表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/317

ひなどりは拾われた その9

 二日後、僕はシャロンさんたちと三つ目オオカミの巣があったという山を登っていた。獣道のような細い山道を僕たちは列を作って歩く。ブナやコナラがみずみずしい葉をつけていて、道にまで伸びた枝葉は何枚も折り重なり、行く先を覆い隠している。斥候役の人が先頭を行き、シャロンさんは真ん中を歩いている。


 初めて登る山だし、木立が生い茂っているので視界もさえぎられて『瞬間移動(テレポート)』も使えない。


 それに一人で先走ったら、一緒に来たみんなに迷惑をかけてしまう。僕だって息を合わせることもあるのだ。

 目指す三つ目オオカミのボスはこの山の奥にいるという。


 手筈はこうだ。まずみんなでボスを探す。ボスを見つけたらみんなで取り囲み、虹の杖の『麻痺(パラライズ)』で動きを止める。そのすきにみんなでとどめを刺す。

 覚えやすいのはいいのだけれど、単純すぎて逆に不安でもある。


 ボス退治のメンバーはシャロンさんたち『氷の大蛇(アイス・サーペント)』のメンバーのうち十二名、そして僕の十三人だ。

 ほかの冒険者たちは今回、不参加だそうだ。


「はてさて、どうなることやら」

 僕はおととい、トバイアスさんから聞いた話を思い出していた。


 トバイアスさんの言うことを信じるなら、シャロンさんはわざとこぼしたスープを拭き取っておだちんを要求する、あさましい悪党ということになる。それだけじゃない。その不正を暴こうとしたコンスタンスさんという女性も殺したという。


 トバイアスさんがウソをついていたようにも見えなかった。けれど、シャロンさんがそんな人殺しをするような悪い人にも思えないし、思いたくない。


 何より、シャロンさんが不正をしている証拠はまだ見つかっていない。トバイアスさんの勘違いか、誰かがシャロンさんに濡れ衣を着せようとしている、という線もある。何よりシャロンさんが僕を連れてきた理由もわからないままだ。

