ひなどりは拾われた その14
ダドリーが地を蹴った。剣をだらりと片手で持ちながら僕に向かってくる。
「え、え?」
剣を構えようとして、僕は目をみはった。一直線に向かってくるのではなく小刻みにスピードをゆるめたり早めたり、立ち止まったりしながらタイミングをつかませてくれない。迎え撃つすきがつかめず、僕は前につんのめりそうになる。その瞬間、ダドリーの動きが変わった。
一気にスピードを上げて詰め寄ってきた。地面に擦れそうなほど下げた剣の切っ先を一気に切り上げる。跳ね上がってくるような剣の動きをランデルおじさんの剣で受け止める。乾いた金属音が鳴った。
僕は一歩踏み込み、斬撃を上に受け流すと返す刀で振り下ろす。だが、その時にはもうダドリーは僕の横をすり抜けて、僕の方に向きなおるところだった。ちょうど入れ違いになった形で僕たちはもう一度向かい合う。
またダドリーが動いた。剣を右手に持ったままゆっくりと向かって来る。僕も今度は警戒しながらすり足で近づく。互いの切っ先があと二歩で重なろうかという時、ダドリーの踏み込みが変わった。半歩大きく踏み込むと体を翻し、左に回転する。自分から背中を向けられて、完全に不意を突かれた僕は、次の攻撃に備えて一歩下がる。そこにまた意表を突かれる出来事がおそいかかってきた。
予想より一瞬早く、ダドリーの斬撃が僕の首筋に飛んできた。背中を向けた瞬間に、剣を左手に持ち替えたのだ。
左に回ったのはこのためか。
このまま下がっても切っ先が僕ののど元を切り裂く。そう思うより早く僕は全身の力を抜き、自分から後ろに倒れこんでいた。背中に固いものが当たる。受け身を取りながら僕は背を丸める。ダンゴムシのように丸まった体の上をダドリーの剣が駆け抜けた瞬間、今度は両手を地面に付け、一気に足を伸ばす。
僕の両足蹴りがダドリーのおなかにぶち当たる。さすがにかわしきれなかったのか、うめき声をあげながらダドリーは後ずさった。
その間に僕も自分の剣を拾い、立ち上がると手の甲で額の冷や汗を拭いた。
今のは危なかった。もう少し気づくのが遅かったら完全にやられていただろう。
呼吸を整えようと、二回半息をしたところでまだダドリーが向かってきた。
ダドリーは右手一本で操りながら立て続けに責め立ててきた。僕は守勢に回りながら防御に徹する。ダドリーの剣はとにかくやりづらかった。片手一本で操っているせいか、両手剣より鋭い上に剣閃がひねくれている。手首を返すだけで刃筋がまるでムチのように変化するのだ。
もしかして、これがジェフおじさんの言っていた変則的な剣術という奴だろうか。
剣術にも効率の良い方法というのがある。力の入れ方、抜き方、踏み込みや攻撃するタイミング、ムダを削っていくことで、より早く、確実に相手を倒すことができる。でも世の中にはいろいろな人がいる。あえて効率の良い方法から離れることで、敵の油断を誘ったり不意を突いたりするのだという。
だとしたら厄介だ。何が厄介って、僕はそういう人と今までに戦ったことがない。シャロンは僕のことを天才だなんておだてていたけれど、いくら才能があっても経験値が増えるわけじゃない。下手をすれば足元をすくわれるだろう。
でも、なんとかなる。
片手で操っているせいか、両手で振り回すより一撃が軽い。さほど力をこめなくても防ぐことができる。剣もひねくれているとはいえ、追いつけないほどではない。落ち着いて戦えば大丈夫だ。
これならいけると、僕は手首を返しながら巻き取るようにしてダドリーの剣にランダルおじさんの剣を絡める。このままもう何回転かさせれば、てこの原理でダドリーの剣は自然と手から離れるはずだ。
腕に力を込めた瞬間、ダドリーは自分から剣を手放した。支えを失ってダドリーの剣が高々と宙に舞う。つられて僕の視線も上に向いた瞬間、体が急速に後ろに傾いていく。しゃがみこんだダドリーに足払いを掛けられたと気づいたときには、すでに半分以上傾いていた。このまま倒れれば馬乗りになられておしまいだ。でも今からこらえるほどの時間もない。
一瞬でそう判断した僕は地を蹴り、一回転して着地した。そのすきにダドリーは落ちてきた剣を受け止め、肩に腹を乗せる。
「いい判断だな」
「まさか、わざと剣を弾かせるとは思いませんでしたよ」
