四人目のリオ その5
町を出ると、戦いの痕跡がまだ色濃く残っていた。焼け焦げた草むらや、木の折れた森、壁の周りには折れた矢が墓標のように突き刺さっている。踏み荒らされた畑には、ひづめの形にくりぬかれたニンジンが捨て置かれている。消されずに残っている血の跡もあちこちにある。
魔物のなきがらは三日の間に処分されている。集められて燃やされたり、解体場に回されて爪や牙が別の町に売りに出されるのだ。あれは大変だった。『瞬間移動』がなかったら今もそこらにゴブリンやらオークやらのなきがらが転がっていただろう。それでも、掘り返された土の臭いに混じって血の臭いはまだ残っている。それを嗅ぎ付けてか、何匹もの小バエがあちこち飛び交っている。
「ひっでえな、こりゃ」
僕の前を歩いていたケネスが呆れ半分恐れ半分って感じでつぶやく。その脇をたくさんの材木を積んだ荷馬車がマッカーフォードの町へと入っていった。その後ろには大工さんらしき人たちの馬車も続いている。もう来てくれたのか。復興はもう始まっているようだ。
大工さんたちも大変だろうけど、家を失った人たちのためにもがんばって欲しい。
僕たちは三台の馬車を左右に囲む形で歩いている。僕たちが横に付いているのは、一番前の馬車だ。僕とケネスとトレヴァーさんが右側、反対側を『竜殺しの槍』のリオさんたちが守っている。その次がウォーレスさんたちの護衛する馬車だ。
マイナさんは一番後ろの馬車に乗っている。
どの馬車もがたがたと揺れて時折、小さな悲鳴が聞こえる。魔物の大群が通って道が荒れているせいだ。
「どうだったんだ」
スノウが揺れないよう、足場を選んで歩いていると、前にいたケネスが急に振り返った。
「やっぱり、かなりやばかったのか?」
言葉足らずだけど、『大暴走』の感想を聞いているのだとわかった。
「すごかったよ。あんなにたくさんの魔物を見たのは初めてだった。正直もうダメかと思った」
「お前でもか」
「うん」
倒しても倒しても魔物は出て来るし、お城みたいなデカブツは出て来るし、町の壁は壊されるし、家を壊されたり焼かれたりと、助けを求める人もたくさんいた。死人が出なかったのは奇跡だろう。
「そう考えたら、馬車三台なら軽い方だよ」
「そうとも限らないぞ」
後ろからトレヴァーさんが会話に入ってきた。
「もしかして護衛依頼は初めてか」
「ええ、まあ」
「護衛依頼で一番いいことはなんだかわかるか?」
急に質問されて僕はとまどってしまう。
「まーた、リーダーのご高説が始まったよ」
「黙ってろ」
ケネスの茶々をぴしりとたしなめる。僕はしばらく考えてから言った。
「それはやっぱり、依頼人の安全でしょう」
お金を払って護衛を雇っているのだから守れなければ意味がない。命はもちろん、お金や荷物だとかも守り切るのがベストだろう。
「盗賊だとか魔物だとかにおそわれても無事に守り切るのが大切かと」
「五〇点だな」
思いのほかきびしい採点だった。どこがいけないのだろうか。
「一番いいのはな、『何も起こらないこと』だ」
「何も、ですか?」
「盗賊や魔物におそわれる時点ですでに被害を受けているんだ。仮に命や荷物が無事だったとしても時間はかかる。少なくとも追い払うのに使った時間がそれだけロスになる。もし荷物が腐りやすいものだったり、時間までに届けないといけない荷物だったら? 俺たちの仕事は成功でも依頼人としては大失敗だ」
「ははあ」
その考えはなかった。
「だからただぼーっとと守っていればいいってものではない。事前に情報を仕入れて、多少遠回りになってもより安全なルートを選ぶ。必要であれば、偵察を出したりして、危険や不安があれば先に取り除く。先手を打てれば時間のロスも減るだろう」
「なるほど」
僕はすっかり感心してしまった。「事故の被害をなくす」のではなく「事故そのものが起きないように心がける」のが大事だとトレヴァーさんは説いているのだ。さすがベテラン冒険者は違う。
それにひきかえ、僕ときたら、知らず知らずのうちに思い上がっていたようだ。考えたら冒険者になってまだ三ヶ月しか経っていない。まだまだ知らないことや学ぶべきこともたくさんある。
「もちろん全てが上手く行くなんてあり得ないけどな。でも限られた選択肢の中で最善を尽くすのも護衛の……ひいては冒険者の仕事だ」
「勉強になります」
僕は何度もうなずいた。気がつくと虹の杖を握りしめていた。
その日、馬車には何事もなく今日の宿泊地に到着した。山を越えた街道沿いの河原だ。旅人がよく利用しているらしくて雑草も少なく、かまどを作ったような跡もある。川幅も大きい分、川底も足首ほどまでしかないのでおぼれる心配もない。
ほっとした空気が流れる。特に依頼人の人たちはぐったりと疲れ切っていた。馬車での旅に慣れていない人もいるし、いつ盗賊や魔物におそわれるか、と緊張していたせいだろう。
「大丈夫ですか」
「え、ええ」
僕が声を掛けると、ジーンさんが疲れ切った顔で答えた。モニカさんも同じようだ。
「ロッティはどうだい?」
「つまんない」
うつむきながら頬を膨らませる。むくれてしまったようだ。
「はいこれ」と小さなビンを差し出す。「あめ玉だよ」
