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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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歌おう、感染するほどの喜びを その2

二話連続投稿の二話目です。

 夜になった。

 ギルドで楽器運びの報酬を受け取った後、宿で夕食をとることにした。


 『遍歴のフクロウ亭』は木造の二階建ての建物だ。一階が食堂で、二階が宿のはたごやだ。収穫の(うた)横丁は大通りから離れた裏通りのせいか、部屋は薄暗いけれど、その分料金も安いし個室にはベッドもついている。なにより食事がおいしい。


 パンも柔らかいし、鶏肉のあぶり焼きがかぶりつくと肉汁があふれてかみごたえがある。スープもダシが出ていて、いくらでも飲めそうだ。


 スノウも隣の席で鶏肉を軽くあぶってほぐしたのを食べている。宿のおじさんに頼んだら特別に作ってくれたのだ。冷ましてあるから猫舌のスノウも大丈夫だ。


 本当は机の上で向かい合って食べられたら最高だったんだけれど、宿のおじさんから猫を机の上にあげるのはやめてくれ、と言われた。仕方なく隣の席にお皿を置いてそこで食べさせている。


 一度、スノウがジャマだからそこの席を譲れ、と言ってきた人がいたけれど丁重にお断りした。そうしたらスノウごとイスを蹴飛ばそうとしたので今は壁に背中を預けて白目をむいている。

 

 ロウソクの薄暗い明りの下でも食堂はにぎやかだ。お酒が入っているせいもあるけれど、一番の理由は宿に流れる音楽のおかげだろう。


 食堂のすみっこに一段高くなっている場所がある。広さは机二つ分くらいだろう。どうやら舞台代わりのようだ。そこで太っちょで丸い髭の楽師がヴァイオリンを弾いている。


 宿のおじさんによると、吟遊詩人というのは歌を歌いながら楽器を演奏する人のことで、楽器だけ弾く人のことは楽師と呼ぶらしい。歌だけの人は歌うたいとか歌姫、と呼ぶそうだ。おかげでまた一つ賢くなった。


 太っちょの楽師は小刻みに弦を動かしながら陽気な音楽をかき鳴らしている。なかなかうまい。なんだか踊りだしたくなる曲だ。丸っこい体つきで見た目もユーモラスなせいか、ほかの客もみんなにこにこしている。


 この町ではこういう舞台があちこちの店にあって、そこで吟遊詩人や楽師や歌うたいが演奏したり歌ったりして腕を磨いているらしい。


 演奏が終わった。楽師さんがちょっと気取ったしぐさで、うやうやしく一礼する。拍手や口笛が食堂に飛び交う。


 楽師さんが帽子を外して僕たちの方に向ける。銅貨があちこちの席から飛んで帽子の中に飛び込む。時折外れて舞台に音を立てて当たる。


 ああ、なるほど。おひねりってやつか。僕も持っていた銅貨を帽子の中に山なりに放り投げた。


 楽師が舞台を降りると入れ違いにリュートを手にした女の子が舞台に上がった。


 つばの広いとんがり帽子に、だぶたぶの白いシャツからほっそりとしたズボンが伸びている。


 ウェーブのかかった栗色の髪、やや垂れた黒い瞳に、たまごみたいに丸っこい顔。美人、というより愛嬌があってかわいらしい。僕よりちょっと年上なのかな。緊張した様子で弦にほっそりした指をかけると、何度か発声練習した後でリュートを鳴らし、歌い始めた。


 湖のほとりで

 双子月が夜にかがやき

 あなたの横顔に胸が高鳴る。

 花の匂いが妖精のように

 二人を結びつける


 愛の歌が聞こえる

 蜂蜜酒のようなささやきが

 心を甘くとろけさせるの

 もう迷いはいらない。

 今の気持ちこそが真実



 なんだかロマンチックな歌だなあ。

 僕には詩のよしあしなんてわからないけれど、聞いているといい心持ちだ。歌声がいいのかな。のびやかで透明感があって、洞窟の中で光を浴びて輝く水晶を見ているようだ。スノウも体をゆすって曲に乗っているようだ。


