四人目のリオ その6
「簡単に取られるようじゃあ、斥候失格だな、え。リオ君よ」
レンドハリーズのリオさんは組合証を扇みたいに振りながら嫌味っぽく言った。
「お前ら、このチビと仲良しみたいだな」
と、今度は組合証で棒みたいに僕の方を指す。それ僕のなんだけど。
「それがどうした?」
「このチビが一体どうやって、あれだけの戦果を上げたのか気になってよ。お前ら、何か知っているかと思ってな」
「何の話だ?」
「知らないのか、このチビはな、マッカーフォードで大白金貨一枚を稼いだんだよ」
みんなが一斉にざわめく。
「大白金貨……ってことは金貨千枚?」
「なんだ、その大金……」
「そんな金があれば」
トレヴァーさんたちだけではなく、ほかの冒険者や護衛依頼の人たちまで顔を見合わせている。
「その顔を見ると、てめえらも心当たりがねえってか。使えねえな」
手前勝手な文句を言った。失礼な人だな。
「けどまあ、だいたいのところはわかった。そのボウズの強さはそれだな」
勝ち誇った顔で指さしたのは、虹の杖だ。
「聞いたぜ。その杖、マジックアイテムなんだろ。しかもイカズチを出したり、『瞬間移動』したり、傷を治したりといくつも力があるって話じゃねえか。それだけじゃねえ。テメエが腰に吊しているその剣、そいつもかなりの業物みたいじゃねえか。ロックゴーレムの頭をかち割ったってのもそれなら納得だ」
どうやら僕が活躍できたのは、ランダルおじさんが作ってくれた剣と、虹の杖のおかげだと言いたいらしい。
「まあ、そうですね」
僕は素直に認めた。虹の杖がなければ、あちこち飛び回ることもできなかったし、一度にたくさんの魔物をしびれさせることもできなかった。ケガをした人たちの治療もできなかった。剣もそうだ。もし普通の鉄の剣ならとっくに刃こぼれするか、へし折れるかして、使い物にならなくなっていただろう。
「ちょっと見せてみろよ。そっちの剣もだ」
「いいですよ」
僕は虹の杖と剣を差し出す。
リオさんは剣を抜き、ためつすがめつ見ると口笛を吹いた。
「大層なシロモノじゃねえか。どこで手に入れた? ぬすんだか? それとも、アップルガースの連中から奪ったのか」
どうやら村長さんたち『災厄砕き』のこともご存じのようだ。
「だからどうだって言うんだ」
もらった、と言おうとしたところで会話に入ってきたのは、『竜殺しの槍』のリオさんだ。ぎろりと、怖い目でにらみつける。
「まさか、こいつの剣と杖をよこせなんて言わねえよな。星が上だからってそんな権利はねえぞ」
「分不相応って話だよ」
震え上がってしまいそうな視線にも、レンドハリーズのリオさんはどこ吹く風だ。
「いくらすげえアイテムだろうと、使う奴の腕がへぼじゃあ、ろくでもねえ。もっと強い奴が使えばもっとでかい成果を上げられる。違うか?」
「でしょうね」
「おい!」
僕が同意したとたん、ケネスが僕の肩を揺さぶる。
「何認めているんだよ。こいつら、お前の腕がへぼだって言っているんだぞ。お前の剣と杖をよこせって言っているんだぞ」
「言ってないよ」
僕はつとめて冷静な声を作る。
「いい道具は、腕のいい人が使えばもっといい仕事ができる。あっちのリオさんはそう言ったんだ。別に僕の腕がどうとか、よこせとか、一言も言っていない」
当たり前の話だから僕も認めた。それだけの話だ。
「皮肉だよ! 遠回しに言っているんだよ! 気づけよ!」
「剣も杖も、僕の物だよ」
僕はきっぱりと言った。
「あっちのリオさんが何と言おうと、他人の物になるわけじゃない」
「だったら、試してみようじゃねえか」
今にも舌なめずりでもしそうな顔で言った。
「お前がこのすげえ武器を持つにふさわしいかどうか」
「お断りします」
僕は首を振った。
「それをあなたに決められるいわれはありません」
「まあ、待ってくれ」
また別の人が会話に加わった。
入ってきたのは、ウォーレスさんだ。
