まわりまわって…… その3
「ねえ、いくらなんでもやりすぎじゃないかな」
角を二回曲がり、見えなくなったところで僕はつい口に出してしまった。
お金を貸すのがニコラの商売で、借りたお金を返すのが当たり前だ。それは間違っていない。だからといって、生活にも困るような人たちに強引な取り立てをするのが正しいとも思えない。
「あ、あんなのはまだやさしい方だけどー」
ニコラは僕の背中に隠れながら不満そうな声を出す。用心のため、ということで僕が先頭を歩いているのだけれど、あんまり引っ付かれると歩きづらい。
服の薄い布を通じて女の子の柔らかな感触が伝わってくる。
うん、とても困る。
「期限はとっくの昔にすぎてるー。もう二ヶ月も滞納しているのー。返してもらわなかったら、ワタシたちがおまんまのくいあげー」
「でもほかにもやり方というものがあるんじゃないかな」
「ど、どんな方法? お金がなくて返済も出来ないのにー、にっこり笑いながらお金を支払ってくれる魔法があるならおしえてー」
「……」
まったくだ。そんな都合のいい方法があるなら誰も苦労はしない。
「だいたい、あのおじさんだってお調子者ー。お金を借りるときはぺこぺこ頭を下げて、借りられないと一家で首をくくらないといけないーって、涙ながらに話して、借りるときにはまるで神様みたいにあがめるくせにー、いざ返す時になったらパパやワタシを虫でも見るみたいな眼をしてー。身勝手ー」
のんびりした口調は変わらなかったけれど、話しているうちにだんだんと怒りとか悔しさとかが、にじんでくるのがわかった。
ニコラの言い分ももっともだ。お金を借りに来たのは向こうなのに、返すときには迷惑がって悪魔とかわめき立ているのだ。身勝手、という気持ちもわかる。
僕ならとっくに人が信じられなくなっているだろう。
「そ、それより次よ。つーぎー。そこの大きな通りに入って左側のところ、あそこー」
ニコラが指さしたのは、道ばたで座り込んでいるおじいさんだ。薄汚れた格好をして、どうみてもお金を持っているようには見えない。おじいさんの足下には小さなお皿があって、道行く行商人らしき人が銅貨を投げ込んでいった。
もしかして、とイヤな予感がする僕の背中をニコラが押す。あっという間に僕たちはおじいさんの目の前に来た。おじいさんは壁にもたれかかりながら膝を立てながらうつむいている。近づくとぷーんと、鼻をつまみたくなる臭いがした。
「こ、今月分のとりたてー」
ニコラはしゃがみこむと、僕の足下から腕を伸ばし、お皿の上の小銭を数枚握り取った。
びっくりして振り向くと、ニコラはしかめっ面でおじいさんから握り取った銅貨を数えていた。
おじいさんもお金を取られた瞬間、顔を上げて目を見開いたが、ニコラの姿を認めるとまた顔をうつむかせた。
「はい、たしかにー。来月もよろしくー」
そう言って銅貨を一枚だけお皿に戻した。おじさんは何も言わずぺこりと軽く頭を下げた。
ニコラは立ち上がって僕のマントを掴む。
「じゃあ、次の取り立てにいくよー」
「え、ちょっと待って。あんなおじいさんからもお金を取るの?」
「そうよー」ニコラは平然と言った。「お得意さんなのー。ああ見えて、支払いに遅れたこと一度もないー。利子だけじゃなくって元本まで返してくれてるー。このちょうしだとー、あと十年もすれば返せるはずー」
「でも、あんなに貧しい人からも」
「貸してくれって頼まれたから貸したー。貸したから返してもらうー。それだけー」
マントを強くつかまれる感触がした。
それからも僕たちの取り立ては続いた。
宿屋を経営しているおじさんから借金を返してくれるまで帰らないと粘ってどうにか半分だけ返してもらった。
日雇いの大工さんから家を組み立てている現場で借金の返済を大声でわめき立てた。借金は三分の一だけ戻ってきた。
