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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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四人目のリオ その14

 僕と『竜殺しの槍(アスカロン)』のリオさんの報告に、ウォーレスさんは半信半疑って感じで渋い顔をした。厄介事が持ち上がって困っている、というより厄介事が起こったと信じたくないようだ。目を覚ますべく、おじさんの石像まで案内する。


「なるほど、な」

 ウォーレスさんは、ごつい手で石像の顔をなで回す。


「足跡もあったそうだし、間違いないか。だが、逃げるのは明日にすべきだな」

「どうしてですか?」

「コカトリスは夜行性だからな。夜の森の中で野宿なんて、おそってくれと言っているようなものだ」


 足跡から察するに、コカトリスは高いところからおそってくる習性があるらしい。樹の上からおそいかかられたら防ぐのも難しいだろう。


「でしたら、一度引き返すのはどうでしょうか」


 僕の『瞬間移動(テレポート)』なら町まで一瞬で引き返せる。人数は多いけれど、回数をこなせば簡単だ。馬車なんかは置いていくことになるだろうけど、命には代えられない。


「とりあえず、一度マッカーフィールドに戻って泊まれる場所を確かめて来ます」

 僕は町の光景を思い浮かべながら虹の杖を掲げる。反応がない。


「あれ」


 おかしいな。いつもならとっくに移動しているはずなのに。


「ちょっと待って下さい、えい! えい!」


 いつもより気合いを込めて『瞬間移動(テレポート)』を使おうとしても、虹の杖はぴくりともしない。それどころか、『水流(アクア)』も『麻痺パラライズ』も使えない。どうなっているんだ?


「ムダだよ」


 リオさんがあきらめろ、と言いたげに僕の肩に手を置いた。


「『闇の霧(ダークミスト)』が出ているんだ、魔法もマジックアイテムは使えねえよ」


「ああ、これが」


 と、僕はますます濃くなってきた紫色の霧を見回した。本で読んだ事がある。『闇の霧(ダークミスト)』というのは、魔力を吸い取る霧のことだ。体に害はないけれど、魔法を使おうとすると、魔力の流れがジャマされて上手く使えなくなる。マジックアイテムもそうだ。『魔法核(マジック・コア)』の働きが悪くなって力が使えなくなるのだという。


「話には聞いていましたけれど、実際に見るのは初めてです。へえ、これがそうか」


 何故、『闇の霧(ダークミスト)』が発生するのかははっきりしていない。土壌とか土地柄が関係しているという話だけど、えらい学者さんたちが今も研究中だ。物語でも何度か読んだけれど、アップルガースには出なかった。


「のんきだな、お前は」

「好奇心旺盛と言って下さい」


 オトナになっても「知りたい」「成長したい」という気持ちを持ち続けるべきだと僕は思う。


「でしたら、どうしましょうか」


 逃げることもできない上に魔法まで使えないとは、もしかしてピンチではないだろうか。


「とりあえず今日は、ここで野営だな」


 ウォーレスさんは、宿ではなく全員で広場に野営にしようと提案した。本来なら各自宿屋に泊まる予定だったけれど、霧も濃くなって見通しも悪い。


 分散すればそれだけ守りにくくなる。広場ならおそわれてもすぐに対応出来る。昨日と同様に、交代で見張りを立てて夜を明かそうというのだ。


「てっきり、空いている宿に分かれて泊まろうって言い出すかと思っていたぜ」


 リオさんが皮肉っぽく笑う。


「そうすりゃあ、ほかの奴らがおそわれている間に自分たちは逃げられるから、な」

「ほかの魔物ならそうしただろうな」


 難癖のような物言いを、ウォーレスさんはあっさりと認めた。


「けど、相手はコカトリスだ。どこからおそって来るか、わかったもんじゃない。いきなり俺たちがおそわれても不思議じゃない。そうなった時、近くに味方がいてくれた方が助かる確率は上がる。だろう?」


 と、そこでちらりと僕を横目で見た。もしかして期待されているのだろうか。まあ、見捨てるつもりもない。尊敬出来そうにないけど、一応旅の仲間というやつだ。助け合わないと。


