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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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四人目のリオ その16


「おい待て」


 僕が森へ入ろうとすると、後ろから声を掛けられた。振り返るとそこにいたのは、二人の冒険者と、二人のリオさんだ。


 立ち止まると、『竜殺しの槍(アスカロン)』のリオさんが僕に並んで肩に腕を回してきた。


「一人で勝手に行くんじゃねえよ」

「ウォーレスさんの話だと、僕だけ行くのかと」

「そんなわけあるか」

 レンドハリーズのリオさんが不機嫌そうにつま先で土を蹴る。


「またテメエ一人でいい格好しようってか。抜け駆けしようったってそうはいかねえぞ」


 別にいい格好をしたつもりも抜け駆けしようとするつもりもない。僕は僕の仕事をするだけだ。

 あとの二人も身軽そうな格好だ。一人は弓矢を、もう一人は槍を持っている。名前は聞いていなかったけれど、確かこの人たちも三つ星のはずだ。


 どうやらこのメンバーが先遣隊、ということらしい。


 一匹でも多く仕留めて、ロッティたちの危険を少しでも減らさないと。


「では行きましょうか」

「お前が仕切るんじゃねえよ」


 レンドハリーズのリオさんがげんこつを喰らわそうとしてきたので、首を傾けてかわした。


 当たらなかったのが悔しいのか、また舌打ちすると、「俺がリーダーだ」と宣言して森の方へと歩き出した。


 もう一人のリオさんが肩をすくめてその後に続いた。


 僕たちは固まって森の奥へと進む。ただでさえ夜の森は暗いのに、霧のせいで月も星も隠れて、泥の中を泳いでいるみたいだ。


 カンテラは持っているけれど、四つ目オオカミに気づかれたら大変だ。足下も石や木の根っこなんかでデコボコしているので歩きづらい。


 うなり声や足音ががそこかしこから聞こえている。そろそろ姿も見えてくるはずだ。


「とりあえず僕が突っ込んで動きを止めます。みなさんは止まった奴をできるだけ仕留めて下さい」


「待てよ」

 声の方向に走り出そうとしたら、今度はレンドハリーズのリオさんがマントをつかんだ。


「何度も何度もテメエ一人で勝手に……」

 また文句を言い出した。どうやって言いくるめようかと考えたけど、その必要はなかった。


 森の奥からたくさんの赤い光が瞬いたのが見えた。四つ目オオカミの目だ。黒い毛並みを闇に紛れさせ、岩でもかみくだきそうな白い牙と殺意をみなぎらせた目を霧の中に浮かび上がらせている。

 僕は懐に手を入れながら叫んだ。


「みんな目を閉じて!」


 四つ目オオカミの群れに黒い玉を放り投げる。オオカミたちはひょいとかわしていく。まるで騎士様の隊列のように統率の取れた動きだ。黒い玉は誰もいない地面に落ちた瞬間、耳をつんざくような音とともにまばゆい閃光がほとばしる。


 僕の投げた光玉に四つ目オオカミたちの隊列が乱れる。悲鳴を上げて倒れたり、びっくりしたのか同士討ちを始めたのや反対方向に走っていくのもいる。


「今です」


 合図をしながら僕は剣を抜き、四つ目オオカミの群れに突っ込む。まだ光玉の効果が消えないうちに、駆け足で四つ目オオカミたちを切り捨てていく。以前戦ったときは見逃したけど、今回は数が多すぎる。虹の杖が使えない以上、『瞬間移動(テレポート)』でどこかに逃がしてやるわけにもいかない。何より僕は、護衛依頼の最中だ。


