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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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四人目のリオ その8


 ごくり、とレンドハリーズのリオさんがのどを鳴らす。額からも汗が静かに流れる。


「何をさせるつもりだよ?」

「大した事じゃありません」

 僕はつとめて気楽な口調で言った。


「別に皆さんのお金や武器や防具をよこせ、だなんて言いませんし痛くもありませんし恥ずかしいとか不名誉な事でもありません」


「本当だな」

 幾分ほっとした様子のリオさんにむかって深々とうなずいてみせる。


「一撃で首をはねれば、何も感じるヒマはねえよな」

 ケネスが自分の首を手刀でとんとん叩きながらにやりと笑う。リオさんが目を吊り上げて警戒心をあらわにする。


 余計な事を言わないでよ。もちろん、僕はそんな物騒なマネはしない。

「結局、何をさせるつもりなんだ」


「僕が勝ったら言います。ああ、別にもったいつけている訳ではなくでですね。僕にも準備があるんです。今言ったところでおそらく皆さんにはできないと思いますので」

「……」


 どうする? とリオさんが目で仲間に合図を送る。判断に迷っているようだ。僕の剣や虹の杖は魅力的だろう。でもすでに砂時計は三分の一も落ちきっている。勝ち目の薄い勝負に挑んで、僕の提案・・を受けるのも嫌だ。そんなところだろう。


でも誰も返事をしない。ウォーレスさんも困っているようだ。


「ではハンデをあげましょう」

 このままだと夜が明けてしまう。僕から勝負を受けやすいようにしてあげよう。


 木の枝で更に小さな円を描いてその中に入る。これでもう僕は一歩も動けない。

 それと手に持っていた枝を真ん中辺りでへし折る。


「この円から出たら僕の負けで構いません。あと、僕の得物もこれで」


 一歩も動けず、武器の長さが半分になる。つまり円の外にいる限り、僕の攻撃は届かない。短すぎて先程のように手首を狙う方法も使えない。


「どうしますか?」

「……本当にいいんだな?」

 リオさんがおずおずと確認する。


「その代わり延長はなしです。砂時計をひっくり返したらそちらの反則負け。いいですね」

「そこの白猫にやらせるのもなしだぞ」


「もちろんです」

 スノウはにゃあ、と鳴いて僕のカバンの上に座る。


「トレヴァーさん、すみませんが、スノウを頼みます。僕の大切な親友なので」

 卑怯な連中だからスノウを狙うことも考えられる。


「ああ、わかった」とトレヴァーさんはスノウをかばうように前に出て来る。頼りになるなあ。

 ウォーレスさんも同意したので勝負再開が決まった。


「はいはい、今のレートは三対一で三つ星のリオが有利だ。四つ星のに賭ける奴はいないか」

「うーん、俺は三つ星の方だ」

「いやこれは、四つ星だな」


 いつのまにか賭けまでやっている。胴元は『竜殺しの槍(アスカロン)』のリオさんだ。同じ名前なので、星の数で区別しているのか。勝手に賭けの対象にしないで欲しいんだけど。まあ、みんなが喜んでいるからいいか。ケネスは不服そうな顔をしている。存外にマジメなんだな。


 どちらに賭けるか出揃ったところで『城囲い』を再開する。


 時間は残り少ない、と思ったのか初っぱなから勝負に出て来た。デズモンドさんたちは長い枝を突き出すように構えながら四人並んで突っ込んでくる。


 なるほどそう来たか。


 ものすごい騎馬突撃でも槍を構えた対騎兵パイクには弱い。間合いの外からたくさんの槍で攻撃されたら名人上手でも防ぎきれない、と物の本にも書いてあった。


 でも世の中、本に書いてある事が全て正しいとは限らない。ジェフおじさんは槍どころか、王岩蜥蜴キング・オブ・ロックサーペントの降らせた石の雨すら一発も受けずに全部叩き落とした。どしゃぶりみたいに落ちてきた石ころを一歩も動かずに、だ。


 それに比べたら木の枝四本くらい、なんてことはない。

 ほぼ同時に突いてきた木の枝を僕は飛び上がってかわす。


「もらった!」


 四人の後ろからリオさんが駆けて来た。デズモンドさんが線の間際でしゃがむ、と同時に地を蹴る。その背中を踏み台にしてリオさんが飛び上がった。宙を舞いながら木の枝を大きく振り上げ、僕の額にある目印目がけて振り下ろす。


 なるほど、と僕は感心した。


 足場が狭くなってしまったので、僕は真上にしかジャンプできない。一度飛んでしまえば、方向転換は難しい。対騎兵パイクのような突撃も僕をジャンプさせるのと同時に、リオさんを隠すための布石だったというわけか。とっさにこんな作戦を思いついて実行に移せるとは、さすがは四つ星だ。


 かつん、と半分になった木の枝でリオさんの攻撃を受け止める。防がれてもリオさんの表情に焦りはない。これも計算のうちなのだろう。このまま真下に落ちれば、体勢の崩れたところを残りの四人に叩かれる。完璧な作戦だ。


 欠点は、相手が僕だったというくらいかな。


 僕は余った片手でリオさんの持っている枝をつかむと、一気に引き寄せる。同時に体を捻って半回転させる。僕につられてリオさんの体もくるりと回る。勢いの付いたリオさんの体は円の外へと飛んでいく。持っていた枝は僕の手に移っている。これでいい。


