『白』と『黒』のラビリンス その18
ノアさんとジュディスと合流して、地上に出る。
扉はまだ破られていないが、ものすごい地響きが立て続けに起こっている。
「まずいですな、なだれこんでくるのも時間の問題です」
ベニーが身を縮めながら冷や汗を掻いている。
外からはゴーレムだけではなく、獣の鳴き声まで聞こえる。
また『迷宮』の魔物を操れるようになったようだ。
「もう一度、こちらから魔物を操れませんか?」
「やってはみますが、しょせんは、猫の手ですからねえ。本物の『末裔』ならばともかく、ワタクシではとてもとても」
奪い取った『迷宮核』を抱えながら残念そうに首を横に振る。
さすがの『猫妖精』でも『見つからない者たち』には勝てないようだ。
「僕が出ます」
こんな狭い場所に大勢で乗り込まれたら負ける。一か八か、外に出てエミリオをやっつけるしかない。
「待て」
振り返ると、ジュディスが僕の剣と虹の杖を放り投げてきた。
「あの男が隠しておいたのを取ってきた。ついでにこれもな」
と、僕のマントも取り返してくれた。
「ありがとう」
大急ぎで腰に剣を差し、マントを羽織る。そして手には虹の杖と肩にスノウ。これで何とかなりそうだ。試してみたが、やはり外への『瞬間移動』はムリみたいだ。でも『迷宮』の中なら自由に移動できるようだ。
「では行ってきます。皆さんは、中に隠れていて下さい」
僕が杖を掲げたとたん、ものすごい音とともにホコリが舞い上がる。遅かったか。
「やってくれたな」
ゴーレムを引き連れて、エミリオが現れる。顔を真っ赤にして、まなじりを吊り上げている。今にも口から火を噴きそうだ。
外には神殿に入りきらないほどの魔物の気配もする。戦って勝てる状況ではなさそうだ。
「お前たち、リオ以外は殺せ」
「待った」
僕は手を上げる。
「ここは一つ決闘といかないか? 僕たちが勝てば無事に返してもらう。君がさらっていった里の人たちも全員だ。もし負けたら、あれを君たちに返そう」
と、ベニーの持っている『迷宮核』を見る。
「そんな虫のいい話が……」
「これは君にとってもチャンスのはずだ」
乱戦になれば僕たちは負けるだろう。でも僕たちが持っている『迷宮核』だって無事では済まない。
いくらもう一つあるといっても、貴重なものだ。エミリオも失いたくはないはずだ。
「それだけじゃあない。君が勝てば、僕は君に従おう。『魔王』にでも何でも好きにするといい。僕とすれば、みんなが無事に帰られたらそれでいい」
「にゃあ!」
スノウが耳元で「ダメ!」って叫ぶ。確かに、今の僕ではエミリオには勝てない。けれど、まともに戦えばノアさんたちまでギセイになってしまう。
心配そうなスノウに向かって小声でささやく。
「それに、僕たちには『切り札』があるだろう?」
スノウと友達になって以来、何度も『贈り物』の特訓を積んできた。その中には、『切り札』と言うべき力もある。未完成だし危険だけれど、それを使えば、エミリオにだって勝てるはずだ。
「いいだろう」
少し考えてからエミリオが言った。
「お前が勝てば、全員逃がしてやる」
「約束だよ?」
「偉大なる我らの始祖・『魔王』ルカリオの名にかけて」
神妙な顔でうなずいた。
「ならさっそく始めようか」
「あ、ゴメン、その前にベニー、ちょっと話が……」
僕はマントを広げながらナイショ話をする。エミリオには見られたくないからね。
「……本当にいいのですか?」
ベニーはびっくりしたようだ。
「僕には必要ないからね」
もちろん勝つつもりだけれど、打てる手は打っておいた方がいい。
「……本当にあの男と戦うつもりか?」
ジュディスが不安そうに尋ねてきた。
「あの男の力は見ただろう? 強いとか弱いという問題ではない。運命そのものをねじ曲げる。まるで神か悪魔だ」
