四人目のリオ その12
昨日とはうってかわって今日は朝から曇り空だ。一雨来る前に今日の宿場まで辿り着きたい。
今日は谷を抜けて丘を越えたところにある宿場町に泊まるのだという。順調に行けば、明日の昼過ぎにはミロティーヒルに到着するはずだ。
「それにしてもヒマだなあ」
前を歩いていたケネスが腕をうんと伸ばす。
「山賊相手に大暴れできるかと思ってたのによ」
「気を抜くな」
その横を歩いていたトレヴァーさんに脇をつつかれる。
「『黒森徴税官』の奴らはいつ現れるかわかったもんじゃないからな」
「誰ですか? それ」
徴税官といえば税金を取り立てる役だけど、口振りからすると、まともな役人ではないようだ。
「この辺りに出るっていう山賊の名前だよ」
説明してくれたのは『竜殺しの槍』のリオさんだ。
「旅人やら行商の荷物をおそってはおそっては勝手に税金とか通行料と言って、荷物や金の半分を奪い取るんだよ」
「半分、ですか?」
「全部奪うとウワサが広まって誰もここを通らなくなるからだってよ。それに、獲物を見つけても二回に一回は見逃すらしい。そうやってこの街道を使う奴がいなくならないようにしている、って話だ。やり過ぎると騎士団が派遣されて山狩りされるからそれも用心しているんだろう」
「頭のいい連中ですね」
僕はすっかり感心してしまった。
「悪いさ」
リオさんがばっさりと切って捨てる。
「頭がいいならはじめっから山賊になんかなりゃしねえよ」
それもそうだ。まったく僕は頭の巡りが悪いな。
「でもそれなら……」と途中で気づいて僕は口をつぐむ。
「どうした?」
「ああ、いえ。なんでもありません」
なるべく自然な感じで言ってみた。
「ただの思い過ごしのようです」
実を言うと、昨日の夜、山賊らしき人たちが三〇人ほど近付いてきたのを思い出したのだ。すぐに動けなくして捕まえて、近くの町にある衛兵の詰め所前に置いておいた。そういえば動けなくなる前に税金がどうのこうのと言っていたような気がする。
でもそれを言えば、山賊が出たとみんなを怖がらせてしまう。被害は出ていないのだから実際には全く何も起こっていない。平穏そのものだ。
とはいえ夜中、僕の見張りが終わった後に来たので眠くってしょうがない。道を歩いていてもアクビが出てしまう。
「のんきに大あくびか」
「いい気なもんだな、英雄様はよ」
だからあっちのリオさんたちのイヤミも眠くって気にならない。
気になるのはそれ以外の視線だ。朝からたくさんの視線を感じる。どうやら昨日の人たちのようだ。僕が大金を持っている、と思って何とかして借りたいと思っているのだろう。申し訳ないけれど、僕はお金の貸し借りはしないことにしている。トラブルの元だ。ことわざにも『金はケルベロスすら仲違いさせる』とあるくらいだ。
厄介なのは、昨日よりも視線の数が増えていることだ。冒険者の人たちまで物欲しそうにちらちらと僕を見ている。見張られているみたいで落ち着かない。まるで僕が護衛されているようだ。直接話しかけてこないのは、僕の腕前を知っているからだろう。
やりづらいけれど、一度引き受けた仕事だ。なるべくなら最後までやり遂げたい。
その後も何事もなく進んだ。道を塞いでいた流木も片付けておいたし、八つ手猿の群れも追い払った。馬車には何のトラブルもなかったので予定どおりだ。僕がまたお腹の弱い奴だと思われたし、イヤミも言われたけれど、まあ平気だ。
そうこうしているうちに日も暮れかけていた。そろそろ今夜の泊まる場所に着く頃だ。早く休みたい。夕方になって変な霧も出て来た。紫がかっていて、なんだか体中にまとわりつくような感じで気持ち悪い。
「次は、グラスプールでしたっけ?」
「ああ」トレヴァーさんがうなずいた。
「森の中にある、街道沿いの宿場町だ。道の左右に何軒も宿が並んでいてな。今日はそこに泊まる」
「この大人数で、部屋は空いているでしょうか」
「町の入口に馬車を駐められる広場があるらしい」
今日も野宿か。全員泊まれるとは考えにくいし、仮に宿に空きがあったとしても依頼人であるジーンさんたちに譲らないといけない。小さい子もいるからね。
「とりあえずウチのリオが先に様子を見に行っているから、それで」
「おーい!」
森の入口から『竜殺しの槍』のリオさんが駆け足で戻って来た。表情が険しい。
「何かあったのか?」
トレヴァーさんの質問に、リオさんは少しだけ思案した様子で言った。
「どうやら、今夜は野宿せずにすみそうだぜ。どの宿も泊まり放題だ」
「そんなにガラガラだったのか?」
「ああ」リオさんは肩をすくめた。
「客どころか宿屋の従業員も誰一人いやしねえ。完全に無人なんだよ」
グラスプールにたどり着いたのは日も沈もうとする頃だった。街道沿いに宿屋が連なるようにして並んでいる。ざっと見ただけでも二十軒以上はありそうだ。
本当なら煮炊きの音や匂い、お酒を飲む人たちの乾杯の音や話し声なんかが沸き返っている頃だろう。でもどの宿も真っ暗で人の気配はない。不気味なほど静まりかえっている。その中には窓や扉を突き破ったような痕もあった。
異変を聞いたウォーレスさんの指示でとりあえずグラスプールの手前で馬車を止め、冒険者を二手に分けることになった。依頼人の護衛に半数を残し、残る半数で村の探索に当たることになった。僕は探索組に入った。ケネスとリオさんも一緒だ。ジーンさんたち親子が心配だったけれど、トレヴァーさんに気に掛けてくれるようお願いしてある。
