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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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ひなどりは拾われた その15

 次の日、トバイアスさんに会ってそれとなくシャロンたちの様子を聞いた。ダドリーが捕まったと聞かされた『氷の大蛇(アイス・サーペント)』の連中は、最初はどうしてって顔をしていた。


 けれど、ダドリーがコンスタンスさん殺しの犯人だと知ったとたん、ほっとしたように、自分たちの罪をべらべらとしゃべり始めた。魔物を使っての自作自演に、最初はいつばれるかびくびくしていたけれど、だんだん数をこなすうちにお金もたくさん手に入るし、冒険者仲間や町の人たちからもほめられるし、やめられなくなっていったそうだ。


 最初のころは何人か、反対する人もいたらしいけれど、いつの間にか殺されていたため、怖くってシャロンに従っていたらしい。ダドリーの存在を知っているのはほんの数人だけだった。あとの連中はシャロンが陰で殺し屋でも雇っていると思っていたらしい。ダドリーとの関係は誰一人知らなかったようだ。 


 それでもシャロンだけは、がんとして口を開こうとはしなかった。ダドリーが捕まったと聞いても相変わらずだんまりを続けているそうだ。


 カツンカツンと僕の足音がこだましている。

 僕は今、ソールスベリーの町はずれにある地下牢の廊下を歩いている。牢屋の数は伯爵の地下より大きいけれど、廊下は狭い。のぞいてみると、牢屋も伯爵のところより狭そうだ。


 両端には大きくて分厚そうな石の壁が並び、やはり大きな鉄の扉が点々と続いている。

 人生で二度目の牢屋だけれど、やっぱり薄暗くてじめじめして汚くてくさいところだ。

「やっぱり、スノウを連れてこなくて正解だったな」


 ついてきたがったけれど、仕方ない。こんなところに連れてきて病気にでもなったら大変だ。

 途中で何度か衛兵さんとすれ違った。僕を見てどうしてこんなところに? って感じで眉をひそめていたけれど、隣のトバイアスさんが平気な顔をしているからか何も言われなかった。


「ここだ」

 トバイアスさんが扉を開ける。僕が中に入ると、後ろでがしゃんと閉まる音がした。気を利かせてくれたらしく、遠ざかっていく足音がした。


「やあ、どうも」

 話しかけるとシャロンはうずくまったまま、びっくりした顔で僕を見上げていた。


「申し訳ありません、ノックもせずに」

 シャロンは当然鎧ではなく、灰色の貫頭布のようなものを着させられている。服の下からは太ももからすらりと白い素足が伸びている。


 もっと長いズボンにすればいいのに。目のやり場に困ってしまう。

「私を辱めにでも来たのか」

「まさか」僕は手を振った。


「顔にいたずら書きをして喜ぶような子供じゃありませんよ」

 シャロンは呆気にとられたような顔をした。


「いやらしいマネをするために来たのか、と聞いたつもりだったんだがな」

「まさか」僕は全力で首を振った。

 そんなことをしたら僕は一生、母さんに顔向けできなくなる。そんなつもりは一切ないのに、この前の白い肌を思い出してしまい、顔に血の気が昇るのを感じる。


「僕が来たのはですね。すみません、どうしても聞きたいことがあったものでして。よろしいでしょうか」

「ここまで来ておいて今更だな」シャロンは苦笑した。「いいさ、言ってみろ。答えるかどうかは質問次第だがな」


 では、お言葉に甘えて、と僕はせき払いをする。

「あなたはどうしてダドリーの言いなりに? やっぱり、あれですか? 父親だから、ですか」

 シャロンは一瞬不思議そうな顔をした。どうして僕が二人の関係を知っているのかと疑問に思ったのだろう。

「それもある」とシャロンはまた魂の半分抜けたような顔をしながら天井を見上げる。


「みなしごで食うや食わずの暮らしをしていた私を拾い上げて、育ててくれたのだ。ものにはならなかったとはいえ、剣術を仕込んでもらった。魔物使いの才能がある、と知るや高価な魔術書まで与えてくれたのだ。恩義くらいは感じていたさ」