 僕の体が真下に落ちていく。そこにはデズモンドさんたちの次の攻撃が待ち構えている。

 ソールズベリーで戦った時にも似たような展開があったけれど、あの時と違って頭の上には洗濯物を干すようなヒモはない。


 でも別のものがある。


 さくっと土をえぐる音がした。『城囲い』を見ている人たちからどよめきが起こる。


 地面に突き立てた木の枝に、僕が足一本で立っているのがよっぽど意外だったようだ。バランスを取るのは大変だけれど、物語で見た曲芸師は剣の先っぽにも平気で乗っていた。それにくらべたら木の枝くらい、なんてことはない。


「この、山猿が!」

 デズモンドさんが失礼なことを言いながら木の枝を横から払いのけようとする。僕はわずかに膝を曲げると、枝の上から飛び上がった。


 空中でデズモンドさんと目が合った。


「失敬」そう言いながら僕はその頭を踏みつける。デズモンドさんが悲鳴を上げながら尻もちをつく。頭を蹴った反動を利用して今度は真横に飛ぶ。そうして今度はお仲間さん(名前を忘れたのではなく、聞いていないだけだよ、念のため)の頭を蹴っ飛ばす。そうして四人の頭の上をウサギのように飛び跳ね、円の中に着地する。


「相手の頭を踏んではいけない、とは言われていませんので」


 念のために「反則ではないよ」と主張したつもりだけど、ウォーレスさんから反応はなかった。僕の身の軽さにびっくりしたらしく、目を丸くしている。四つ星の人までおどろかせるとは、アップルガースの山の中で走り回った甲斐があるというものだ。


「さて、もう時間がありませんよ」

 気がつけば、砂時計はもう残りわずか。再延長はなしだからこのまま行けば攻守交代になる。そうなれば間違いなく僕の勝ちだ。でもデズモンドさんも戦意を喪失したのか、座り込んだまま立ち上がる気配はない。あきらめちゃったのかな。


「何やっているんだ!」

「早く立て!」


 観客からは身勝手な応援が飛ぶ。お金が掛かっているから声も必死だ。でも誰も動く気配はない。


「ちくしょう!」

 いや、リオさんが立ち上がった。雄叫びを上げながら素手で僕に向かってくる。このままだと円の中に入ってしまう。


「えーと、そのままだと反則になるんだけど」


 攻撃側は円の内側に踏み入ってはいけないルールだ。でも僕が指摘してもリオさんは止まる気配はない。やけっぱちになっているのかな。


 それだけではない。リオさんに触発されたのか、ほかのお仲間さんたちも立ち上がってぶつかってくる。何としても僕を円の外に出したいのかと半分呆れながらも感心してしまう。反則覚悟なら今更何を言ってもムダだろう。


 リオさんが体ごとぶつかってくる。僕はつかみかかるその腕を取り、体を斜めにして力の向きを変えてやる。リオさんがつんのめった。僕の横を頭から倒れるようにしてすり抜けていく。


 続けてデズモンドさんたちが向かってきた。僕は倒れかかったリオさんの手首をつかみ、くるりと半回転させて体の向きを変えてやる。リオさんはたたらを踏みながらデズモンドさんと真正面からぶつかった。二人はもつれ合うようにして倒れ込む。


 それを見届けるより早く、後ろを振り返る。背後から残りの三人がおそってきた。お仲間さんの下に潜り込むと、立ち上がる勢いを利用して放り投げる。飛んできた仲間の体にぶつかり、後ろの二人を巻き込みながら地面に倒れた。


 しん、と静まり返る。


「さっき言いましたよね。僕はおにごっこは村一番だと。ですから、触られないようにするのは得意なんですよ」

 僕がそういうと同時に、砂時計の砂が全部落ちた。


「これで『城囲い』は終わり。僕の勝ち、ですよね」


 ウォーレスさんに確認を取る。うかつの円の外に出て、負けを宣告されてはたまらない。

「ああ」うなずきながらも夢心地のように頼りない。目の前の出来事が信じられないって感じだ。

 わっと歓声が上がる。大喜びしている人もいれば、地面を叩いて悔しがる人もいる。


「すげえな、お前」


 ケネスが駆け寄ってきた。ひどくうれしそうだ。もしかして僕の勝ちに賭けてくれていたのかな。


「そうだね。なんとかなって良かったよ」

 ここで下手にけんそんなんかすると、かえってイヤミっぽくなるのでそれなりにがんばった、と答えておく。


「『竜牙兵』の時といい、今日といい、やっぱりお前強いんだな」

「どうしたの、急に」

 ケネスにほめられると、照れくささよりも居心地の悪さを感じてしまう。


「なあ、お前さ……」

 ケネスが不意に何かを決意したような顔をする。

「もし良かったら俺たちの……」


「にゃあ」

 スノウが僕の足下にすり寄ってきた。


「やあ、スノウ。勝てたのは君のおかげだよ。ありがとう」

 愛らしくも小さな体を抱き上げると頬ずりする。かわいくてかしこくていたいけで、素敵な親友だ。


 スノウは甘えた声で鳴くと、僕の手から這い出て肩に乗る。そして背を伸ばし僕の頭の上を肉球で叩いた。


「ああ、そうか」

 まだ目印を付けたままだった。


「一本取られちゃったね」

 まったくスノウにはかなわない。『城囲い』の名人だね、いや名猫妖精か。


「えーと、それで何だっけ?」

 そういえばまだ話の途中だった。何か話しかけていたようだったけれど。


「……なんでもねえよ!」

 ケネスはふてくされたような顔をしてトレヴァーさんたちの方に行ってしまった。

 

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