四人目のリオ その1
更新再開します。
今回からまた新たな冒険の始まりです。
第十二話 四人目のリオ
マッカーフォードの冒険者ギルドは鍋でもひっくり返したような騒ぎだった。大勢の人たちが押しかけて、建物の中は今日もいっぱいだ。頭や腕に包帯を巻いている人もいれば、折れた剣や壊れた盾を名残惜しそうに撫でている人もいる。
カウンターでは職員さんたちが冒険者の名前を呼んでいるが、人混みの奥から手を上げながら前に進み出るものだから、ますます混雑や声はひどくなる。中にはケンカを始める人もいる。まだ興奮が残っているようだ。
自分の番が来たとしても無事に終わるとは限らない。
「いや、ちょっと待って。なんで俺が金貨五枚なんだよ」
「内訳についてはご説明したとおりです」
「冗談じゃない。これなら普通に戦って魔物の皮でも剥いで持ち込んだ方が、儲かるってもんだろ」
「条件は事前に申し上げたはずです」
「ふざけるな。ギルド長を出せ!」
受付の男性につかみかかろうとしたので、ほかの職員さんや仲間らしき人たちに押さえ込まれる。
そんな騒ぎをよそに、僕は隅っこで鉢に入れた黒い石を砕いて粉にしていた。すりこぎでかき混ぜながら鉢の中の石を確かめる。粉になるまで砕かないと、煙は出ない。粉にした石は、別の黄色い粉と白い粉を混ぜて小さな紙に包む。あとは日陰で乾燥させれば、『煙玉』のできあがりだ。
先日の冒険で、僕は特別な道具の作り方を教わった。ぴかりと強い光を放つ『光玉』と、もくもく黒い煙を吹き出す『煙玉』だ。
教わってからたくさん作っていたのだけれど、使い切ってしまったので、作り直しているところだ。基本的な作り方はどちらも同じだけれど、混ぜる材料が違う。間違えると、光も煙も出なかったり、出たとしても中途半端にしか出なくって、役に立たない。つい十日前に作ったばかりだというのに、もう作るはめになるとは思わなかった。
三日前、マッカーフォードの町は魔物の大群におそわれた。
魔物というのは普通、種族ごとに別々に棲んでいるものだけれど、何年かに一度、種族の垣根を越え、大群となって暴れ回ることがある。目的も理由もない。ただ暴れ回るのだ。その現象を世間では『大暴走』と呼んでいる。
星の巡りだとか、飢餓だとか、天候不順だとか、色々な説があるけれど、正確な理由ははっきりしていない。しばらくすれば元に戻るのだけれど、その途中に町や村があれば大変だ。全て踏み潰され、壊され、食われてしまう。残るのは廃墟だ。
過去にもいくつもの町が壊滅的な被害を受けた。そして今回、『大暴走』の進行方向にはマッカーフォードの町があった。七日ほど前、『大暴走』が起こったと知ったマッカーフォードの冒険者ギルドは、領主様の依頼により近隣の冒険者ギルドから応援を呼び集め、魔物の大群を迎え撃った。
激しい戦いだった。マッカーフォードは四方を高い壁に囲まれた町だったけれど、魔物はその四方全てから攻めて来た。
とうとう塀も壊され、町の中にも魔物がなだれ込んできた。踏み荒らされ、領主様の館にも迫りあわや、というところで魔物たちは暴走を止め、町を去り、元の住処に帰って行った。
「勘弁してくれよ、こっちは武器もなくして大損なんだ。サミーだって腕をやられてもう引退するしかねえんだよ。なのに、報酬が金貨三枚? なあ、あんたらそれでも人間か? これが冒険者ギルドのやり方だってのか!」
残ったのは冒険者だ。冒険者たちには、当然報酬を払わなくてはいけない。ギルドが事前に説明したのは参加報酬が金貨一枚、加えて活躍により報酬を足していくという仕組みだ。そのため魔物との戦いの間、ギルドの職員さんたちが、冒険者の戦い振りを監視していた。
騎士団でも軍目付といって戦い振りを監視する役目があるそうだ。では、活躍が正当に評価されているかといえば、そう簡単な話ではない。
冒険者としても命懸けで戦ったのだから、少しでも報酬が欲しい。なので自分の活躍を多めに申告する。でも本人にとっては大活躍でも、端から見れば大したことはない、なんて話は物語にもよくある。
その食い違いで冒険者たちが、職員さんに不平不満をぶちまける。そんな事態がたくさん起こっている。
「おかしいだろ、どうして俺の報酬が金貨三枚なんだよ。本当に見ていたのかよ」
「報告によれば、あなたの戦いは西門での防衛に当たったのみで、倒したのもゴブリンや三ツ目オオカミといった比較的」
「ふざけるなよ、オークだって倒したんだ。どこ見ているんだよ。そいつ連れて来いよ」
こんな風に報酬の受け渡しごとに揉めるからちっとも進まない。
僕の番になるのはいつになることやら。
抗議していた冒険者さんは何度説明しても納得せず、最後にはほかの冒険者たちに放り出される形で外に出された。