 四匹ほど切り捨てたところで、第二陣が向かってくるのが見えた。今度はそちらに向かって光玉を投げつける。


「また光りますよ」


 みんなに注意を呼びかけながらそちらに背を向けると、夜の森に長い影が伸びる。甲高い悲鳴が上がった。


 悶え苦しむ仲間を跳び越えて一際大きな四つ目オオカミが走ってきた。怒った様子で吠えると、僕の前で踏みとどまる。


 上についた二つの目が闇夜に怪しく光る。

 あれか。


 僕はマントをひるがえす。入れ違いに赤い光が僕の体を駆け抜けた気がした。四つ目オオカミの特殊能力だ。魔力を持つ赤い目を光らせて、相手を金縛りにしてしまう。


 前にも見たことがある。その時も天羊布のマントは悪い魔法をはねのけた。仔犬のような鳴き声がした。


 マントの隙間からのぞくと、四つ目オオカミがまるで置物のように固まっていた。自分の術で金縛りになってしまったようだ。


 横倒しに倒れる仲間に続けて、後ろから来た四つ目オオカミたちが次から次へと赤い目を光らせる。僕がマントを引き上げて魔力を防いでいると、凶暴なうなり声が近付いてきた。


 なるほど、魔力で足止めしたところを第二陣で仕留めるつもりか。チームプレイというか、連携が取れている。


 感心しながらも左手でマントを引き上げ、右手で剣を振るい、おそってくる四つ目オオカミの胴体を切り裂く。闇夜に紛れて『贈り物(トリビュート)』で気づかれなくなればもっと楽に倒せるだろう。けど、そうすれば敵の狙いがリオさんたちや依頼人の方に向かうことになる。


 僕の動きが止まらないのに、恐れをなしたか、後ろで魔力を使っていた連中がたじろぐのが見えた。


 そこへ僕が突っ込んで、向かってくる四つ目オオカミを突き刺したり、胴を薙ぎ払っているところにリオさんたちが追いついてきた。


 目がくらんで倒れている奴にとどめを刺したり、仲間がやられている間に走り抜けようとしたオオカミを突き刺す。


「テメエ人の話を……」

「そっち行きましたよ」


 僕の警告に遅れて四つ目オオカミが唸りながら飛びかかる。大きな口を開け、白い牙を剥き出しにする。


「ふざけんな!」


 レンドハリーズのリオさんは悪態をつきながら背を屈めた。同時に大きく踏み込み、斜め上に剣を一閃する。


 四つ目オオカミの胴体が甲高い悲鳴とともに真っ二つになった。リオさんの頭上を通り過ぎ、地面に落ちて森の落ち葉を舞い散らした。


「聞けって言ってんだろうが!」


 遠吠えにも負けないくらいに大声で叫ぶと、僕を追い越して四つ目オオカミの群れに突っ込んでいく。飛びかかってくるのを蹴飛ばし、かみついてくる牙をかわして、鮮やかな剣さばきで一匹、また一匹と切り捨てていく。


 なかなか上手い。細身だし、腕力があるようには見えないけれど、代わりに首や心臓といった急所を正確に突いている。四つ星というのは飾りではないようだ。


「危ないですよ」


 奥の方からまたも四つ目オオカミが向かってくるのが見えた。今度は十や二十ではきかない。こちらが本隊か。


 またも光玉の出番だ。でも数が多いせいで、今度はあまり動きが止められない。気絶したり倒れた奴を踏み越えて、どんどんこちらに向かってくる。


 僕も剣を構えて迎え撃つ。


 やりづらいな。いつもなら虹の杖の『麻痺(パラライズ)』で動けなくしたり、『大楯(シールド)』で突進を食い止められるのに。


 いかに自分が頼り切っていたかと思い知らされる。


「おい、ぼけっとすんな!」


 後ろから叱りつけるような声が飛んだ。遅れて後ろから二匹分の足音が近付いてくる。いつの間にか回り込んでいたのか。


 僕はとっさに側に生えていた大木に足を掛け、二歩三歩と駆け上がる。僕のいなくなった空間を二匹の四つ目オオカミが空しく牙をカチンと鳴らす。


「こっちだよ」


 着地した隙を狙い、僕は大木の樹皮を蹴散らしながら頭上目がけ、白いコウモリのように飛び降りる。気配を察し、あわてた様子で振り返った。でももう遅い。気合いを入れてランダルおじさん特製の剣を閃かせる。断末魔を上げて四つ目オオカミの八つの目は永遠に閉じられた。