「けど、固まっていたらまとめて全滅って可能性もあるぜ」

 僕が賛成しようとしたところで、リオさんが反論する。


「コカトリスの『石の息吹』を忘れたわけじゃねえだろ」


 魔物図鑑によると、コカトリスもバジリスクと一緒で毒の息を吐くという。『石の息吹』と呼ばれる灰色の息を浴びると、徐々に毒が全身に回り、石に変えられてしまう。宿の奥にいたおじさんが石にされたのは、そのせいだろう。


 しかもコカトリスは『邪眼』というおそろしい目を持っている。普段は赤い目をしているのだけど、『邪眼』を使うと目の色が金色に変わる。金色に変わったコカトリスの眼を見てしまうと、やはり石に変えられてしまう。しかもこちらは一瞬で、だ。


「野営は風上にする。あとは罠を張って近付いたらすぐにわかるようにしておけばいい。『邪眼』対策にはコカトリスの目を見ないように全員に言い聞かせておくか、だな」

「一匹におそわれている間に、もう一匹におそわれたらおしまいだな」

「その心配は、おそらくないかと」


 僕の発言に二人同時に振り返った。


「さっき屋根についた足跡を確認しましたが、全部同じものでした。一口に魔物といっても個性がありますからね。この村をおそったのは、一匹だけです」


 いわゆる個体差、というやつだ。同じ魔物でも大人もいれば子供もいる。大きい奴小さい奴、力の強い奴やすばしっこい奴もいる。全部同じ種類だからとあなどっていると、痛い目を見るのだ。

 まあいい、とウォーレスさんが会話を打ち切る。


「ここで話していても仕方がないな。全員のところに戻って今後の対策を練ろう。基本方針は今言った通りだ。いいな」


 リオさんは返事をしなかった。僕は「はい」と元気に返事をしてから念のために聞いてみた。


「先程の理屈だと、僕たちが先におそわれた時は、ウォーレスさんたちが助けてくれるんですよね」

 ウォーレスさんはにやりと笑った。


「気が向いたらな」



 その後トレヴァーさんたち『竜殺しの槍(アスカロン)』や、ほかの冒険者たちと合流し、今後の方針を話し合った。二、三疑問の声が上がったものの特に反対もなく、ウォーレスさんの案で行くことになった。


 問題は、護衛対象である依頼人の方から起こった。


「ふざけるな! ここまできてまた野宿だと!」


 宿場町に来てまた野宿なのかと、反対しだしたのだ。


 特にゲイブリエルさんは声を荒らげて怒っている。ほかに依頼人の方々も怒鳴りはしないけれど、不安そうにしている。


「それが一番安全なんですよ。どうかご理解下さい」


 ウォーレスさんがなだめすかすけれど、ゲイブリエルさんは頑として言うことを聞かない。


「何のために高い金を出していると思っている! お前らはワシとワシの荷物だけを守ればいいのだ! 貧乏人のことなど知った事か」


 とうとうそんな暴言まで言い出す始末だ。


「おい、お前!」

 遠くからぼんやり話を聞いていると、急に呼びつけられた。


 言われたとおり側まで行くと、ゲイブリエルさんはと丸っこい指を顎の肉にうずめると、ためつすがめつ僕を見る。僕はツボや絵画じゃないんだけどな。


「ぱっとしない見た目だが、腕は立つからな。まあいい。非常事態だ」

 ぱっとしないは余計だよ。


「今からワシの護衛に付け。金ならあいつらの十倍は払うぞ」


 と、指さしたのはジーンさんたち親子だ。突然、指さされたせいかぴくりと体を震わせている。

 なあんだ、そんな話か。だったら答えは決まっている。


「つつしんでご辞退申し上げます」

「なら二十倍か」

「お金の問題ではありません」

 僕は首を振った。


「これはギルドが間を取り持った正式な依頼です。それをお金をくれるからと一方的に破ったのでは、僕は今後誰にも信用されなくなるでしょう」


「ならギルドなど抜けて、ワシの護衛にならぬか」

「申し訳ありませんが、そちらもお断りします」

 ぺこりと頭を下げる。


「どうも僕は、護衛というやつには向いていないようです」


 ずっと気を張っていないといけないし、スノウと猫じゃらしで遊んだり昼寝したりする時間が取れないのは、ものすごく困る。健康に悪いよ。それにゲイブリエルさんは、ずっと一緒にいて楽しい人だとは思えない。