 不正にしろ、無実にしろ、今回の冒険で何か証拠が見つかればいいんだけれど。


 危険なのでスノウには宿でお留守番してもらっている。

 さっき『失せ物探し(サーチ)』で確認したところ宿のベッドでお昼寝中のようだ。スノウの寝顔はいつも気持ちよさそうなので、つい頬ずりしたくなる。

 スノウを見ているだけで僕は幸せな気持ちになれる。 

スノウがいれば、不正をしてまでおだちんが欲しいとは思わないね。


「ほら、きりきり歩けよ」

 どん、と背中を押された。

 この前、僕が『麻痺(パラライズ)』で気絶させた人だ。名前は確かロッコだったかな。


「せっかく、シャロンさんがお前に目をかけて下さったんだ。しっかり働け」

 気が付くと僕たちが一番後ろを歩いていた。考え事をしていたせいで、歩くのが遅くなっていたらしい。

「ああ、ゴメン」と言ってから足を速める。ロッコもすぐ後からついてきた。少しして列の真ん中辺りに来たのでまた速度をゆるめる。


 ロッコも息を切らせながら僕の隣に並んだ。

「しっかしなんだってこいつなんかを……」と額の汗を拭きながらぼやいている。

 近くで見ると、まだ顔立ちも幼い。二十歳を超えていないんじゃないだろうか。


「君はどうして、『氷の大蛇(アイス・サーペント)』に入ったんだい? やっぱりシャロンさんがいるから?」

 ぼそり、とロッコがそっぽを向いてつぶやく。


「え、ゴメン。もう一度言ってくれるかな」

「……」

「え、なんだって?」


 耳をそばだてると、ロッコは急に僕の方を向いて真っ赤な顔で怒鳴った。

「だから! 俺はまだ『氷の大蛇(アイス・サーペント)』のメンバーじゃねえんだよ!」

「え、でも……」


「入れるのは二つ星以上なんだよ!」

 ロッコはやけくそのように背中からギルドの組合証を取り出し、僕に見せつける。一つ星だ。


「あの町の冒険者ならみんな入りたがるからよ。けど、弱い奴を入れても役に立たねえからって……」

 なんだ、『氷の大蛇(アイス・サーペント)』のメンバーじゃなかったのか。


 さっきのは訂正。参加者は『氷の大蛇(アイス・サーペント)』のメンバーのうち十一名、そしてロッコと僕の十三人だ。


「それじゃあ、どうして付いてきたの?」

「今回の討伐で手柄を立てれば、二つ星はすぐだからな」


 なるほど、『氷の大蛇(アイス・サーペント)』に入るための実績が欲しかったのか。

「いいか。テメエ。くれぐれも俺のジャマはするんじゃねえぞ」

 ロッコは僕の肩を抱き寄せ、耳元ですごんでみせる。


「わかっているよ。僕は僕の仕事をきっちりこなすだけだ」

 山登りの目的が、本当に三つ目オオカミのボスならね。


「でもそんなに入りたいんだ」

「当たり前だろ!」ロッコは派手なしぐさで胸を張った。

「シャロンさん……『氷の大蛇(アイス・サーペント)』はこの町のピンチを何度も救ってきた。俺はな、シャロンさんたちにあこがれて冒険者ギルドに入ったんだ」


 ロッコは元々ソールスベリーの出身だそうだ。南側の職人町で革細工職人の息子として、朝から晩まで働いていたそうだけれど、十五歳の時にシャロンさんの活躍を見て、両親の反対を振り切って冒険者ギルドに入ったらしい。


 目つきは悪いけれど、『氷の大蛇(アイス・サーペント)』のことを話す姿は目をキラキラ輝かせて子供っぽい。

「あんまりほめてくれるなよ。尻がかゆくなる」


 後ろを歩いていたハーマンさんが冷やかすように笑う。

「そいつは大変だな」と今度は前からシャロンさんが振り向きながら話しかけてきた。

「せいぜい、尻をオオカミにかまれないようにな」

 どっとみんなの笑い声がこだまする。


 いい雰囲気だ。この人たちがいんちきしているなんてウソみたいだ。ロッコのためにもウソであってほしい。

 だから僕は聞いてみた。

「あの、シャロンさんは魔物使いなんですよね。どんな魔物を従えているんですか?」


 『氷の大蛇(アイス・サーペント)』のみんなから笑いが消える。シャロンさんの顔が険しくなる。

「誰から聞いた?」

「トバイアスさんです。あの、衛兵の偉い人。ゴーレムと、ほかに、ゴブリンとかコボルトとかいると聞いていたのですが」


「奴の言うことなど信じるな」

 シャロンさんはぴしゃりとはねつけるように言った。


「最近魔物が増えたのは私のせいだと触れ回っているらしいが、まったくのでたらめだ。そもそも私の魔力はそこまで強くはない。私の本分はあくまでこっちだ」

 ぽんと、鞘の上から腰の長剣をたたいて見せる。


「はあ……」

「それと、使い魔はあいにくと今回は動かせない。この前の三つ目オオカミとの戦いでほとんどがやられてしまってな」

「どうやって使い魔を従えるんですか」


「契約だ」シャロンさんは腰の袋から小さな革の首輪を取り出した。

「こいつを魔物の体に巻き付ける。首輪には特別な呪印がほどこされている。これを付ければ魔物は私の命令に従うようになる」

「すごいですね」


 なんだか奴隷みたいだなあ、と思ったけれど、僕はあえて口には出さなかった。

「だが、魔物も当然抵抗する。抵抗する力が強ければ、首輪は外されて契約は失敗だ。実際、成功率はそう高くはない。せいぜいゴブリンやコボルトが数匹といったところだ。全然たいしたことないだろう?」


「そんなことはありませんよ。僕は感心しました」

 僕はおおげさにうなずいてみせた。


「でも首輪が取れたらシャロンさんが危ないんじゃないですか。逆におそわれるとか」

「一度首輪をつけてしまえば、少しの間なら外していても問題ない。その間に首輪をはめなおすか、新しい首輪をつけてやればいい」


 つまり、少しの間なら首輪なしでも魔物を操れるってことだ。首輪をつけていれば、すぐに誰かの魔物だってわかっちゃうからね。首輪がなければ自然の魔物なのか、魔物使いの使い魔なのか見た目には区別はつかない。


