四人目のリオ その17
助けを求めるように腕を伸ばした姿でぴくりとも動かない。目も口の中もカチコチの石に変わってしまった。
重苦しい沈黙が僕たちにのし掛かる。
「……どいつだ」
それを破ったのは槍使いさんだ。肩を熱病でもかかったようにふるわせている。
「どいつがマルコムを石にした。お前か、それともお前か?」
恨めしげににらみつけてくると、興奮した面持ちで僕やレンドハリーズのリオさんに食ってかかる。
「落ち着いて下さい」
つかみかかってきた手をかわしながら槍使いさんをなだめすかす。
「冷静に考えて下さい。マルコムさんは石になったんですよ。刃物で刺されたわけでも硬いもので殴られたわけでもありません。どうやって僕たちにそんなマネができるんですか」
それに今は『闇の霧』の影響で魔法もマジックアイテムも使えない。何かしらの理由でマルコムさんに恨みを持っていたとしても石にするのは不可能だ。
「あのー、こんなものが落ちていたんですけど」
間延びした声でマイナさんが差し出したのは、白い球だった。いったん槍使いさんから離れると、受け取って確かめる。割れた卵のように真ん中からひび割れていた。中身はない。かわいそうなヒナがいなくてほっとする。割れ方から察するに、外から強い力で砕けたようだ。カラは薄い。地面か木にでもぶつけたら簡単に割れてしまいそうだ。ひび割れているのもそれが原因だろう。
「えーと、こちらの方の足下に落ちていました」
とマルコムさんを指さす。リオさんが鼻にしわをよせながら白い球をにらみつける。
「もしかして……忌み玉か」
「なんですか、それ?」
「そんなことも知らねえのかよ、おぼっちゃん」
「物知らずなもので」僕は素直に認めた。
「おぼっちゃんではありませんけどね。で、忌み玉というのは?」
「テメエに教えてやる義理はねえよ、おぼっちゃん」
「まあ、そう言わずに。なにぶん事情が事情です。話を進めるためにも一つどうか教えていただけませんか」
僕はぺこりと頭を下げる。こちらのリオさんは嫌な人だけど、冒険者の先輩でもある。
礼儀は尽くすべきだし、必要な時に頼み込んで教えを請えるのがオトナというものだ。
「あと僕はおぼっちゃんではなくリオです。あなたと同じ名前の」
「いちいちしつけえんだよ! テメエは」
「おぼっちゃんではありません」
「……」
「リオです。どうぞよろしく」
レンドハリーズのリオさんが眉間のしわを深くする。やがてため息をつきながら肩を落とした。
「早い話が魔物の毒、だな」
魔物の体にある毒を絞り出し、閉じ込めた玉だそうだ。
「つまり、コカトリスだかバジリスクだかの毒の息を閉じ込めてこの玉に入れていたと?」
リオさんがいかめしい顔をしながらうなずく。だとしたら割れているのもマルコムさんのそばに落ちていたのも説明がつく。
「ですが、やはり疑問は残ったままです。どうしてわざわざ石にする必要があるんです?」
恨みがあるならいくらでも方法がある。刺しても殴っても落としても絞めてもいいのに、どうして石にしなくてはいけないのだろうか。
「コカトリスの仕業に見せかけるため、ってのはどうだ」
リオさんが得意げに言った。
「ここなら石になってても普通は人間がやったなんて思わないだろ」
「なるほど」
僕は何度もうなずいた。魔物におそわれたことにすれば、犯人と疑われる心配は少ない。
「つまり、犯人は最初からこの辺りでマルコムさんを石にするために、忌み玉……でしたっけ? それを用意して隙を見て投げつけたと」
「石にしちまえば、あとは放っておけばそのうち砕けてバラバラになる。石ころに口なしってわけだ」
「でも、その前に元に戻してしまえば、結局犯人はわかってしまうのではありませんか」
人の命はどんな魔法でも生き返らせることは出来ない。でも石にされた人間は『解呪』の魔法や、神様の力を借りた僧侶の『奇跡』で元に戻せる。今は無理でもマルコムさんも魔法使いか僧侶のところに連れて行けばいい。
「バカかお前」
リオさんが鼻で笑った。
「石にされた人間を戻すにはな、すっげえ金がかかるんだよ」
「知っています」
以前、ロズから聞いたことがある。『解呪』の魔法には、触媒を使わないといけない。特に石化を解くための触媒というのがとても貴重なシロモノらしく、お金がかかるのだそうだ。僧侶の『奇跡』にしても、起こすためには聖遺物とか聖骸といった神聖なシロモノを触媒とする必要がある。そのため、頼めばやはり多額の寄付を要求される。
仲間の槍使いさんに目線でたずねてみたら、あきらめた様子で首を振った。持ち合わせはないようだ。
「それともお前が払ってくれるのか、え?」
「そうですね。払えるなら」
僕だってお金は惜しいけれど、人の命には代えられない。
すると、リオさんが急につまらなそうな顔をした。僕がマッカーフィールドで稼いだ額を思い出したのだろう。
冷めた目で手持ちの短剣をいじり出す。
「でも、そうですね」僕は話を元に戻す。
「石にされてしまえば、元に戻すのは難しい。その間にバラバラに砕いてしまえばもう魔法や奇跡でも復活はできません」
もしかしたら、犯人はマルコムさんを粉々にするつもりだったけど、その前に僕たちが駆けつけたものだからあわてて逃げ出したのかもしれない。