「第一、ウォーレスさんたちがいるじゃないですか。失礼だとは思いませんか」

「お前一人にすら敵わないような連中が、か」


 ゲイブリエルさんは鼻で笑った。昨日の『城囲い』の件を言っているのだろう。


「それとこれとは話が別です。強いとか身が軽いだけで護衛は務まりません。いいですか。大切なのは『何も起こらないこと』です」


 僕はかんでふくめるような口調で言った。


「『事故の被害をなくす』のではなく『事故そのものが起きないように心がける』のが立派な冒険者というものです。ただぼーっと守っていればいいってものではありません。事前に情報を仕入れて、多少遠回りになってもより安全な道を選んだり。必要であれば、見張りを出したりして、危険や不安があれば先に取り除くんです」


 今だってそうだ。バラバラに行動するより全員ひとかたまりになった方が守りやすい。それも安全のためだ。


「利いた風な口を利くではないか」


 僕の独創的な意見にもゲイブリエルさんは納得しないようだった。


「あいつらが護衛として貴様よりも上だと?」

「いかんせん、僕は初心者なので」


 いくら腕が立とうと、ろくに仕事もしたことのないのでは、安心して任せられない。


「いいからワシをここから連れて行け! いつ怪物がおそってくるかも知れないのに野宿など真っ平だ!」

「『リムール島の魔術師たち』という物語をご存じですか」

「何の話だ?」

 ゲイブリエルさんが首をかしげる。


「大変おそろしくも面白い物語ですよ。無人島に流れ着いた十二人の魔法使いがおそろしい悪魔と戦ったり、生き残りをかけて嵐や山崩れから逃れたりしながら一人また一人と倒れていくんです。一番の見所はなんといっても、船を作って島から脱出しようとするんですが、そこに生きていた悪魔が飛んできて船を沈めようと……」


「ワシが聞きたいのは、物語のあらすじでも見所でもない! お前が、どういう意図で! そんな話を持ち出したかと聞いているのだ!」


 ここからがいいところだったのに。気を取り直して本題に入る。


「その中にデボラという女性の魔術師が出て来るんですが、流れ着いても勝手な行動ばかりするんですよ。一人で空を飛んで逃げだそうとした途端、おそろしい怪鳥に食べられて死んでしまうんです。それはもうぱくりと」


 ごくり、とのどを鳴らす音が聞こえた。


「僕がコカトリスなら。まず群れから離れたのから狙いますね。その方が安全ですから」

「そんな話でおどそうとしても……」

「武器も持っていなさそうだし、なによりぷくぷくとしておいしそうだ。さぞ、食べごたえのある石像になるんじゃないでしょうか」


 ゲイブリエルさんの顔が蒼白になる。そこに使用人たちがやってきて耳打ちする。


 僕は渋い顔になった。みんなと一緒にいれば、ほかの人がおそわれている間に逃げ切れる、と言っているのだ。みんな身勝手だなあ。


 ゲイブリエルさんは得心したらしく、僕に舌打ちをすると馬車の方に戻って行った。一応納得してくれたようだ。


「むかつく奴だな」

 隣に来ていたケネスが腹立たしげに地面を蹴る。


「きっと不安なんだよ」


 いつコカトリスにおそわれるかわからないのだ。怖くって当たり前だ。


「早いところコカトリスを倒してみんなを安心させてあげないとね」


「お前」とケネスが何か言いかけたところで、近付いてきたのはウォーレスさんだ。


「すまなかったな」

「問題ありません」


 全員で受けた護衛依頼なのだ。ゲイブリエルさんだって守れるものなら守りたい。ただ最優先はジーンさんたち親子になるけど。


「ウォーレスさんの判断は間違っていないと思います。僕も協力しますのでみんなを守りましょう。大事なのは『何も起こらないこと』です」


「もう起こっているじゃねえか。思いっきり」

 ケネス、うるさい。

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