「魔物で動きを封じてその間に剣でとどめを刺す。それが私の戦い方だ。ここにいる者はみんな私の戦い方を見ている。衛兵風情の言うことなど、ただの妄想だ」


「すごいですね」


「そうだぜ、シャロンさんはすげえんだ」

 ロッコが興奮した面持ちで、ぱっと僕の前に回り込む。


「町一番の冒険者なのに、毎日剣の練習を欠かさねえんだ。朝や夕方とか、暇を見つけてはずーっと剣を振っているんだぜ」


 へえ、熱心なんだなあ。


「魔物なんかの力を借りなくたって、三つ目オオカミなんか楽勝だぜ。ですよね」

「そうおだててくれるな」


 シャロンさんは照れくさそうに鼻の頭を手のひらで二回こすった。

 大人びた人だけれどそういう仕草はちょっと少女のようにかわいらしい。

「そろそろおしゃべりは終わりのようですぜ」


 ハーマンさんが警戒を呼び掛ける。山道の先で、斥候役の人が手を振っているのが見えた。

 どうやら獲物が見つかったらしい。


 人の三倍はあろうかという大岩と大岩の間、草むらに隠れるようにしてその洞窟はあった。

 穴の直径は僕の背丈くらいだろう。僕やシャロンさんはともかく、ロッコやほかの人たちは屈まないと入れそうにない。目を凝らすと入り口当たりにオオカミらしき獣の足跡も見つけた。


「どうやらここが巣のようだな」

「まだ、ここにいるんですかね」


 シャロンさんのつぶやきをロッコが拾う。

「多分ね」僕は洞窟の脇にしゃがみながら答える。草むらをかき分けると、柔らかそうなふんも見つけた。近くにいる証拠だ。


「どうしますか、シャロンさん。やっぱり、いぶりだしますか?」

 ロッコが控えめな口調で提案する。

 火を焚いてケムリを洞窟の中に送り、けむたくて飛び出してきたところを討ち取る。よくある手だけど、それだけに効果は高い。


「いや、ここは手はず通りに行こう。リオ」

 シャロンさんに呼ばれたのであわてて駆け寄る。


「今から洞窟にエサを投げる。洞窟の中で気配が動いたら、その杖で動きを止めてくれ」

 僕は間の抜けた声を上げた。


「けど、洞窟の中がどうなっているかもわからないんですよ。やはり、ケムリでいぶり出してから外に飛び出してきたところをみんなで囲んで、そこで僕の杖で……」


「外に出られたらあの速さで逃げられる可能性もある。なるべく動きにくい中でしとめたい」

「けれど、その分僕も動けません。一直線におそいかかられたら逃げ場もありません。下手をすれば大ケガをしてしまいます」

「いいんだよ。それで」


 後ろからぐい、と肩をつかまれた。ハーマンさんの声だとわかったとき、僕の体はどん、と洞窟の中に突き飛ばされていた。頭をぶつけないように頭をひっこめながら転ばないように踏みとどまると、後ろで重たいものが落っこちる音と地響きがした。同時に僕の周りが真っ暗になる。


 岩か何かで洞窟の入り口をふさがれたらしい。

 ふむ、討伐は僕をここに閉じこめるための口実か。


 岩のすきまから漏れる光を頼りに、入り口をふさいでいる岩を触ってみる。確かに分厚くて重そうだ。

 外では誰かの言い争う声が聞こえる。僕は耳を澄ませ、聞き耳を立てる。


「ちょっと、何やってるんですか。こんなのおかしいですよ!」

 ロッコの声だ。

「ちょっと生意気な新入りをこらしめるだけだって言ったじゃないですか。これじゃあいくらなんでもやりすぎだ!」


「うるせえ!」と怒鳴り声と同時に倒れる音がした。ハーマンさんがロッコを殴り飛ばしたようだ。

「がたがた抜かすんじゃねえよ、ロッコ」

「何とか言ってくださいよ、シャロンさん!」


 ロッコの声の向きが変わる。シャロンさんは少し離れたところにいるようだ。

「そりゃあ、あいつは生意気かも知れねえけど、これじゃあただの無法者だ! アンタ、そいつらとは違うんじゃなかったのかよ」


 シャロンさんの声は聞こえない。黙ったままなのか、小声で何か返事をしたのかまではわからない。

 外ではまだ言い争う声がしている。ロッコが抵抗を続けてくれているようだ。『瞬間移動(テレポート)』を使えばすぐだけれど、さっき突き飛ばされた拍子に虹の杖を取り落としてしまった。今は洞窟の外だ。