「黙ってやられるほど僕はお人好しじゃないんだ」
ここにはスノウもいる。何もせず見殺しするのが善人だというのなら僕は悪人でたくさんだ。
「既に一度負けているではないか」
「そういうこともあるよ」
おにごっこだってかくれんぼだって、勝ちもすれば負けもする。だから面白い。負けっぱなしはつまらないけれど、勝ちっぱなしだって退屈だ。
「さっきはあいつの手が読めなかったからね。でも次は違うよ。スノウもいるからね」
「にゃあ!」
その通り、と勢いよく鳴いてくれる。
「まあ、見ていてよ。里の人たちを助けてみせるから。あんな奴は、僕たちに掛かれば、ガツンだよ」
大げさな身振り手振りで、励ますようにつとめて明るく振る舞う。
「もちろん、君もね」
「……」
ジュディスは不意に顔そっぽを向いて黙り込んでしまう。心なしか、顔も赤い。
里の人たちを取り戻せるか、不安なのだろう。僕がちゃらんぽらんだから怒るのはわかるけれど、どうか信頼して欲しい。
僕たち『白猫』のリオは無敵だからね。
「それじゃあ、お願いします」
ベニーをノアさんに預けて、エミリオと向かい合う。
「話は終わったか?」
「待たせちゃってゴメン」
「いいさ、お互い様だ」
エミリオの目が一瞬、金色に光った気がした。
「にゃっ!」
肩に乗っていたスノウが顔を背ける。まぶしそうに何度も顔を洗っている。
「お前、スノウに何をした?」
「今のに気づいたのか? やはり、その猫は普通じゃないな」
僕が怒っているのに、むしろ感心した様子で口笛を吹く。
「簡単だ。たった今、その猫が俺に勝つ未来を砕いた」
例の『運命砕き』か。昨日、スノウに出し抜かれたのがよほど悔しかったらしい。
「これでもうお前たちに勝つ目はない」
「そうかな?」
僕はにやりと笑った。
「負けない方法はいくらでもあるからね」
「お前の狙いは読めている」
エミリオが勝ち誇った顔で言った。
「『迷宮核』を持って、外に逃げれば勝ちだと思っているのだろう? 残念だな。ここの出入り口はもう一つの『迷宮核』で管理している」
「へえ、もう一個あるんだ」
「とぼけるなよ、気づいているんだろう? ああ、そうだ。ここは『大迷宮』だ。一つがお前たちの持っている『万魔円卓』、そしてもう一つがここの本来の持ち主『十嵐庭園』だ」
見せつけるように指を二本立てる。
「『十嵐庭園』は栄養を吸い尽くされて死にかけていたが、俺たちが『万魔円卓』を支配したおかげで力を取り戻しつつある。いずれは我が始祖にも匹敵する『迷宮』として世界を食らい尽くす」
「つまり、僕を寄生虫の『魔王』にしようとしたわけだ」
「有効活用と言え」
好き勝手言ってくれるよ。
「おしゃべりは、このくらいでいいだろう」
何体ものゴーレムが僕たちを取り囲む。大きな岩壁に囲まれたようなものだ。隙間はあるけれど、細すぎてベニーどころかスノウでも通り抜けられないだろう。
「さて、決闘場の出来上がりだ」
エミリオが剣を抜いた。
「勝負は簡単。どちらかが降参するか、気絶するか、死ぬかだ」
「僕を『魔王』にするのは、もう諦めたの?」
「命乞いの練習なら済ませておけ」
親切すぎて涙が出そうだよ。
「まさか今更、人を殺すのが怖いのか?」
「怖くならない方がいいよ。絶対に」
あと、僕は人を殺めたことはない。
「そんな恐怖はすぐになくなる。『魔王』になればな」
エミリオがポケットから金貨を取り出した。
「こいつが地面に落ちたら、決闘開始だ。いいな」
僕はうなずいた。
十歩ほど離れて僕たちは向かい合う。
「行くぞ」
エミリオが指で金貨を弾いた。きん、と澄んだ音と同時に真上に跳ね上がる。表と裏、くるくると向きを変えながら落下していく。勢いを付けながら床に落下する寸前、エミリオが両手を突き出してきた。




