『白』と『黒』のラビリンス その24
「それでは、俺は古代王国の遺跡の守人だと?」
エミリオは迷子のような顔で僕の説明を聞いていた。記憶を消してしまったので、自分が何者なのかもわかっていない。
「この人たちは、神の怒りに触れてしまったんだ」
再び人形になってしまったオンタリオたちを見ながら僕は痛ましそうに顔を振る。
「はい、これ。遺跡の宝だ。取り返しておいたよ」
と、『万魔円卓』の『迷宮核』を手渡す。
僕には必要ないものだし、これがないと『十嵐庭園』が勝ってしまう。この辺りが荒野にもならず、緑の大地を保っていられるのは、お互いの栄養を吸い合っていたからだ。そのバランスを壊せば、周囲の人たちが大変な目に遭う。
「これは遺跡の奥深くに隠しておこう」
と、あとでゴーレムたちに命じて『迷宮』の奥深くに持っていってもらおう。外に出すか壊せば、一気に爆発してしまう。『迷宮核』があれば魔物も操れる。それが終わったらゴーレムたちには、人形の護衛役もやってもらうように命じてある。動けない上に壊されたらかわいそうだからね。
「俺はこれからどうすれば……」
「もし良かったら、ワタシと来るかい?」
途方に暮れたエミリオを誘ったのは、なんとノアさんだ。
「こう見えてもワタシは医者でね。君には才能がある。君はまだ若いからな。医者として多くの人を救わないか?」
「まさか、本気で連れて行く気か?」
ジュディスはびっくりしている。
「言っただろう? ワタシたちは人手不足なんだ。彼なら能力は申し分ない」
医術はともかく、戦闘能力は間違いなしだ。記憶も消した上に『運命砕き』も封じたから今のところ害はない。
「それに、彼をこのままにはしておけまい」
オンタリオの人形と一緒にしておけば何かの拍子に記憶を取り戻すかもしれない。『迷宮』から出入りも出来るので、放置も出来ない。
「誰かさんには断られてしまったからね」
イタズラっぽく言うと、ジュディスはふてくされたようにそっぽを向いた。
「どうする?」
「……俺で良ければ」
エミリオは気弱そうな笑みを浮かべながらうなずいた。
これで良かったのだろう。他人の人生を壊すより救う方がいいに決まっているからね。
「それより、里の者たちはどこだ? 言え!」
「いや、あの……」
おっかない顔で詰め寄られてエミリオはおびえている。記憶がないのだから当然、里の人たちを誘拐したのも忘れているようだ。しまったな。こんなことなら聞き出してから記憶を消すんだった。
「里の方たちでしたら、おそらく神殿の離れかと」
ペニーがひげを撫でさすりながら言った。
「ここに来る前に人の気配がしておりましたので。どうやら依り代……『呪い』の肩代わりをさせるつもりだったようですね」
なるほど、代わりに人形になってもらうつもりだったのか。ならもう里の人たちは人間に戻っているはずだ。
「待っていろ!」
ジュディスは矢のような勢いで外へ飛び出した。
「あ、待ってよ」
僕も追いかけようと扉をくぐりかけたところで急にすっころんだ。
「……忘れていたよ。僕はここから出られない『運命』だったんだ」
恨めしくなってエミリオを見た。首をかしげていた。
出られない、という『運命』の根本である神殿をゴーレムたちにぶち壊してもらった。その間、僕たちは『大盾』の中に隠れて破片から身を守る。
心臓の縮まる思いから解放されたら抜けるような青空が広がっていた。
瓦礫となった神殿から出ると、里の人たちが集まってきた。みんな無事のようだ。生まれたばかりの赤ん坊もものすごい勢いで泣いている。おなかが空いたのかな?