「やあ、どうも。助かりました」


 お礼を言ったのに、レンドハリーズのリオさんは不機嫌そうに顔をしかめた。「そのまま食われちまえば良かったのによ」と悪態をつくと別の四つ目オオカミの方へと走っていった。


 助けてくれたかと思ったらイヤミを言うんだから、変わった人だなあ。

 

 それからほかの人たちの手助けをしながら四つ目オオカミを倒していった。僕だけでも三十匹は切ったように思う。その甲斐あって、森の奥から現れる数もだんだんと少なくなっていき、最後の四つ目オオカミを切り捨てると、それっきり出て来なくなった。ほかの魔物の気配もなさそうなので、ほっと一息を着く。


 本当は全部片付けてしまいたかったけれど、数が多すぎて、半分近くも仕留めきれなかった。虹の杖が使えたらもっと多く倒せたのに。早く戻ってトレヴァーさんたちの応援に回りたい。それにはまずリオさんたちと合流しないと。ケガをしていたら大変だ。


 最初はなるべく近くで戦っていたのだけれど、乱戦の中で次第に散り散りになってしまった。


「おーい、誰かいませんか」


 思い切って大声で呼びかけてみる。カバンからカンテラを取り出し、左手で掲げながら左右に振る。リオさんたちなら返事をくれるはずだし、魔物なら返事をせずにこちらに向かってくるだろう。


「そこに誰かいますかー?」


 程なくして、とてものんびりした返事が聞こえた。この声ってもしかして。


「ああ、やっぱり。リオさんですかー。ご無事だったんですねー」

 草むらをかき分けてやってきたのは、マイナさんだった。


「え、どうしてここに?」

 マイナさんを最後に見たのは、森に入る前。確か、ほかの依頼人と一緒に馬車の陰に隠れていたはずだ。


「お恥ずかしい話ですが、用足しの帰りに道に迷ってしまいまして。気がついたら森の中に入っていました。わたし、方向音痴なんです。どうもご心配をお掛けして申し訳ありません」


 全然困ってなさそうな口調で言うものだから反応に困ってしまう。

 それにしても、ときょろきょろと視線をあちこちに巡らせる。


「オオカミさんのなきがらばかりですね」

「ええ、まあ」

「少しお祈りしてもよろしいですか」

「早く戻りましょう」


 信仰は大事かもしれないけれど、みんなが心配しているはずだ。それに、いつ別の魔物が現れてもおかしくない。


「えー、でも」

 と、もったいなさそうに足踏みをする。子供じゃないんだから。


「このオオカミさん、足がちょっと変なんですよ」

「それは、僕たちが切ったからで」

「いえ、そうではなくてですね」

 マイナさんはひょいと指差しながら言った。


「このオオカミさん、後ろ足が石になってますよ(・・・・・・・)


 僕はあわててカンテラの明かりで四つ目オオカミのなきがらを照らした。メイナさんの指摘どおりだ。後ろ左足がつまさきから太股の辺りまで、灰色に固まっている。念のため木の枝でつついてみると、確かに硬い。しかも既に息絶えているにもかかわらず、灰色の部分は徐々にせり上がっている。


 どうやら四つ目オオカミたちが群れをなしておそってきたのは、僕たちを食糧だと勘違いしたわけではなさそうだ。


 コカトリスにおそわれ、逃げ出した先に僕たちがいたのだ。ほかの四つ目オオカミのなきがらも調べてみると、同じようなのを二匹見つけた。しゃがみこんで調べてみたが、やはり間違いなく石になっている。どうやら思っていたよりコカトリスは近くにいるようだ。四つ目オオカミまでおそうとなると、腹ぺこなのかもしれない。


