四人目のリオ その18
「落ち着いて下さい」
僕はつとめてゆっくり、優しく落ち着かせる。スノウに話しかけるときのように。
「誰もあなたを傷つけたりなんかしません。ここはみんなでこの森から抜け出す方法を考えましょう」
「ウソつけ! 俺はだまされないぞ!」
失敗したようだ。まあ、槍使いさんはスノウじゃないからね。
「どうしてもというのなら構いませんが、その前に一つうかがいたいことがあります」
槍使いさんがおびえた面持ちでのどを鳴らす。僕は言った。
「お名前、なんでしたっけ?」
一瞬、呆けたような顔をしたけれど、すぐに僕の意図に気づいてくれたらしい。顔を真っ赤にしてふざけるな、と声を張り上げた。
「お前、俺がマルコムをやったと言うつもりか!」
「僕はお名前をおうかがいしただけですよ。そういえば自己紹介していなかったなー、とたった今思い出しまして」
いやだなあ、とわざととぼけて見せる。
「それで、お名前は?」
「……ジャックだ」
僕は振り返った。『竜殺しの槍』のリオさんが無言でうなずいた。どうやら本名のようだ。
「わかっただろ。俺はリオじゃない。つまり、マルコムを石にしたのはお前らの誰かってことだよ!」
勝ち誇ったように僕たちをにらみつける。
状況から考えて、マルコムさんが誰かに忌み玉を投げつけられて、石にされたのは間違いないようだ。
この場にいるリオは三人。もちろん、僕はやっていない。となると『竜殺しの槍』かレンドハリーズのどちらかになる。
仮にどちらかが犯人だとして、理由は何だろうか。
コカトリスのしわざにみせかけるくらいだから前もって準備をしていたのだろう。
「ここにいる僕たちとマルコムさんとの間で、トラブルになったことはありますか?」
「……俺の知る限りではない」
リオさんたちにも確認してみたが、二人ともマルコムさんとは今回が初対面だそうだ。
「そりゃあ冒険者ならどこかで恨みの一つや二つ買っていてもおかしくねえ。マルコムだってそうだろ。けど、石にされるような恨みの買い方となるとちょいと思いつかねえな。殺したいのならここみたいに人気のないところに呼び出して、後ろからぶっ刺した方が手っ取り早い。なきがらの始末も楽だしな」
発言自体は物騒だけれど、言いたい事はわかる。魔物のしわざに見せかけられる、というメリットはあるけれど、やっぱり手間の方がかかる。
ただ殺すだけならもっと簡単で見つかりにくい方法はたくさんある。忌み玉も買えば高価ではあるが、素材されあれば作るのは簡単らしい。つまりそちらの方面から犯人を割り出すのは難しいようだ。
「あのー」
話が一段落したのを見計らったかのように、マイナさんが手を上げた。
「どなたが石にしたかも重要かと思うんですけどー。ワタシはこの森から抜け出せない方が大事かなーって」
「どちらも大事ですけど、そうですね」
ジャックさんが気を悪くしないようにフォローを入れつつ同意する。
「ここは昔からこんな迷いの森だったんですか?」
聞いたこともない、とその場にいた全員が否定した。
「つまり、魔物か人間か、あるいは別の理由で僕たちは迷子にされている、というわけですよね」
「んなこたあ、言われるまでもねえんだよ」
レンドハリーズのリオさんが余計なツッコミを入れる。
「問題はそいつをどうやって解決するかだろうが」
「考えがあります」
僕はカバンから小さな石を取り出す。ごつごつしているけど、海の色のように青く透き通っている。
「これはまじない破りの石です。以前、さる魔法使いの方から譲り受けたものです。これを額に当てて念じると、掛けられているまじないが解けるそうです。これを使えばもしかしたらこの状況を解決出来るかも知れません」
「本当か」と『竜殺しの槍』のリオさんがためつすがめつ石を見る。
「ただの色の付いた石ころにしか見えねえんだがな」
さすがに鋭い。僕はウソを付いた。正真正銘ただの石ころだ。グリゼルダさんにも確かめてもらったから間違いない。道端に落ちていたのをキレイだから拾ってカバンの中に入れておいたのだ。
迷いの森は自然現象ではない。それに『闇の霧』のせいで魔法やマジックアイテムは使えないはず。ならば何かしらの力でそう思い込まされている、と僕はにらんでいる。
もし幻覚や思い込みなら僕の『贈り物』で打ち破れるかもしれない。青い小石はそれをごまかすための小道具だ。仮に失敗しても僕には何の損もない。
「やってみろよ。どうせニセモノだろ? もし本物ならテメエみたいな間抜け面によこすわけがねえ。せいぜい石ころに祈ってアホ面さらすんだな」
訂正、僕の評価が下がるだけだ。
「では、やってみますね」
うやうやしい仕草で青い石ころを額に当てると目を閉じ、口の中でムニャムニャと適当に呪文を唱える。
