王子様、あらわる その9
洞窟から出ると日も暮れかけていた。思っていたより長い時間、中にいたみたいだ。
「ミルヴィナ!」
待ちかねていたのだろう。草むらの中から殿下と、騎士二人が飛び出してきた。
「殿下!」
ミルも駆け出す。夕暮れの森の中、王子様とお姫様はひしっと抱きあう。まるで絵本の世界だ。
二人とも嬉しそうだ。
ミルがここに来たのはお見合いって話だったけど、この分だとうまく行きそうだ。
どうにも胸がちくちく痛いのは気のせいだろう。
「盗賊はどうした」髪の長い騎士が僕に話しかけてきた。
「薬で眠っています。しばらくは目覚めないと思いますけど。それより今は逃げた方がいいと思います」
「なぜだ」
「人数が少なすぎます」
馬車をおそった盗賊は三十人近くいたはずなのに、洞窟にいたのは見張りを含めても十人。つまりまだ仲間がいるってことだ。
「いつ仲間が戻ってくるかもわかりません。ここは姫様と殿下の安全が一番かと」
「そうだな」とうなずくと、まだ抱き合ったままの殿下たちの方を向いた。
「殿下、早く戻りましょう」
よく声を掛けられるなあ。僕は、あの二人の世界に入っていけそうにない。
はっと夢から覚めたようにウィルフレッド殿下はミルから離れる。
「そうだな……よくやったぞ、リオ。こたびの活躍、見事であった。城に戻ったらほうびを取らせる」
「いえいえ、お気になさらず」
ほうびが欲しくて来たわけじゃあない。
騎士たちが先導して坂道を下りることになった。その次が殿下たち。僕がしんがりだ。殿下は転ばないようミルヴィナ姫の手を取りながらゆっくりと降りる。本当はもっと急いだ方がいいんだけれど、ミルのうれしそうな顔を見ると何も言えなかった。
道に戻ってきたところで、騎士たちが三頭の馬を連れてきた。僕の乗って来たのも入れると四頭。僕たちは六人。二人余っちゃうなあ。
「姫、私の馬に」と殿下がミルヴィナ姫をいざなう。二人乗りか、いいなあ……。
僕がぼんやりそんなことを考えていると、たくさんの馬蹄の音がした。
見ると、何頭もの馬がこっちに向かって走ってくる。
伯爵の軍がようやく来たのか、と手を上げかけた瞬間、空気を裂いて一筋の矢が飛んできた。
矢は僕たちの手前で失速し、音を立てて地面に突き刺さる。
続いて第二、第三の矢が山なりに僕たち目がけて振ってくる。僕は殿下とミルをかばい、前に出る。
幸い誰にも当たりはしなかったけれど、一本の矢が殿下の側にいた馬の足元に突き刺さった。
おどろいた馬がいななきを上げてどこへともなく走り去っていく。それにつられて残りの二頭も後を追いかけて行った。
殿下たちの顔色が変わる。いなくなった馬たちと入れ替わりに、馬に乗った男たちが僕たちを取り囲んだ。どう見ても迎えに来た騎士って感じじゃあない。どちらかというと山賊だ。
「おやおや、殿下に姫。こんなところで仲良くあいびきというやつですかな」
馬に乗った男がいやみったらしい口調で口元をゆがめる。頭にはバンダナを巻いている。
昨日の夜ミルをおそってきた奴だ。後ろには隻眼の男と、禿頭の男もいる。あいつらも盗賊の仲間だったのか。
ひい、ふう……全員で十八人か。うち半分は馬に乗っている。
元来た道へ逃げようにも向かう先は洞窟だけの行き止まりだ。それに弓矢を持っている相手に背中を向けるのはまずい。
「ねえ、眠り薬は?」ミルが小声で僕に話しかけてきた。
「さっき全部使っちゃった」
元々そんなに量もなかったし、第一飲ませる方法も思いつかない。
「降伏すればあなたと姫の命は保障いたしましょう」
バンダナの男が代表してウィルフレッド殿下に話しかけてくる。
「黙れ、貴様らの虜囚になどなるものか!」
「威勢がいいですな。言っておきますが、援軍は期待しない方がいい。馬も失って、ここに来るにはまだ時間が掛かるでしょうからな」
なるほど、伯爵が来るのが遅すぎると思っていたら、この人たちがジャマをしていたのか。
それでお姫様の見張りが手薄になっていたら意味がないようにも思うけれど。
「ここを切り抜けるぞ」
殿下と騎士たちが、ミルとハンナさんを背にかばいながら剣を抜く。
