四人目のリオ その9
どうしたんだろう、と声を掛けようとしたら横からたくさんの人が僕の方に集まってきた。『城囲い』の勝負が面白かったのだろう。興奮した面持ちで口々にほめてくれる。あとは賭けに勝ったからかな。見たところ集まってきているのは、僕に賭けた人たちだ。向こう側で面白くなさそうにふくれっ面をしているのは、負けた人たちだ。
「すげえな、アンタ。まるで『リオ二世』の芝居を見ているみたいだったぞ」
「ぴょんぴょん飛び跳ねるところなんて、建国王の冒険譚そのままじゃないか」
「あれは、リオール様と三騎士の決闘って感じだな」
色々な名前が出て来たけれど、実はみんな同じ人にたとえている。
正式な名前は、リオール・グレアム・スチュワート・スタンフィールド・エインズワース。かの勇者リオンの孫にして、この国の初代国王様だ。
勇者リオンは『迷宮』を攻略した後でワース王国という、小さな国を作った。同時に仲間の一人と結婚し、子供が生まれた。やがてその子供も成長し、結婚し、子供が生まれる。リオールはワース王国の第三王子として生まれた。
リオールは子供の頃から祖父の冒険話が好きだった。いつか自分も冒険の旅がしたいと願い、とうとう十二歳の時にお城を飛び出してしまった。
祖父譲りの勇気に加え、泉の女神から与えられたという『七色蝶の靴』『白梟の金冠』『奏楽の剣』を使って、あらゆる困難を乗り越えていった。
体力も剣技も祖父のリオンには及ばなかったそうだけれど、代わりに知恵を使うのが得意だった。欲深い領主をだまして大金をせしめたり、なぞなぞに答えられなければ目玉をくりぬこうとする怪物には、目の見えない振りをしてあざむいたり、毒の煙がいっぱいの『紫の谷』は、わざと魔物の体内に入り込むことで通り抜けた。頭を使って危機を乗り切る物語は、まるで自分までかしこくなったような痛快さがあった。
やがて成人したリオールはエインズ王国という大きな国にたどり着いた。エインズ王国はその時、魔神ダルクカッセル率いる悪魔の軍団に攻め込まれていた。悪魔の力はとても強く、騎士や国中の勇者たちはみんな死んでしまった。ダルクカッセルはお城を包囲すると、七つの無理難題を王様に課した。
「もし一年以内に七つの試練を成し遂げられなければ、城ごとこの国を攻め滅ぼす」
そう言い残して悪魔の軍団は去って行った。一年後にまた来ると言い残して。
困った王様は国中にお触れを出した。
「もし七つの試練に打ち勝った者にはこの国と、娘をくれてやろう」
大勢の若者が試練に挑んだけれど、誰一人試成し遂げられた者はいなかった。
けれどリオールは持ち前の冒険心と美しいお姫様のために、七つの試練を知恵と勇気で見事乗り越える。そして最後にはダルクカッセルをだまして悪魔の軍団もろとも一枚の絵画に封印する。
エインズ王国の王様になったリオールは、やがて祖国であるワース王国と一つになり、エインズワース王国の初代国王になった。
そんな偉大な人だからか、呼び方もたくさん付けられた。祖父であるリオンと続けて『リオ二世』とか『リトル・リオ』、初代国王だから『建国王』、ほかにも『賢者王』とか『悪魔だましのリオール』なんて呼び方もある。
リオンもリオールも僕にとっては遠いご先祖様になる、はずだけれど遠すぎて正直実感がわかない。僕にとってはどちらも物語の主人公だ。何より子孫だと自慢するにしても僕自身がそれにふさわしい人間にならなくては、それこそご先祖様の名誉に泥を塗ってしまう。
「それで!」
急に大きな声がした。びっくりして振り向くと、リオさんがふてくされた様子であぐらをかいていた。よく見ればウォーレスさんたちもなんとも気まずそうな顔で腕を組んだりそっぽを向いている。
「俺たちに何をさせるつもりなんだ。裸踊りでもさせようってか?」
「違います」
