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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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四人目のリオ その10

「参ったな」


 森の中にある樹の上で僕はため息をついた。まさか、トレヴァーさんにまで問い詰められるとは思ってもみなかったよ。


 まさか『贈り物(トリビュート)』の力で二回触って倒しました、なんて言えるわけがない。誰も僕と握手をしてくれなくなるじゃないか。


 このままスノウとどこかに消えてしまいたいのだけれど、護衛の依頼をほっぽり出すわけにもいかない。『瞬間移動テレポート』で全員運べたら楽なのだけれど、ミロティーヒルに行ったことはないし、大きな馬車を抱えて何度も短距離の『瞬間移動テレポート』をするのは危険だ。『サイドワインダー号』の時はうまくいったからいいけれど、変な場所に飛んでしまう可能性だってある。無用の危険を冒すべきではない。


 護衛の仕事が順調に進んだとしてもあと二日はみんなと一緒にいなくちゃいけないのだ。その間に「ブラックドラゴンをどうやって倒した」とか「お前の武器はどこで手に入れた?」とか質問攻めにされるかと考えるとうんざりする。


「あーあ、やだなあ」


 つい甘えたくなって腕の中のスノウに頬ずりする。お日様の匂いがする。ふわふわの毛がくすぐったい。スノウもなぐさめてくれるのか、僕に顔をすり寄せてくる。やっぱりスノウはかわいいなあ。ふへへ。


「おや?」


 至福の一時を過ごしていると、森の奥から何か大きなものが動く気配がした。


 耳を澄ませ、音のする方に顔を向ける。そいつは、獣道をかき分けながらゆっくりとこちらに向かって来ている。


 僕はスノウを肩に乗せ、猿のように木の間を跳びはねながら音の方へ近付く。

 やがて僕の眼下に現れたのは、巨大なカマキリだった。


 背丈は五フート(約八メートル)、体長は二〇フート(約三十二メートル)はあるだろう。薄緑色の体に、死神のカマのように内側に折れ曲がった両手で森をかきわけながら前進している。ぎょろりとした大きな目。今はぴったりと閉じられているけれど、背中には切れ目も見える。いざという時には翅を広げてジャンプもできるはずだ。


「『蟷螂暴君マンティスタイラント』か」


 グリゼルダさんから借りた魔物図鑑で見たことがある。森林の水辺に住んでいて、動物や魔物どころか同じ種族ですら食べてしまうという強欲な奴だ。もちろん、人間だってぺろりだ。『大暴走(スタンピード)』の後だからこの辺りには魔物は出ないはずなのに。


 たまたまタイミングよくこの辺りに流れ着いたのか、あるいは寝坊して今頃マッカーフォードに向かっているのか。


 理由はともかく、マンティスタイラントは、細身の体で木々をすり抜けるように進んでいる。あのまま進めば、宿泊地にぶち当たる。


 仕方がない。僕は剣を抜くと、ひらりと飛び降りながら剣を閃かせる。重たいものをぶん殴ったような、固い手応えが柄を通じて伝わる。


 首の付け根辺りを狙ったつもりだったが、とっさに危険を察知したのだろう。首をひねったせいで頭をぶん殴る格好になってしまった。マンティスタイラントは頭をぐらりと揺らすと、口から突き出た牙を不快な音を立てて鳴らす。一抱えもありそうな薄緑色の目玉が、僕をいびつに映し出している。


 カマのように内側に折れ曲がった腕を振り上げる。カマの刃の部分には、たくさんのトゲが生えている。とても鋭くて固そうだ。あれで刺されたら串刺しだろう。紙一重でかわすと、カマキリの手の部分に触れる。おにごっこの『贈り物(トリビュート)』だ。わりと強めに掛けたはずなのに、マンティスタイラントは死ななかった。一瞬気を失ったかのように体を横倒しにしたけれど、すぐに跳ね起きて僕にカマを振り下ろしてきた。


「だから虫は嫌いなんだ」


 気持ち悪いから、ではない。ゾンビやスライムほどではないけれど、頭の中身が単純なせいか、『贈り物(トリビュート)』が効きにくいのだ。


「ならこっちだ」


 僕は少し移動した後で足を止めて振り返る。正面から迎え撃つ格好になる。背後には大きな岩、左右には大きな木々が立ちふさがっている。マンティスタイラントは、チャンスとばかりに両手を上げ、僕を抱き抱えるように両手のカマを振り下ろした。


 その瞬間、僕は前に飛び上がる。マンティスタイラントの懐に飛び込むと、剣を上に向け、首の下から一気に貫いた。刃先が首の後ろに突き出たのを感じると横に引き抜くような形でカマキリの首を切り飛ばした。


「おっと」


 とっさにマントを引き上げ、粘っこい血しぶきがスノウにかかるのを防ぐ。キレイな毛並みが汚れたら大変だ。


 着地すると同時に大きく飛び下がる。すれ違いに首をなくしたタイラントマンティスの体が突っ伏すような格好で倒れる。首からどろりと流れて地面に水たまりを作っていた。念のために剣先でつついてみたが何の反応もなかった。完全に死んだようだ。


 もちろんスノウも無事だ。僕のマントは、『竜牙兵』のブレスだって防ぐのだ。マッカーフォードの戦いでも魔物の炎をはじき返した。タイラントマンティスの血くらいなんてことはない。


 僕はほっとして後ろの樹にもたれかかる。今日一日の疲れがどっと押し寄せてきて、僕はため息をついた。


「今日は大変だったなあ」


 道をふさいでいた岩を馬車が通る前に取り除いたり、壊れていた橋を大急ぎで修繕したり、街道近くをうろついていたオオカミを遠くに追いやったり、車輪が溝にはまって通せんぼしていた荷馬車を動かしてあげたり、山賊のねぐらに赴いて一人残らず『贈り物(トリビュート)』で気絶させてから近くの町の衛兵さんに突き出したりと大忙しだった。おかげで僕はお腹の弱い奴だと誤解を受けてしまったけれど、みんなの安全に比べたら安いものだ。


 でもそのお陰で馬車は今日は平穏無事に宿泊地まで辿り着けた。まったくトレヴァーさんの言うとおりだ。

 何事も起こらないのが一番だね。


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