 これしかないか、と腰の剣を抜こうとした時、洞窟の奥から生き物の近付いてくる気配を感じた。犬のような唸り声と息遣い、ゆっくりとしなやかな四本足の足音、そして真っ暗な洞窟に三つの瞳が人魂のように輝いている。


 三つ目オオカミは地を蹴って僕におそいかかってきた。




 洞窟の前では斥候役の男が大岩に耳を当てている。

「どうだ、あのこぞうは? 食われたか」


 ハーマンが聞いた。足元には、ロープで縛られたロッコが地面に転がっている。顔には殴られた跡がある。口の端から血もにじんでいた。


「わかりません。さっき、オオカミの声が聞こえたきりで。それっきりうんともすんとも」

「どうします? シャロンさん」

「もう少し待とう」シャロンは手の中の虹の杖を見つめる。


「あいつの切り札はここにある。暗闇の中、どれだけ剣を振り回そうと三つ目オオカミの群れにはかなうまい。いずれ力尽きる」

「ちっくしょう、なんでだよ……」


 ロッコがくやしそうに涙を流す。

 黙ってろ、とハーマンがロッコのお腹を蹴っ飛ばす。息をつまらせ、せき込む彼の前にシャロンが歩み寄る。


「裏切られたと思ったか、ロッコ」

「シャロンさん……」


「だがな、それは間違いだ。私は誰も裏切ってなどいない。町の無法者どもを一掃したことも、町に出入りする者たちに魔物をけしかけたことも、そして、今回のリオの処刑もすべて予定通りだ」

 はっとなってロッコが顔を上げる。ようやくシャロンたちの陰謀に気づいたようだ。


「だが、お前はまだ若い。それに、お前がどれだけ『氷の大蛇(アイス・サーペント)』に入りたがっているかも知っている。だから今から入団試験を始めようと思う」


 シャロンは剣を抜き、ロッコの眼前に切っ先を突きつける。

「選べ、ロッコ。ここで正義に殉じて首をはねられるか。私たちと共に歩むか。もし、くだらない正義を捨てるのならお前も正式に『氷の大蛇(アイス・サーペント)』の仲間入りだ。たとえ今日の成果で二つ星に上がらなくても入れてやる」


「……」


「そうなればお前も町の人気者だ。娘の一人や二人はお前に言い寄ってくるだろう。お前の冒険者稼業にいまだに反対している両親も認めてくれるかもな。最初は色々とまどうだろうが、なあに、難しいことじゃない。すぐに慣れる。ちょっと私たちの内職(・・)を手伝ってくれるだけでいい。さあ、どうする」


 ロッコは自身に突き付けられた刃先を虚ろな目で見ていた。時間にすればほんの数瞬の間ではあったけれど、恐れや迷い、疑い、憧れ、正義、決意。様々な感情が目まぐるしく駆け抜けていくのが見て取れた。


 ロッコは顔だけをシャロンへ向ける。

「ねぼけんなよ、クソ女」

 血の混じったつばを吐いた。


「やるならさっさとやれよ。テメエらの仲間になるなんてゴメンだね」

「そうか」

 シャロンは寂しそうな顔をした後、数歩後ずさる。入れ違いにハーマンが剣を抜きながらロッコの背中を踏みつける。


「じゃあな、ロッコ」ハーマンが逆手に持ち替えた剣を振り上げる。ロッコは目を閉じた。

 刃のぶつかり合う音がした。


 その場にいる誰もが氷漬けになったように動かなかった。ムリもない。

 彼らの目には突然現れた僕が、ハーマンの剣を受け止めたように見えたことだろう。


「まったく、君は立派だよロッコ。僕は見直した」


お読みいただきありがとうございました。

よろしければ感想、ブックマーク、評価よろしくお願いいたします。


次回は11月11日午前0時頃に開始の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