小さい子供もいるんだ。その前で恥ずかしい真似をさせたくないし見せたくもない。
「ちゃんと考えていますよ。ただ、さっきも言いましたが、色々準備もあるんです。そうですね、この護衛の終わりまでにはちゃんと言いますから」
「……」
きちんと説明したのにリオさんはまだ納得していないようだった。仕方がない。まだ形にはなっていないけれど、僕の意図だけでも説明しておこうかと思ったら、今度は脇から涼しげな声がした。
「気は済んだか」
話しかけてきたのはトレヴァーさんだ。
「ご覧の通りだ。こっちのリオの実力は半端じゃない。特別な杖も剣も扱うだけの、それだけの力がある」
「えらそうにしゃしゃり出てくるんじゃねえよ、三つ星」
ぺっとつばを吐いた。汚いなあ。それを見てケネスやリオさんたち『竜殺しの槍』のみんなが色めきだつ。
「お前も体験してみればわかるぜ。死ぬ思いをしてオーガの群れと戦って金貨二〇枚ってのに、こいつはその五〇倍をしれっとした顔で稼いでやがる。不公平とは思わないか?」
「思わないな」
トレヴァーさんはきっぱりと言った。
「そこのリオには、それだけの実力がある。それだけの話だ」
「一つ目巨人に、キマイラ三頭、ヒドラにグリフォン、イーヴィル・アイ、ストーン・ゴーレム、ワイバーンだぞ。冗談にも程があるだろ」
「ブラックドラゴンを倒したんだ。それくらいのことはやって当然だろ」
みんながまたどよめいた。今度はウォーレスさんたちもびっくりしている。
「いや、僕は」
「バカかお前は!」
僕が訂正するより早く、レンドハリーズのリオさんが叫んだ。
「ブラックドラゴンってあれか? この前討伐されたっていうダドフィールドの『眷属』か。いくらなんでもそんな」
「これが証拠だ」
と、トレヴァーさんが見せたのは盾だ。白い盾の真ん中にブラックドラゴンのウロコが何枚も埋め込まれている。
「そこのリオが町を出るときにくれたものだ。これだけじゃない。爪や皮もあちこちのギルドに売り渡している」
多分、ダドフィールドのギルド長から聞いたのだろう。おしゃべりだなあ。あと僕は落としたのであって、あげてはいない。
「ついでに言うと、俺の知る限りリオはずっと一人だ。どこかの有名パーティの名前を借りた形跡はどこにもない。つまりブラックドラゴンを倒したのもリオ一人ってことだ」
「いやいや、あり得ない。あり得ないって」
ただをこねるようにリオさんは何度も首を振る。
「おかしいだろ。そいつが本当にブラックドラゴンを倒したのなら三つ星どころじゃねえ。最低でも五つ星にはなっているはずだ。それに、ダドフィールドの『迷宮』に『攻略者』は不明のままだ。第一、そこのチビがどうやってブラックドラゴンを倒せるっていうんだ? ドラゴンだぞ! 生半可な剣や魔法の通じる相手じゃねえだろ!」
「そこだよ」
トレヴァーさんが我が意を得たり、とばかりにうなずく。
「俺も知りたかったんだ。状況から考えて、リオが倒して『迷宮』を攻略したのは間違いない。でも本人はそれを否定している。隠し通すつもりにしては、あちこちに売り飛ばすマネをしたりと、ちぐはぐもいいとこだ。どんな深慮遠謀なのかと何度も考えたが、どうしてもわからなかった」
すみません。何も考えていません。ただ目立ちたくなかったんです。でもお金が欲しかったから手持ちのブラックドラゴンの爪とかウロコとか売っていたんです。
「色々聞かせてくれるとありがたいんだかな、リオ」
トレヴァーさんの含みを持たせた発言に、みんなの視線が僕に集まる。何を言い出すのか、と興味深そうに注目している。
変なところに飛び火してきたな。
僕はゆっくりと立ち上がるとスノウを抱え、マジメな顔を作って言った。
「ちょっと、周りの様子を見てきます」
そして、僕は姿を消した。
今回少し短めなのでまた明日更新します。




