『白』と『黒』のラビリンス その17
気がつけば、また神殿の地下室に戻っていた。
「どうだった?」
目の前には、またさっきのキレイな女の子だ。今の光景は、この子が見せてくれたらしい。
「別に」
ふて腐れた気持ちで答えた。
どうせこれも今のもただの夢だ。事実じゃあない。仮に事実だったとしても、僕の気持ちは変わらない。
母さんは僕を『魔王』にしないため、あの男と結ばれ、僕を産んだのだ。『勇者』と『魔王』の運命を持った、ヘンテコな子として。
ヘンテコなのはこの際どうでもいい。『魔王』になるよりはマシだろう。慣れればどうってことはない。僕が不満なのは、母さんのことだ。
世の中は救われたかもしれないけれど、結局母さん一人がギセイになった。僕が母さんの人生をねじ曲げた。
「結局『呪い』と同じじゃないか」
「それは違うわ!」
女の子が怒ったように否定した。
「人にはどうしたって変えられない運命もあるわ。みんな、その中で自分にとって最善の選択を選ぼうとするの。それが全部『呪い』なわけがない!」
誰だって自分の生まれは決められない。生まれた国や親から受け継いだ体、変えたくても変えられないものもたくさん存在する。
「あなたのお母さんは『選んだ』の。自分の運命を受け入れた上で、あなたの母親であることを選んだ! そして、あなたの母親でいるために何をすればいいか、最善を尽くした。運命と戦ったの」
母さんは、『魔王』を産むためのホムンクルスとして生み出された。ただの道具として生み出されたのに、母さんは『母親』であることを選んだ。だからこそ『白』の一族を裏切って逃げ出した。自分の運命と戦おうとした。言いなりになっていれば楽だったのに、僕のために生きることを選んだ。
「あなたのお母さんは、あなたという息子を持って、とっても幸せだった」
君に何がわかると叫ぶより早く、手紙に書いてあった言葉が頭の中によみがえる。
アンタは何があろうと間違いなくアタシの子どもで、アンタの人生はアンタのものだ。
だらしのない人だったけれど、間違いなく僕の母親だ。それだけは、誇りを持って言える。
「……だから、『呪い』だなんて悲しいことを言わないで」
女の子の頬に一筋の涙がつたう。僕はとまどってしまった。どうして泣いているの? 初めて会ったはずなのに。そもそも君は一体誰なの? どうして僕や母さんについてこんなに詳しいの? こんなにキレイな子なのに、僕は今の今まで全然ぽーっとしていない。普通ならとっくに心臓もドキドキして、頭もこんがらがっているはずなのに。
側にいるだけで、心が温かくなる。こんなのは、初めてだ。
「君は、誰?」
ようやく絞り出すように尋ねる。
女の子が涙を拭きながら笑顔を見せた。
すると女の子を中心に淡い光が広がっていく。光はだんだん強くなり、僕は目を閉じた。
まぶたの上からでもまぶしいくらいだ。白い闇の中、すがるようにして手を伸ばした。
光が収まり、恐る恐る目を開けると、僕の右手は見覚えのある天井に向かって伸びていた。
神殿の地下にある、小部屋だ。
「あれ?」
いつの間にか眠っていたらしい。上体を起こして部屋の中を見回したけれど、あの女の子はどこにもいなかった。スノウなら何か気づいたかもしれない、枕元のカゴで丸くなっているスノウを起こして聞いている。
「昨日の夜、この部屋に誰か来なかった?」
返事は生あくびだった。かすれた声を出しながら大きく口を開ける。
眠そうだ。昨日の疲れがまだ抜けきっていないのだろう。
床で眠っていたベニーに聞いても「存じ上げません」と言われた。
やはり、夢だったのだろうか?
けれど、なんだか生々しい感じもあった。特にあの女の子。他人って気がしなかった。
どこかで会った気もするけれど、思い出せない。
ベッドの上でうんうん悩んでいると、上からものすごい音がした。続いて天井が響いて、パラパラとホコリが落ちてきた。
「どうやら、ゴーレムを奪い返されたようですね」
ベニーが上を見ながら冷静に分析する。続いてもう一度大きな地響きがしたところで、扉をノックする音がした。
「上の扉が突破されたようだ。時間がない。上に出よう。このままでは生き埋めだ」
扉越しにノアさんが切羽詰まった声で呼びかけてきた。
時間がない。僕は急いで着替える。体はまだ疲れていたけれど、頭はすっきりしていた。頭をすっぽり覆っていた雲が晴れたようだ。
「にゃあ……」
スノウがベッドから飛び降りて僕の足にすり寄ってきた。僕はスノウを抱きかかえる。
「おはよう、スノウ。調子はどうだい?」
返事の代わりに僕の手に、甘えたように鼻をこすりつける。ゆっくり休ませてあげたいけれど、今は一刻を争う時だ。
それに、僕一人ではエミリオには勝てない。もちろんスノウだけでも勝てないだろう。だからこそ僕たち『白猫のリオ』の出番だ。
「急ぎましょう、あなたも顔を拭いて」
ベニーに言われて、僕は初めて自分が泣いているのに気づいた。
「にゃあ」
スノウが顔を寄せてきた。僕は手の甲で涙を拭い取ると、自分の顔を手のひらで叩いた。
これで気合いも入った。二度とエミリオの言葉になんかで迷ったりしない。
「さあ、行こう!」
そして僕は扉を開けた。スノウと共に部屋の外へ出る瞬間、後ろからベニーの声が聞こえた気がした。
「まったく、ムチャなマネをする子だ……」




