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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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歌おう、感染するほどの喜びを その9

今日は二回投稿します。




 アグボンラオールの夜は、話に聞く芝居幕のように分厚く黒かった。村を囲う柵は小さく、たくさんの麦畑の中に点在する家々は明かりもなく、冬ごもりのような静けさで朝を待っている。

 その中にぽつんと一軒だけ明かりが灯っている。酒場だ。


 中にはいくつもロウソクが立てられ、その下では農夫の人たちが吟遊詩人がリュートを奏でている。

 素人の僕が聞いても上手い曲だ。でも僕はちっとも感動しなかった。


 母さんはいい音楽とは心で聞くものだと言った。きっとそのせいだ。音楽なんて耳に入らないほど、僕の心は怒りに満ちている。


 演奏が終わり、外した帽子の中にいくつも銅貨が投げ込まれる。

 笑顔を振りまきながら吟遊詩人は一礼する。


 酒場の裏口から出てきた。今日は店じまいなのだろう。人気がないのを見計らってその背中へと話しかける。

「やあ、こんばんは、えーと……先生さん」


 話しかけてから名前を聞いていなかったことに気づいた。おかげでしまらない感じになってしまった。こんなことならオーメロッドの前で会った時にちゃんと聞いておくんだった。


「君は……どうしてここに?」

 先生さんは腰を抜かしそうな顔でびっくりしている。


「もちろん、あなたを探していたんですよ」

 まったく大変だったよ。誰も先生さんの行先を知らないし、だいたいの見当をつけて『瞬間移動(テレポート)』で移動して『失せ物探し(サーチ)』で先生さんの反応を探る。その繰り返しだ。

 おかげで見つけた時には日も沈んで真っ暗になってしまった。

 

 あわてふためいた様子の先生さんに対し、僕はつとめて落ち着いた口調で言った。

「お忙しいところ申し訳ありませんが、一緒についてきていただけますか? あなたが広めたマドリガルを止めるために」

 

 先生さんは一瞬、まるで真っ白な仮面のように顔をこわばらせた。

「マドリガル……何のことだい?」

 平気なふりをしているけれど、心の中でとても動揺しているのを僕は見て取った。


「ウソをついてもダメです。僕には全部わかっているんです。オーメロッドで今、大変なことになっている原因が全部あなたにあると言うことは」


「ちょっと、ちょっと待ってくれよ。オーメロッドがどうしたって?」

 先生さんは僕の前に壁を作るように手で制する。歯を食いしばるようにして動揺を押し殺しながら必死に言い訳を考えているように見えた。


「確かにマドリガルのことなら知っている。でもそれは知識としてだけだ。実際の歌も歌い方も知りはしない」

「いいえ、あなたです」言い訳をさえぎるべく、強めに断言する。

「あなたしかいないんです」


「言っておくけれど、君と別れてから俺は一度だって町には戻ってないんだ。ウソだと思うなら門番にも聞いてみるといい。もちろん隠れて町に戻れるようなマジックアイテムなんて持っていない」

「でしょうね」


 僕ならどっちもできるし、持っているけれど。

「町に戻る必要なんてないんです。あなたはこの村……いいえ、よその国にいたとしてもマドリガルでみんなを苦しめることが出来るんですから」


「どうやって? 山を越えるような声で歌ったとでも」

「大声も必要ありません。だって、歌ったのはあなたじゃないんですから」

「待てよ」先生さんの声に怒りが含まれる。


「歌ったのは俺じゃないのに、犯人は俺ってどういうつもりだ? ふざけるのもいいかげんに」

「勘違いしているようですね」


 僕は大げさに顔を振ってみせる。まるで絵本で見た道化みたいだけれど、仕方ない。そうでもしないと僕は先生さんをぶん殴ってしまいそうだ。


「マドリガルを歌ったんじゃない。あなたは……マドリガルの歌い方を広めたんだ。大勢の子供たちにね」

 先生さんの顔色がさっと変わった。


「『まっかな野ネズミ』……あれがマドリガルですね」


 多分、一月前に倒れた人たちは先生さん本人のしわざだ。おそらくマドリガルの実験のつもりだったのだろう。実験に成功した先生さんは、マドリガルで町の人を苦しめる計画を実行に移す。


 仕掛けは単純だ。吟遊詩人の私塾で教師をしていた先生さんは、町を去る日に子供たちにマドリガルを教える。オーメロッドの子供たちは未来の吟遊詩人だ。何も知らない子供たちは、教わった歌を練習しようとあちこちで歌う。そうして呪いは広まっていく。その繰り返しだ。


