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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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誰がための…… その17


 以前と同じような絹の白シャツに紺のベストの上から白いマントを着けている。旅姿だった。

 殿下は引ったくるように僕の手を取り、ぶんぶんと振る。


「どうして、ここに?」

 殿下は破顔した。


「シムドーラ王国より戻ってきたばかりだ。国王との会談が思いのほか上手く運んでな。予定より早く戻って来られた」


「はあ、そうですか」

 返事をしながらも僕は落ち着かなかった。心臓も激しく鳴りっぱなしで、なんだか噴火寸前の火口にいる気分だ。


「どうしてお前はここにいるのだ?」

「いえ、ちょっと、その、野暮用で」

 しどろもどろになりながらなんとか答える。汗が出て来た。


 この状況はマズイ。早く何とかしないと。心の中で焦っていると、殿下の後ろから騎士様が駆け寄ってきた。


「一体どうなされたのですか。突然、飛び出されては困ります」

「この者は?」


「以前にも話したであろう。この者がリオだ」

 騎士様たちの質問に、ウィルフレッド王子は得意げに答える。まるで自慢の馬か宝剣でも見せびらかしているみたいだ。


「王子の御前である、ものども控えよ!」

 騎士様の号令でその場にいた人たちが波打ちように膝を折っていく。

 ブレンダだけが立っていたので、ブレンダのお母さんがあわててその手を引いて座らせる。


「よい、堅苦しいのは好まぬ。みな、面を上げよ。リオ。そなたもだ。そのままでは話しにくい」

 ウィルフレッド王子がにこやかな顔で言った。


「……王子?」

 立ち上がると、となりにいるブレンダが息をのむ。僕の心臓が高鳴る。ブレンダは「あの事件」が、ウィルフレッド王子に関係していると知っている。


 その王子と僕が知り合いだと、知ってしまった。これはとても良くない事態だ。

 胸の鼓動が耳ざわりで仕方がない。まるで耳の側まで移動してきたみたいにうるさい。


 一体僕はどうなってしまっているんだ?

 そんな僕の焦りにもかかわらず、殿下と騎士様の会話は止まらない。


「この者が例の? とてもそうには見えませんが」

「まるで子供ではありませんか」

 むしろ僕の向かって欲しくない方向へとまっしぐらだ。


「あー、殿下。久し振りにお目に掛かり大変恐縮なのですが、今少々取り込み中でして」

「お前たちにはそう見えるのか」


 何とか話を中断させようとしているのに、殿下はまるで浮かれているのかのように話を続ける。


「見た目はな。だが、こう見えても剣の達人なのだぞ。それに機転も利く」


 僕はたまりかねて虹の杖を握った。強引だけれど、殿下を『瞬間移動(テレポート)』でどこか別の場所に連れて行く。どこだっていい。ブレンダに聞かれない場所なら。


 でも、肝心なときに僕はへまをした。ブレンダの顔が視界に入ってしまった。怒っているのか困っているのか、今の僕には読み取れず、そのせいで僕は間に合わなかった。


「なにせ、リオこそ『鋼のフクロウ』をたった一人で壊滅させ、首領のウォーレンを打ち倒した張本人なのだからな」


 ほんの一瞬、目の前から色が消えた気がした。


「賊どものねぐらに潜入してミルヴィナ姫を救い出し、追いすがってきた悪漢どもをたった一人で食い止めた」

 殿下の話はまだ続いている。でも僕はもう止める気にはなれなかった。


「どういうこと?」


 静かな声がした。口調こそ落ち着いてはいるけれど、穏やかではなかった。一見すると凪の海なのに、海面下では大渦となって荒れ狂っているような。そんな声だった。


 振り向きたくなかった。物語でも振り向いてしまったばかりに、失敗してしまったり大切な何かを失ってしまったりする。振り向いてしまえば、今まで守っていたものが全て壊れてしまう。わかっているのに。


 それでも僕は振り返らざるを得なかった。


「アンタが、パパを……?」

 ブレンダからはショックが抜け落ちて、溶岩のような怒りがふくれあがりつつある。


「どうしたのだ、リオ? なんだ、この娘は」

 殿下が鼻白みながら聞いてきた。せっかく気分良く話しをしていたのををさえぎられて不機嫌そうだ。


 僕はぞくりと背筋が冷たくなるのを感じた。事実を知られてしまったから、だけではない。

 目の前にはウィルフレッド王子がいる。今、『鋼のフクロウ』の名前を出せば、ブレンダもブレンダのお母さんも捕まってしまう。


 それだけは絶対にダメだ。


「殿下、急用ができましたのでこれで失礼いたします」


 僕はブレンダに歩み寄り、その手を取る。かかとを軸にして、くるりと半回転しながら放り投げる。

 たたらを踏みながら倒れ込むブレンダの体をお母さんが抱き止める。


「あ、待て」

 何か言いかけた殿下に構わず、僕はブレンダの肩に手を置き、二人と一緒に『瞬間移動(テレポート)』した。


 次の瞬間、僕たちは『太陽の荒鷲号』……シムドーラ王国行きの甲板にいた。突然現れたからだろう。近くにいた人たちをびっくりさせてしまった。


 乗客らしき女の人が悲鳴を上げたり、船員さんが掃除のモップを取り落とし、バケツの水をひっくり返した。


「ああ、失礼。僕はただの見送りですので。出港までには降りますからご心配なく」

 海賊や無賃乗船と勘違いされては困る。


 ブレンダのお母さんはまだ事態が掴めないのか、目を白黒させている。


「手荒なマネをして申し訳ありません。僕はリオ。あなたのお嬢さんをここまで連れてきました。あとはよろしくお願い致します。どうかお元気で。新しい土地に行っても娘さんと仲良くして下さい」