「でも……」

「私は、あれを救いたかったんだ」

「救う?」意外な言葉につい、同じ言葉を繰り返してしまう。


「知っていたさ。あれは私など見ていない。私を通して、ほかの誰かを見ていたくらい、とっくに気づいていた」

 マークって人のことだな。


「ダドリーはな、苦しんでいた。失ったものの苦しみと悲しみで、砂漠のように心は乾いていた。それから逃げるように酒浸りになっていった。当然、金はない。そこで私の魔物使いの才能に目を付けた。計画を聞いたときはくだらない、と思ったよ。バカげている、ともな。長続きするはずがないとも思った」


 でも、シャロンの予想と反して、ダドリーの計画はうまく運んだ。

「金があれば何かが変わるかも知れない。英雄となった私を見れば、あの男の乾きも少しはいやせるかと思った。結局何も変わらなかったがな」


 シャロンの独白は自分の愚かさへのあざけりと、義父へのいたわりが見えた気がした。

「言い訳に聞こえるかもしれないが、君を殺せと言われた時も反対はした。だが、あの男はいつもと様子が違った。ジェフの弟子と出会ったことであの男の中にくすぶっていた怒りや恨みがよみがえったんだ。ならば、そいつを晴らしてやれば、乾きも少しはいやせるのではないかと思った。あとは君も知っての通りだ」

「……」


「わかっている。こんなものが人をだまし、人を傷つけ、金を奪った理由にはならない。君にも済まないことをした。すべては、私の無能が招いたことだ。責任はとる。私にできることはあの男とともに地獄に落ちることだけだ」

「それは……」


 ここに来る前、どうにかシャロンを逃がせないか、と思ったこともあったけれど、どうやら僕の考えが甘かったようだ。

 なにより、シャロン自身がそれを望んでいない。ムリに連れ出しても、今度こそ自害するだけだろう。僕はもう一度ダドリーに腹が立った。シャロンが望んでいたのは父親の愛情だったのに。どうしてそれに気づいてやれなかったんだよ。それとも気づいていて、無視していたのだろうか。どのみちシャロンは救われない。そう考えると、胸の奥に重しでも乗っかったような気持ちになる。


「これでいいかな。話すつもりはなかったが、迷惑をかけたせめても詫びだ」

「いえ、十分です」

 僕は頭を下げた。


「では、僕はもう行きます。ありがとうございました」

「君は、こんなことを聞くためにわざわざここまで来たのか?」

「僕は父親というものを知らないんですよ」

 肩をすくめた。


「なので、よい父親も悪い父親も知りません。一度どんなものか聞いておきたかったんです。どうかお元気で」

 もう一度頭を下げて牢屋を出た。外から扉を閉めた後、いつの間にか牢屋の入り口で待っていたトバイアスさんがカギをかけた。


「すみません、ムリなお願いをしてしまって」

 僕が謝るとトバイアスさんはゆっくりと首を振った。

「礼を言うのはこちらの方だ」


 頭を掻きながらちょっと照れくさそうにそっぽを向いた。

「お前のおかげで、あいつのカタキも討てた」

 多分、コンスタンスさんのことだろう。僕は首をかしげてみせる。


「何の話です?」

「とぼけなくてもいい。ダドリーが全部吐いた」

 おやおや、しゃべったのか。あの様子では転んだとでも言うかもと思っていたのに。


「降りかかった火の粉を払っただけですよ」

 火の粉か、とトバイアスさんが苦笑する。


「この町は火の粉を浴びて大火事になったわけだが」

「また、建て直せますよ」


 魔物を操っていた魔物使いも、魔物使いを操っていた人ももういない。

 生きていればまたやり直せる。


「そうだな」とトバイアスさんはつぶやくように言った。

「もう行くのか?」

「ええ」僕は言った。「今日、出発しようかと思っています」


「なら俺から一つ忠告だ」

 トバイアスさんはそう言うと顔をきりりと引き締める。初めて会った時のような、衛兵の隊長さんの顔だ。


「お前は強い。だからこそ今回のようにお前をワナにはめておとしいれようとしたり、だまそうとするやつがたくさん現れるはずだ。そうならないためにも人をみだりに信用しないことだ」