「ああ、しまった」
みんなを里から連れ出したのはエミリオだ。それなのにエミリオが一緒にいたらみんなを怖がらせてしまう。
「心配ない」
と、ノアさんが仮面を取り出した。どうやら予備らしい。それをエミリオにかぶせた。
「これから君はワタシの弟子だ。名前は、そうだな……アララト、というのはどうだろう?」
「意味は?」
エミリオの問いに、ノアさんが大げさに両手を広げた。
「昔の言葉で、『希望』という意味だ。これからの君にぴったりだろう」
それから僕たちは里の人たちを連れて『迷宮』を出て、『隠れ里』に戻ってきた。
無事に戻った祝いの祭りを開いたり、エミリオの正体がバレそうになったりと大変だった。
宴の終わった夜、ベニーが僕に別れを告げに来た。
「一段落付きましたので、一度主へご報告にうかがおうかと」
「ありがとう。このお礼はいつか必ず」
ベニーが来てくれなかったら僕はまだエミリオたちに捕まったままだったはずだ。感謝しても仕切れない。
「あなたはこれからどうなさるのですか?」
「もう少ししたらまた旅を続けるよ」
僕が見て回ったのは、この国のほんの一部だ。まだまだ世界は広い。僕の知らない場所はたくさんあるし、出会っていない人たちもたくさんいる。
「そういえばあなたは、伴侶となる女性を探しているとか?」
「え、いや、まあ、その……」
祭りの時に勢いでそんなことを話してしまった気がする。参ったなあ。顔が熱くなっちゃうよ。
「よろしければ、我が主などはどうです? 美しさはもちろん、侯爵家の跡継ぎです。その上、淑女として礼儀作法も教養も完璧です」
「子供じゃないか」
「オトナになるのはすぐですよ」
「その時になったら考えるよ」
どうせ僕の『魔王』としての血が欲しいのだろう。『赤』の末裔もだんだん力が弱まっているそうだからね。いくら可愛らしい子でも政略結婚なんてゴメンだ。恋愛は損得でするものではない、と思う。
にゃあ、とスノウがベニーに向かって鳴いた。別れの挨拶だろうと思ったらちょっと抗議するような感じだ。怒っているのかな?
「こちらのスノウちゃんにも大変お世話になりましたね」
ベニーは気にした様子もなく、スノウに微笑みかけている。
「大切にしてあげてください。スノウちゃんはあなたが思っているより、あなたのことを大切に思っていますよ。元に戻れなくなってもいい、と思うくらいに」
「え?」
言葉の意味を聞き出そうとした時には、ベニーはもう何十歩も先に走り出していた。
「それではまた。いつかまたお目に掛かりましょう」
宴も終わって数日後、僕とスノウはまた旅立つことにした。朝早く、隠れ里の入り口でジュディスが深々と頭を下げた。
「世話になったな」
「気にしなくていいよ」
元はといえば僕にも関係のある話だ。裏切った云々の話ならそもそも僕たちの目的自体、別々だった。僕は母さんのことを知るため、ジュディスは里の人たちを助けるためだ。
目的が違えば、取るべき選択だって変わる。僕としては、みんな無事であるならそれでいい。
「『迷宮』はあのままにして戻ってきたが、本当に良かったのか?」
出入り口はふさいでおいたから当分はあのままだろう。『万魔円卓』と『十嵐庭園』、どちらかが勝てば土地からも栄養を吸い取ってこの辺りも砂漠化が進むかもしれない。
そうすれば『迷宮』の入り口も誰かが見つけて、冒険者がわんさと押しかけるようになるはずだ。それが明日になるか、百年後になるかはわからない。
「何もかも解決することだけが全てではないからね」
白黒決着を付けるだけが正しいとは限らない。あいまいで、適当で、灰色だからこそ上手くいく場合もある。
大切なのは、自分の大切なものを見失わないこと、だと思う。
「それより君こそ、本当に良かったの?」
「何がだ?」
「お医者様になる話」
ノアさんは昨日、次の患者が待っていると旅立っていった。アララトと名前を変えたエミリオを連れて。お医者様の集団である『レイヴンズ』の本部に連れて行ってそこで本格的に医術を学ばせるらしい。
「結構乗り気だと思ったけど」
「わたしには里を守る使命がある。里に医者が欲しいとは思うが、自分が医者になるのはまた別の話だ」
ああ、なるほど。里に医者がいればこの前みたいに急なお産でも助けられると考えたのか。医術を学べば助けられる人も増える。ジュディスにとって大切なのは、里の人たちなのだろう。
「……また気が向いたら来るといい。その時は歓迎しよう」
「お手柔らかに頼むよ」
また矢を射かけられるのは勘弁して欲しいからね。
「それで、お前はこれからどこへ行く気だ?」
母さんの過去については、ひとまず片付いた。因縁の相手とも決着が付いた。エミリオについては、母さんもなんとなくこうなることを望んでいる気がした。
もし違っていたとしても許してくれるだろう。
母さんだからね。
「王都にでも行くのか?」
王都にはたくさんの人がいて、その分依頼もたくさん来るそうだから僕好みの依頼もあるだろう。一度は行ってみたい。
「それもいいけど、その前に寄るところがあってね」
僕は肩に乗っているスノウを撫でた。
「アップルガースだよ」
僕は言った。
「一度、里帰りしようと思ってね」
第二十話 『白』と『黒』のラビリンス 了
これで投稿を終わります。
二年もの間、中断してしまい申し訳ありませんでした。
あと一エピソードで第一部完結となります。
次回は来年の頭に投稿する予定です。
それでは皆様、メリークリスマス&良いお年を。