「マドリガルの効果自体はたいしたことはありません。ですが、それが何人何十人が歌い続ければ、町はパニックになる。それがあなたの目的だったんですね」

「……証拠は?」


「今、オーメロッドには腕利きの呪術医がいます。その人に『まっかな野ネズミ』のことも伝えましたし、実際に歌っていた子を見つけて譜面を書き起こしてもらいました。そいつを調べれば、はっきりするはずですよ」


 赤毛の子はとても譜面を起こせる様子ではなかったので、母親から一緒に私塾に通っていた友達を教えてもらい、その子に書いてもらった。


「ま、待ってくれ。俺も、その……教わっただけなんだ。その……怪しい奴に」

「どこのどちら様ですか? 誰どもわからない人から教わった曲をわけもわからず子供たちに広めたんですか? バカは休み休み言ったところでバカに変わりはありませんよ」


 先生さんは唇をかみしめる。ぐうの根も出ないようだ。

「理由はローレンツさんへの仕返しですか」

「ああそうだ!」


 先生さんは頭をかきむしりながら足下の小石を蹴り上げた。

「あのじじい、言いがかりをつけて俺を首にしやがった。わざと下手な歌を歌うだの何だの……」


「確かにあなたは、いいえ、あなたたちはきちんと演奏していたんでしょう。ずれていたのはローレンツさんの耳の方だと思います」


 年をとると体の調子が悪くなるものだ。ジェロボームさんもしょっちゅうぼやいていたっけ。特に耳は聞こえにくくなるだけでなく、音もずれて聞こえるようになるそうだ。


「そうに決まっている。だから、俺が作ったあの歌もぼろかすにけなしやがった」

「あの歌?」


「話しただろ。伝説の吟遊詩人の曲だよ。黙って曲弾いてましたなんて辛気くさいからもっと派手な話にしてやったんだよ」

「……」


 ふと、おばあちゃんのことを話すパメラの顔が浮かんだ。

「そんな理由で何も知らない子供たちを利用して、何の罪もない人たちを苦しめたんですか」


「あの町を取りしきっているのはあのじじいだ。町が混乱すれば、じじいも大弱りだろうからな」

「何がアレンジだよ」いらついた口調で言ってしまった。「そういうのは、いらんことしいって言うんだよ」


 ローレンツさんに黙って勝手なアレンジを加えて怒らせて、それで逆恨みか。

「それに、地味かもしないけれど、僕は事実の方が好きだよ。あなたが手の加えた、へんてこな話よりずっといい」


 先生さんが目を血走らせながら一歩踏み込んだ。そのまま向かってくるのかと思いきや、ぷるぷる体を震わせたまま向かっては来ない。

 僕の腰にある剣が怖くて思い切って突っ込んでは来られないようだ。


「さて、お話はここまでだ。一緒にオーメロッドまで来てくれないかな」

「くそっ」


 先生さんが焦った顔でリュートの弦に指をかける。僕は剣の柄に手をかけて駆け出す。耳障りな音がした。

 弦は真ん中のあたりですべて切れた。白い弦は一瞬、火の付いた蛇のように暴れ回り、だらりと垂れ下がる。


 先生さんの顔が青ざめる。リュートを僕に向かって投げつけると背を向ける。

 僕がひょいとかわす間に、背を向けて夜の闇へと駆けていく。


「リュートは投げるものじゃあないよ」

 僕は『瞬間移動(テレポート)』で回り込み、先生さんの首筋に『贈り物(トリビュート)』をたたき込む。

 がくりと、膝をついて先生さんは地面に倒れた。



 すぐに僕は先生さんをつれてオーメロッドのコルウスさんたちのところに戻ってきた。縛り上げた先生さんを診察室の床に転がすと、二人とも仮面の奥でとてもおどろいていた。


「君は一体何者なんだい?」

「まあ、大したものではありません」

 コルウスさんの質問につい自分に呆れて笑ってしまう。

 僕なんて吟遊詩人にもなれない、芸のない男だ。


 僕にできる数少ないとりえである『贈り物(トリビュート)』を使って、先生さんを起こす。

「さあ、マドリガルを解いてもらおうか」


 目を覚ました先生さんはぷい、と顔を背ける。ふてくされているようだ。両手を後ろで縛られているのが気に入らないのかな。


「どうせ俺は縛り首だ。今更呪いを解いてなんになる」