 僕も剣術とかじゃなくって歌とか楽器を習えばよかったなあ。

 楽器を手にスノウと旅をしながら星や草花、恋の歌を作ってみんなに聞かせるんだ。

 きっと女の子とも仲良くなれるに違いない。


「やめろやめろ!」


 桶でもひっくり返したような胴間声に演奏が止まる。


 振り返ると、ひげもじゃの大男が赤ら顔でげっぷを出していた。とろんとした目つきでエールのジョッキを片手に舞台まで千鳥足で歩み寄る。

 相当酔っぱらっているようだ。


「こっちは気持ちよく飲んでいるってのに、辛気臭い歌を歌いやがって、やめろやめろ!」

 酒場はしんと静まり返った。女の子も子リスみたいにおびえている。


「さっさとその楽器を置いてそこから下りな、おじょうちゃん」


 女の子は返事をしなかった。一瞬迷った後、何かを振り切るように演奏を再開した。

「やめろって言っているのが聞こえねえのか」


 大男は毛の濃い腕を伸ばしてリュートに手をかける。


「いい加減にするのはあなたの方ですよ」


 僕は我慢できずに立ち上がった。


「僕がせっかくいい気持ちで聞いていたのに、あなたがしゃしゃり出てくるから台無しですよ。さ、悪いことは言いません。今すぐ席に戻って演奏に耳を傾けてはいかがですか。いい音楽とは心で聞くものですよ」

 これは母さんの受け売りだ。


「てめえこそジャマするんじゃねえよ」

 大男は向きを変えて僕につかみかかってきた。

 僕はため息をつきながら手袋を外した。


 いつものように大男を気絶させて壁に立てかけておく。これで演奏の続きが聞けるよ。

「さあ、もう安心ですよ。続きをどうぞ」


 手袋をはめなおし、微笑みかけると、女の子はためらいがちに僕の後ろを指さした。


「てめえ、なめたマネしてくれるじゃねえか」

 仲間なのだろう。大男と同じような顔をした男たちが次々と立ち上がり、指を鳴らしながら近づいてきた。


 僕はうんざりしながらもう一度手袋を外した。


 とりあえず続けて三人ほど壁に立てかけると誰も絡んでこなくなった。


 ちょうどいいので、スノウと二人で一番前の席に移動する。女の子もほっとしたのか、楽しそうにリュートを演奏している。歌も素晴らしいけれど、演奏も上手だ。弦をおさえる指使いとか、まるで昔見た人形使いのようだ。


 演奏が終わった。僕は盛大に手を叩いたけれど、ほかの人の拍手はまばらだった。

 途中まで女の子の演奏もぎこちなかったからそのせいだろう。

 まったく、あの人たちが余計なちゃちゃを入れたせいだ。


 女の子は受けの悪さにがっかりしているようだったけれど、遠慮がちに帽子を外し食堂へと向ける。

 さっきの楽師さんとは違い、誰もおひねりを投げようとはしない。でも僕は違う。


 せっかく素敵な演奏を聞かせてくれたんだからね。

 カバンから金貨を取り出し、帽子の中に入れた。

 女の子が息をのむ音が聞こえた気がした。


「どうもありがとう、素敵な演奏だったよ」

 精一杯の笑顔で言ったはずなのに、女の子は何故か唇をかみしめ、悔しそうな顔をした。


 ご飯を食べ終えて、部屋に戻った。夜更かししてもロウソクがもったいない。体も拭いてちゃんと房楊枝で歯も磨いた。もう寝るだけだ。


「それじゃあ、お休み。スノウ」

 ベッドにもぐりこんだところでノックの音がした。


「誰かな」

 この町で訪ねてくるような心当たりはない。さっきの大男たちが仕返しに来たのかな。


 殺気とかは感じないけれど、念のため扉から見えない位置に剣を隠し持ちながら扉に手をかける。手袋は外してあるので、いざという時にはおにごっこの『贈り物(トリビュート)』も使える。


