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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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まわりまわって…… その1

新しい話の始まりです。

   第七話 まわりまわって……


 アメント村から東へ一直線に進み、深い森林を抜けるとようやく街道へと戻ることが出来た。


「一時はどうなることかと思ったよ」


 冷や汗をぬぐいながら僕はほっと息を吐いた。

 踏み固められた街道には、旅姿の人たちが歩いている。


 中には僕を見てびっくりしている人もいる。

 やはり、上から落ちてきたのがまずかったようだ。


 森の中を歩いていてはまた迷ってしまうと思い、虹の杖の『瞬間移動(テレポート)』で森の上を通ってきた。けれど、手前で降りるつもりが目測を誤って、街道の上に来てしまった。


 そのまま僕の体は、五フート(約八メートル)はあろうかという上空から地面へと真っ逆さまに落ちていった。とっさに猫のように体をひねって勢いを殺したからケガをせずに済んだけれど、一歩間違えれば骨を折っていたかも。


「ごめんね、スノウ」


 僕の肩に乗っかっていた白い子猫を撫でる。僕だけがケガをするならともかく、スノウにまでケガをさせたとあっては一大事だ。罪悪感で死んでしまう。でもスノウはにゃあと可愛らしい声で僕の手にすり寄ってきた。まったく体は小さいけれど心の広い猫だ。


「どうもお騒がせしました」


 僕はぺこりと頭を下げて僕は街道を大股で歩き出した。旅人の中には、まだ僕を見て固まっている人もいる。きっと心の中では僕のへまを見て笑っていたのだろう。

 ああ、恥ずかしい。

 顔中真っ赤になるのを感じながら僕はさらに足を速めた。


 恥ずかしさで火照っていた顔もようやく静まった頃、小さな丘を越えると、なだらかな道の先に石の壁と大きな門が見えてきた。オトゥールの町だ。


 アメント村でギルド長に教わったところによると、森林の伐採で財をなした町だという。昔は珍しい樹木が生えていて、オトゥールの樹木と言えば有名だったそうだけれど、今では珍しい木は全部切り倒してしまい、今ではオークとか、カシとか、ありきたりの樹木しか採れないらしい。


「通行料なら銀貨一枚だ」


 革鎧と手槍を持った門番さんに言われて、銅貨四枚と小銅貨六十枚を手渡した。

「小銭ばかりだな」


 門番さんは勘弁してくれって顔をした。

「銀貨はないのか? 冒険者なんだろう?」


 仮にも二つ星の冒険者なら銀貨くらい持っているはずだ、ってことなんだろうけど、ないものは仕方ない。銀貨も金貨も全部アメント村に置いてきた。


 『麦穂人(バーリー・マン)』のせいでアメント村は道や畑も荒れて、あちこちの家や倉庫も壊れてぼろぼろになってしまった。僕にも原因と責任があるので、お詫びとお見舞いも兼ねて、手持ちの金貨と銀貨をギルド長の奥さんであるサベアさんに預けてきたからだ。


「こんなにもらえないわよ」と一度断られかけたので、急いで逃げてきた。サベアさんならうまくお金を使ってくれるだろう。


 だから今は銅貨と小銅貨しか持っていない。通行料を払えば今夜の宿代に足りるかどうか、ということだろう。


 誰が悪いわけでもなく、僕の責任なので門番さんに言われても恐縮するしかない。

「早くお金を稼がないとな」


 冒険者ギルドに行けば、依頼を受けて報酬を手にすることも出来るし、ブラックドラゴンの爪やウロコを換金することも出来る。


 門を抜けてオトゥールの町に入ると、既に太陽はてっぺん近くまで登っていた。僕は背伸びをすると、冒険者ギルドへと向かった。


 別れ際に門番さんに教わったとおり、冒険者ギルドは大通りに入って左側の広場沿いにあった。材木に漆喰で塗り固めた、二階建てだ。


 ギルドの紋章が刻まれた看板が垂れ下がっている。建物の側には獣の皮で作った日除けの天幕が張られていて、その下では鎧を着けたごつい感じの男たちがオオカミや猪に似た魔物のなきがらを運び込んでいた。


 さて、どうしようか。

 先に換金するべきか、依頼を受けるべきかと悩んでいると、ギルドの建物から大きな声が聞こえてきた。


「ですから、何度来られてもムダなんですって!」

「…………!」


「正直に申し上げてあなたの依頼を受けようって人はいないと思いますよ」

「…………!?」


 どうやら中で誰かが言い合いをしているようだ。片方の声は聞こえないけれど、もう一方は話の中身から察するに、ギルドの職員さんのようだ。


「おとなしくしててね」

 スノウに外で待っているようにお願いすると、僕は静かに扉を開けた。


 忙しい時間帯を外しているせいか、ギルドの中にはあまり人はいなかった。木製の床と壁はすすけて、元々は茶色であったはずが真っ黒に近いほど変色している。


 向かって右側には待合室代わりに丸いテーブルとイスが四脚、置いてある。使い込まれて古そうなテーブルの脚には修繕の痕がある。向かって左側には横長のカウンターが手前から奥の柱まで続いている。やはり端っこや縁はすり切れていて、あちこちに削った痕や、雑に塗り直した痕もある。