「とりあえず、マルコムさんをどうしましょうか。このままにはしておけませんよね」
放っておいたら戻って来た犯人か、魔物にバラバラにされてしまうかもしれない。かといって担ぐのは難しい。ちょっと持ち上げてみたけれど石になったせいで、ものすごく重くなっている。気は進まないけれど、仕方がない。
「失礼しますね」
僕はカバンの『裏地』にマルコムさんを押し込んだ。みんながびっくりした様子で目を丸くしている。僕は気が重い。カバンの『裏地』には生きている物は入れられない。つまり、マルコムさんは今、生きていないということだ。早く石化を解いてあげないといけない。
このまま僕のカバンに入りっぱなし、なんてことになったら、使いづらい。カバンに入れた指が、鼻の穴に入ってしまいそうだ。
槍使いさんから抗議を受けたけれど、きちんと出し入れが出来ると説明すると不承不承という感じで納得してくれた。
四つ目オオカミもあらかた倒したし、一度本隊のところに戻ろうということになった。
「もう一人のリオさんが戻ってくるのを待ちましょう。入れ違いになってもいけません」
「何やってんだ、アイツは」
ノロマ、とリオさんが『竜殺しの槍』のリオさんの陰口を叩く。悪口ばかりだな。
でも確かに遅い。僕たちが移動した距離を考えてももうウォーレスさんたちを引き連れてここに到着していてもいい頃だ。
ここに立っているだけでもコカトリスか別の魔物におそわれるかもしれない。不安な時間を過ごしていると、足音が近付いてくるのが聞こえた。
やって来てのは案の定、リオさんだった。でもたった一人だけだ。応援らしき人はいない。
「まずいことになった」
『竜殺しの槍』のリオさんが疲れた顔で周囲の森を見回した。
「森から出られなくなった」
「はあ? 何言っているんだ?」
レンドハリーズのリオさんが詰め寄る。
「ウソじゃない。さっきから何度も同じ場所をぐるぐる回らされている。それ見ろ」
と、指さしたのは太い木の幹だ。僕の顔くらいのところに、バッテンの傷が付けてある。
「さっき俺が付けた目印だ。俺がお前らと別れて最初に付けた」
目印があれば、ウォーレスさんたちを連れて戻るのも楽だ。
「それから何本か、印を付けながら一直線に進んだはずなのに、何故か同じ所に戻って来ちまう」
「テメエがトンマなだけだろ」
「ウソだと思うのなら自分で確かめてみるんだな」
挑発めいた言葉にレンドハリーズのリオさんが大きくうなずくと、僕に向かってあごをしゃくる。
お前が試して来い、と言っているのだ。自分でやればいいのに。
僕はため息をつきながら「わかりました」と言った。言いなりになるのはしゃくだけれど、気になるのは僕も同じだ。
「では行って来ます」と言い残してまっすぐ元来た方角へ戻り、木々の合間をすり抜け、森を駆け抜けた。つもりだった。
「あれ?」
気がつけばリオさんたちの居る場所に戻ってきていた。しかも向かったのとは反対側から。
「もう一度やってみますね」
今度はまったく反対の方角に向かって進む。リオさんに倣って、僕も木の幹に三角印を付けていく。これなら迷わないだろう。
そう思ったのに、やはりリオさんたちの居る場所に舞い戻っていた。
僕は方向音痴ではない。アップルガースでも森で迷ったことなんてなかった。
「もう一度だけ試させて下さい」
東西南北がダメなら上からだ。僕はバッテン印の付いた木に登る。夜といっても上から見れば方角くらいはわかるだろう。
僕は木登りだって得意なのだ。でも登っても登っても先が見えてこない。見上げた時にはせいぜい六フート(約九・六メートル)くらいだったのに。もう五〇フートは登っただろう。でもまだてっぺんすら見えない。遠く遠く、夜空を突き抜けて月にまで届くんじゃないかと思うくらいに。
「ダメだ」
あきらめて下へと滑り降りる。今度はあっという間に地面に着いた。勢い余って木の根っこにつまずいて尻もちを付いてしまう。
改めて登った木を見上げると、やはり高さはせいぜい六フート(約九・六メートル)くらいだった。
ここまで来ると方向音痴とかそういう問題ではない。もちろん自然にこんなことはあり得ない。
何かが僕たちを森の中から出さないつもりだ。
「参りましたね」
「冗談じゃねえぞ!」
叫んだのは、またも槍使いさんだ。明らかに目が平常心を失っている。
「お前らの仕業か。森に閉じ込めて、今度は俺を石にするつもりか」
森から出られないと知って、不安がよみがえったのだろう。疑心暗鬼になっているようだ。
「クソ、こんな奴らといられるか」
槍を僕に向かって放り捨てると、背を向けて森の奥へと走り去ってしまった。
「あの」
「放っておけよ」
追いかけようとした僕の肩を『竜殺しの槍』のリオさんがつかんだ。
「そのうち戻って来るさ」
程なくして背後から足音がした。振り返ると、槍使いさんが息を切らせながら膝を突いていた。
「そんな、まっすぐ走ったはずなのに……」
よっぽど急いで走ったのだろう。顔中汗まみれだ。顔からしたたり落ちた汗が落ち葉ら黒い染みを作っていく。
「おかえり」
槍使いさんが崩れ落ちる。『竜殺しの槍』のリオさんがねぎらいようにその肩を叩いた。その声は、槍使いさんの徒労を喜んでいるように聞こえた。