みんな顔をひきつらせながらも瞳に強い炎を燃やしている。降参するつもりはないようだ。
仕方ない。
僕は殿下たちの前へ出る。
「やあどうも。ご機嫌はいかがですか? 昨日は石なんか投げちゃってすみませんでした」
僕に気付いたらしく、バンダナの男が目をつり上げる。
「お前、昨日の……」
「えーと、皆さんが盗賊ってやつですか。君をここに連れてきたのもこの人たち?」
ミルが困った顔でこくんとうなずく。
「へえ、すごいね。騎士様とかもたくさん守っていたのに、たいしたもんだ」
バンダナの男が僕を小馬鹿にした目で見ている。こころなしか殿下たちまで僕を呆れた目で見ている気がする。
「僕も見てみたかったなあ。えーと、確か……こんな感じだったんだよね?」
懐から取り出した黒い玉を落とすと盗賊たちに向かって蹴り飛ばした。
玉が割れて黒い煙がもくもくとふき出す。またたく間に、辺りが煙に包まれる。
「今です! 走って」
僕の合図と同時に殿下たちが一斉に走り出す。
それと見た盗賊たちが馬を走らせようとする。弓を引こうとする姿も見えた。
そうはさせるもんか。
もう一個の玉を馬の足元に向かって放り投げる。
まばゆいばかりの光と、カミナリが落ちたみたいな轟音が空気をふるわせる。
びっくりした馬たちがなきながら前脚を上げたり身をよじったりして、暴れ回る。
急な動きにこらえきれずどすん、どすんと盗賊たちが振り落とされ、地面に落っこちる。
馬たちは元来た道や山道にと、てんでばらばらの方向に走り出す。
僕は殿下たちの一番後ろを走りながら口笛を吹く。
脇道から僕の乗って来た白い馬が飛び出してくる。
道から見えないところで待ってもらっていたのがよかった。
「そいつに乗って!」
殿下が白馬の横に並ぶとあぶみに足を掛け、ぱっと飛び乗る。さすが王子様、馬に乗るのもさまになっている。
そして馬上からミルの手を取り、一気にひっぱりあげると後ろに乗せる。へえ、かっこいい。
騎士もそれを真似して近くにいた馬に飛び乗り、ハンナさんを後ろに乗せる。もう一人の騎士も別の馬によじ登る。
「リオ、お前も……」
「殿下、お願いがあります」
僕は殿下の乗っている馬のお尻を叩いた。
「その馬、伯爵に返しておいてください」
馬はどんどん速度を上げる。殿下は凍りついた顔のまま遠ざかっていく。
二人乗りではそう速度は出せない。盗賊たちもすぐに逃げた馬を捕まえるだろう。そうなれば追いつかれるのも時間の問題だ。
誰かがここで食い止めないと。
さて、と人形くらいに小さくなった殿下たちを見送りながら振り返る。
目を血走らせた盗賊たちが剣を抜いて切りかかってきた。当たったら痛そうな鉄の刃を飛び退いてかわすと、今度は首を狙った一撃がおそってきた。
僕は思い切りしゃがみこむとそのまま地面を転がって距離を取る。三回ほど転がってから立ち上がると、別の盗賊が腕を伸ばして飛び掛かってきた。
体をひねるようにしてそいつをよけると、視界のはしっこの方で、隻眼の盗賊が馬を捕まえて飛び乗るのが見えた。そのまま殿下たちを追いかけるつもりのようだ。
行かせるもんか。
僕は落ちていた手のひらに収まるくらいの石を拾い、放り投げる。
昨日より大きくて重い石は隻眼の盗賊のひじに当たる。
ひじがまるで意志を持ったかのように勝手に折れ曲がり、その拍子に手綱を思い切り引っ張り上げる。
馬は大きく前脚を上げ、隻眼の盗賊は背中から落っこちる。
それからも盗賊は僕におそいかかってきた。馬はあらかた逃げてしまったので、先に僕を何とかする作戦に切り替えたようだ。
盗賊たちの攻撃をひょい、ひょいとかわしながら逃げ回っていると、盗賊たちの動きが変わった。
僕に切りかかってきたり体ごとぶつかってきたのに、途中から遠巻きにして僕をとおせんぼし始めたのだ。殺すとか捕まえる、というより逃がさないようにしているように見えた。
どうしようかと考えているうちに盗賊たちの作戦は功を奏し、僕は道の真ん中に囲まれてしまった。
剣や槍、弓矢を持った盗賊たちがじりじりと距離を詰める。落馬して痛がっていた人も復活して囲いに参加している。