「ナイタミノーヒーコーポポンタ……ナイタミノーヒーコーポポンタ……」
かぐわしい香りと味を思い返しながら『贈り物』で僕自身を暗示に掛ける。
アップルガースにいた時にも『贈り物』の使い方を色々試していた。でも母さんには使わないように言われていたし、村のみんなにもナイショにしていた。ならば自分に使ってみればいいのではないか、と思いついたのだ。
普段はほかのみんなに使うことで気づかれなくなったり、さわると気絶させたりできるけれど、僕自身に『贈り物』を使うことでまた別の力を発揮できる。ケガをしても痛くなくなったり、いつもの何倍もの力を出せるようになった。
僕はこの力をほかの力と区別して、『おままごと』と呼んでいる。中にはもう二度と使いたくないのもあるけど。
「幻覚なんてない。僕は正しい道を進める。行くべき道を見落とさない。僕の道は明るく照らされている……」
いつもより強めに掛けてから目を開く。さあどうだ、と辺りを見回す。みんなも固唾を呑んで見守っている。
やっぱりだ。
周囲の景色がすっかり様変わりしていた。霧が濃いのは相変わらずだけど、さっきまで左にぐるりと曲がっていた道が今ではまっすぐに伸びている。やはり何かの力で幻覚を見せられていたのだ。
幻覚だとわかればあとは簡単だ。僕は青い石をみんなの体に当てる、振りをして『贈り物』を使う。
「どうですか?」
青い石をカバンに戻しながら聞いた。いつまでも見られるとバレてしまうからね。
「あれ?」
「おい、なんだよ、これ」
「あらー、景色が全然違いますねー」
みんな風景が変わってびっくりしている。幻覚は解けたようだ。さて、元来た方角はどっちだったかな、と辺りを見回していると、森の奥の方で動くものが見えた。
僕はカバンの中で握りっぱなしの青い石をもう一度取り出すとそのまま放り投げた。霧の中を突っ切って森の奥へと吸い込まれていく。
悲鳴が上がった。
当たったようだ。
「誰かいますね」
僕は急いで声のした方へと駆け出す。加減はしたから大したケガはしていないはずだ。木々を抜けると目の前に人の背丈ほどもある岩がたちはだかっていた。その裏に回ると、焚き火の前でうずくまっている人を見つけた。
「おケガはありませんか」
僕が声を掛けると、その人がはっと顔を上げる。六〇歳くらいのおばあさんだ。薄茶色のワンピースに染みのついたエプロンを付けている。灰色になった髪を首の後ろで束ね、小太りで口元や目元にはしわがよっている。
「こんな夜更けにどうされました? もしかして、かくれんぼですか」
つとめて気楽な口調で話しかけながらおばあさんの足下に落ちていた青い石を拾う。
おばあさんは返事をしない。気まずそうに自分の左の二の腕をつかんでいる。どうやらそこに当たったようだ。
「おい、どうした?」
そこでようやくリオさんたちが駆けつける。
「どちらさまですかー」
マイナさんがおばあさんを見て、間延びした声で問いかける。
「もしかして、ワタシたちを迷子にした人ですかー?」
「……何の話だい」
ようやく口を開いた。険のある声だ。
「あたしは急に石が飛んできたから痛くって座ってただけさね」
「ごまかしてもムダですよ」
今度は焚き火の中に手を突っ込む。本当ならヤケドしてしまうけれど、僕の手袋は特別製なので平気だ。手で火を消しながら半分灰になった草を引っ張り出す。細長くって、葉の先から赤と青がまだらになっている。根っこには土も付いている。火付きがいいようには見えない。顔を近づけると、鼻の奥がつんとする。
「なるほど、臭いで僕たちを迷わせたんですね」
おそらく、この草の持つ幻覚作用なのだろう。魔法でもマジックアイテムでもないから『闇の霧』の中でも使えたのか。
「一体何の目的で僕たちを迷わせたんです?」
僕がすごんだ声を出すと、おばあさんが座りながら後ずさる。実際、僕は本当に怒っている。
「こんな草まで使ってかくれようだなんて、いくらなんでも反則です。ずるすぎますよ。かくれんぼに失礼だとは思わないんですか」
「いや、そこじゃねえよ!」
『竜殺しの槍』のリオさんが指摘するけれど、間違っていない。僕はその件でも怒っているのだから。
「ところで」
と聞いたのは、レンドハリーズのリオさんだ。
「ばあさん、アンタ何者だ? こんな夜の森で何していたんだ? 近所の村のじいさまと逢い引きでもしていたのか」
「冗談にしちゃあ品がないね」おばあさんは鼻で笑った。
「いいから話せ。痛い目を見たいか?」
短剣を抜いておばあさんの目の前に突きつける。僕が急いで止める前に、おばあさんがにたりと笑うのが見えた。
「あたしはね、魔女だよ」




