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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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麦踏まれにご用心 その11


 地面が大きく揺れだした。地面がひび割れ、ものすごい揺れが僕たちをふるいにかけられた豆のように揺さぶる。


 村人たちは悲鳴を上げて尻もちをついたり座り込んだり、近くの木や家にもたれかかる。

 こんな時に地震かと踏ん張りながらみんなにケガはないかとあたりを見回したところで、僕は奇妙なことに気づいた。


 村の中はとても揺れているのに、村の外にある木や草はまったく揺れていない。遠くに見えるバジリスクのなきがらもそのままだ。すでに血は乾き始めているようだけれど、血も横たわる巨体も静寂を保っている。


 この村にだけ地震が起きている? と、そこまで考えてはっとなった。バジリスクの血には毒がある。血が地面にしみこみ、村の外まで根を張っていた『麦穂人(バーリー・マン)』に届いてしまった? 


 いや、でもバジリスクの倒れている場所から村まで距離はありすぎるし、ほかに『麦穂人(バーリー・マン)』を怒らせるようなものは……。


 冷たい風が吹いた。僕のほほや髪の毛を通り過ぎていった時、首筋に嫌な汗が流れていく。


 まさか、魔物除けのお香か?


 僕が村中に仕掛けたお香の匂いを『麦穂人(バーリー・マン)』が嫌がったとしたら? それに加えてバジリスクの血のにおいに反応したとしたら?


 正確な理由はわからない。でも、間違いないのはこの状況はものすごくまずいってことだ。


 気が付けばあちこちの畑の巨人麦が動き出したていた。穂を動かし、しゅるしゅると茎や葉を伸ばし、蛇のようにお互いの体に巻き付いていく。一本が二本、二本が四本、四本が八本とだんだんと太く大きく成長していく。巻き付いた体はやがて胴体になり、腕や足を形作る。


 そして巨人麦は畑からすべて消え失せ、代わりに三フート(四・八メートル)はあろうかという巨大なワラ人形の群れが何体も立っていた。


 魔物図鑑で見た『麦穂人(バーリー・マン)』の姿そのままだ。


 それだけじゃない。地面が盛り上がり、地面を割って小さな『麦穂人(バーリー・マン)』が次々と現れる。見た限りでも十や二十という数ではない。村全体なら何十……いや、百は超えているだろう。


 最悪の事態が起こってしまった。


 『麦穂人(バーリー・マン)』は全身をふるわせて体についた土を払い落すと腕を荒々しく振り回す。ワラを束ねただけのはず腕はおそろしい怪力で屋根に穴をあけ、木を地面をへこませる。足が地面についているので動けない代わりに数が多く、いたるところに現れて道をたたきつぶし、ニワトリ小屋を払いのける。


 村のみんなが悲鳴を上げて逃げ惑う。


「みんな村の外へ逃げてください! 遠くへ逃げて!」


 巨人麦の根は村を中心に張られていた。植物の魔物である以上、根っこでつながっていないところには行けないはすだ。


「聞いたかお前ら、村の外へ逃げろ!」

 ボリスさんが叫ぶと、村のみんなが我先にと逃げ出す。


「ああっ!」


 村の入り口の土が盛り上がり、柵をなぎ倒して『麦穂人(バーリー・マン)』が地面から姿を現す。土を払い落しながら、うつろな目で村人たちを見下ろす。目玉も何もない、ただ黒い穴が空いているだけの目なのに、とても冷ややかで、残酷な意思を感じた。


 こいつ、何人たりとも逃さないつもりか?


 『麦穂人(バーリー・マン)』が腕を振り上げる。


 みんなが入り口に向かっていた分、人と人とがぶつかり合って、倒れたり尻もちをついてしまった。そのせいで何人かが逃げ遅れる。


「やめろ!」


 僕は剣を抜いて飛び上がると、麦ワラの腕を一閃する。


 ぱらぱらと村人たちの上に麦ワラが落ちてくる。『麦穂人(バーリー・マン)』は切れた腕を不思議そうに見つめている。


「しっかりしな、ほら立って!」

 その間に倒れた人たちをサベラさんが威勢のいい声でが引っ張るようにして起こす。


 そのまま『麦穂人(バーリー・マン)』の背後に着地すると、振り向きながら足の部分を両断する。バランスを崩し、ぐらり、と麦わらの巨体が少しずつ後ろ倒れていく。ばさり、と地面に落ちると同時に絡み合った麦がほどけて麦の山が残った。


「やったぞ」村の誰かが歓声を上げる。

「まだです」僕は村の奥を見つめながら言った。


 ほかの『麦穂人(バーリー・マン)』も村中で大暴れしている。あちこちで助けを呼ぶ声や泣き叫ぶ声、けたたましい家畜のいななきが上がっている。このままじゃあ犠牲者が出るのも時間の問題だ。


