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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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四人目のリオ その7

ぎりぎりになって遅れました。


 すでに僕たちの周りを冒険者や依頼人のみんなが取り囲んでいる。ご飯も食べてあとは寝るだけだから退屈なのだろう。ジーンさんとモニカさんも後ろの方から心配そうに見ている。ロッティはお母さんの腕の中でおねむだ。


 レンドハリーズのリオさんは円から少し離れた場所で木の枝を高々と構えている。

「はじめ!」

 審判であるウォーレスさんが掛け声と同時に小さな砂時計をひっくり返した。『城囲い』は始まった。


 リオさんがにやりと笑った。号令とともに人の輪の中からデズモンドさんをはじめ四人の男が出て来た。

「お前らだけで楽しそうなマネするとかありえねえよな」

「俺たちも混ぜろよ」


 四人ともウォーレスさんの仲間たちだ。みんな手に木の枝を持っている。余裕というか勝ち誇ったような笑みを浮かべながら僕の横や後ろに回り込む。


「やっぱり」

 さっきのルールでは一対一だなんて一言も言わなかった。イジメの道具に使うくらいだから、この程度の卑怯は予想済みだ。


 リオさんを含めた五人が、円の外ぎりぎりで僕を取り囲んだ。一応、そこはルールを守るつもりのようだ。正面にリオさんが立ち、後ろに二人、左右に一人ずつ。木の枝を高々と構えたり、突きの体勢に入っている。


 やあ、こいつはまずいな。

 外の円は大きいから僕が手を伸ばしても円の縁をかすめるくらいだろう。でも相手の攻撃は僕に当たる。木の枝の長さが違うのだ。


 僕と同じくらいなのはリオさんだけで、後から入ってきた人たちの木の枝は拳一つ分くらい長くなっている。これもルールには書いていなかった。


「どうした、今更泣き言か。だっせえな」

 困っているのが顔に出ていたのだろう。リオさんが吹き出す。


「言っておくが、内側の円から出たらお前の負けだからな」

 自分たちはいくらでも抜け穴を用意しているくせに、僕にはルールを守るように強いるのだからやっていられない。


「それより、もっと気になることがありまして」

「なんだ?」

「この枝、結構硬いんですよね」

 こんこん、と自分の頭を叩いてみせる。


「鎧とか手甲とか身につけるのなら今のうちにどうぞ。ケガをしても詰まりませんから」

 デズモンドさんの額に青筋が浮かぶ。

「テメエ、勝つつもりでいるのか」

「そりゃあそうでしょう。ゲームなんでしょう?」

 片方が必ず負けるようなものをゲームとは言わない。


「まあ、無理にとは言いません。僕の杖は少しくらいならケガも治せますので。なるべく痛くないところを叩くつもりなのでどうかご安心ください」

 リオさんが爆笑した。


「手加減してやるってか? お前本物のバカだな」

 失礼だな。でも僕はオトナなので聞き流してあげるよ。


「黙っているのも何なので、一ついいことを教えてあげましょう」

 僕は木の枝で地面を叩いた。

「僕はかくれんぼとおにごっこは村でも一番なんですよ」

「ほざいてろ!」

 叫び声とともにリオさんたちが木の枝を振り上げる。あっと息を呑む気配がした。


 体の奥にしみ通るような音が立て続けに鳴り響き、僕を取り囲んでいた五人はみんな、ひざまずいたり、尻もちを付いていた。


「え、あれ?」

「一体何が……」

「やられたとおもったら、え? 逆に倒している?」


 観客になっているみんなが目を白黒させている。僕が魔術か何かを使ったとでも思っているような顔だ。

 別に大したことはしていない。


 いくら相手の方が少しだけ武器が長くても、攻撃の瞬間には武器か体の一部が円の中に入る。そこを狙っただけだ。


 具体的に言えば、まず右手に枝を持ち、半身になる。正面にいたリオさんの枝を下から叩いて弾き飛ばす。勢いのついた枝を頭上で反転させて今度は上から下へと振り下ろして、右側にいる敵の手首を上からぴしりと叩く。攻撃のために体をずらしたことで、左からの振り下ろしをかわすと、木の枝を左手に持ち替える。続けてリオさんから弾き飛ばした木の枝を右手でつかみ、正面を向いたまま二本の木の枝を背後に突き出す。おなか辺りに当たった手応えを感じながら最後は左右に持った木の枝で、左側にいる人の手首を叩いた。五人は手首を押さえたりのけぞったりしてうずくまり、尻もちをついた。


「どうしました。まだ終わりじゃありませんよ」

 僕は的になる木皿には当てられていない。砂時計の砂も落ち始めたばかりだ。

「さ、続きといきましょうか」

 うばいとった木の枝をリオさんの足下に放り投げる。


「くそ、なめやがって」

 拾った枝を杖のようにして立ち上がる。目線で合図を送ると、またも僕を囲うようにして枝を振るう。またも、リオさんが正面だ。


「くたばりやがれ!」

 物騒な叫び声を上げながら僕を叩きにかかる。今度は後ろの人が身を低くして足下を狙ってきている。狙う場所をバラバラにして注意を逸らす作戦のようだ。まあ、結果は同じだけどね。


