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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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麦踏まれにご用心 その10

 そうだ、僕にはまだ大仕事が残っていたんだ。

「ラーラ、どうしてここに?」


「魔物が出たって聞いたから、麦が心配で……」

「危ないじゃないか。下手したらバジリスクが村の中まで入ってきてたかもしれないのに」


「もう死んでいるから平気よ。これあなたが倒したの?」

「たまたまうまくいっただけだよ。その……麦が大事なのはわかるけれど、命のほうが大事だよ」


「麦は命よ」ラーラはきっぱりと言った。「魔法使いがくれた私たちの希望の光」


 迷いのない言葉だった。強くて、揺るがない態度に僕は言葉がつかえてしまった。


「なんだ、あの魔物は?」

「死んでいるのか」

「なあ、あれ……アンタが倒したのか?」


 ラーラだけじゃない。バジリスクが倒れたことに気づいた村の人たちがどんどん集まってきている。

 真実を話すにはちょうどいい。いや、今しかない。


「その、違うんだよ、ラーラ」

「何が違うの?」


 僕はラーラとは違い、ずっと迷っていた。僕はラーラに真実を話すべきなのだろうか。ラーラは巨人麦を、そして巨人麦を与えてくれた魔法使いを信じ切っている。その気持ちは純粋で偽りのない気持ちだろう。そんなラーラに真実を告げることは、本当に正しいことなんだろうか。


 余計なおせっかいなんじゃないだろうか。

 いたずらにラーラを傷つけるだけなんじゃないだろうか。


 仮に『麦穂人(バーリー・マン)』を倒したとしてもそのあとはどうなる? 

麦穂人(バーリー・マン)』のいる土地にほかの麦は育たない。育つまでにはまた何年もかかるだろう。その間に村はめちゃくちゃになってしまう。結局、村を捨てるしか道はない。


 それは果たして助けたと言えるのだろうか。むしろ滅びを早めているだけじゃないか。

 今、この瞬間も自分のやろうとしていることが正しいかどうかわからない。


 でも、と思う。放っておけば何かが解決するわけじゃない。いつか暴れだす『麦穂人(バーリー・マン)』の恐ろしさに目をつぶって、見ないふりをすることは正しいことなんだろうか。


今、何も告げずに村を去って、遠く離れた町でアメント村で暴れる『麦穂人(バーリー・マン)』のウワサを聞いて、僕は後悔せずにいられるだろうか。


 きっと世の中、正しいことなんてはっきり区別できるものばかりじゃないんだ。誰かにとって正しいことでも別に誰かにとっては良くないことだったりする。正しいか正しくないかがわからないからこそ勇気をもって自分を信じて、なすべきことをなす。

それがきっとオトナってことだ。

 僕はもうオトナなんだ。


「みなさん、聞いてください」僕は大声で村人たちに、そしてラーラに呼び掛ける。


「巨人麦は、巨人麦じゃありません。『麦穂人(バーリー・マン)』という魔物なんです」


 僕は正直に話した。巨人麦の正体は『麦穂人(バーリー・マン)』という西の大陸にすむ魔物で、麦踏まれも続けていけばいつか『麦穂人(バーリー・マン)』を大暴れさせるかもしれない危険な行為だということ、魔法使いも好意なんかじゃなくて何か別の理由があって与えたらしいこと。自分の知っていることを全部を話した。


「バカバカしい、そんなこと信じられるか」

 年かさの村人が言った。身なりも良く、小太りのおじいさんだ。きっとあれが村長さんなんだろう。


「証拠はあるのか?」

 聞き覚えのあることがした。ボリスさんだ。頭に布を巻いている。


「よかった、ご無事だったんですね。お怪我は大丈夫ですか」

「なんとかな。それより、証拠はあるのか」


「証拠ならありますよ」

 僕はバジリスクの血がついた布を取り出す。


「これはバジリスクの血です。見ていてください」

 僕はカバンから鉢植えに入った巨人麦を取り出すと、その上で布を絞る。したたり落ちた滴が巨人麦を濡らした途端、まるで陸に打ち上げられた魚のように巨人麦が動き出した。バジリスクの毒を嫌がっているのだ。


 村人たちがどよめく。


「麦が魔物だって……」

「そんな……」

「どうするんだよ」

 村の人たちが口々に不安を口にする。

 迷いや焦り、恐れ、様々な負の感情がが次々と伝染していく。


「それで?」


 村中の浮足立った空気を切り裂くように、ラーラは冷ややかに言った。瞳は薄くまばたきもせず、まるでトカゲのように残酷な光を帯びている。


「これを見ただろ? ウソじゃない。巨人麦というのは、本当は『麦穂人(バーリー・マン)』という魔物なんだ」


「さっきも聞いたわ」抑揚のない声だ。「その手品も見た。だから何なの?」

 僕は面食らってしまった。


「えーと、僕の言ったこと理解しているよね? だからその、危険なんだ」


「十年よ」ラーラは村の中の麦を見渡す。「十年間、巨人麦はこの村を支えてきた。巨人麦のおかげで村は飢えから救われた。貧しい暮らしからも抜けることができた。子供を売り飛ばさずに済んだ。十年間食べ続けて、おなかを壊した人もいなければ体から麦が生えてきた人もいないわ。その巨人麦の何が危険なの?」


「でも十一年目はないかもしれない。それに言っただろ? 麦踏まれ、あれも危険なんだ。あれを続けていればいつか『麦穂人(バーリー・マン)』が怒って暴れだすかもしれない」


「もし私が、その麦おばけ(・・・・)なら、麦を踏まれるより刈り取られる方がよっぽど不愉快よ。でも、十年間暴れたことなんか一度もなかった。百歩ゆずって、危険だというのなら麦踏まれをやめればいいだけじゃない。違う?」


「でも危険は残り続ける」


「普通の麦にだって危険はあるわ。病気で枯れるかもしれない。不作でろくな実もつけないかもしれない。でも巨人麦は日照り続きの年も大雨ばかりの年も変わらずに穂を実らせたわ」

「……」


「ねえ、リオ。あなたの言っていることはきっと正しいんでしょうね。でも私は、私たちは十年間ずっと巨人麦を見てきた。ずっと巨人麦と一緒に夏の暑さも冬の寒さも過ごしてきた。それに比べてあなたはどうなの? 昨日今日来たばかりで巨人麦の何を知っているの? それによ、巨人麦を捨てて、明日からどうやって私たちは生きていけばいいの? あなたの言う通りならこの土地には普通の麦は育たないんでしょ? 私たちに飢え死にしろと? それともあなたが私たちを養ってくれるの?」


 できるわけがない。いくらブラックドラゴンの爪や鱗が高価と言っても無限じゃない。


「あなたたちはどうなの?」ラーラは村人たち向き直る。「魔物と言われてどうなの? 巨人麦を捨てる? 焼き払うの? そうしてこの土地を捨てる? それとも十年前のように誰かを売り飛ばす?」


 村人たちは口ごもったまま黙りこくってしまった。すぐに返事のできる話ではないのはもちろんだけど、ラーラの鬼気迫る迫力に気圧されているようにも見えた。やはり、僕がやったのは余計なおせっかいなのか? と弱気になりかけた時、それは起きた。

 

次回は8/4(金)午前0時頃更新の予定です。

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