誰がための…… その16
『瞬間移動』で『サイドワインダー号』に戻ると、ジルさんがまた苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
「この期に及んで、またお偉方のワガママさ」
ため息をつくと僕の手を取ってハワード様の前に連れて行く。
「どうしました?」
「どうもこうもあるか! 見ろ」
キツネさんが指さす方を見れば、僕たちから見て左前方に一隻の船が大きな帆をなびかせている。どうやらあの船もポルスウェイド島に向かっているようだ。
「あの船がどうかしましたか?」
ドクロの旗もないし、マストが二本もある。大きくて立派そうな船だ。海賊船には見えない。
「あれは、メイヤー子爵の船だ」
聞けば、ランデルローより西にあるサンドミストという町の領主様だという。
「我々は子爵の船に先んじて出航したはずなのに、何故いつの間にか追い抜かれているのだ」
「色々ありましたからねえ」
海賊船に二度もおそわれたり、岩礁にぶつかったり、そのせいでブレンダが海に落っこちたり、サメを追い払ったり、散々だった。
あちらの船にはトラブルはなかったのかな。
それに今は追い風で、向こうの方が船足も速いようだ。
「それで何を?」
「昨日と同じだ」とキツネさんが僕の虹の杖にいやらしい視線を送る。
「この船をあの船の前に瞬間移動させるのだ」
「危険ですよ」
これだけ大きな船と一緒に『瞬間移動』すれば、どうしても誤差が出てしまう。さっきだってそのつもりで飛んだ場所より上にずれてしまい、ものすごく船が揺れてしまった。
それにさっきは海賊船以外、近くに何もなかった。でも今は島の近くだけあって、大小たくさんの船が行き来している。下手をすれば船同士ぶつかってしまったり、ほかの船を沈めてしまうかもしれない。
「だが、それでは間に合わない」
僕の説明を聞いて悲鳴のようにキツネさんが叫んだ。こうして話している間にもメイヤー子爵の船は、ぐんぐんポルスウェイド島へと近付いていく。
「仕方がないなあ」
無視してもいいけどまたかんしゃくを起こされたらたまらない。行きたいと言っているのだから送ってあげればいいのだ。
「では僕の手を握って下さい」
言われるままキツネさんが僕の手を握る。反対側の手でハワード様の手を掴ませる。
何も船ごと行く必要なんてない。
「おい、まさか」
「ご明察」
にやりと笑いながら僕は、遠く島の方を見つめながら虹の杖を掲げた。
「『瞬間移動』」
着いたのは島の北側にある港だ。石を固めて作った岸壁からたくさんの桟橋が伸びていて、その脇にはたくさんの帆船が停泊している。岸壁のすぐ側にはやはり石造りの大きな倉庫が整然と並んでいる。ブレンダが潜んでいた倉庫よりはるかに大きい。しかも鉄製の門は巨人でも入れそうなくらいだ。
倉庫には荷物運びらしき日焼けした半裸の人に向かって、商人らしき人が帳面を片手に何事か指示を出している。
あ、すごい。肌の真っ白な人や真っ黒な人もいる。顔立ちから察するに外国の人だろう。
振り返れば、さっきまで乗っていた『サイドワインダー号』が水平線の辺りに浮かんでいる。こちらに到着するにはもう少し時間がかかりそうだ。
「やっぱり、ちょっとずれてしまったようですね」
港を見下ろしながら僕は頭をかいた。
「ふざけるな! 今すぐおろせ!」
倉庫の屋根の上でしゃがみながらキツネさんが叫んだ。傾斜が急なためか、滑り落ちそうになっている。四つん這いになり、両手で縁をつかみながら青い顔をしている。
ちなみにハワード様は『瞬間移動』するなり屋根から転げ落ちた。投げ出される寸前に僕が手首をつかんだので、今は屋根から宙ぶらりんになっている。
「大丈夫ですか?」
返事はなかった。気を失っているようだ。
「は、はやくしろ! 私は高いところが苦手なのだ」
キツネさんが青い顔でぶるぶるとふるえている。それは可哀想なことをした。
「捕まって下さい」
キツネさんに虹の杖の先っぽをつかんでもらうと、『瞬間移動』で下に降りる。
ハワード様はまだ気を失っているようだ。
ともあれ、ナントカって子爵よりも先にポルスウェイド島に連れて来てあげた。これで約束は果たした。
「では、僕はこれで。そうそう、忘れるところでした」
僕はカバンからお預かりしていた木箱やタルといった荷物を全て取り出し、倉庫の隅っこに置いておいた。