 後ろから引っかけるようにして払われた木の枝を足の裏で受け止める。そのままぐい、と踏みつけて動けなくする。と同時に僕のひざを狙ってきた左側の枝を左のつま先で蹴り上げる。半分にへし折れた枝を空中でつかむと、背中への突きを払いのけ、右からの胴払いを思い切り弾いてやる。手放すまい、とぎゅっと握っていたせいだろう。木の枝は引きずられるようにして軌道を変え、正面から僕の顔を狙っていたリオさんの攻撃を横から払い飛ばした。


 あとは体勢の崩れたところに続けてぴしりぴしりと手首や根元を叩いてやると、また五人ともうずくまったり尻もちをついた。


「まだ続けますか」

「く、くそ……」

 リオさんが手首をおさえながら悔しそうな顔をする。


 観客となった依頼人やほかの冒険者たちから歓声が上がる。

「何がどうなっているんだ。全然見えねえ」

「五人同時の攻撃を同時に防いでいる……なんて神業だ」

 同時ではないけどね。少しずつずれているし。


「おいお前ら!」

 リオさんの合図で五人が距離を取る。もしかして、と思っていたら案の定だ。手近な石ころを拾って僕に投げ始めた。


 そうそう、飛び道具もダメとは言われていないんだよね。リオさんたちは子供の石合戦のようにとにかく拾っては投げ、拾っては投げ、を繰り返している。術も作戦もない。デタラメもいいところだ。


 それにさっきの攻防でこりたせいか、距離も離れている。目線や腕の振りで飛んでくる場所もお見通しだ。これなら当たる方が難しいよ。


 といっても当たったところでたかが知れている。マントは脱いでいるけれど、胴体には地竜の皮鎧を着たままだから石ころなんか当たってもへっちゃらだ。でも顔や頭や目に当たれば危ないし、目印に当たったら僕の負けになる。なので首をひねったりしゃがんだりして石ころをかわしている。


「すげえ、前後左右から飛んでくる石を全部よけている。しかもほとんど動いていない……」

「飛んでくる石を全然見ずにかわしているぞ」

「後ろにでも目が付いているのか?」

 付いてないよ。失敬だなあ。


 そうこうしているうちに砂時計の砂ももうすぐ落ちそうだ。

「そろそろ時間切れのようですね。では攻守交代と」はいかなかった。


 リオさんが、しれっとした顔で砂時計をひっくり返したのだ。逆さまになった砂時計の砂はまた下へと流れ出す。

 審判のウォーレスさんは無言で腕を組んだままだ。


 これには僕も意表を突かれた。確かに砂時計をひっくり返してはいけない、とは言われていなかった。


「卑怯だぞ!」

「ずるい」

「恥ずかしくないのか!」

 これには観客からも非難の声が上がる。でもウォーレスさんたちはどこ吹く風だ。


「さしずめ『水精髭蛙(ヴォジャノーイ)』に大雨』ってところかな」


「てめえら、ふざけやがって!」

 怒ったケネスが飛び出そうとして、トレヴァーさんたちに止められている。


 リオさんたちは時間が増えて安心したのか、河原の方まで石ころを取りに行く。

 砂時計がまた半分くらいまで落ちた頃には両手いっぱいの石ころを抱えてまた僕に投げ付けて来る。

 僕はどなったりはしないけれど、やっぱり腹は立つ。だから仕返しすることにした。


「えい!」


 それまでかわしてばかりだった石ころを木の枝で打ち返した。カン、と小気味良い音がした。

 赤ちゃんの握りこぶしくらいの石が、一直線に飛んでいってデズモンドさんの二の腕に当たる。野太い悲鳴を上げて抱えていた石を取り落とす。足下が石ころでいっぱいになった。


「それっ!」

 続けて後ろや左右から飛んでくる石を打ち返す。百発百中とはいかなかったけれど、僕の打った石は、リオさんたちの体や足や腕に当たった。


 休憩中で鎧を脱いでいたせいで、体に直接当たってしまった。みんな痛そうに顔をしかめている。かわいそうだけれど、自業自得とあきらめてもらうほかはない。


 観客も笑ったり、感心したり、歓声を上げたり盛り上がっている。


 また砂時計の砂が全部落ちきる頃だ。またひっくり返すのかと思っていたけれど、リオさんは駆け寄ろうとした足を止めて僕と見比べている。このまま延長しても勝ち目が薄い、と踏んでいるのだろう。でも攻守交代となれば勝ち目はもっとない。有り体に言えば間違いなく僕が勝つ。『城囲い』は防御側がものすごく不利なように作られているからだ。


 リオさんに出来るとしたらもっとひどい反則をするか、適当にごまかして勝負そのものをなかったことにするくらいだろう。


 でも、それじゃあ困るんだよね。

「スノウ」

 僕が目線で合図を送ると、かしこいスノウは全てを悟ってくれた。小さい歩幅で砂時計に駆け寄ると、肉球でぺしっと叩いて砂時計をひっくり返した。


 上にたまった砂がまた静かに落ち出す。観客からあっという声が出た。


「どういうつもりだ?」

 リオさんがいぶかしげな声を出す。このまま行けば僕の勝ちは明らかなのに、結果を引き延ばす意図が読めないのだろう。

 もちろん僕にはちゃんと目的がある。


「少し、レートを上げようと思いまして」

「何だと?」

「もし僕がこの勝負に負けたら僕の剣と杖を差し上げます」


 観客がどよめく。僕の剣と、『虹の杖』がすごいのはさっきリオさんが説明してくれたとおりだ。どちらもお金には換えられない。

 その代わり、と僕はにやりと笑った。


「僕が勝ったら、僕の言うことを二つ、聞いてもらいます」


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