四人目のリオ その3
道すがらリオさんが冒険の話を聞かせてくれた。
リオさんが冒険者になったのは僕と同じ十五歳の頃。貧しい農家に生まれて、食べるのに困って家を出たのだそうだ。でも戦い方も何も知らなくって、一年くらいは一人で雑用とか薬草摘みなんかをこつこつやっていた。それから二、三回ほかの冒険者と組んでパーティに入ったりもしたけれど、解散したり、ケンカ別れしたりでなかなか上には進めなかった。
でも四年前にトレヴァーさんのパーティ『竜殺しの槍』に入ってからは、めきめき剣の腕も上がって、今では三つ星まで昇格した。
「へえ」
トレヴァーさんのパーティって『竜殺しの槍』っていうのか。知らなかった。でもカッコイイ。
「一応、パーティでは斥候役ってところだな」
リオさんの告白に、僕の心臓が跳ね上がる。
「罠を解除したり、敵の様子を探ってきたり。魔物の巣に忍び込んだ時は生きた心地がしなかったぜ」
愉快そうに笑う。でも僕はそれより気になっていることがあった。
「リオさんは、盗賊……ではないんですよね」
「違う違う」
リオさんは笑って否定した。
「よく言われるけどな。盗賊と斥候は別物だ」
リオさんによると、昔はどろぼうや盗賊出身の斥候が多かったという。だから斥候=盗賊という思い込みが昔からあって、時には斥候というだけでどろぼう扱いされることもある、そうだ。
「大変失礼しました。全く申し訳ございません」
僕は幾重にもお詫びした。軽率な自分が恥ずかしかった。どろぼう呼ばわりされるのが大嫌いなくせに、他人をどろぼうと疑うだなんて、最低だ。
「いいって。よくあることだ。ほれ、頭を上げてくれ」
僕のへまをリオさんは笑って許してくれた。いい人だなあ。
連れて来られたのは、東門の内側にある馬車の発着場だった。東から来たたくさんの馬車が駐まっている。
その一台、幌の掛かっていない荷馬車の上にトレヴァーさんがいた。ひげは剃っているようだけれど短い赤毛に日焼けした肌、年齢以上に貫禄のある風貌は出会った頃のままだ。ただ以前と違って鋼鉄の鎧の胸の辺りに小さくて黒いウロコのようなものを貼り付けている。
「リオ」
トレヴァーさんが馬車から飛び降りると、駆け寄ってきた。
「お前、こんなところにいたのか。あれから何をしていたんだ」
そういえば、ダドフィールドからは逃げるように出て来てしまったんだった。
「どうもその節は、すみませんでした」
理由はどうあれ、迷惑を掛けたのは事実なので素直に謝っておく。
「あれから今までどうしていたんだ?」
「まあ、色々と」
事情があって話せない話が多すぎる。
「皆さんは、この町の応援に来られたんですよね」
「けど、もう解決してしまったようだしな。次の町に行こうと思っている。依頼も出ないだろうしな」
『大暴走』が終わると、その反動で魔物はしばらくの間ほとんど出て来なくなる。事実、ギルドに貼られている依頼票は、後片付けの手伝いとか、輸送の護衛とかそんなのばかりだった。
魔物退治は冒険者の大きな仕事だ。トレヴァーさんたちも『迷宮』に入るくらいだから腕に覚えがあるのだろう。
「お前はどうするんだ?」
「僕も町を出ようと思っています」
さっきみたいなのが続くようでは、おちおち町も歩けない。「うちのパーティに来ないか」という勧誘を断るのもそろそろ疲れてきた。領主様も僕が近くにいない方がいいだろう。
「どこにいくんだ?」
「特に決めていません」
「なら一緒に来るか」
意外な申し出に僕は面食らってしまった。
「次は、ここから西にあるミロティーヒルの町に行こうと思っているんだが、そっちはなかなかの難所でな。人手は多い方がいい」
ここからミロティーヒルまで歩いて三日くらいだという。一応街道が通っているのだけれど、魔物がたくさん出る上に、狭い道や崖の側を通るような危険な場所もある。しかも近くの森に山賊の根城があって、しょっちゅう旅人からお金や荷物を奪い取っているらしい。『大暴走』の後だから魔物は出ないだろうけど、危険な道や山賊はなくならない。
「いいですよ」
どうせあてのない旅なのだ。たまには、のんびり行くのもいいだろう。
「それじゃあ出発は明日の朝、ここで落ち合おう」
「わかりました」
ちょうどいい。僕にも色々準備がある。
「では、僕はこれで」
「ちょっと待て」
トレヴァーさんから焦ったように呼び止められた。
「そっちはギルドじゃないだろ。依頼は探していかないのか?」
「何の依頼ですか」
僕が目をぱちくりさせていると、トレヴァーさんが信じられないって感じで伸ばしていた手を止める。
「もしかして、今までずっとそうやってきたのか?」
「おっしゃっている意味がわかりません」
何を言いたいのだろう。考えてもさっぱりだ。
「次の町に行く時は、そっち方面の護衛依頼を受けるものなんだよ」
見かねた様子でリオさんが助け船を出してくれた。
「そうすれば、移動と仕事が両方こなせる。歩いて三日も四日もかかる距離をただ歩くだけじゃあもったいないだろ」
「はあ」
冒険者の知恵なのだろうか。なるほど、確かに合理的だろう。ことわざでいうところの『巨人の投げた石は人も家も押し潰す』というやつだ。
でも僕の性分には合いそうもない。寝心地の良さそうな木陰を見つけても、スノウと一緒にお昼寝ができなくなってしまう。冒険者にも色々あって、一つの町を拠点に何年もいる人もいれば、僕のように三日から十日くらいで次の町へ向かう人もいる。トレヴァーさんたちはその中間というところだろうか。
そう考えるとトレヴァーさんたちとは、あまり長くはいられないかも知れないな。
「それじゃあ行くぞ」
返事も待たず、リオさんは僕の手を引っ張った。こうして僕は冒険者ギルドに舞い戻ることになった。
掲示板を見ると、護衛の依頼がたくさん張り出されていた。町から出る人も大勢いるようだ。『大暴走』のせいだろう。
幸い、死んだ人はいないけれど建物に被害もたくさん出た。家を壊された人もいる。そう考えると、手放しには喜べない。
気持ちを切り替え、ミロティーヒル方面への護衛依頼の中から適当に取って受付に渡した。
トレヴァーさんが本当にそれでいいのかって顔をしていたけれど、問題はない。
そういえば、護衛依頼を受けるのはこれが初めてだ。
「どうだ、メシでも食べていくか」
ギルドを出るとトレヴァーさんに誘われたけれど、僕は首を振った。
「せっかくですが、親友を待たせていますので」
この町に来てからスノウとはろくに遊んでいない。戦いの夜も忙しくって、ろくに会いに行けなかった。せめて最後の夜くらい、一緒にご飯を食べてからベッドの上でゴロゴロしたい。
「仲間がいるのか」
何故かトレヴァーさんがびっくりしていた。
「親友です」
「一人だけか」
「はい」
スノウがたくさんいたらうれしいけれど、誰を先にかわいがったらいいか悩んでしまう。僕の耳が穴だらけになりそうだ。
「では、僕はこれで」
手を振ってその場を立ち去る。少し歩いたところで、僕は背後からの視線に気づいた。
「ん?」
振り返る。それらしい人は見つからない。馬車の乗り場だけあってたくさんの人が行き来している。
「なーんだ、気のせいか」
僕はつとめて大きなため息をつくと、宿に向かって歩き出した。