みんな僕にとても怒っているようだ。ミルヴィナ姫を逃がし、勝手にケムリ玉まで持ち出したのだから当然だろう。ついでにいえば眠り薬で親分さんたちを眠らせている。
僕は素直に頭を下げた。
「えーと、あなたたちが使ったって聞いていたからどんなものなのかと興味がありまして。一個ずつ黙って借りてきちゃったんですよ」
やっぱり、人のものを黙って持ってくるのはよくないことだ。怒られて当然だよね。
「弁償するよ。えーと、いくらくらいかな」
そういえば残りの玉も全部使えなくしちゃったんだよね。一体いくらになるんだろう。払える額だといいんだけど。
「そうかい、なら支払ってもらおうじゃねえか」
バンダナの人が手を上げると弓矢を持った人が三人、僕に狙いを定める。
「テメエの命でな!」
ひゅん、と空気を裂いて矢が飛んでくる。僕は杖で矢をはじくとマントを外し、森側にいた人の頭にかぶせる。
「あいにく、僕はおにごっことかくれんぼは村でも一番なんだ」
マントにくるまってもがいている人の頭を馬跳びで飛び越え、やぶをかき分けて森の中に入る。
「逃がすな、追え!」
兄貴分らしきバンダナの盗賊が指示を出す。
けど、もう遅い。
『贈り物』はとっくに使っているんだ。
これでもう僕は見つからない。
僕は歯で右手袋を外す。ひんやりとした空気に触れる右手をぎゅっと握りしめる。
ここからは僕の番だ。
真っ先に森の中に飛び込んできた二人の盗賊を後ろから引っぱたく。盗賊たちは声も立てずに白目をむいて突っ伏す。
「おい、どうした?」
異変に気づいて近付いてきた別の盗賊を後ろから殴り飛ばして気絶させる。同じように近付いてきたもう一人は、真正面から小突いてやる。
気を失い、盗賊たちは落ち葉の中に顔を突っ込ませる。
「どこだ、どこにいやがる!」
隻眼の盗賊が片手で剣を持ち、きょろきょろ目を動かしながら森の中を進む。
ほんの一瞬、僕と目が合うけど、向こうは何も気づかないまま森の奥へ歩いていく。僕はそのままおそいかかった。これで五人。
さあ、どんどんいくぞ。
森の手前ではおびえた顔の盗賊たちが剣を森の方に向けて立ちすくんでいる。
仲間がどんどんやられて怖くなったのだろう。僕はその横から道に戻り、道の端っこで二の足を踏んでいる奴らを後ろから続けざまに倒した。
ばたんばたんと地面に崩れ落ちる音がすると、残りの盗賊たちの顔が青ざめる。
彼らにしてみれば、姿も見えず音も聞こえない相手から一方的にやられているのだ。怖くってしょうがないんだろう。
もしかして僕のことを幽霊か何かと勘違いしているのかも。
怖がる必要はないよ。
すぐに気を失うんだから。
事実そうなった。
「一体どこから狙ってやがるんだ……」
弓矢を持った盗賊が空に向かって射かける。木の上から狙っていると思ったらしいけど、残念、大はずれだ。次の矢をつがえたまま力なく道の上に転がる。
これでえーと……十二人だな。
「ば、化け物だ!」
バンダナの盗賊が青い顔で叫んだ。よっぽど怖いのか、木を背中にして、剣をでたらめに振り回しながら誰も近づけさせまいとしている。
弱虫だなあ。
僕はしゃがみこむと杖を伸ばし、バンダナの片足が浮いた隙を狙って足を払いかける。悲鳴を上げて転んだバンダナに近付き、眠らせる。
「に、逃げろ!」
残りの盗賊たちが背を向けて走り出す。逃がすものか。
僕は先回りをして、我先にと駆け出す盗賊たちを四人打ちのめす。これで残るはあと一人。
最後の一人は道の上に倒れた四人の体を踏み越えてふもとの方へ走っていく。ほうほうのていで走る盗賊が「おっ」とうれしそうな声を上げる。逃げたはずの馬が一頭、戻ってきていたのだ。
盗賊はまるでイモリみたいに茶色い馬の腹に抱きつくと手綱を引き、馬を走らせる。
まっすぐ僕の方へと向かってくる。
馬蹄の音が近づく。
茶色い馬は僕の側を風を切って駆け抜ける。
それから数歩もしないうちに乗っていた盗賊を放り出し、ものすごい勢いでどこかへ消えてしまった。
落馬した盗賊は泡を吹いて目を回している。
普通にしていれば痛い思いをしなくてすんだのになあ。
これで十八人だ。洞窟の盗賊もあわせればほとんど捕まえたはずだ。
おや……?