「では、僕からもトバイアスさんに忠告です」

 僕はにっこりと笑顔を作って言った。


「そんなしゃべり方じゃなくって、もっと地を出した方がいいですよ。この前みたいなべらんめえ(・・・・・)口調の方がいいって人も多いと思いますよ」

 トバイアスさんは一瞬不意を突かれたような顔をしたがすぐににやりと笑った。

「余計なお世話だ、バカヤロウ」



 牢屋を出た後で宿に戻り、スノウと合流して勘定を済ませた。宿を引き払ったその足で、冒険者ギルドに向かった。

 虹の杖をつきながらギルドに入ると冷たい視線が僕に集まった。


「組合証を出してください」

 受付に行くと、スージーさんが無表情で言った。


 言われるまま、冒険者ギルドの組合証を手渡す。スージーさんはそれを持ってカウンターの奥に引っ込む。ついたてがあるので何をしているのか見えないけれど、コツコツという金属音が聞こえる。


「はい、どうぞ」

 戻ってきた組合証を見て僕はびっくりした。組合証の下の方に星が二つ付いている。


「えーと、これは……」

「今回の功績により、あなたには星が付けられることになりました。おめでとうございます」

 全然おめでたくもなさそうだ。


「理由を聞いてもいいですか」

「『氷の大蛇(アイス・サーペント)』による不正をあばき、ギルドに秩序を取り戻したこと。これは星をつけるに値する功績と当ギルドは判断しました。もう一つは……あなたの実力を評価してのことです」

「実力、ですか?」


「当ギルドのギルド長を倒してしまうほどの実力者です。星一つ、というわけにはいきません」

 あのいばりんぼで弱っちい人か。


「なお、今回の評価の条件として、今回の事件についての他言を禁止いたしますので、お忘れなきように」


 要するに、星を二個もやるから『氷の大蛇(アイス・サーペント)』の不正と、ギルド長がのされたことを黙っていろ、ということらしい。


 つまりこの二つ星は口止め料の代わりのようだ。

「あの、星とか別にいりませんから。お返しすることとかできませんか」

「ダメです」

 返品は受け付けないらしい。あんまりな話だ。


「二つ星になれば、受けられる仕事も増えます。もっともっと稼いでくださいね」

 さて、とスージーさんの表情が変わる。


「リオ君、あなたいったいどういうつもりですか」

 怒鳴りこそしなかったけれど、不機嫌なのはよくわかる。


「ダドリーさん……いいえ、ダドリーが黒幕だったとつかんでおきながら、また衛兵に引き渡したそうですね」

「引き渡してなんかいませんよ」


 直接トバイアスさんたちに突き出すとまたスージーさんに怒られそうだったからね。

「ダドリーを倒したのはあなただそうですね。本人がそう証言したと、さっき衛兵の人から聞きました」


 誰だか知らないけれど、口が軽いなあ。

「これでもう三回目ですよ。私、言いましたよね。わざとですよね? わざとやっているんでしょう」

「はい」

 実際わざとなのでうなずいておく。


「正確に言えば、最初のは本当に知らなかったんです。でも『氷の大蛇(アイス・サーペント)』については、万が一を考えてのことですけれど、ダドリーについてはわざとです」

「一体どうして……」


「そりゃあそうでしょう」僕は言った。「ギルドに引き渡せば、殺されるかもしれませんから」

 ギルドの中がざわつく。


「あなたはさっき、僕が『氷の大蛇(アイス・サーペント)』の不正を暴いた、と言いました。でも、本当は冒険者ギルドでも『氷の大蛇(アイス・サーペント)』の不正は気づいていたんでしょう? 気づいてて知らんぷりしていたんです。少なくともスージーさん、あなたは感づいていたはずです」


