだ。全部で三十人はいるだろう。掲示板を見ていたり、カウンターで何事か話していたり、座り込んで眠っている人もいる。みんな強面というか、おっかない顔をした人ばかりだ。

次回は10/6(金)の午前0時頃に更新の予定です。

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