最後の『王権』 その5
村長さんの話はおかしなことばかりだ。偶然、『魔王』の記憶を持った水晶玉を手に入れた。偶然、魔道書を手に入れて外に出ることが出来た。偶然、母さんがこの村にやって来た。
偶然が何度も続くなんてあり得ない。村長さんは全部、目的を持って行動していた。そう考えた方がしっくりくる。外の世界へ出るのも、水晶玉を手に入れるのも、母さんを村へ受け入れたのも。
村長さんはずっと前から準備をしていたのだ。オンタリオとは違う方法で、次の『魔王』を生み出すために。
「……少し、二人だけで話そうか」
村長さんの頼みでスノウを隣の部屋に運ぶ。二人だけのナイショ話がしたいそうだ。僕としてはスノウに隠すことは何一つないのだけれど、話したくないというのだから仕方がない。スノウは耳がいいから全部聞こえるはずだけれど。
静かに待っていてね、と言い置いてから席に戻る
。
「まず言っておくが、勘違いしないでくれ。俺はオンタリオのように、『魔王』を操り人形にするつもりはない」
言いがかりだといわんばかりに村長さんが胸を張る。
僕はがっかりしてしまった。僕を『魔王』にするつもりだと、認めたのと同じだからだ。
村長さんにはそれこそ生まれる前から世話になってきた。父親のように思ったこともある。勝手だとは思うけど、なんだか裏切られた気分だ。
僕の気持ちを知ってか知らずか、村長さんは語り始める。
「俺たちは……ほかの人間から『見つからない者たち』と呼ばれ、隠れ住んできた。『魔王』ルカリオが倒されても当然の振る舞いをしたのは事実だ。けれど、その子孫まで迫害されるのはおかしいと思わないか?」
「そうですね」
僕も旅の途中で何人かの『見つからない者たち』と出会った。
森で出会った魔女みたいなタビサさんに、『柔らかい牢獄』のロードリックさんとベンジャミンさん、砦で戦ったジェラルドに、『赤の王家』のアガサ、そして『隠れ里』のエミリオにオンタリオ、カトリーオと名前も知らない人たち。
悪い人もいればいい人もいた。我が強くてワガママで、笑ったりウソをついたり、泣いたり怒ったり。つまり、普通の人間と同じだ。
「俺たちも大手を振って外の世界を歩きたい。そのためには、力が必要なんだ」
世の中、弱い人の意見は通りにくい。どんなに正しくても弱いと無視されたり、黙らされてしまう。強い人の意見が通る。お金を持っているとか、力持ちとか、身分が高いとか、ものすごい魔法が使えるとか、誰にも出来ない技が使えるとか、条件はその時々で違うけれど、力がなければ誰も言うことを聞いてくれない。間違っているとは思うけれど、世の中はそう動いている。
「そのために『魔王』を?」
「それだけじゃあない。俺たち、いや俺自身も力を付ける必要がある」
そのために村長さんは冒険者となり、七つ星のパーティを率いるまでになった。
「けれど、結局俺は失敗した。獣の姿に変えられ、この村に押し込められている。故郷の『迷宮』と同じだ」
そこで僕は村長さんの言葉に潜む気持ちに気づいた。絶望しているのだ。
「それで、母さんを呼び寄せたと?」
アップルガースへ来るのはものずこく大変だ。それに、その時母さんのおなかには僕がいた。ムチャをしてまで来る理由は限られる。外の世界より安全だから、というのもあるだろう。けれど、誰かが手引きをしない限り、ここには来られない。
「行商のフランクに、それらしい女がいたら教えてくれと頼んでおいた。外の世界にあいつの知り合いなんていないからな」
「……僕がおなかにいることも?」
「聞いていたよ」
もし僕を身ごもっていなかったら、村長さんは何をしただろうか。考えたくはないが、考えさせられてしまう。
「……俺ももう若くない。たとえ人間に戻れたとしても、先は知れている。希望はもうお前だけだ」
「僕にそんな力はありませんよ」
「いや、お前が『魔王』を受け継ぐ者なら持っているはずだ」
「『贈り物』のことですか?」
「それは、『黒』の一族が使う能力の別称だ。お前個人の力とは違う」
そう言われても困る。母さんがそう呼んだから僕もそう呼んでいただけだ。
「あの水晶玉が見せるのは、見た者に縁のある記憶されている。お前は見たはずだ。『魔王』ルカリオの秘術の記憶を」
「そう言われましても」
ブリジットとルカリオのキスがすごすぎて色々ぶっ飛んじゃったよ。
「お前が受け継いだ『魔王』の秘術は『新世界創造』、文字通りこの世界を作り替える力だ」
「世界を作り替える、ですか?」
なんだかとっぴようしもなさすぎて、実感が湧かない。
「お前の力は知っている。『誰かに気づかれなくなる』のは、能力の一端に過ぎない」
そもそも僕が自分の力に気づいたのは、かくれんぼをしていた時だ。『誰にも見つからなければいい』と願ったから、世界が変わったってこと?