前に進み出ると、まず自分のパーティメンバーであるリオさんに近づき、その頭を後ろからワシのようにつかんだ。そして、僕の前まで引っ張ってくると、ムリヤリって感じで頭を下げさせた。リオさんがイタイイタイと悲鳴を上げるが、ウォーレスさんはしれっとした顔で無視している。
「すまなかった。こいつの無礼は謝罪する。俺からも詫びよう。すまなかった」
「いえ」
急にあやまられて、僕はとまどってしまう。
「お前が先の『大暴走』で活躍したのはギルドも認めている。それに異議を唱えるのは、ギルドへの反乱と見なされても仕方がない」
「はあ」
「しかしだ」
とウォーレスさんはあごに手を当て、訳知り顔で首をひねる。
「俺たちは今、同じ依頼を受けている。一時とはいえ、パーティの仲間でもあるわけだ。もし、魔物や盗賊におそわれたら協力して戦わなくてはいけない。その実力を知っておくことは、必要だとは思わないか?」
「はあ」
「もちろん、本気でやりあおうなんて言わない。ケガでもしたらつまらないからな。そこで、ちょっとしたゲームをしようと思うんだ」
そこでウォーレスさんはにやりと笑った。
「『城囲い』って知っているか?」
「初耳です」
ウォーレスさんがルールを説明してくれた。攻撃と防御に分かれて、的を狙ったり守ったりして遊ぶゲームだそうだ。まず防御側が的(何でもいいらしい)を身につける。それから地面に円を二重に描き、内側の円に入る。そこから出たり、的に攻撃を当てられたら負けになる。
攻撃側は円の外側から攻撃を仕掛ける。円の中に入ったり時間内に防御側を倒せなかったら負け、だそうだ。決着が付かなかった場合は攻守逆転して勝つまで続ける、という。
時間は砂時計で計る。砂が落ちきったら攻撃終了、だ。
「普通は木剣を使うんだが、今回はこいつで行こうか」
と、差し出してきたのは木の枝だ。あちらのリオさんも持っている。太さも長さも同じくらいだ。軽いので当たってもそう痛くない。
「相手はウォーレスさんですか?」
「いや、今回はウチのリオで行く、それでいいな」
ああ、とリオさんが自信ありげにうなずいた。
「では攻撃と防御を決めようか」
ウォーレスさんがすっと握り拳を突き出してきた。握ったところから二本の草が伸びている。クジの代わりのようだ。
「長い方が攻撃。短い方が防御だ」
「僕が防御でいいですよ」
「いいのか?」
「僕は初心者なので、まずは様子を見ようかと」
そうか、と言ってウォーレスさんは地面に円を描いた。額に的となる木皿を乗せ、ハチマキで縛る。
スノウを肩から降ろし、円の中に入る。見た目より小さい。動けるのは前後左右に一歩というところか。二歩だと円の外に出てしまう。リオさんは木の枝を肩に担いで不敵な笑みを浮かべる。枝の長さから察するに、円の外から振ってぎりぎり僕に当たるくらいだろう。
「それでは」
「ちょっと待て」
始めようとしたところに今度はケネスが僕を円の外に引っ張り出した。さっきからみんな割り込みばかりだ。小さい子の教育に悪いよ。
ケネスは僕をしゃがませる。僕の首根っこをつかみながら顔を近づけてくる。
「お前な、知らねえだろうけど『城囲い』っていうのは」
「わかっているよ」
僕はむくれながらケネスの腕を外した
「これはあの人たちのイジメだって言うんだろ」
さっき聞いたルールなんて穴だらけだ。いくらでもズルができる。ルールの隙を付いて僕をこてんぱんにして、赤い舌を出そうという魂胆だろう。見え見えだよ。
「だったら」
「だからだよ」
僕はちらりと依頼人の人たちを見る。
「護衛の人たちが、こんなつまらないイジメをするような人たちだなんて知ったらどうする? みんなが不安がるじゃないか」
「だからって、お前一人が耐えて全部飲み込もうってのか、ふざけん……」
「そんな殊勝な気持ちはないよ」
あの人たちに剣も杖も渡すつもりはない。イジメの犠牲になるつもりもない。イジメもさせやしない。ないないづくしだ。何も事件は起こらないし、起こさせやしない。「事故そのものが起きないように心がける」のが一流の冒険者なのだ。
「まあ見ててよ」
僕はケネスの肩を叩くと、円の内側に戻った。
「それじゃあ、始めましょうか」