 そのカウンターの真ん中の辺りで女の子が女の人と言い争っていた。


「で、でもあの……ワタシ……」


 小声で反論しているのは小柄で金色の髪をした女の子の方だ。


 年の頃は十四か五歳くらいだろう。水色のワンピースを着て、ヘーゼルナッツのような色をした瞳を気弱そうに揺らしながら必死に口を動かしている。


 まるでひな鳥がお母さんからエサをもらおうとしているみたいだ。でも怖いのか、ただでさえ色白な顔を青くしながらしゃべっているのに最後まで声になっていない。肩まで伸びたクセのある巻き毛があごにかかって、声を吸い取っているかのようだ。


「いいですか、ニコラさん」


 カウンターの向こう側でうんざりって顔で肩を落としたのは、緑色のブラウスに灰色のスカート、エプロンを着けた二十歳くらいの女性だ。おそらくギルドの職員さんだろう。一つに束ねて後ろに垂らした長い黒髪をかき上げながら口元をきつく結んでいる。怒りをこらえながら冷静に話そうとがんばっているけれど、うまくいっていないように見えた。


「昨日も申し上げましたが、ギルドの仕事は依頼の仲介です。依頼を受けるかどうかは冒険者次第なんです。嫌がる仕事をムリに押しつけることは出来ません」


「で、でも……たしか……強制依頼とか……」


 ニコラと呼ばれた女の子が言っているのは、『非常招集』のことだろう。冒険者ギルドでは冒険者に強制的に依頼を受けさせることも出来る。もし、逆らったり逃げたりすれば罰金やギルドの退会などの処罰を受ける。


「本気で言っているんですか?」


 職員さんが呆れ半分、怒り半分って感じでニコラを見下ろす。


 『非常招集』が出せるのはその町のギルド長だけだし、出せる案件も「魔物が町に攻めてきた」とか「災害で大勢の手助けが必要な時」のように限られている。ぽんぽん出せるものではないし、出されても冒険者は困ってしまう。


 ニコラもムリなお願いだとわかっているのだろう。うつむきがちな顔をますますうつむかせて唇を震わせている。もう涙目だ。


「せめてあと二倍……いえ、三倍は報酬を上げてくださらないとこちらとしても紹介しようがありません」


 職員さんの言葉は怒っていたけれど、よどみがなかった。きっと何度も繰り返されたやりとりなのだろう。


「そんな……三倍だなんてムリ……早くしないとワタシ……」

「泣いてもムダですよ」


 そんな芝居はお見通しだって、勝ち誇った顔で職員さんは言った。

「今、ウチの冒険者にあなたの仕事を引き受けようという人はいません。依頼料を上げるか、仕事内容を見直すか、どちらかです」


 そこでニコラははっとカウンターを掴んでいた手を離した。まるで今まで掴んでいたことすら気づかなかったように両手を見ると、手汗を水色のスカートでぬぐい、ゆっくりと待合のテーブルの下に座り込んだ。


「しくしくしく……」

「また、あなたはそんなところに!」


 職員さんが目をつり上げてカウンターの奥から出てくると、ニコラの腕を取り、テーブルの下から引きずり出した。


「いい加減帰ってください、仕事のジャマです」

「ワタシは依頼を……」


「依頼人を名乗るならまず紹介できる仕事を持ってきてください。話はそれからです」

「いーやー」


 ニコラがテーブルの下で職員さんと引っ張り合いを始めた。体格もあって、力は職員さんの方が強そうだけれど、ニコラもテーブルの脚に自分の脚をぐるりと回して引きずりだされまいとこらえている。