「ほしい」とビンの中から黄色いあめ玉を口の中に入れる。
「おいしい」
「もうすぐ夕飯だから一個だけにしてね」
小さい子がお菓子を頬張る姿は見ていて楽しい。
「すみません」ジーンさんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ、お気になさらず。たまたまカバンの中に入っていたものですから」
もちろん僕が食べようと思って買ったものだけれど、問題ない。子供はお菓子を食べるものだからね。
何かあれば知らせて下さい、と言い残して僕はトレヴァーさんたちのところに戻って来た。
馬車の横で、石を組んでかまどを作っている。すでに火をおこして何やら煮込んでいる。
覗き込めば、浅い鍋に切った野菜や水で戻した干し肉を入れているようだ。
「こっち来いよ」
ケネスが手招きして輪の中に入れてくれた。
「腹具合はもういいのか?」
「ん、ああ、そうだね。大分よくなったよ」
休憩中や街道を歩いている時に、用足しと言って馬車から遅れたり離れたりしたので、それを気にしてくれているのだろう。
「どうも薬が効いたみたいだね」
昼間の休憩には腹下しに効くという、粉薬までくれた。
「食えるか?」
「うん」
僕にもわけてくれたのでありがたくいただく事にする。スノウには僕から特製の鶏肉を木皿に置いてあげる。
せっかくなのでいただく。ごった煮だ。上品とはほど遠いけれど、ていねいに作ったものとは別の味がある。野趣、というやつだろうか。
「今日はどうだった」
向かいに座っていたトレヴァーさんが尋ねてきた。
「ええ、大変参考になりました」
「リーダーの言う事を真に受けるなよ。この人、自分が学があるからって時々高尚なこと言うんだ」
ケネスが冷やかすように言った。
「なんたって王家直属の騎士様だからな」
「言うんじゃない!」
トレヴァーさんはケネスの耳を引っ張った。それから僕の方を見て、気まずそうに頭をかいた。
「まあ、あれだ。家名は言えないが、一応実家は代々騎士の出でな。三男坊で、跡目を継ぐ目はない」
どうりで礼儀ただしいし、博識なわけだ。そういえば剣術も村長さんにちょっと似ているような気がする。
「それで冒険者に?」
「まあな」自嘲気味に笑った。「とはいえまだ三つ星で、壁を越えるのもいつになることやら」
「壁ってなんですか?」
「ああ、知らないのか」
ケネスが呆れ気味に言った。
「四つ星から上に行こうと思うと、難易度すっげえ高くなるんだよ」
星なしから三つ星までは、ギルド長の才覚と判断に任されている。極端な話、各ギルド長に気に入られさえすれば三つ星まで昇進することもできる。大した功績はなくても長く同じギルドでがんばってきた人にお情けで三つ星が与えられることもあるそうだ。けれど四つ星以上となると、そうはいかない。
「四つ星に上がるためには三人、五つ星には五人のギルド長から推薦状をもらわないといけないんだよ」
一人だけならワイロを渡すなりゴマをするなりして、三つ星にはしてもらえるだろう。でも三人となるとお金も掛かるし、不正がばれる可能性も高くなる。一つの町だけではなく最低でも三つの町で相応しいと認められるだけの活躍をしないといけない。不正防止と、本当に実力のある冒険者を選び出すための評価方法だそうだ。
そういえばオトゥールの町のギルド長だったイザベラも『壁』がどうとか言っていたな。あれはこのことだったのか。
「だから四つ星以上が本当の冒険者だって言うやつもいる」
「それじゃあ、あの人たちすごいんですね」
と、僕はウォーレスさんたちの方を見る。やはり自分たちで作ったかまどで料理をしていた。どこからか取り出した鉄板で肉や野菜を焼いている。おいしそうな匂いがこっちまで届いてくる。塩だけではなく、コショウとか香辛料も使っているようだ。食べている最中だというのにもうお腹が空いてきそうだ。
「気を付けろよ」と声を潜めながら言ったのはリオさんだ。
「あいつらお前を憎らしそうににらんでいたぜ」
「はて」
恨まれる覚えなんてないんだけれど。
「お前、出発の時に馬車の乗り方でウォーレスにケチを付けただろ」
「あんなのは、ケチなんていいませんよ」
ただの意見だ。
もしかして冒険者ギルドの一件だろうか。でもあれだって別にあっちのリオさんをおとしめるつもりなんてなかった。
きちんと話せばわかってくれる、はずだ。
「お前のんびりしてっからな。のんきにしているとそのうち足下すくわれるぞ」
のんびりは余計だよ、ケネス。
「それよりお前どこまで行ったんだ。もう星くらいは……」
僕の組合証を手に取りながらケネスが固まった。
「もう三つ星まで行ったのか……」
と、つぶやきながら自分の組合証をちらりと見る。二つ星だ。
いつの間にか追い抜かしていたらしい。
「本当に」
「どれどれ」
みんなが僕の組合証を取り合いっこする。
「俺にも見せろよ」
リオさんの手から組合証を抜き取るようにして引ったくったのは、リオさんだ。正確に言えば、見ていたのが『竜殺しの槍』のリオさんで、引ったくったのがレンドハリーズのリオさんだ。ややこしいな、もう。