おまけに足くせも悪い。全く始末が悪い。
「剣の腕もいい。しかもまだ若い。これからまだまだ伸びるだろうな」
「おほめいただきありがとうございます……でいいのかな?」
「だからだよ」ダドリーが切っ先を上げながら半身に構える。「テメエを切り刻んでやった時のジェフの顔が想像するだけでたまらねえ」
「ムダだと思いますよ」
ダドリーの予想は絶対に当たらない。賭けてもいい。
「それより、休憩でも入れましょうか。息も上がっているじゃありませんか」
短い攻防の間にも滝のように汗をかいている。
ダドリーの弱点だ。ケガをして長い間、戦いから遠ざかっていた上にお酒もたくさん飲んでいる。体力がない。
自分でやらずにシャロンに僕を殺させようとしたのもそのためだろう。
このまま持久戦に持ち込めば、向こうは自分から力尽きる。
「心配ねえさ」ダドリーは額の汗を手の甲で拭った。「長引かせるつもりはねえんだろ?」
「ええ」
剣術で勝たなければ意味がない。ただ勝てばいいのなら『贈り物』でとっくにカタを付けている。
「けれど、もったいないですね。これだけの腕があれば、シャロンさんに卑怯なことをさせなくてもよかったのに」
「俺の二つ名を知っているか?」
ダドリーがにやりと笑った。
「『ハゲワシ』だよ」
ダドリーがまたも僕に向かってきた。変則的な使い手に受け手に回るのは不利だ。僕も剣を構え、前に出る。ここは攻めの一手だ。
僕の踏み込んでの一撃をダドリーが横によける。同時に右手に握っていた剣を左手に持ち替え、僕の心臓を狙う。
「その手品はもう見たよ」
タイミングを合わせ、剣をはじき飛ばす。ダドリーの剣は真ん中から二つに折れて、先っぽが路地の端の方まで飛んでいく。
ダドリーは弧を描くように僕の後ろへ回り込み、背中から折れた剣を投げてきた。
そんなもの通用するもんか。僕は軽々と折れた剣を叩き落す。
「どうします? 降参しますか」
「そうだな」
ダドリーは両手をあげ、膝をついた。降参のポーズだ。
「負けたよ、さすがあいつの弟子だ」
「そうですか」
言葉とは裏腹に、僕はちっとも納得していなかった。理由はさっきのダドリーの顔だ。
剣を折られたというのに焦りも敗北感もなかった。きっとまだ何か奥の手を隠しているんだ。
僕は物語というものをよく読んでいるから知っている。
隠し武器でも仕込んでいるのかな。あるいは人質?
さて、どうしようかな。
ダドリーは薄笑いを浮かべながら媚びるような目を僕に向けている。うん、絶対に観念した人の目じゃない。
このまま黙っていてもらちがあかないのでわざと油断を誘うことにした。
「そうですか、なら自首してください」
僕は剣を鞘に納めて近づく。隠し武器を出すなら絶好の機会のはずだ。
「ああ、わかった」
ダドリーは立ち上がるどころか動き出す気配はない。
もしかして、僕の勘が外れたのかと思ったとき、ノックの音がした。
ダドリーが膝をついたまま後ろ手で窓を叩いていた。
そうと気づいた瞬間、ダドリーの頭の上、板で打ち付けられたはずの二階の窓がぎい、と開いた。
開いた窓から二本の腕が伸びた。両腕には抜き身の剣を握っている。ぱっと手を放すと剣は真っ逆さまにダドリーめがけて落ちていく。
ダドリーは二本の剣を受け取り、僕に切りかかってきた。
しまった、仲間が潜んでいたのか。僕は落ちていた石を二階の窓に投げつける。開いた窓から内側に跳ね返ってぎゃっと悲鳴がした。
そのすきにダドリーはもう目の前にまで迫ってきていた。
この方法は想定していなかったけれど、新しい武器を手におそってくることは、予想済みだ。
今から下がっても間に合わない。僕は地を蹴って真正面からダドリーに体当たりを仕掛ける。
ダドリーはそれすらも予想していたようだ。左手の剣で突きを放ち、僕の動きを封じながら右の剣で斬撃を放ってきた。
でも残念。読みあいは僕の勝ちだ。
僕は左の突きを拳で下から上に跳ね上げる。同時に右の剣の振り下ろしをさらに一歩踏み込む。肩からダドリーの肩にぶつかる。衝撃が僕の肩に伝わる。ぎりぎりではあったけれど、仮に剣が当たっていたとしてもたいしたことはない。落ちてきた剣は二本とも細身で、「切る」ための剣だ。力の乗り切らない根元の、しかも片手の剣なんてそう怖くはない。それに僕の鎧は地龍の皮で出来ている。
