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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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まわりまわって…… その7

 翌朝、僕とニコラはアビゲイルさんの屋敷の前に来た。大きな塀に囲われていて、中の様子はうかがい知ることは出来ない。塀の上にはどろぼうよけの金属片が槍のように突き出ている。


おまけに塀の周りには堀まであって、堀の中には小さな鴨が泳いでいる。顔役さんの屋敷より一回りも大きい門の前には、すでにたくさんの人が詰めかけていた。ニコラによると、みんな金貸しの人たちらしい。


「アビゲイルさんに会わせてくれ」

「説明をしろ!」


 みんな口々にわめき立てている。


「うるさい、商売のジャマだ」

「帰れ帰れ」


 でも門の前では、ガタイのいい人たちが、立ちはだかって両手を広げたり押し返したりして、中に入れまいとしている。おそらく用心棒か門番だろう。金貸しの人たちも怖そうな人ばかりだけれど、あの人たちを押しのけるのは難しそうだ。


「どうしようー、あれじゃあ入れないー」

「そうでもないよ」


 ニコラは困っているようだけれど、入るだけなら簡単だ。

 僕はマントで手袋の汚れを払った後でニコラの手を握る。そして反対の手で虹の杖を掲げる。次の瞬間、僕たちの姿は塀の上に移動していた。


「へ?」

 ニコラが目を丸くすると同時にもう一度、『瞬間移動(テレポート)』で屋敷の前まで移動していた。


「さ、入ろうか」

「これってー不法侵入じゃあーないのかなー」

 なるほど。それもそうか。


 僕は玄関の扉をノックする。

「すみませーん、アビゲイルさんにご用があって来ました。失礼します」


 そして窓から見える景色を通じて建物の中に『瞬間移動(テレポート)』する。

「これでいいよね」


「多分良くないと思うけどー、でも、いいことにするー」

 ニコラも呆れ気味だけれど同意してくれた。


「でもどうするのー? 屋敷の中にはアビゲイルさんのお店の人もたくさんいるのよー。すぐに見つかっちゃうー」


「大丈夫だよ。こう見えても僕はおにごっことかくれんぼの名人だからね。誰にも見つからずに移動するくらい、楽勝だよ」


 僕はどんと胸を張る。


「そこで、お願いなんだけれど、ちょっと目をつぶってくれる?」


 僕はニコラに目を閉じてもらい、『贈り物(トリビュート)』を使う。僕と手をつないでいれば、ニコラも気づかれることはない。僕は目の見えないニコラの手を引きながらゆっくりと屋敷の中を歩く。


 屋敷の中は部屋がたくさんあった。途中で屋敷の人ともすれ違ったけれどみんな何だか忙しそうにしていた。


「ここかな」

 アビゲイルさんの部屋は屋敷の一番奥にあった。


「もう目を開けていいよ」とニコラの肩をぽんと叩く。誰もいないのを確認してから『贈り物(トリビュート)』を解除し、扉をノックする。


「失礼します」


「誰です? 用件なら後にしろと……なんです、あなたたちは」


 部屋の中は本棚と書類だらけだった。てっきり金貨の詰まった袋でいっぱいなのかと思っていたけれど、多分倉庫とか金庫に入れてあるんだろう。きれいに掃除はしているようだけれど、明かりとりの窓も小さいので薄暗い。


 朱色の絨毯もすり切れているし、机も使い古されていて細かい傷がたくさんある。その向こう側に細身のおばあさんが座っていた。


 すっかり色あせた灰色の髪をシニヨンで留めており、額や目じりには小さなシワが幾重にも刻まれていて、まるで木の皮を貼り付けたみたいだ。それを隠すように、金縁の細い眼鏡を掛けている。レンズの向こう側で光る鳶色の目も鋭くて、物語に出て来るいじわるな魔女って感じだ。