 ゆっくりと扉を開ける。目の前にいたのは、あの吟遊詩人の女の子だ。


「えーっと、どうしたのかな。こんな夜更けに」

 ちょっとどぎまぎしながら聞いた。夜更けに女の子が訪ねてくるなんて初めてなので声まで上ずってしまう。


 女の子は僕をきっとにらみつけると、僕に光るものを投げつけてきた。

「バカにしてないで!」

 顔に当たるところをとっさに平手で受け止める。金貨だ。もしかして、僕があげたやつかな。


「ワタシは……吟遊詩人です。だから、その……お金なんかで……」

「えーと、ゴメン。何を言っているのかな」


 言葉の意味はよくわからないけれど、女の子が怒っていることだけはよくわかった。

「いえ、だから、あなたがお金でワタシを……その……いやらしいことを」

「待って待って待って待って!」


 どうやら彼女はとんでもない勘違いをしているようだ。

「あのお金は、君の歌と演奏が素晴らしかったからだよ。それ以外の意味なんてありはしない」

「でも、金貨なんて普通ありえません」


「僕はちょいと変わり者だからね。ほかの人がやらないこともやるんだよ。とにかく、これはおひねりってやつ。演奏のお礼に君に差し上げたものだからね。返す必要はないし、それ以外のこともしてもらう必要なんてないんだよ」


 投げつけてきた金貨を彼女に握らせながら強く言い聞かせる。

 お金で女の子にいやらしいマネをしようだなんて、まるで物語に出てくる悪代官じゃないか。

 僕が欲しいのはお嫁さんであって、召し使いでも奴隷でもない。


「ごめんなさい、ワタシったら失礼な勘違いをして」

 深々と頭を下げる。どうやら誤解が解けたらしい。

 僕はほっとした。


「僕はリオ。旅の者だよ。今日、この町に来たばかりなんだ。君は?」

「ワタシはパメラといいます」髪をかき分けながら彼女は名乗った。

「いつもここで演奏しているの?」


「いえ、今日が初めてです。コンクールに参加するためにおととい、この町に来ました」

 パメラはそう言いながらリュートを抱える。


「今度、この町でハドルストーン商会主催の音楽コンクールがあるんです。一等賞に選ばれた者は大金と、貴族からお抱えの話もあるそうですよ」

「へえ、そいつはすごい」


「それだけじゃないんです。一等賞には伝説のリュートが与えられるそうなんです」

「それってもしかして、魔物を追い払ったっていう吟遊詩人の?」

「はい!」パメラは真剣な顔でうなずく。「ワタシ、どうしてもそのリュートが欲しくって」

「へえ、そうなんだなあ」


 吟遊詩人ならすごい楽器を欲しがっても不思議はない。騎士が名剣や名馬を欲しがるようなものだろう。腕の立つ人ほどよい道具を欲しがるものだ。


「でも、ワタシ全然下手で。さっきの演奏も全然……」

「そんなことないよ」僕は大きく手を広げて大丈夫ってことをアピールして見せる。

「君の歌は素晴らしかった。なんというか、その……ぽーっとなった」


 パメラは顔を染めてありがとう、とか細い声で言った。

「がんばってね、応援しているから」

 ええ、とパメラは力強く言った。


「それじゃあ、ワタシはもう行きますから。その、本当にごめんなさい」

 

 ばたん、と扉が閉まる。

 かわいい子だったなあ。素直だし、音楽に対する情熱もあるようだ。それに指先には包帯も巻いていた。きっと練習で痛めたのだろう。それだけきびしい特訓を積んでいる証拠だ。


 僕も応援してあげたい。それにしても吟遊詩人かあ。

 僕も楽器を弾いたり、歌を歌ったり、あんな素敵な音楽を奏でながら旅ができたら素敵だろうなあ。そうしたらかわいい女の子とももっと仲良くなれるかもしれない。


 パメラとも一緒に演奏なんかしたりして、楽しいだろうなあ。ふへへ。

 かぷ。

「あいたっ!」


 スノウにとって僕は、耳をかむと鳴く楽器なのかも。


お読みいただきありがとうございました。

よろしければ感想、ブックマーク、評価よろしくお願いいたします。


次回は12月9日の午前0時頃に開始の予定です。

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