みんな気が立っているのだ。なので、スノウは宿でおるすばんをしてもらっている。
また例の迷信を信じる人がいたら騒ぎになってしまう。
でも、ただ待っているのは退屈だ。スノウがいれば何年だって待っていられるのに。
「えーと、次は、リオさん」
「あ、はい」
広げっぱなしの『煙玉』や『光玉』の材料を急いでカバンに放り込む。人混みをかき分け、カウンターの前に出る。
「はい、リオです。ここにいます」
「え」
職員さんがびっくりした顔をする。その向かいにいるのは、背が高くて黒い髪をした冒険者だ。二十四、五歳くらいだろうか。
「すみません。今お呼びしたのは、こちらのリオさんです。レンドハリーズ出身の」
「あ、そうでしたか。すみません」
「順番になりましたらお呼びしますので。今しばらくお待ちください」
わかりました、と僕は元の位置に戻る。壁にもたれながらため息をつく。またやってしまった。これでもう三回目だ。
旅に出るまで知らなかったのだけれど、この国には『リオ』という名前の人は多い。僕が知っているだけでも十人以上はいる。
理由は簡単。みんな昔の大英雄から名付けられたからだ。
今から数百年前、この国の東側にあった『迷宮』からたくさんの魔物があふれ出した。魔物の勢いは留まることを知らず、大勢の人が亡くなった。『大暴走』なんか比べものにならないくらいの大惨事だったそうだ。倒しても倒しても魔物は次から次へと沸いて出て来る。魔物は国境を越えて大陸全土にまで広がっていった。
食い止めるには、『迷宮』の中に入り、『迷宮核』を壊すか取り除くしかない。時の王様たちの団結して、『迷宮』に乗り込む勇者を募った。選ばれた二百人の勇者が乗り込み、生き残ったのはわずか十六名。その中でも最後の守護者である『眷属』を倒し、『迷宮核』を壊したのが勇者リオンだ。
リオンは各国からの仕官の誘いを全て断り、仲間たちと一緒に新たな国を作った。それがこのエインズワース王国の元になったとされている。
だからこの国には『リオン』とか『リオ』という名前の人がとても多い、ようなのだ。
ちぢれひげのおじいさんもつかまり立ちの赤ん坊も、吟遊詩人もコソ泥も、騎士様も農民もみんなリオだ。
思えば僕が読んでいた物語にもリオという名前の登場人物が多かった。『不死鳥の七剣士』の一人もそうだし、『黒牛城とクジラ姫』の王様や、『竜騎士武芸譚』の主人公もリオだった。いい役どころの登場人物もいれば、悪役もいる。悪の大魔王に操られた魔剣使いの名前もリオだったし、『青衣の巨人』では、復讐に燃える殺人鬼の名前がそうだった。
ややこしいけれど、僕自身はこの名前が気に入っているので不満はない。ただ、今日みたいに同じ名前の人が何人も集まると、不便だとは思う。
「ホラ見ろ、金貨二〇枚だぜ」
レンドハリーズ出身のリオさんが金貨の入った袋を受け取ると、自慢げに掲げる。
さっきから見ていると、たいていの冒険者が金貨三枚から一〇枚くらいなので、かなりもらった方だろう。
「すげえな、リオ」
「リオ、やるじゃん」
おそらく仲間なのだろう。剣士と魔法使いらしき人たちがほめそやす。
「なにせあの土砂崩れのような勢いと数だからな。西門は俺がいなかったら確実に落ちていただろうな」
ほめられて嬉しそうにリオさんが鼻の下をこする。
「まあ、あれだな。町が守れたのも俺たちの力があってこそだな。つーか、俺が町を守ったって言っても過言じゃねえよな」
「過言ですよ」
僕は言った。言わずにはいられなかった。
みんなの視線が僕に集まる。あっちのリオさんが不愉快そうに肩をいからせながら近付いてきた。
「何だお前。さっきのボウズじゃねえか」
「町を守ったのは、ここにいるみんなの力です。みんなで、みんなが町を守ったんです。あなただけの力じゃあない」
自分の活躍を誇るのは構わない。でも、ほかの人たちの功績を低く見積もった上に、自分だけが活躍したように言いふらすのはおごりというものだ。
そうだそうだ、という声が聞こえる。けれど、リオさんがにらみ付けるとぴたりと止まった。
「そういうテメエはどうなんだ。どれだけ活躍したっていうんだよ」
「まあ、そこそこに」
「はっ、ふざけやがって」
僕の組合証を引ったくるように手に取り、鼻で笑う。
「なるほど、その年で三つ星ってのは、口だけのことはあるってか。けど、残念だったな」
と、リオさんが腰から取り出した組合証は、四つ星だ。集まった冒険者の大半が二つ星か三つ星なので、四つ星というのは強い方だろう。
「お前とは腕が違うんだよ。いくら口が達者でも冒険者は実力がなけりゃどうしょうもねえ」
「僕もそう思います。でも単純な腕っ節だけが実力ではないでしょう」