露天で商売をしているおばさんから借金のカタに売り物のイモとナスを半分取り上げた。
橋の下に住んでいる老夫婦から利子の代わりに、娘の形見というブローチを取り上げた。
みんな僕たちが来ると一様にイヤそうな顔をした。お金やものを渡した、あるいは取り上げられた瞬間、とても悲しそうな顔をした。僕たちが帰るときには憎々しげに僕たちをにらんでいた。
日が沈み、ようやく取り立てが終わる頃、僕の気分は泥のように暗く沈んでいた。
どうしてこんなことになったんだろう。僕は世の中にためになって、みんなに喜ばれる仕事がしたかったのに。みんなから恨まれて憎まれて嫌われて、いいところなんてちっともありゃしない。
やっぱり、スノウを宿に置いてきたのは正解だった。
こんな僕の姿を見られたら嫌われてしまう。
喜んでいるのはニコラだけだ。僕が付いていたせいか、取り立ては順調だったらしい。
そのニコラは僕の隣でお金の入った袋を抱えながら辺りを油断なく目を光らせながら歩いている。お金を持っているからすりや強盗に狙われやすいからだという。後ろにいないのは、僕が背負っている野菜の包みのせいだろう。
「ねえ。ニコラはどうしてお金貸しの仕事をしているの? その、もっとほかにも仕事があると思うんだけれど」
もっとみんなに喜ばれる仕事だってあるだろうし、帰り際に「地獄に落ちろ」なんて叫ばれなくてもいい。ニコラだっておどおどしながら道を歩かなくてもすむ。
「ほかの選択肢なんてないよー」
「どういうこと?」
「うちはお父さんが病気でー、お母さんも亡くなってー、働けるのはワタシ一人だけー」
「だからって……」
「あ、ここだよ」とニコラは急に話題を変えた。「ワタシのおうちー」
ニコラの家は「笛吹き横町」という、町の北東側の地域にある。
オトゥールの町は山の斜面に沿って作られている。北から南へと、町全体が段々畑のようになっていて、山頂近くに領主様の館が建っている。山の中腹の両端、つまり町の東西には出入り口となる大門が作られ、東西の門をつなぐ道が大通りになっている。そこに冒険者ギルドも面している。
そして「笛吹き横町」は金貸しの町だ。辺り一帯が金貸しの住む地域で、大小様々な金貸しが毎日、お金を貸したり取り立てたりと毎日大忙しらしい。ニコラの家はその外れにあった。思っていたより小さな家だった。
木製の二階建てで、屋根はとがっているのはいいとしても幅がひどく狭い。大人四人分というところだろう。奥行きも小さくて、部屋の真ん中で寝ていても寝相の悪い人ならすぐに壁に頭を打ち付けてしまいそうだ。
一階には分厚い木の扉があって、軒先には金貸しの看板が下がっている。コインと天秤の意匠が、木製の四角い板に掘られている。けれど、小さい上に半分腐っているのか黒ずんでいて、あまり繁盛しているようには見えない。
どうやら一階が金貸しのお店で二階がニコラたちの家になっているらしい。
「ありがとうねー、今日はここまででいいよー」
ニコラはにっこり微笑みながら僕の手を取る。かわいいし、手も柔らかいけれど、僕はあまりうれしくなかった。むしろ、もう二度取り立てをしなくていいという気持ちでほっとしていた。
僕は背負っていた野菜の袋を家の中に入れる。これで仕事はおしまいだ。
「それじゃあ、依頼完了の割符を……」
「明日は日の出に、ここに集合ねー」
「え」僕は声を詰まらせた。「まだ、やるの?」
「契約は三日間だけどー。もしかしてー、依頼票ちゃんと見てなかったのー?」
全然見てませんでした。見ていたのはニコラの顔だけだ。
「とにかくー、明日もよろしくねー」
手を振りながらばたんと扉が閉まった。
僕は扉の前でがっくりと肩を落とした。
明日が来なければいいなと少しだけ思った。
次回は25日午前0時頃に更新の予定です。