「突然の来訪失礼します。僕はリオ。旅の者です」

 失礼のないよう、深々と一礼する。


「あなたがアビゲイルさんですね。あなたにお聞きしたいことがあってお伺いしました」

「私にはありません」


 冷ややかな口調で机のすみっこにある、古びた呼び鈴に手を伸ばす。あれが鳴ると、使用人や用心棒がすっ飛んでくるのだろう。


「まあ、そう言わずに。お手間は取らせませんので」

 だから一足先に呼び鈴をかっさらう。


「いつの間に……?」


 アビゲイルさんがびっくりした顔をする。彼女の眼には僕が瞬間移動でもしたように見えたのだろう。まあ、実際にしたのだから当たり前の話だ。


「この無礼者はあなたの差し金ですか?」


 アビゲイルさんが険しくニコラをにらみつける。ニコラはひっと、声を上げて僕の背中まで駆け寄って、体をうずくまらせる。


「知り合いだったの?」

「この町の金貸しは全て把握しています」


 ニコラへの質問をアビゲイルさんが拾う。よく考えればアビゲイルさんはニコラにお金を貸しているんだから知っていても不思議はないか。


「では話が早い。僕たちがお聞きしたいのはただ一つ。なぜ急にお金と看板を返せなんて言い出したんですか?」


「やはり、その件ですか」

 アビゲイルさんは乾いた唇でため息を吐くと、肩のこりをほぐすように首を左右に振った。


「でしたら答えは簡単です」

 アビゲイルさんは目を光らせながら言った。ここで押し問答をするよりさっさと質問に答えて追い払った方がいいという計算が働いたのだろう。


「私が金貸しを辞めるからです」

 ニコラが驚きの声を上げる。


「私も七十歳を越えました。体力も衰えましたし、金貸しにもさほど未練はありません。ここらで商売から身を引いて隠居するつもりです」


 つまり、店じまいの準備のために借金と看板を返せと言ってきたのか。理屈はわかるけれど、納得いかないこともある。


「跡継ぎはいらっしゃらないんですか? 誰かに店を継がせるとか」

「私に子供はいませんし、従業員にも暇を出すつもりです」


「しかし、急すぎやしませんか? このままじゃあ、町中の金貸しが仕事ができなくなってしまいますよ」


 みんなアビゲイルさんの看板があるから町で金貸しが出来るんだ。肝心のアビゲイルさんが辞めてしまったら仕事ができなくなってしまう。


「私の知ったことではありません」

 切り捨てるような台詞にニコラが息をのむ気配がした。


「ひ、ひどいー」

「覚えておきなさい、ニコラ」

 アビゲイルさんは眼鏡のずれを直すと顔つきを一層険しくする。


「よその看板にすがった商売はもろいものです」

「ああ、そうだ。その手がありましたね」

 僕はぽんと手を打つ。


「でしたら、あなたの看板をですね、ニコラに譲っていただけませんか?」


 要は元締めがいなくなるから町の金貸しは商売が出来なくなるのだ。ニコラが後を継げば問題ない。そして今まで通り町の金貸したちに看板を貸してあげれば万事解決だ。


「だーめー。そんなのー、ワ、ワタシにはでーきーなーいー」

 僕の名案にニコラが青い顔で何度も首を振る。


「ニコラが……それは面白いですね」

 アビゲイルさんが喉を鳴らして笑う。


「いいでしょう、それなりの額さえ払ってくれれば譲ることにやぶさかではありません」

 小難しい言い回しだけれど、要するに「いいよ」と言っているのだ。


「だって、よかったね」


 ニコラは後ずさりしながら首を横に振り続ける。顔色もクリームでも塗ったみたいに真っ白だ。


「まあ、冗談はこれくらいにしましょう」

 ニコラをこれ以上からかうのはかわいそうだ。


「もう一つ質問があります」

「一つだけと言いませんでしたか?」


 アビゲイルさんが丁寧な口調で皮肉を言う。

「まあ、利子だと思ってくだされば」


「あなたに借金をした覚えはありませんよ」

「僕にはありませんがニコラにはあるんじゃないですか? いいえ、あなたはこの町の金貸し全員に大事なことを隠している」


 僕は呼び鈴を机の上に戻すと、やや語気を強めて言った。


「何か、あなたが金貸しを続けられない理由があるんじゃないですか? だから、急いで店じまいをして少しでも損をしないようにしている。違いますか?」


 しわの寄ったまぶたがぴくりと動いた。鳶色の瞳が迷いで揺れるのが見えた。

「証拠は?」


「そういう質問をすること自体が何かを隠している証拠だ、と僕は物語で学びました」

「つまり、ないんですね」


 証拠はないけれど、推測は出来る。アビゲイルさんはこの町の金貸しの元締めだ。当然、お金もあればそれなりの権力もあるだろう。そのアビゲイルさんがあわてて動かないといけない、ということは、アビゲイルさんでも解決できないからだ。お金ならある。魔物なら腕利きの冒険者を雇えばいい。でもお金でも冒険者でも歯が立たない相手となれば答えは限られる。


「この町の領主様から何か言われましたか? たとえば、金貸しの権利を取り上げるとか」


 相手がこの町の領主様ならアビゲイルさんでも歯が立たない。権利を取り上げると言われればどうしようもない。さっさと店じまいした方が損も少ないだろう。


「どうです? 当たらずも遠からず、と言ったところでしょうか」


 あ……と小さな声が上がった。

 か細く、でも何かに気づいたような声の主はニコラだった。


「もしかしてー、徳政令?」

次回は9/8(金)の午前0時頃に更新の予定です。

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