「こうしちゃいられない」


 僕はマントをひるがえしながら立ち上がる。早く戻ってこのことを知らせないと。森の中全体に響くくらいの大声を出そうと息を吸い込んだとたん、おそろしげな絶叫が上がった。


 あの声は……確か一緒に来た弓使いさんだ。魔物にでも出くわしたのだろうか。


「僕は様子を見てきます。マイナさんはここに……」

「わたしも行きますー」


 と言うが早いか、僕のとなりに並んで歩き出していた。一瞬迷ったけれど、ここに残っても安全とは限らないし、近くにいた方が守りやすい。僕とマイナさんは声の方角に向かった。


 声の主はすぐに見つかった。数歩離れた木陰の根元に座り込むような形で倒れていた。念のため気配を探ってみたが、魔物や人の気配はない。足下には弓も転がっているし、背中の矢筒には三本も入ったままだ。


「大丈夫ですか?」


 ケガはしているようだけれど、どれも軽いものだ。血も止まっている。とにかく詳しく確かめようとカンテラを照らして、僕は目をみはった。


 茶色かったはずのブーツが灰色に変色し、石になっていた。既に両足の膝の辺りまで石化してしまっている。


 しかも石の範囲がものすごい速さで広がっている。石像になるのは時間の問題のように思えた。


「しっかりしてください」

 僕はまだ生身の肩をゆすって呼びかける。うめき声を出すけど返事はない。気絶しているのか。


「おい、どうした」

「誰かやられたのか」


 そこへようやくリオさんたちが駆けつけてきた。マイナさんを見て「どうしてここに?」と眉をひそめたけれど、弓使いさんの足を見て、その顔が一様にこわばる。


 次の瞬間、レンドハリーズのリオさんは剣を構え、周囲に目を配る。『竜殺しの槍(アスカロン)』のリオさんは、「向こうに知らせてくる」と言い残して駆けだしていった。さすがに反応が早い。


「おい、しっかりしろ。マルコム」

 槍使いの人が辛そうな顔で呼びかける。そういえば護衛の間も一緒に活動していたし、仲間なのだろう。


 弓使いさんことマルコムさんが薄目を開ける。苦しいのだろう。顔中、脂汗がびっしりだ。石化はもう腰の辺りまで進んでいる。


「コカトリスか? どこでやられた? どこに行った?」

 マルコムさんは虚ろな目をしながらもゆっくり首を振った。


「ち、がう……。コカ、トリスじゃ……ない」


 僕は耳を疑った。自然に、しかも急速に体が石になるなんて、あり得ない。コカトリスでないのなら別の魔物か。


「じゃあ、何が出たんだ? バジリスクか? ゴルゴーンか? 石喰百足か?」

 僕と同じ疑問を抱いたのだろう。槍使いさんが次々と魔物の名前を挙げる。マルコムさんは首を振った。


「石になったのは……」


 そこで大きく咳き込んだ。石化はもうお腹まで進んでいる。僕は苦し紛れに虹の杖を掲げてみたが、やはり何も起こらない。


「何かないか何か……」

 代わりにカバンの中をあさるけれど、石化を止められそうなアイテムも薬も何も出て来ない。ああ、もう。どうして僕はもっと役に立つ物を買っておかなかったんだ。


 そうだ。僧侶とか神職の人は神様の力を借りて、奇跡を起こすことが出来るはずだ。


 そう考えて振り向いたけれど、マイナさんは申し訳なさそうにうつむき、首を振るだけだった。

 苦しげな声が上がる。マルコムさんの体はもう胸まで石になっている。息をするのも辛そうだ。


「俺を石にしたのは……」

 糸のように細い声だった。

「したのは? おい、何だ?」


 槍使いさんが聞き逃すまいと、耳をそばだてる。僕もつられて顔を近づける。


 マルコムさんは顔をしかめながらも最後の力を振り絞るように言った。

「リ、オ……」

 ひどく耳に残るつぶやきに呆然とする中、マルコムさんは石像になった。



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