四人目のリオ その15
遅くなったけれど、夕飯の時間だ。
不安や不平不満はあってもみんな夕食は楽しみのようだ、うきうきとした表情で野菜や肉を切って鍋に入れている。
僕はジーンさんたちのところでご厄介になることにした。
カチカチの黒パンと、水で戻した干し肉だけでは物足りないので僕も材料を提供する。カバンの中に入れておいた水鳥の肉を刻んで鍋に放り込む。ハイクレーンとかいう細長いくちばしをした、白黒の鳥だ。皮を炙って食べても美味しいけれど、煮込むとダシが出て汁まで飲める。あとは山菜やキノコなんかも入れてあげる。
「こんな豪勢な……本当によろしいのですか?」
モニカさんが申し訳なさそうな顔をする。
「鍋はみんなで食べた方が美味しいですからね」
「でも、ハイクレーンの肉なんて、普通は貴族くらいしか……それに、サリの芽にクナキの葉まで」
どちらもアップルガースでは普通に採れた山菜だ。苦みがあるけど、その分滋養があるそうだ。僕も鍋や煮物に入れたり、漬物にしたりして昔からよく食べている。子供の頃はあんまり味なんてわからなかったし、今もあまりわかってないけれど、こういうのを美味しく食べられるのがオトナというものだ。
よそではあまり採れないらしくって高値がついている、らしい。
「別に貴族しか食べちゃいけないって法もありません……よね?」
僕は法律に詳しくないので、もし触れていたら大変だ。
「まほうのおカバンだ」
ロッティはむしろ僕のカバンに興味があるみたいだ。スプーンを握りながら僕のカバンを叩いている。
もしかしたら『闇の霧』の影響で使えないのかとひやひやしたけれど、今も普通に『裏地』から出し入れできる。ブラックドラゴンの核からグリゼルダさんが作った『虹の杖』が使えないのに。一体どういう作り方したのだろう。
まあ、母さんだからな。考えるだけムダか。
とりあえず、ロッティに木のおわんを持たせて食べるように勧める。
「まあ、明日にはミロティーヒルに着きますから。それまでの辛抱ですよ」
ジーンさんはまだ浮かない顔をしている。
「しかし、コカトリスとかいう魔物が出るそうじゃないですか」
「そのための冒険者です」
「でも、この霧のせいで魔法もマジックアイテムも使えないとか。リオさんもその杖……」
と、ジーンさんが虹の杖を指さす。
「ええ、使えません。本当ならコカトリスなんて一発なんですけどね」
コカトリスなら以前、村の近くで見かけた事があるので『失せ物探し』が使える。あの時は石にされるより早く、ジェフおじさんが正面から突っ込んで首をはねたんだったっけ。邪眼の魔力より早く動けるとか、剣の達人というレベルではない気がする。
そんなことを思い出していると、ジーンさんががっかりした様子で言った。
「いくらすごい杖でも使えないのでは、見つけられませんよね」
はあ、とため息をついてから急に言い訳するように首を振った。
「すみません、別にリオさんを頼りないという気は」
「問題ありませんよ」
僕は頭の中で言葉をつむぎながら言った。
「杖が使えなくっても僕には剣術だってあります。必ずやみなさんをミロティーヒルまでお届けしますよ。まあ、任せて下さい」
どんと胸を張ってみせる。まるでいばりんぼみたいで好きな態度じゃないけれど、こういう時は自信たっぷりに言うものだ。
「よろしくお願いします」
ジーンさんとモニカさんが頭を下げる。
ロッティはスプーンを逆手に持ったまま、おわんの中のスープと戦っていた。口の周りも白いスープでべっとりだ。
僕が口元を拭いてあげようとハンカチを近づけた。
その時だ。
森の奥からオオカミの遠吠えが聞こえた。
一匹だけじゃない。続けて二回、三回と遠吠えがした。かと思うと、うなり声や鳴き声とともにたくさんの足音が近付いてくる。
しかもあの声から察するに、ただのオオカミではない。三ツ目……いや、四つ目オオカミだ。
以前、ソールズベリーの町の近くで出くわした。三ツ目オオカミより動きも素早くて力も強い上に、魔力を持った瞳で敵の動きを封じることもできる。
トレヴァーさんやウォーレスさんたちは既に立ち上がり、声のした森の方を腹立たしそうに見つめている。