 ブレンダのお母さんは呆けたようにこくりとうなずいた。

 ぺこりと一礼して背を向けると、もう一度虹の杖を構える。


「待ちなさいよ!」

 振り返ると、ブレンダが拳をふるわせながら僕をにらみつけていた。


「さっきの話、どういうことよ。 アンタ何者なの? アンタがパパを殺したの? それを知ってて、アタシの護衛を引き受けたの? 何のために? 同情? 哀れみ? 何も知らないアタシをだまして、陰で笑ってたの? 説明しなさいよ!」


 とまどい、怒り、悲しみ、恨み、後悔、ブレンダの色々な感情が渦巻いて押し寄せてくる。

 これに比べたらカリュブディスなんか、かき混ぜたスープだ。

 一気にまくし立てると、力尽きたのか肩で息をしながら膝をついた。


「何とか言ってよ……」


 うつむいた顔から透明な雫がしたたり落ちる。

 今すぐ駆け寄って抱きしめたくなる気持ちをこらえながら深呼吸をすると、努めて平然と聞こえるように言った。


「話す事は何もないよ」

「なっ……」

 ブレンダが絶句する。


「君には気の毒なことをしたと思っている。でも、僕は冒険者だからね。報酬次第でたいていのことは引き受ける。君を連れて来たのも仕事だからだよ。それ以上でもそれ以下でもない」

「……」


 返事は無かった。怒りのあまり、声も出ないのかも知れない。


 僕はあえて何も言わないことにした。きっと説明しようとすれば全て言い訳になってしまう。言い訳するのは、自分が悪いと認めているからだ。それは、あの時の行動が間違っていたということになる。ミルヴィナやウィルフレッド王子が殺されたり酷い目にあっていいとは、どうしても思えなかった。でもそれを言い立てれば、今度は親分さんや『鋼のフクロウ』をおとしめてしまう。


「君の望み通りポルスウェイド島まで連れて来てあげた。報酬も受け取った。これで依頼は完了だ。その上、君もお母さんに会えた。万々歳だね。じゃあね。シムドーラ王国に行っても元気で。行こうか、スノウ」


 早口になってしまったけれど、言いたい事は言った。

 おかしいな。僕はブレンダを傷つけるつもりなんて全然ないのに。


 どうして目の前の彼女は泣いているんだろう。

 たまねかねて、くるりときびすを返し虹の杖を掲げる。


「待ちなさい!」

 ブレンダが両手を伸ばして飛びかかってきた。僕は横にかわそうとして、体勢を崩した。濡れた甲板に足を滑らせたと気づいた時には、もうブレンダは目の前にいた。かろうじて体当たりは喰らわなかったけれど、ブレンダの指先が引っかかって虹の杖を取り落としてしまった。


「逃げないでよ、この卑怯者!」

 虹の杖を押さえつけながらブレンダが喚き立てる。


「よくもパパを……アンタなんて、アンタなんて……死んじゃえばいいのよ!」

 ずんと、黒く重たいかたまりがのし掛かってきた気がした。


 その途端、不意に僕の肩が軽くなった。


「ニャアアアアアアアッ!」


 スノウが飛び降りた。そう気づいた時には、スノウは手足をぴんと伸ばし、全身の白い毛を逆立てながら恐ろしげな声を上げていた。


 小さな体に似合わない、甲高い声に気持ちがざわつく。間違いない。スノウは怒っている。それもものすごく、だ。

 目を見開き、爪を甲板に突き立てながら、うなり声を上げ続けている。


「な、なによ。アンタに何がわかるって……」

「ニャアアアアアアアアアアッ!」


 ブレンダの反論をすさまじい鳴き声がかき消した。今にも飛びかかりそうな気配だ。


「ダメだよ、スノウ!」

 スノウが僕のためにケンカするところなんて見たくない。


 僕は泣きたい気持ちをこらえながらスノウを抱え上げると、マストの陰に隠れる。

「待ちなさいよ!」

 ブレンダが追いかけてくる。


 僕はスノウを両腕に抱えながらマストにもたれかかる。

 遅れて回り込んできたブレンダと目が合い、すぐに逸らされる。


「いない……?」


 不思議そうに辺りを見回すブレンダの横を通り過ぎる。『贈り物(トリビュート)』で気づかれなくなった僕は、元いた場所に戻り、虹の杖を拾った。ブレンダはまだマストの辺りを探しながら喚き続けている。


「どこ行ったのよ! 出て来なさい! 卑怯者!」

「もう止めなさい!」

 ブレンダのお母さんが後ろから抱きすくめる。


「ほかのみなさん(・・・・)も乗っているのよ。ご迷惑でしょ。だから、ね?」

 耳元で言い聞かせるようにささやくと、ブレンダはぴたりと止まった。


 誰が誰かはわからないけれど、この船には『鋼のフクロウ』の家族も乗っているのだろう。

 騒ぎが大きくなれば、衛兵さんたちにも気づかれるかも知れない。


 ましてや、港には事件の当事者であるウィルフレッド王子もいる。

 ブレンダはだらりと両腕を垂らし、その場にしゃがみ込んだ。


「……どうしてよ」


 その声を聞きながら僕は『瞬間移動(テレポート)』で『太陽の荒鷲号』を去った。

お読みいただきありがとうございます。

次回は明日、28日に投稿の予定です。

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