「聞き分けなさい、もう子供じゃないんだから!」

「こーどーもー、まだじゅうよんさーいー!」


「だったら大人の言うことを聞きなさい!」

「もうじゅうよんさーい! こどもじゃなーい!」


「このっ……!」

 今にも職員さんの怒りが爆発しそうなところで僕は声をかけた。


「あの……」

「なんですか、今取り込み中です。依頼ならそこのカウンターに行ってください。トイレなら外に出て買い取り場の奥です!」


「ごほん」

 カウンターの奥で大きなイスに座ったおばあさんが咳払いをした。しわだらけで目つきも鋭い。その上ふくよかで大柄な人だ。


「す、すみません!」

 職員さんは背筋をぴんと伸ばすと、おばあさんと僕に頭を下げる。


「冒険者ギルド・オトゥール支部へようこそ。わたくし、ポーラと申します。当ギルドへどのようなご用件でしょうか、ご依頼ですか? さ、こちらへ」


 ポーラさんは僕の手を取りながらカウンターの方に向かい、後ろにのけぞった。

 そこでようやく、ニコラの腕を掴んだままだということに気づいたらしい。


 ポーラさんはあわてた様子で腕を放すと、カウンターに手をついてそのまま飛び上がって乗り越えると僕と向かい合わせになる形で着地する。


「さ、何になさいますか?」

 カウンターの奥からまた咳払いが聞こえた。


 平然をよそおっているけれど、額から汗が垂れている。

 僕は冒険者ギルドの組合証を見せる。


「ああ、ご依頼ですね。へえ、その若さでもう二つ星ですか。すごいですね」


「いえ、それほどでも」

 口止め料代わりでもらった星なのでほめられてもちっともうれしくない。


「お一人ですか?」

「いえ、もう一人いますが、仕事は僕一人です」

 スノウは冒険者ギルドに入っていないからね。


「でしたら……」とポーラさんはカウンターの下から紙の束を取り出した。どうやら依頼を書いてある紙のようだ。


「えーと、二つ星の方へおすすめの依頼ですと……今なら三ツ目オオカミ退治ですとか、あとは森でテントウキノコの採取なんてものありますね。あとは、大人数での参加になりますが……」


「あの」ポーラさんの言葉を途中でさえぎる。あまり面白い依頼はなさそうだし、何より気になることがある。


「あの子の依頼ってどういうものなんですか?」

 僕は後ろを振り返りながら聞いた。視線の先にはまだテーブルの脚にしがみついたままのニコラがなきべそをかいている。


「それは」ポーラさんの顔が曇った。

「やめておいた方がいいですよ。正直おすすめはいたしません」


「何故ですか? 依頼料が少ないからですか」


 せめて三倍は出さないと、と言っていたし、難しさに比べて割に合わない依頼なのだろうか。


「それもありますけど、ありていに言えば汚れ仕事ですから。あなたはまだお若いですし、まだこれからの人です。やめておいた方がいいですよ」


 はて、「汚れ仕事」とはなんだろう。

 あれかな。どぶさらいとかかな。ゴミ拾いかな。それとも肥だめのくみ取りだろうか。


 通りすがりで見たことがある。世の中には汚い場所を掃除した入り、おしっこやうんちを集めて肥料にするための仕事がある。確かに汚いし、くさいし、人のいやがる仕事だろう。おすすめしないという気持ちもわかる。


 僕も以前、二三回、よそのギルドでそういう依頼が貼られているのを見たことがある。でも誰もやりたがらなかったし、僕もなんとなく敬遠していた。


 でも肥料がなければ作物は育たない。そうなれば、麦や野菜も収穫できない。ゴミ拾いやどぶさらいだって、誰かが掃除しないと汚れる一方だ。どぶがつまれば水が流れずにあふれてしまうし、ゴミが積もればにおいもするし、変な病気だって広がりやすくなる。


 そう考えれば人の嫌がる仕事だけれど、同時に世の中に必要な仕事でもある。それはものすごく立派なことだと思う。


「いえ、やります」


 世の中の役に立つ仕事というならたとえ実入りが少なくてもやってみたい。そういう気持ちになったのは多分、この前のアメント村での出来事があったからだと思う。うまく説明できないけれど、ちょっとでも世の中の役に立つ仕事をして罪滅ぼしがしたかったのかも知れない。


「本当にー?」


 ニコラがテーブルの下から這い出ると、喜色満面の笑みで僕の手を取った。

「ええ、まあ。僕でつとまるかどうかはわからないけれど」


 そこでニコラは僕をためつすがめつ見る。

「あなた……強いの?」


「え、まあ。少しは出来る方だと思うけど」

 と、彼女にも組合証を見せてあげる。ニコラはへー、と感心したような声を上げてまじまじと眺めている。


「これなら、何とかなるかも……あの、ワタシ……ニコラといいます」

「僕はリオ、旅の者です。どうぞよろしく」


 僕は手袋を外して握手をする。小さくてすべすべして柔らかい感触にちょっとだけ顔が緩んでしまう。……本当にちょっとだけだよ。


「本当によろしいのですか?」

 ポーラさんは僕の正気を疑うような眼をする。


「ええ、お願いします」

 僕はうなずいた。


「今の僕はやる気というものに満ちていますからね。どんな依頼でもどんとこいですよ」

 心配そうなポーラさんに僕は胸を張って言った。


次回は18日の午前0時ごろ更新の予定です。

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