 スージーさんの顔が青ざめる。

「ええ、根拠はあります。この前、ダドリーと僕がギルドの前で話していた時、あなたはダドリーのお酒を飲みましたよね。お酒好きのあなたなら絶対に気づいたはずですよ。そのお酒が仕事もしていない冒険者に飲めるような安酒ではなかったことに」


「……貧乏な冒険者には高いお酒を飲む権利はないと?」

「この辺りではあまり飲まれないような、珍しいお酒だったそうですけどね。でも、問題はそこではありません」


 と、ここでちらりとスージーさんを見た。表情は硬い。顔色を表に出さないように虚勢を張っているようにも見える。


「問題はダドリーの方です。彼の身になってみればですよ。この前のことは『分不相応のお酒を飲んでいることにギルドの職員に気づかれた』ってことなんですよ。しかも利き酒で町一番のスージーさんにです。普通なら口止めに走るとは思いませんか?」


 事実、ダドリーは自分の正体を探ろうとしたコンスタンスさんにそうしている。もちろん、スージーさんを殺してギルドが騒ぎになるのを恐れたという線もあるだろう。でも、それより自分の正体が見つかる可能性のほうが高ければ、迷わずスージーさんを亡き者にする。短いやり取りだったけれど、剣を合わせてよくわかった。ダドリーはそういう男だ。スージーさんがダドリーより剣の腕が立つ、というのは論外だ。


「でも、スージーさんが命を狙われたことはない、と言いました。つまり、ダドリーはスージーさんにばれても問題ないと判断したんです」

 僕は指を立てる。


「つまり、このギルドは『氷の大蛇(アイス・サーペント)』の不正をとっくに気づいていたけれど、知らんぷりをしていた。『氷の大蛇(アイス・サーペント)』の方もギルドが知らんぷりをしてくれているのをわかっていたから、安心して不正を続けることができた。つまり、両方ともなあなあ(・・・・)のもたれあいで」


「そこまでです」スージーさんが僕の話をさえぎった。

「あなたが言っているのは根拠のない誹謗中傷です。それ以上続けるようなら当ギルドの権限で冒険者の資格を停止します」

 スージーさんの声にはもう何の感情もこもっていなかった。


「加えて、ギルド長代理(・・)の権限で、ただ今をもってあなたの当ギルドへの出入りを禁止します。即刻退去を命じます」

「わかりました」


 僕としてはギルドでの依頼は一通り終わらせたし、用事はもう終わっているので、問題ない。

「なんでしたら、こいつもお返ししますけど」組合証についたばかりの二つ星を指さす。

「いりません」スージーさんは首を振った。


「早く出ていきなさい。さもないと力ずくで放り出しますよ」

「わかりました」


 つまみだされるのはゴメンなので素直に従い、ドアへと歩き出す。ギルドの中に少しだけホッとした空気が流れる。僕が暴れだすかもと心配だったのだろう。


「あ、そうそう」ドアの取っ手をつかみながら振り返る。「シャロンたちを取り返そうとしてもムダですよ。トバイアスさんにはもう忠告しましたから、とっくに別の場所に移してありますので、あしからず」