探索組も二人一組に分かれることになった。僕はスノウを肩に乗せ、リオさんと組んで村の奥へと向かっている。
霧もますます濃くなってきたように思う。
「もしかして、『大暴走』のせいでしょうか」
「さあな」
返事をしながらリオさんが地面にカンテラを向ける。たくさんの足跡が明かりに照らされる。向かっている方向はてんでばらばらだし、足並みも乱れている。何かに追われて逃げ惑っている、という感じだ。
「やっぱり、何かにおそわれたってところか。それで町中の人間があわてて逃げ出した」
「それにしては変ですよね」
僕はカンテラを受け取ると、明かりで足跡を追いかける。
「どれも人間のものばかりで、魔物らしき足跡がないんですよ」
いくら僕でも人間と魔物の足跡を見間違えるほどうっかりしていない。それに魔物が攻めて来たのならもっと別の跡が残るはずだ。尻尾を引きずった跡とか、抜け毛とか、うんちとかおしっことか。
「だったら人間の仕業かもな」
リオさんが忌々しそうに舌打ちする。
「『黒森徴税官』ならこのくらいの宿場町、おそうくらいはワケねえよ」
「でも荷物なんかはそのままですよ」
窓から宿の中を照らすと、革のカバンも机の上に置いてあるし、高そうな服なんかもイスに掛けてある。僕がどろぼうなら手当たり次第に持っていくだろう。いや、僕はどろぼうではないけどね。
「確かにな。金にも手を付けていない、か」
『紅熊亭』という宿の中に入ったリオさんがカバンの中からお金の詰まった小袋を取り出す。
「それに『黒森徴税官』なら皆殺しにはしないでしょう」
半分だけ奪う、という聞いていた手口とは明らかに違う。第一、今頃みんな牢屋の中のはずだ。
「盗みが目的じゃあないってことは、何かしらの恨みつらみか?」
「それに、戦いがあったにしてはなきがらもありませんよ」
魔物にしろ人間にしろ、何かが町をおそったのならなきがらが残るはずだ。宿の中をのぞいてもイスがひっくり返ったり、クツが片方だけ転がっていたりと、乱れてはいる。けれどなきがらどころか、血の跡もない。
「この町でひどい目に合わされた人が仕返しのために、何らかの方法で町の人たちを連れ去った、ですか?」
口にしてみたけれど、どうもしっくり来ない。物語に出て来るような魔法の笛で操った、にしては逆に足跡が乱れすぎている。可能性としては低い、と思う。二階に上がって部屋を探ってみたけれど、なきがらも生きている人もいなかった。
「一体何があったんだろう」
どうにも手詰まりだ。考えがまとまらない。こういうときは気分転換に限る。
「そういえば、リオさん」
ちょうどいい機会なので気になっていたことを尋ねてみることにした。
「リオさんはあっちのリオさんと知り合いなんですか? 四つ星の」
「駆け出しの頃にちょっとな」
リオさんは不機嫌そうな顔をした。
「とにかく嫉妬深くてな。金でも女でも、他人の持っているものがうらやましくて仕方ねえんだ」
「ははあ」
やきもちやきなのか。
「俺がちょっといい剣を買ったら、次の日にはもっといい剣をそろえてきやがった。俺が薬草を一日に五束集めたらあいつは六束、ゴブリンを三匹倒したらむこうは五匹。俺が先に一つ星に昇格したけど、先に二つ星になったのはあいつだった」
ああ、いるよね。そういう人。物語にも出て来たよ。『スティーブ王子の七つの試練』に出て来たチャールズ王子がそうだった。隣国の王子様なんだけど、スティーブ王子を目のかたきにして、何でもかんでも張り合おうとするのだ。
「お前も気を付けろよ。あいつの側には寄りつかない方がいい。何しでかすかわかったもんじゃねえ」
「ご忠告、感謝します」
ぷりぷり怒ってばかりの欲しがり屋さんとなんて、僕も友達になりたいとは思わない。
「それで終わりか。なら今度は俺から質問だ」
と、リオさんが急に鋭い目付きになる。
「お前、コソコソ何をやっているんだ?」
「何をって、何をですか?」
「とぼけんなよ。しょっちゅう腹痛だなんだと護衛を抜け出しているだろうが。そんな言い訳がいつまでも通用すると思っているのか」
どうやら僕がすぐに姿を消すので、怪しんでいるようだ。リオさんは僕をにらみながら体をわずかに屈ませる。いざという時には飛びかかったり、反対に飛び退いたりと色々な状況に対応できるようにしている。どうやら本気のようだ。予想外の指摘にびっくりしたけれど、つとめて動揺を顔に出さず、肩をすくめる。
「僕は緊張しいなんですよ」
「それにしちゃあ、今は平気みたいだけどな」
「ケネスから薬ももらいましたから」
「もらった後にも抜け出していたけどな」
ああ言えばこう言う。理屈っぽい人だなあ。
「薬が切れちゃったみたいで。あ、さっき飲みましたからもう大丈夫ですよ」
「いいか、リオ」
と、リオさんが僕の肩に手を置く。
「お前が凄腕だってのは知っている。悪党じゃねえってのもな。だが、それと信頼できるかどうかは別だ。俺はトレヴァーの大将やケネスとは違う。お前が白状しねえってんならこっちにも考えがある」
その途端、僕の肩に置かれていたリオさんの手がぴくりと動いた。
そう思った瞬間、指の隙間から小さな刃物が飛び出した。
今日のお昼頃にもう一話投下します。




