『白』と『黒』のラビリンス その22
合図とともに『白』と『黒』の一族がわらわらと神殿に入ってきた。見覚えのある人もいる。人形になっていた人だ。
「待って下さい!」
わずかな望みをつなぐべく、僕は叫んだ。
「みなさんは、オンタリオにだまされているんです」
あの能力で記憶を引き継げるのは、本人だけのはずだ。オンタリオだけが何度もくじを引き直し、人生をやり直している。『白』も『黒』もオンタリオの道具に過ぎない。
「オンタリオの目的は、自分が『魔王』に成り代わることです、一族がどうなろうかどうでもいいんです。目を覚まして下さい!」
反応はない。すでに操り人形になっているかのようだ。
皮肉な話だけれど、人形だった時の方が感情が表に出ていた気がする。恐ろしい現実を前に本音が出たのだろう。人形の顔には、「生きたい」とか「動きたい」とか「苦しい」とか、色々な感じようが出ていた。
「……みなさんは、『ロザリオ』のことを覚えているはずです。少なくとも、オンタリオが今まで何をしてきたか。どんなひどいことをしてきたか、聞かされているはずです」
母さんは『魔王』を生み出す道具として生み出され、オンタリオの野望のギセイになってきた。
「この中で少しでも『ロザリオ』がかわいそうだと思った人はいませんか? みなさんにとっても、ただの道具だと、本気で思っているんですか? かわいそうだと思うのなら……」
ハハハハハハハハ……!
急に、雪崩のような大笑いに包み込まれた。耳をつんざくような音に、一瞬何が起こったのかわからなかったくらいだ。
笑っている。『白』も『黒』も、みんなみんな、腹の底からおかしそうに笑っている。
「たかが人工生命体じゃないか」
「死んでも生き返るんだろう? なら問題ない」
「いつもへらへら笑って気味が悪い」
「一度殴ってやったら這いつくばって謝ってきた」
僕は笑い声を聞きながら全員の顔を一人一人確認していた。母さんをバカにされてカッカしているはずなのに、頭の芯の部分はひどく冷えていた。
ひい、ふう……数えながら絶望的な気持ちになった。
母さんをかわいそうと思っている人は、一人もいなかった。
「ムダだ。こいつらに人の血が流れているものか!」
ジュディスがまなじりを吊り上げながら言った。
「そうではないよ」
ノアさんが仮面の下から冷ややかな声を出した。
「彼らは、そういう価値観なんだ」
一番大事なのは、『魔王』を復活させて今度こそ世界を征服すること。それが一番大事で大切なことだから、それ以外はどうでもいい。価値観が違うから、母さんをドレイのようにこき使い、ひどいことをしても平気でいられる。
理解できないけれど、理解できないからと怪物扱いするのは間違っている。
それでも、彼らとは二度と相容れそうになかった。
「時間稼ぎは終わりか?」
オンタリオが手を上げると、大笑いはぴたりと止んだ。
「ならば覚悟を決めろ。貴様には色々手こずらされた。まさか『リオ』などと名付けられるとはな」
「……どういう意味です?」
僕の名前はこの国ではありふれている。おかしな名前ではないはずだ。
「カトリーオには『黒』の血も混ざっているせいか少々変わっていてな。『供物』は、『検索』。世界中の人間の情報を調べることが出来る。無論、居所もな」
虹の杖の『失せ物探し』よりすごい。
名前を出されてカトリーオはぷい、と顔を背ける。
「だが、そのためには最低限『名前』が必要になる。うかつに使えば、何千何万人分の情報が一気になだれ込む。顔やほかの情報がわかれば絞り込めるが、同い年のリオだけでも何百人もいるのだ。おかげで使おうにも使えなかった」
「……」
以前、母さんに聞いたことがある。どうして『リオ』と名付けたのか、と。母さんは僕の頭を撫でながら言った。
「この名前がお前を守ってくれる」
そういう意味だったのか。
母さんは、ずっと僕を守ってくれていたのか。
「終わりだ。次は完璧な『魔王』となって会おう」
オンタリオが手を振り下ろせば、百人以上の『見つからない者たち』が向かってくる。
「ペニー」
僕は覚悟を決めた。
「あとどれくらいかかる?」
「いつでもいいですよ」
「分かった」
僕は母さんの魔法カバンから短剣を取り出した。それを逆手に持ち、ペニーの持っていた『迷宮核』に突き立てた。