「おい、何とかしてくれよ!」

「お前、冒険者なんだろ。あの怪物をどうにかしてくれよ」

 年かさの村人たちが僕にすがりついてくる。


「無茶なこと言うんじゃねえよ」

 そこへボリスさんが割って入って、村人たちを僕から引きはがす。


「いくらなんでもこの数をこいつ一人で……」

「わかりました」


 これ以上、時間をかければ被害は広がる一方だ。

 

 僕は呆然とする村人たちの間をすり抜け、さっき倒した『麦穂人(バーリー・マン)』だった麦の山に近づく。


 刈り取った『麦穂人(バーリー・マン)』の脚だった部分の切り口を見下ろす。

 二つの切り口は複雑にうずまきながら地面の下まで続いている。まるで切り株だ。


 でも切り株と決定的に違うのは、切り口の一本一本が細かく震えているところだ。この麦はまだ生きている。


 僕は手袋を外し、その切り口にさわる。

「何をするつもりだ?」


「今からこの麦に毒を流し込みます」

 ボリスさんの質問に麦を見ながら答えた。


 『麦穂人(バーリー・マン)』は一体一体が、何千何万という麦が集まってできている。でも、全ての麦は地下の奥深くで根っこ同士つながっている。つまりたくさんいるように見えて、全部で一体の魔物でもあるのだ。


 ならば話は簡単だ。おにごっこの方の『贈り物(トリビュート)』を使えば、一撃で全滅させることができるはずだ。


 切り取った部分ならともかく、根っこか、そこにつながっているところにさわればいける。さっきのやり取りを見る限り、こいつには明確な意思がある。植物の魔物にどこまで通用するかはわからないけれど、全力で叩きこむまでだ。


「そんなことができるのか? いや、撒いたとしてもあいつに通用するのか?」

「そういう毒を持っているんです」


 僕はカバンから小さなビンを取り出して振って見せる。

 本当はただの傷薬だけれど、僕の力をごまかすにはちょうどいい。


「さあ、離れてください。こいつは猛毒です。僕は解毒剤を持っているから平気ですけれど、吸い込めば、みなさんも命を落としかねません」


 ウソをついておどかすと、ボリスさんは村人たちを下がらせる。

 これでジャマは入らないし、僕が『贈り物(トリビュート)』を使うところを見られる心配もない。


 ビンからせんを抜いて、麦の切り口に垂らしながら反対の手で茎を握り、おにごっこの方の『贈り物(トリビュート)』を使うべく意識を集中させる。


「やめて!」


 ラーラが血相を変えて駆け寄ってきた。僕の持っているビンを払い落そうとしたようだけれど、びっくりしたので、つい体をそらしてよけてしまう。


 目標をとらえそこなって、ラーラの体がつんのめる。僕の前を通り過ぎると必死に腕を泳がせ、転ばずに踏みとどまる。きびすをかえし、歯を食いしばりながらまた僕に腕を伸ばしてきた。低い体勢で、ほとんど四つん這いになりながらビンを奪い取ろうとするラーラの指は、僕の目の前で空を切る。


 後ろからサベラさんに羽交い絞めにされたのだ。


「やめな、ラーラ!」

「はなして! 麦が! 巨人麦が!」


 ラーラはもがきながら必死な顔で僕に向かって腕を伸ばす。涙もぽろぽろこぼしている。


 村からは悲鳴が聞こえる。家が壊され、逃げ遅れた人に向かって麦ワラの巨人が腕を振り上げる。


「お願い、麦を殺さないで!」


 ラーラの悲痛な叫びに僕はあいまいに笑った。ビンの水を麦に垂らしながら『贈り物(トリビュート)』の力をこめる。


 僕の中にある見えない力を麦へと注いでいく。

 『麦穂人(バーリー・マン)』たちの動きが止まった。


 地面の下に生えた根をつたい、村中の麦ワラの巨人たちに僕のウソが届いたのだ。


 ぐらり、と『麦穂人(バーリー・マン)』たちがふらつき、倒れていく。お互いに絡みついていた麦はほどけ、腕も足も体も顔も、『麦穂人(バーリー・マン)』の姿は失われ、ばらばらの麦となった。気が付けば麦わらの巨人は全て消え失せ、しなびた麦だけが倒れていた。


 座り込み、顔を伏せてすすり泣くラーラの姿に僕は何も声をかけられず、すりよってきたスノウを抱え上げ、優しくなでてあげた。


次回は8/8(火)午前0時頃更新の予定です。

「麦踏まれにご用心」最終回となります。

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