 返事はなかった。まあ、期待していなかったから別にいいや。

「それでは、どうもお世話になりました」

 僕はお礼を言って外に出た。


「お待たせ、スノウ」

 ギルドの前で待っていたスノウを肩に乗せる。のどを優しくさわると、文字通り猫なで声で僕にすりよってきた。かわいいなあ、ふへへ。


 いやな空気に触れて気分がくさくさしていたところだったから余計にスノウの純粋さにいやされるよ。

「行くのかよ」


 横からふてくされたような声がした。見ると、ロッコが腕組をしながら壁にもたれている。

「まあね」

 ギルドも出入り禁止にされちゃったし、長居は無用だ。


「やりたいことだけやって、逃げるのかよ」

 すねたような寂しそうな顔に僕はピンと来た。

「僕なんかに頼っちゃあダメだよ」

 僕はロッコの肩に手を置く。


「『氷の大蛇(アイス・サーペント)』だけが冒険者じゃない。僕は君が勇気のあるやつだって知っている。その気になればなんだってできるよ」


「けど、みんながいなくなったらまた無法者どもが入り込んでくる。いくらなんでも俺一人じゃあ……。それに、町の連中の信頼だって」

「それは今までの君の仕事ぶり次第じゃないかな」


 いい加減な仕事をしていれば、誰も信用してくれないかもしれない。でも、信用に足る仕事をしていれば、信じてくれる人も出てくるはずだ。


「がんばりなよ。もう魔物を操る魔物使いはいないんだ。シャロンたちがいなくたって、やっていけるさ。冒険者だってすぐに集まるよ」


 冒険者は仕事のある所に来るものだ。大きなパーティがいなくなって、競争相手がいなくなればよその町から腕利きの冒険者もやってくるかもしれない。


「もし、何かあったらダドフィールドの冒険者ギルドを頼ればいい。あそこの冒険者はみんな頼りになる人ばかりだ。きっと君の力になってくれる」

「リオ……」


「そういえば、初めて会った時白猫がどうとか言ってたけど、あれどういう意味?」

 ロッコの顔がこわばった。いや、とか、その、とかはっきりしない声を口の中でもごもごとつぶやいている。やがて眼をそらしながら気まずそうな顔で言った。


「お前はその……白猫・・じゃねえよ」

 当たり前だよ。僕は人間だ。次の言葉を待っていたのだけれど、ロッコはもじもじするばかりで答えを教えてくれる気はないらしい。まあ、いやがるものをムリに聞き出すほど知りたいわけじゃないからいいけど。


「そうそう、さっそくで悪いんだけれど、僕の代わりに仕事を一つ頼まれてくれないかな。可憐な少女の心と小さな命を救うという、とても大切な仕事だよ。ほら」

 ロッコが振り返る。その先には、大きな紙を抱えたヴィヴィアンが涙目でギルドの前に立っていた。

「また、ミーちゃんがいなくなっちゃったの……」


 ヴィヴィアンがちっちゃな手のひらを僕に差し出す。汗ばんだ銅貨が日の光に照らされる。

 僕はヴィヴィアンの前にしゃがみこみ、肩を抱く。


「もう大丈夫だよ。すぐに見つかるさ。ここには心強い冒険者がいるからね。彼は勇敢で、正義感の強い冒険者だ。すぐにミーちゃんも見つかるさ」

 僕は立ち上がり、今度はロッコの肩に手を置く。


「それじゃあ、後は頼んだよ。僕はギルドを追放された身だからね」

「お、おい、俺に猫探しなんて……」

「そうそう、僕の勘だと町の南側の端にいる太めのおばあさんのところなんかが怪しいと思うよ。一度探してみるといい」


 どうやらミーちゃんはあのおばあさんのところがすっかりお気に入りのようだ。

 さっき、こっそりと『失せ物探し(サーチ)』で探してみたから間違いない。


「それじゃあね、僕はこれで。君もしっかりね。そうそう、もし剣を学びたいのならトバイアスさんに頼るといいよ。僕の知る限り、この町で一番腕の立つ人だ」


「お前、これからどこへ行くんだ?」後ろからロッコの声がした。

 僕は振り返った。

「決めてない」

 風の吹くまま気の向くままだ。


 西門から出るとしばらく大きな山道を歩く。

 町を出たのは昼前、普通にいけば夕暮れまでには隣の村に着くはずだ。

 普通に行けばね。

 