落馬した盗賊の顔には見覚えがあった。細い目にとがったあご、まばらに生えたひげ、まるでネズミみたいな顔をしていた。
ぴくぴく体をふるわせるネズミさんの顔をのぞきこむ。
その顔を見ながら、僕にはだいたいのことがわかった。
僕はマントを拾い、土ぼこりと足跡を払い落としてもう一度身に付ける。
さて、これからどうしよう。このまま放っておくと目を覚まして逃げられてしまう。ロープか何かで縛っておこうかと立ち上がりかけた瞬間、僕の目の前を銀色の光が駆け抜ける。乾いた音とともに、太い樹の幹に抜身の剣が半分くらい突き刺さっていた。
飛んできた方を振り返ると、鉄かぶとをかぶり、大剣を肩に担いだ親分さんが坂道を下りてくるところだった。
親分さんは倒れている手下たちを見回すと、緊張した面持ちで僕の前に立つ。
「まさか、テメエみたいなお子様がここまでやるとはな、信じられねえな」
「それはあなたの目が節穴だからですよ」僕は首を振る。
「僕は十五歳です。オトナです。僕の方こそ聞きたいものですね。あなたには、結構多めに眠り薬をいれたはずなんですが」
「俺は酒があんまり飲めねえんだよ」
親分がちょっと照れくさそうに言う。
「あれ、けど洞窟の中ではお酒を持ってこいって……」
「自分が飲めないからって、手下までちびちびやられたんじゃあ、せっかくの宴会が盛り上がらないからな」
結構いい人だ。
「でもお姫様をさらうのは悪いことです。今ならまだ間に合います。降参して下さい。こう見えても僕は……」
「聞いてたよ、かくれんぼとおにごっこは村一番なんだろ? なら、剣術はどうだ?」
そう言って親分は大剣を抱えたまま走り寄ってきた。地を蹴り、身を低くして僕に向かって突っ込んでくる。まるで熊か猪だ。おたけびを上げて剣を振り上げる。剣というより鉄の塊がそのまま落ちてきているような、重さを感じさせる一撃だった。僕が横にかわすと、それを見越していたように親分さんが踏み込む。体を傾け、剣の先を地面すれすれにかすめさせながら僕の脇腹を狙ってくる。
僕はしゃがみこむように親分の懐に飛び込むと、剣の握った拳を杖で払い上げる。剣こそ取り落としはしなかったものの斬撃はそれて、僕の頭上を通り過ぎていく。
それでも親分は攻撃の手を緩めない。
まるで大槌でクイでも打つみたいに何度も何度も大剣を僕に振り下ろす。僕の横や頭の上を通り過ぎるたびに、風が僕の頬や髪の毛をなでていく。一発一発に腕力と体重と剣の重さがこもっているのがよくわかる。一発でも当たったら僕の頭は二つに割れてしまうだろう。
親分はとにかく攻撃につぐ攻撃で、僕に姿を消す暇を与えないつもりのようだ。僕がどうやって姿を見せず子分たちを倒したのか、見えなくなるリクツはわからないけど、その前に倒してしまえば済む話、と考えているのかもしれない。
「すごいね」
「これでも故郷の村じゃあ一番の腕前なんだぜ」
「そうなんだ。僕の剣術は、おにごっこほどじゃあないなあ」
親分の横払いを後ろに跳び下がってよけると、背中に固いものが突き当たる。
いつの間にか大きな樹が僕の後ろにあった。
「もう逃げられねえぞ」
親分がぜえぜえ言いながら、僕の前に立ちふさがる。あんな重たい剣を振り回し続けたせいだろう。顔が赤いし呼吸も乱れている。
「ああ、うん。そうみたいだね」
後ろはもちろん、左右に逃げようとしてもその瞬間に親分さんの剣のサビだろう。
「どうやらおにごっこは俺の勝ちみたいだな」
「仕方ないなあ……」
僕は杖から手を離し、代わりに腰の剣に手を掛ける。
「ほう、やっとやる気になったか」
「おにごっこで村一番を名乗る僕としては、この程度で負けを認めるわけにはいかないからね」
「なら、天国で好きなだけ楽しみな!」
銀色の大剣が夕陽に閃いた。
僕は地を滑るように踏み込み、剣を抜き放つ。
そのまま親分さんの横を通り抜けると、マントで剣をぬぐい、鞘におさめる。
「剣術は……村だと多分二番目ってところかな」
親分さんの体がぐらりと揺れ、半分になった大剣を握りながら前のめりになっていく。
へし折れた剣の先端が地面に突き刺さる音と、真っ二つに割れた鉄かぶとが地面に落ちる音に続き、どすんと地面に倒れる音がした。
倒れた親分さんに近付き、気を失っているのを確かめる。それから僕は財布から銀貨を二枚取り出し、親分さんの手に握らせる。
「えーと、さっき勝手に使ったケムリ玉と光玉の代金です。足りなければまた言ってください。その……弁償しますので……」
借りたものは返さないといけない。繰り返すが僕はどろぼうではないのだ。
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