「まずいな。かなりでかい群れだ。一〇や二〇じゃきかないな」
トレヴァーさんの言うとおりだ。多分、百匹近くはいるだろう。
次々とおびえた声が上がる。
「おい、まずいぞ」
「早く逃げよう」
「逃げるったってどこへ!」
依頼人の人たちが口々に叫びながら逃げようとする。
「落ち着いてくれ!」
ウォーレスさんの一喝で、水を張ったように静まりかえる。逃げだそうと立ち上がった人も中腰の姿勢で固まっている。
「逃げても追いつかれるだけだ。ここで迎え撃つ。お前らは馬車を動かして防壁の代わりにしろ。トレヴァーのパーティは依頼人たちの護衛だ。近付いてきた奴らを確実に仕留めろ。それから……」
テキパキと冒険者たちに指示を出していく。こういった事態に慣れているのだろう。堂々としていていて、落ち着いたものだ。
「それからリオ。お前は……」
「四つ目オオカミの群れに突っ込んで少しでもこちらに来る数を減らしておく、ですよね」
了解しました、と僕はうなずいておく。
「ブラックドラゴンを倒すような奴なら四つ目オオカミなんて造作もないだろうからな」
ウォーレスさんがにやり、と笑った。
別に貧乏くじとは思わない。僕の戦い方とかを考えたら妥当な判断だ。ウォーレスさんに言われなくっても僕の方からそう提案していた。
「それについては誤解なのですが、四つ目オオカミなら以前にも戦ったことがあるので問題はありません」
敵を動けなくする魔力もマントがあればはじき返せる。
「では、さっそく行って来ます」
敵はもうそこまで近付いてきている。足止めは少しでも早い方がいい。
では、と背を向けたところでマントを後ろから引っ張られる。振り返ると、ロッティがマントの端を小さな手で握っていた。
「いっちゃやだ……」
大人たちの不安を嗅ぎ取ったのだろう。今にも泣きそうな顔をしている。
「ジャマしちゃだめよ、ロッティ。リオさんなら大丈夫よ」
「そうだぞ。リオさんは今から大切なお仕事なんだから。安心して」
ジーンさんとモニカさんがなだめるのだが、それでもマントをぎゅっと握り締めたまま首を振る。僕にはロッティの気持ちがわかる。いくら言葉で言われようと不安はなかなか消えてくれない。むしろ言われれば言われるほど、心細さが募っていく。
なので、なだめる代わりに僕はきりっと顔を引き締める。
「それじゃあ、君にには一つ重大な任務を与えよう」
こほん、とわざとらしく咳払いをすると、足下にいたスノウをロッティに預ける。
「この子を守ってあげてくれるかな」
小さい子にも勇気というものはある。勇気を奮い立たせるのは、使命感だ。小さなロッティよりもずっと小さなスノウの命がその腕の中にある。スノウもにゃあ、と甘えるようにして顔をすり寄せる。足踏みでもするような仕草で小さな胸をとんとん叩く。
幼いなりに重大な使命を感じ取ったのだろう。ロッティはスノウと僕を見比べると、手の甲で涙を拭い、力強く「うん」と言った。
もちろん、本当は逆だ。スノウを残したのは、ロッティたちを守ってもらうためだ。僕よりかしこいし、不思議な魔法も使えるからね。
「それじゃあ行ってくるよ。頼んだよ」
「にゃあ」
「ちがうでしょ!」
ぺし。ロッティがスノウの頭を平手で叩いた。
あまりの衝撃に僕はその場で固まってしまった。
「ごえいさんはロッティにたのんだの。アンタはへんじしちゃだめ」
ぺしぺしぺし。何回もスノウの背中やお尻を平手打ちにする。まるで子供のお尻を引っぱたくお母さんみたいに。
「ダメだよ!」
あわててロッティの手を止め、スノウの頭を優しく撫でてあげる。軽く、とはいえ、スノウを叩くだなんて。無邪気というのは、恐ろしい。全く悪夢を見ているかのようだ。
スノウは引っ掻きも暴れもせず、ロッティの胸にしがみついたまま、じろりと僕を恨めしげににらんでいる。
ゴメン。すぐに戻って来るからね。それまで辛抱していてね。
心の中で謝って僕は改めて森へと向かった。
大丈夫かな。なんだか、僕の方が不安になってきた。
遅れてすみません。私用が重なった上に、書き溜めもなくなったので……。
なるべく定期的な更新をしていきたいと思いますのでどうかご容赦下さい。