 山道の途中で昼食をとり、日が傾きつつある頃にはすれ違う人も少なくなってきた。

 道も狭くなり、頭の上を木立が覆うようになってきた。

 さて、このあたりかな。


 僕は立ち止まるとカバンに手を突っ込み、感触だけで中を探る。

 そのとたん、急に頭の上から何かが落ちてきた。植物のツルで編んだ網だ。


 僕の頭にばさりとかぶさったとたん、四方から矢が飛んできた。

 僕は悲鳴を上げて、ばたりとあおむけに倒れる。胸を押さえた指の間から、白い矢が花のように突き立っている。そこへ剣を持った人たちが草むらや木陰から飛び出してきた。


 体格でかろうじて男だとわかったものの、いずれも顔に黒い布で顔を隠している。

 動かない僕に走りよると剣を逆手に持ち替え、剣を振り上げる。

 六本の刃がほぼ同時に地面に突き刺さった。


 男たちに動揺が走る。黒い布で顔を覆っていてもうろたえている気配はありありとわかった。

「おにごっこっていうのはね、こうやるんだよ」


 僕は木の下にいる(・・・・・)男たちに虹の杖を向ける。

 雷光がほとばしり、六人の男たちは地に倒れた。


 全員気を失っているのを確かめてから手で受け止めた矢を放り捨てて、引っかかったままの網を外し、男たちの上におおいかぶせた。

 

 町を出たあたりから僕の後ろをつけてきているのはとっくに気づいていた。

 木の上に人の気配もしたからワナを張っている場所も見当がついていた。だからその近くでカバンの中から虹の杖を取り出し、おそいかかって来る敵に備えていたのだ。


 それから網が落ちてきた時に『瞬間移動(テレポート)』で木の上まで移動した。

 あとはのこのこ現れた黒覆面の男たちを一網打尽にすればいい。

 いや、まだ一網打尽じゃないか。


 僕は木の上から飛び降りると、男たちの覆面をはぎ取っていく。

「やっぱりか」


 ソールスベリーの冒険者ギルドで見かけた顔だ。『氷の大蛇(アイス・サーペント)』の仲間ではなかったと思うけれど、一緒に三つ目オオカミの討伐ごっこ(・・・)にも参加していたからそれなりに親しいのかもしれない。きっと、ギルドの職員たちにそそのかされたんだろう。


 バカだなあ。こんな殺し屋のマネなんかしなくたって、まじめにやっていればまた信頼だって取り戻せるはずなのに。

 周りを見回してもほかに人影はない。でも『失せ者探し(サーチ)』で人の気配を探ると、案の定、速足で遠ざかっていく人がいる。


 きっと監視役というやつだ。僕の暗殺に失敗したと報告に行くつもりなのだろう。

 ちょうど僕が来た道を引き返しているようなので、『瞬間移動(テレポート)』で先回りしてこいつも捕まえておいた。


 というわけで、僕の目の前には七人の男が転がっている。

 いったい誰の差し金だろう。あの弱っちいギルド長かな。一瞬、スージーさんの顔が浮かび、あわてて打ち消す。

「本当にバカだなあ」


 僕は誰にも話すつもりなんてなかったのに。黙って次の街に行かせてくれるのなら何もしないつもりだったけれど、こうなっては仕方がない。

 つぶやいた僕の頭に、巣から落ちたひなどりの姿がよぎった。


 こいつらをまたトバイアスさんたちに引き渡せば、さすがに言い逃れはできないだろう。

 僕は気絶している七人をひとかたまりにして、その手に触れながら『瞬間移動(テレポート)』でソールスベリーに戻った。


 それからしばらくして、ソールスベリーの冒険者ギルドに、王都のギルド本部から大きな取り締まりが行われたと風のうわさで聞いた。ギルド長をはじめギルドの職員の大半が職を追われたらしい。その中に茶色い髪の女性がいたかどうかは、あえて確認はしなかった。


   第四話 ひなどりは拾われた 了


お読みいただきありがとうございました。

よろしければ感想、ブックマーク、評価よろしくお願いいたします。


次回から第五話「歌おう、感染するほどの喜びを」を投稿します。

12月6日午前0時頃に開始の予定です。

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