あやうくどろぼうになるところだった。預かったものはきちんと返さないとね。
もう少ししたらほかのご家来衆の到着するだろうから運んでもらえばいい。
気になるのはどろぼうだけれど、衛兵さんの姿もちらほら見かける。
よその国との玄関口だから警備も厳重のようだ。これなら安全だろう。
「それでは、どうもお世話になりました」
「あ、待て!」
キツネさんの制止も放っておいて、僕は『瞬間移動』で『サイドワインダー号』に戻った。
それから野暮用をあらかた済ませ、海賊船に戻って来た。
「終わったの」
見張り台の上ではブレンダがふてくされたように目を吊り上げていた。
スノウはその足下でおねむだ。
「ああごめん。待たせたね。それで、さっきの話の続きだけど」
「もういいわ」
ぷい、と顔を背けてしまった。
すねちゃったか。しまったな。
「機嫌を直してくれないかな」
精一杯なだめるような声を作って僕は言った。
「これからポルスウェイド島に行くんだからさ」
そのためにジルさんと相談して海賊船の引き継ぎも済ませた。残りの海賊たちを動けなくして、海賊船も碇を下ろして停める。あとは港の衛兵さんたちに連絡して引き取ってもらえばいい。細かい部分はお付きのご家来衆が何とかしてくれるだろう。手柄は全部ハワード様のものだからね。
「わかっているわよ」
ブレンダが僕の手を取る。僕はにっこり笑うと、片手でスノウを抱え上げて肩に乗せる。
「それじゃあ行くよ」
僕たちはポルスウェイド島上陸を果たした。僕は二回目、ブレンダは最初になる。
「それで、乗るのはどの船かな」
港にはたくさんの船が停泊している。シムドーラ王国行きの船だけでも大小合わせて十隻はあるという。
「『太陽の荒鷲号』よ」ブレンダは船を見回しながら言った。
「大きな旗が出ているはずよ」
「あ、あれかな」
見れば、南側にとても大きな船が停まっている。マストが三本もあって、たいそう立派な船だ。ナントカ子爵様の船よりも大きい。
「違うわ、ほら。あれよ。その二つ隣の船。間違いないわ」
ブレンダがたまりかねた様子で走り出した。僕も後を追う。
おおぜいの衛兵さんや騎士様、見物客らしき人だかりをかき分け、桟橋の上に出る。
見上げれば、マストの上に太陽をくわえたワシの旗がひるがえっている。
「これが、そうなのかな?」
「ええ」
僕の問いかけにもブレンダは生返事だ。落ち着きのない様子で目をきょろきょろさせて船の上を見ている。
どうやら誰かを探しているようだけれど。
「ブレンダ!」
船の上から歓声のような呼び声がした。振り返ると、女の人が船ハシゴを駆け下りてくるのが見えた。
黒髪を短く切り揃えた女性だ。母さんと同じくらいの年齢だろう。ローブにペティコートを着ている。商人だろうか。
「ママ!」
ブレンダが涙をこぼしながら女の人に抱きついた。女の人も羽根をたたむようにブレンダを抱きしめる。
「無事だったのね。よかった。ウォーレンだけでなくあなたまで失ったかと……」
ブレンダのお母さんだったのか。
「よかったね、スノウ」
「にゃあ」
色々あったけれど、こうしてブレンダがお母さんと再会できて幸せになれたのなら、苦労した甲斐があるというものだ。
「『太陽の荒鷲号』もうすぐ出航だよ」
甲板から船員さんの声が響いた。
「さ、行きましょう。早くみんなにもあなたの無事を知らせないと。トマスもシリィもあなたを心配していたわ」
「ええ」
ブレンダは目頭を拭きながら僕の方を振り返った。
「ありがとう。アンタのおかげよ」
「お礼ならいいよ。向こうに行っても元気でね」
「ええ、本当にありがとう」
ブレンダが手を伸ばした。僕はほっとしながら別れの握手をしようとした。
その時だった。
「リオ!」
名前を呼ばれて、僕の心臓は野ネズミのようにすくみあがった。
それは突然だったからでも港全体に響き渡るような大声だったからでもない。
聞き覚えのある声だったからだ。
「久し振りだな。息災であったか」
何重もの人だかりをかき分け、押しのけて現れたのは、この国の第一王子であるウィルフレッド殿下だった。
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次回は12/27(木)午前0時頃に更新の予定です。




