四人目のリオ その2
外に出るときつい臭いが鼻を突く。三日の間に火は全て消えたけれど、焦げた壁や地面にこぼれた魔物の血はまだ完全に拭い切れていない。
犠牲者が出なかったとはいえ、町の被害もかなりのものだ。復興にはまだ時間が掛かるだろう。
町の人たちの反応は様々だ。壊れた家の前で座り込んでいる人、がれきの中から家財を引っ張り出している人、大きな鍋にスープを作って商売をしている人もいる。
大通りには、荷馬車が何台も通り過ぎていく。よその町からの荷物のようだ。『大暴走』の影響で止まっていたのが届きつつあるようだ。
ギルドの前で幌のかかった馬車が止まった。馬車の中から出て来たのは、鎧を着た人たちだ。どうやら冒険者のようだ。
「やっぱり、もう終わったのか」
「存外に早かったな。町もそこまで被害は出なかったみたいだし」
「今回は短いやつだったんだろ。運が良かったんだ」
普通『大暴走』の期間は、短くて三日くらい、長ければ一ヶ月くらい続くという。今回のは魔術師に引き起こされたものだけれど、それはナイショにしてくれと領主様から頼まれている。
「どうする? 終わったのならこの町にいても仕方ないだろ。隣町に行くか?」
「行くとしたら西か南の方だな。今回のは東側から来たらしいからな」
『大暴走』が収まると、その反動か魔物がぱったりと姿を消してしまう。再び現れるまで一ヶ月くらいはかかるという。
旅人にとってはありがたいけれど、魔物退治を商売にしている冒険者にとっては死活問題だ。
さすがに僕ではどうすることもできないので、背を向けて歩き出したところで大きな声が聞こえた。
「リオ!」
一瞬立ち止まりかけて、はっと気づいた。ああ、また別の人か。
紛らわしいな、とまた歩き出したところで今度は駆け寄ってくる気配がした。
「やっぱりリオか。久し振りだな」
息を切らせて僕の前に回り込んだのは、二十歳くらいの男性だった。かぶっていたフードを外すと、くすんだ灰色の短髪があらわになる。
全身黒っぽい姿をしている。丈の短い上着の下には、鉄板を重ねた皮鎧に手甲脚絆。でも太股とか肘や膝には目立ったものはなく、動きやすさを優先した格好のようだ。
「えーと、どちら様でしょうか」
僕の名前を知っているところを見ると、以前に出会った人のようだ。確かに見覚えがある。どこだっただろうか。
「覚えてないか。ほら、ダドフィールドでリーダーやケネスと一緒に竜牙兵と戦った」
「ああ、あの時の」
思い出した。トレヴァーさんの仲間の人だ。『迷宮』でも一緒に冒険していた。
「『大暴走』が起こったって聞いたから応援のために駆けつけたんだけど、もう収まったみたいだな」
わざわざよその町から助けに来るだなんて、まるで物語の英雄みたいだ。
「お前もこの町に来たのか? もしかして戦っていたとか」
「ええ、まあ」
隠すつもりはない、というより隠しようがないので正直に話す。
「で、どれくらい倒したんだ」
「まあ、人並み程度に」
アップルガース村のみんなならもっとたくさん倒していただろう。
「おお、アンタ」
急に横から声を掛けられた。腰の曲がったおばあさんだ。
「アンタがキマイラを倒してくれたお陰で息子の命は助かったよ。アンタは命の恩人だ」
話によると、息子さんはこの町の衛兵で、北門を守っていたそうだ。キマイラに食い殺されそうになったところを僕が疾風のように駆けつけ、そいつの首を切り落とした、らしい。
「そうでしたか」
キマイラの首を切り落としたのは覚えている。近くに何人かケガをした人がいたけれど、あの中に息子さんがいたようだ。ケガをしていたので『治癒』を掛けておいたけれど、無事で良かった。
「息子だけじゃない。館の門を開けてくれたのもアンタだそうじゃないか」
「ああ、あれですか」
魔物が町の中に入り込んだ時、町の人たちはこぞって領主様の館へと逃げ込もうとした。
領主様の館は町でも高い場所にある。それに、とても頑丈にできていて、いざという時にはお城や砦の代わりにもなるそうなので、逃げ込むにはちょうどいい。
ところが門番さんが魔物が入ってくるのを恐れて、門を開けようとしなかった。そのせいで、門の前は大勢の人でごった返していた。前の方にいた人は門と後ろから来る人に挟まれて、ぺしゃんこになりそうだった。
なので僕は塀を跳び越えて館に入り、門番さんに眠っていただき、中からカンヌキを外して町の人たちを入れてあげた。館の中は広かったので、町の人たちもみんな入ることが出来た。
「アンタは命の恩人だよ……」
「いえ、そんな。お礼なんて」
「あ、そこにいるのは!」
手を取って涙ぐむおばあさんに弱っていると、今度は腕に包帯を巻いたおじさんが走り寄ってきた。
「アンタがケガを治してくれたおかげて、命拾いしたんだ」
「俺は、ガレキに押し潰されそうなところを助けてもらった」
「わたしは、赤ん坊を見つけてくれたのよ」
声に反応してか、大勢の人が僕を取り囲んでお礼を言い始めた。
「えーと、いや、まいったな」
感謝されるのはうれしいけれど、神様みたいにおがまれるのは得意じゃない。
「それに引き換え、あのクソ領主ときたら自分の事ばかりでろくに助けもしやしない」
「まったく、この子がいなかったら私らはどうなっていたことか」
「あの、ちょっと」
まずい雰囲気になってきたので、止めようとすると、横からぐいと手を引かれた。
「とりあえず、来いよ」
僕の手を取ったのはお仲間さんだった。
「リーダーもケネスもお前に会いたがっていたぞ」
いいともダメとも言うヒマもなく引っ張られていく。
まあいいか。あのままだと僕にお祈りでも捧げそうだった。それに僕もトレヴァーさんたちにまた会いたいと思っていた。
「そういえば、お名前は?」
よく考えたら僕はこの人の名前を知らない。
「そういえば名乗ってなかったな」
お仲間さんは振り返りながら言った。
「俺も『リオ』っていうんだ」
僕が目を丸くしたのを見て、してやったりと言いたげな笑顔を作る。
「早く行こうぜ、リオ」