 ふふん、とせせら笑う。


「マドリガルの呪いを解けるのはマドリガルだけだ。せいぜい、がんばるんだな。百曲くらい歌っていれば一曲くらいは効果があるかもしれない」


「ふむ、そいつはよくない了見だな」コルウスさんが先生さんの顔をのぞき込む。

「白状すればまだ助かる道はあるかもしれんぞ」コラックスさんも反対側から仮面のとんがりを先生さんの鼻先まで近づける。


「縛り首というのは、あれでなかなか苦しいものだ。簡単に死ねると思わない方がいい」

「そうだぞ、息が詰まるというのは地獄の苦しみだ。ああいう死に方はさけた方がいいと思うがな」


「早く白状したまえ。君を衛兵に引き渡せば待っているのはきびしい拷問だ」

「ムチを打たれる。爪をはがされる。腹が破けるまで水をたらふく飲まされる」


「死ぬのは怖くないと口にするものは多いがね。しょせんは言葉だよ」

「うむ。言っておくが舌をかみ切っても死ねるとは思わない方がいい。君の目の前には二人も医者がいるのだからな。応急手当くらいすぐにできる」


「ほかにも君には話してもらいたいことが山ほどある。マドリガルをどこで知った?」

「曲もそうだが発声法にも興味があるな。のどの使い方はどうかな。どこの筋肉を使うのかな。どれ、さわらせてはくれないか」


「コラックス、ジャマをしないでくれないか。私は彼と真剣な話をだね」

「私だって本気だよ、コルウス」


「そうだ、彼に決めてもらうのはどうだろう」

「ふむ、それはいいな」


「君、どうかな」

「私の方がいいだろう?」


 左右からとんがり仮面にはさまれて先生さんの顔はすっかり青ざめている。

「ムリだ、俺には歌えない」


 先生さんはいやいやをするように顔を左右に振りながら言った。

 ずい、とコルウスさんとコラックスさんが顔を近づける。


「本当だ。知らないんだ。ウチの家に伝わっているのはあれ一曲だけなんだ」


 先生さんの家は代々吟遊詩人の家で、あのマドリガルはもしもの時にとおじいさんから教えられたのだそうだ。そんな大切なものを人を困らせることに使うなんて、きっとおじいさんも悲しんでいるだろう。

 ただ、と先生さんは続ける。


「今回のマドリガル自体、子供が歌ったまがいものだ。放っておいても七日もすれば自然に呪いは解けるはずだ」


「それはまずいな」コルウスさんが首をひねる。「ほかの患者はともかく、あの赤毛の子はそこまでもたないだろう」

「そうだ!」僕はつかつかと先生さんに近づき、胸ぐらをつかみ上げる。


「あの子は、お前みたいな吟遊詩人になるとがんばっていたんだ。その気持ちをお前は最悪な形で裏切ったんだ。恥ずかしくはないのか!」


 あの子の呪いがひどかったのは、一番練習していたからだ。あちこちで教わった歌を練習して、一番呪いを振りまいた。そのせいで結界による呪い返しが全部あの子に返ってしまったからだ。あこがれた先生の言いつけを守って必死に練習した結果がこれじゃあ、あの子があまりにもかわいそうだ。


「あこがれるのは子供の勝手だ」先生さんがふてくされたように顔をそむける。「俺が頼んだわけじゃない」

「このっ!」


 ぶん殴ってやろうと振り上げたこぶしをコラックスさんにつかまれる。

「やめておけ。殴る価値もない男だ」


 まだむかっ腹は立つけれど、振りほどく程の激しい怒りも抜け落ちていく気がした。

 僕が手をはなすと先生さんは尻もちをつく。


 お尻を打ち付けた痛みで顔をしかめながらふふん、と先生さんはせせら笑う。

 その顔にコラックスさんの蹴りが入った。

 先生さんの後ろ頭が壁にぶち当たる。


 声を失う僕の前でコラックスさんはこともなげに言った。

「こうすれば手も汚れない」


「けが人を増やすな、バカモノ」

 コルウスさんがあきれ半分怒り半分という感じで、きれいな布を取り出す。

 きれいな布で鼻血を拭き取られていても先生さんのいやな笑いは消えていなかった。

 

「そんなに助けたいのなら歌えばいい。さっきも言ったが、しょせん子供の歌ったまがいものだ。だったら曲さえ確かなら歌い方が少々外れていたとしても通用するかもしれない」