「でも僕にそんな力があるなんて……」
「手を出してみろ」
と、村長さんが僕の手のひらにさっきの水晶玉を載せる。
急に目の前がちかちかと光り出した。額の辺りから急に現れたのは、蛍のような小さな光だ。僕の周囲をぐるぐると回ってから今度は僕の胸の中に吸い込まれた。
次の瞬間、僕の体から淡い光があふれ出した。びっくりしてきょろきょろしていると、村長さんが窓の外を指さした。
「あの木を操ってみてくれ」
キンモクセイの木だ。この辺りでは、どこにでも生えている。今は青々と葉が生い茂っているけれど、秋になると黄色い花を咲かせて、匂いをさせる。昔はよくお茶っ葉代わりにして飲んだものだ。あと砂糖漬けにして食べたこともある。
僕は言われるまま手をかざした。
すると、キンモクセイの枝葉が生き物のように震え出した。まだつぼみも堅いはずなのに、みるみるうちに花を付け、黄色い花を咲かせた。
家の中にもいい匂いが入り込んでくる。
「成功だ!」
村長さんが飛び上がらんばかりに喜ぶと、水晶玉をぎゅっと握らせる。
「これからは、こそこそ隠れる必要はない。周囲の方がお前にひれ伏す。この世界はお前のものだ」
村長さんは、興奮した様子で今にも踊り出しそうだ。
「何でも出来るというと、空を飛んだり、水の上を歩いたり?」
「自然の摂理がお前に従う」
「人や魔物の命を奪ったり、思い通りに操ることも?」
「何百人何千人だろうと、思いのままだ」
まるで神様だ。
「人の気持ちを変えて、僕を好きにさせることも?」
「世界中の人間がお前を愛するようになる」
「母さんを生き返らせることも?」
「……それはムリだ」
水をぶっかけられたみたいに村長さんの声から熱が消えていく。
「一度失った命は戻せない」
「でしょうね」
言ってみただけだ。期待なんかしていない。物語でも人を生き返らせると、恐ろしい結末が待っている。
「頼む、リオ」村長さんが取りなすように僕の手を握った。「俺たちに力を貸してくれ」
「みんなを元の人間に戻せばいいんですね」
僕に出来るかはともかく、それならお安いご用だ。
けれど村長さんは悲しそうに首を振る。
「それはムリだ」
「どうしてですか?」
世界を変えられるのならみんなを元に戻すくらい、わけもないはずだ。
「俺たちを変えたのは、『迷宮』の……この世界の外の理だ。『新世界創造』でもどうにもならない」
「え? 村長さんたちを動物に変えたのは、悪い魔法使いなんじゃあ……」
「いや、これは『那由他幻夢』の……」
そこで村長さんは言葉を詰まらせ、忘れてくれと困ったように言った。
「直接元に戻すのはムリだが、方法はある。『新世界創造』なら可能だ」
人間を操って数に物を言わせれば、『迷宮』だって攻略できる、か。何千何万の犠牲者を出しても。
「お前は何も考えなくていい。俺に任せておけ」
優しく言い聞かせるように言う。少し老けたけれど、昔の村長さんそのままだ。
「たいていのことは、何でも出来るんですよね?」
「ああ」
僕は村長さんの顔に手をかざした。
「では、今日の出来事を全部忘れて下さい」
僕の手が輝いた瞬間、村長さんは白目をむいてひっくり返る。
「おっと」
床に倒れる寸前に、受け止める。それから村長さんを抱えてベッドまで運ぶ。
「すみません、村長さん」
昔の……村を出る前の僕なら村長さんに従っただろう。
でも今は違う。
旅の間に色々な人と出会い、楽しいことや嬉しいこともたくさん経験した。辛い目や悲しい目にも遭った。経験を積んで僕も気持ちも変わった。
だからこそ、断言できる。誰かの心を操ろうだなんて絶対に間違っている。
自分の行動には自分で責任を取る。
僕はもう、オトナなのだ。
ついでに、『新世界創造』のことも忘れてもらう。こんな恐ろしい力にすがらない方がいい。村長さんが頼るべきは、村のみんなだ。
それから家の中を片付けて痕跡を消す。外のキンモクセイも元の青葉に戻しておいた。
「これで最後だ」
ベッドの横にある鏡の前に立つ。
今から僕自身に『新世界創造』を掛ける。もちろん、記憶を消すためだ。
こんなものが使えるとなれば、僕はいずれ頼り切りになるだろう。神様のように振る舞うに違いない。そしていずれひとりぼっちになる。
無人島に一人で取り残されるよりも、真っ暗な洞窟に閉じ込められるよりも、ずっとずっとひとりぼっちだ。
大勢の人に囲まれていても、僕のさびしさは埋まらない。ぽっかりと空いた穴を抱えて生きていく羽目になる。
そんなのはイヤだから、僕も『新世界創造』を忘れる。
本当は『新世界創造』そのものを消してしまうのが一番いいのだろうけれど、これは魔神と戦うための力にもなるらしい。
将来、僕の子孫が困った時のために、僕の中に残しておくしかなさそうだ。
鏡に映った僕に向かって手をかざす。そこで僕は首をかしげた。
「……何かを忘れている気がするんだけど」
思い出せない。まあいいか。全部忘れるんだし。
力を込めると、手が淡く光り出した。
そこで鏡に映った後ろの扉がそっと開いた。白い子猫が恐る恐るって感じで入ってきた。
「にゃあ」
「あ」
スノウのことをすっかり忘れていた。
そこで僕の意識は途絶えた。
次回で第一部完結(本編最終回)です。