冒険には色々な要素が求められる。知恵や勇気、話術、経験、装備など。腕っ節だけではどうしようもない部分はある。それを全部ひっくるめての実力だ。剣術が下手でも知恵と経験で依頼を解決出来るのなら、その人は素晴らしい冒険者だ。
「言ったよな。口ばかり達者でもどうしょうもないってな。結果を出してこその冒険者だ。頑張りました、なんてのは屁の役にも立たないんだよ」
「そうですね」
依頼人にとって大事なのは、依頼を達成してくれることだ。努力そのものを否定するつもりはないけれど、やはりお金を貰っている以上、結果が求められるのは当然だと思う。
「だったら……」
「リオさん! お待たせしました、リオさん」
カウンターから職員さんの声がした。誰も応じる人はいない。
「あなたですよ、リオさん。アップルガースのリオさん」
その途端、再びギルドの中がざわついた。アップルガースという地名に、おじさんたちの不名誉な汚名を思い出したのだろう。嫌な話だ。
「失礼、どうやら僕の番のようです」
リオさんの横を抜けてカウンターの前に立つ。
「すみません、査定が滞りまして。大変お待たせしました」
受付に立ったのは、二十歳くらいの細身の男性だ。さっき胸倉をつかまれて青い顔をしていた。
「いえ、構いません」
これだけの人数なのだから時間が掛かって当たり前だ。
「こちらがリオさんへの報酬です」
と、トレイの上に差し出されたのは、金貨一枚。
「なんだ、あれだけ大口叩いて一枚ぽっちか」
リオさんのイヤミに構わず、僕は金貨をつまみ上げる。
「あれ?」
よく見れば普通の金貨とは違う。なんというか白というか銀色っぽい。もしかして銀貨かな。でもそれにしては刻印が違う。それに普通の金貨より一回り大きい。
「リオさんへの報酬、大白金貨一枚です」
ギルドの中が大きくどよめいた。
「えーと、大白金貨というと」
「金貨の三つ上の通貨ですね」
金貨十枚で大金貨、大金貨十枚で白金貨、そして白金貨十枚で大白金貨になる。
「これ一枚で白金貨十枚分になります」
つまり金貨千枚分か。
「本当なら金貨でお支払いした方が便利なんでしょうけど、ほかの方への支払いもあって、金貨が用意できなくって、すみません」
「大丈夫ですよ」
受け取った大白金貨をカバンの中にしまい込む。
「東門での一つ目巨人に、北門でのキマイラ三頭、南門でのヒドラを始めとしてグリフォン、イーヴィル・アイ、ストーン・ゴーレム、ワイバーンなど三〇〇頭以上の討伐に、負傷者の救助に回復魔法での治療、武器弓矢の輸送に、住民の避難誘導。大活躍でしたね」
「いえ」
かくれんぼの『贈り物』で気づかれなくなればもっと楽に戦えた。でもそうなると魔物は別の人におそいかかっただろう。注意を少しでも僕に引きつけるためには、使わずに戦うしかなかった。
「活躍が町中にわたったので、確認に時間がかかって」
虹の杖の『瞬間移動』であちこち回ったせいで、四つ子か五つ子と勘違いされていたんだよね。
「本当ならもっとお渡しすべきなのでしょうけど、不確定な情報も多くて、確認が取れたのがこれだけで」
「いえ、安心しました」
どうやら『大暴走』を引き起こした魔術師を止めたことや、魔物を引き寄せていたおかしな『水晶玉』を叩き壊したことは知られていないようだ。良かった。これ以上、目立ちたくないからね。
「それと、これもどうぞ」
と、手渡されたのは二通の封筒だ。裏にはロウで印が施されている。
「四つ星と五つ星の推薦状です」
受付さんは人なつっこい笑みを浮かべた。
「うちのギルドではリオさんが昇格に相応しいと判断しました。四つ星で三通、五つ星で五通集めると昇格できます」
「はあ、どうも」
昇格するつもりはないけれど、くれるというのなら受け取っておこう。
カバンの中にしまい込み、ぺこりと一礼する。
ずっと待たされっぱなしの上に、不平不満ばかり聞かされて、僕の心は使い古された鍋敷きみたいに汚れてぺしゃんこになりそうだ。早く帰ってスノウを抱っこしたい。
リオさんが何か言いたげに口をパクパクさせている。まるで魚みたいだ。
「みんなのおかげですよ」
僕一人では、たくさんの犠牲者が出ていただろう。かばいきれなかった西門もそうだ。みんなでがんばったから町を守り切れたのだ。
リオさんからは返事がなかった。納得してもらえたようなので、僕はそのままギルドを出た。
次回はまた来週末(土曜か日曜)の更新になります。
しばらくは週一か週二の更新になるかと思います。
※町の名前がマッカーフォードとマッカーフィールドとごっちゃになっていました。
町の名前は「マッカーフォード」です。修正も完了しました。ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。