 本物のマドリガルは歌詞や歌い方や曲がきっちり決まっているらしい。でも、今回のは不十分なマドリガルだから、それでも十分なのだという。


「音楽の呪いには音楽か」

 コラックスさんがこくこくとうなずく。


「では、さっそくやってもらおうか。リュートもすぐに用意させる」

 先生さんのリュートは僕が壊してしまったけれど、ここは吟遊詩人の町だ。リュートくらいすぐに手に入る。

「いや、俺のリュートがいい」

 先生さんはそこで僕の方を見た。


「持ってきているんだろう。返してくれ」

「でも弦も切れているし、張り直さないと」


「問題ない。そいつが必要なんだ。向こうの連中を治したいんだろう」

 納得はいかなかったけれど、反対する理由も思い浮かばなかったので、カバンの『裏地』から先生さんのリュートを取り出す。


 それから腕のロープをほどいてやる。

 先生さんはリュートのネックをさすりながらひでえことしやがる、とつぶやく。


「言っておくが下手なマネはしない方がいい。おかしなマネをすれば寿命が縮まることになるぞ」

「おかしなマネか」僕のおどしに先生さんはにやりと笑った。

「なら、こんなのはどうかな?」


 指先ではじくとリュートの先が、ぱかりと開いた。中から白い錠剤が出てきた。先生さんはひったくるようにそいつを手のひらに乗せると、一気にのみこんだ。ごくり、とのどが鳴ったとたん、苦しげにうめき声を上げて倒れ込んだ。


「しまった、毒か」

 コルウスさんがあわてた様子で駆け寄る。黒い腕を翼のように伸ばすと、コラックスさんがその手に水差しを持たせる。水を飲ませ、うつぶせにしてげえげえ、とはき出させる。何度か同じことを繰り返したけれど、毒をはいた様子はなかった。


 それから脈を測り、のどの奥をのぞきこむ。

「どうだ?」


 コラックスさんの質問にコルウスさんは首を振る。

「どうやら眠り薬のたぐいのようだ。おそらく数日は目覚めないだろうな」

「ちょっと失礼します」


 僕は二人の間に割り込み、ナントカさんに虹の杖の『治癒』をかける。

 黄色い光が先生さんを包み込む。が、目覚める様子はなかった。


「ダメか」

 虹の杖の『治癒』でも治らないなんて、なんて強い薬なんだろう。

「スミマセン、僕がうっかりしていたばかりに」


 壊れたリュートを渡してくれ、と言われた時にもっと用心しておくべきだったんだ。

 コルウスさんは僕の肩をたたいた。


「気に病むことはない。おそらく、もしもの時のために用意していたのだろう」

 そんな覚悟があるのならいい歌を作るために練習すればいいのに。

 僕は先生さんをベッドに寝かせる。


「でも、どうしましょう。結局みんなを治す方法がわからないままですよ」

「方法ならさっき、これが言っていたじゃないか」


 コルウスさんが先生さんの寝顔を指さす。

「音楽には音楽だ。音楽を聴かせればみんな元に戻るだろう」


「でも本当かどうか。それに何の曲を聴かせればいいかもわかりませんし」

「ウソは言っていないと思うがな」

 コラックスさんがコルウスさんに同意する。


「やれるものならやってみろ、というそこの男からの挑戦だな、これは。毒を飲んだのも絶望したというよりは私たちの選択肢を狭めるためだろう。それに手はある」

 コラックスさんはガウンの下から紙を取り出した。楽譜のようだ。


「例のマドリガルの楽譜から呪いの術式を調べてみてね。それを参考にこいつの呪いを解く楽譜を書き起こしてみた」


 僕は声を上げた。

「マドリガルは初めてじゃなかったんですか?」


「実際に出くわしたのはな」コラックスさんはさらりと言った。「この程度のこともできなければ、呪術医(ウイッチ・ドクター)は名乗れないよ」


「それじゃあ、その曲を歌えば」

「呪いも解けるかもしれない」


 ただし、とコラックスさんは残念そうに続ける。

「これはあくまで楽譜だ。歌い方まではわからなかった。仮にこの楽譜通りに歌ったとしても治る保証はない。そしてもう一つ重要な欠点がある」


「なんですか?」

「歌詞がない」

 それは重要だ。


「あいにく私には作詞の才能はなくてな。まあ、問題ない」

 コラックスさんはぴらぴらと手にした楽譜を振って見せる。

「要はいかにして声に魔力を乗せるかだ。極端な話ラララでもいい。問題はこの状況で誰に歌ってもらうかだが」

「じゃあ、まだ無事な人を連れて来ましょう」


 事情を話せば吟遊詩人の一人や二人は協力してくれるはずだ。

 僕が外へ飛び出そうとした時、扉を開く音がした。

お読みいただきありがとうございました。

よろしければ感想、ブックマーク、評価よろしくお願いいたします。


次回はお昼12時頃に更新予定です。

次で第五話最終回です。

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