案の定、ダドリーとぶつかってもちょっと肩に固いものが当たったってくらいで全然痛くない。
もつれあったまま、よろめくダドリーの胸元をつかみ、足をかけながら背負い投げを食らわせる。
骨まで響くような手ごたえとともにダドリーの体があおむけに転がる。
そのままのしかかって関節を極めようとしたとき目の前を一筋の光が走った。
ぶん投げられても剣を手放さなかったダドリーが苦し紛れに剣を振り回したのだ。
僕は手を離し、再び距離をとる。
ダドリーは右の剣の切っ先だけを僕に向けながら肩で息をしている。左肩、つまりさっき僕とぶつかった方はだらりと下がったまま近くに落ちている剣を握る気配もない。どうやら僕とぶつかったのと、投げられた時に痛めたようだ。
「どうします? 降参しますか」
「アホぬかせ」
僕はさっきと同じ言葉だったけれど、ダドリーの反応は正反対だった。歯を食いしばりながら立ち上がる。
「俺がな、この時を何年待ったと思っているんだ。二十年だぞ。わかるか? お前がおふくろの腹の中にもいねえ頃からだ。せっかくの金儲けの手段をふいにしてまでこのチャンスを狙ってたんだ。誰があきらめるかよ」
ダドリーの目は苦痛に歪みながらも闘志を失っていない。妄執という言葉がぴったりだった。野生の獣の中には一度口をつけた獲物は絶対にあきらめないものがいる。まさにそれだった。
僕はもう一度剣を抜いた。
今度は僕から攻めたてる。ダドリーも守りに入るが、片手で、しかも左肩を痛めた状態ではまともに防ぐのは難しい。よけたりかわしたりしながら絶好のチャンスをうかがっているように見えた。
決着の時は来た。気合とともに僕の剣がダドリーの剣を叩き落す。するとダドリーは腰の後ろにさしていたダガーを左手で抜き、体ごと僕のおなかを突いてきた。肩を痛めて、剣も握れないと思っていたのはこのための芝居だったのか。
僕はとっさに高々と飛び下がる。
「もらった!」
ダドリーは勝ち誇ったような声を上げると右手で剣を拾い、走ってきた。僕が着地したすきをねらうつもりのようだ。
いくら僕でも何もない空中では、方向転換も静止もできない。動きの止まった瞬間に僕を串刺しにするつもりか。
高々と飛びあがった僕の体は頂点に到達すると、ゆっくりと落下し始める。
ダドリーの剣はすでに僕の目の前まで迫っていた。
鎧のない、僕の首を狙って刺突が迫る。
タイミングを見計らって繰り出された剣は、かがめた僕の足の下を通り過ぎた。
ダドリーの顔が凍り付く。
僕が左手でつかんでいる、洗濯物を干すためのヒモの存在を思い出したらしい。
タイミングを外されたのがよほどショックだったのか、ダドリーの動きが止まる。
僕はそいつを見逃さなかった。
左手を放し、落下しながらダドリーめがけて剣を振り下ろす。
重い手ごたえが僕の手に伝わる。アダマンタイトで作った硬い剣の腹は、ダドリーの肩の骨を砕いていた。
からん、と乾いた音が地面に響いた。うめき声をあげてダドリーはその場にしゃがみこんだ。
「あなたのあだ名は『ハゲワシ』かもしれませんが」
僕はダドリーの剣を蹴飛ばし、剣を納める。
「僕もしょっちゅう鳥になったりするんですよ」
「ま、まだだ! 俺はまだ……」
「いえ、もう終わりです」
手袋を外し、ダドリーの首筋に手刀を当てる。ダドリーは白目をむいて倒れた。
「もう時間切れです」
道をふさいでいる木箱の向こう側でたくさんの足音がした。鎧のこすれる音からしてトバイアスさんたち衛兵さんだろう。
僕はカバンを肩にかけ、スノウを抱っこすると『贈り物』で気づかれなくなった。
ダドリーの家の中に入ってきた衛兵さんたちの横をすり抜けて、その場を後にした。
あの人たちなら地下への入り口から降りた地下室いっぱいのお金や貴重品もすぐ見つける。
ついでにさっき石を投げたダドリーの仲間も捕まえて、ダドリーの家の前に転がしておいた。
お読みいただきありがとうございました。
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次回は11月29日午前0時頃に開始の予定です。
次回で第四話も最終回です。




