誰がための…… その15
ハワード様には「任せる」と言われたけれど、海賊の後始末に頭を悩ませるはめになった。
まず海賊船をどうするかだ。放っておいてはまた逃げられてしまう。ロープか何かで引っ張るには『サイドワインダー号』では力不足だし、海賊船を動かすには僕たちでは人手が足りない。
かといって『瞬間移動』でニューステッドに護送しようとしたら、今度は僕が戻ってこられなくなる。もちろんしばり首だなんて論外だ。
ジルさんとも相談した結果、僕とスノウとブレンダは海賊船に移ることになった。海賊船の規模だと、動かすには八人は必要だという。
そこで、最低限の海賊だけを解放し、海賊船の操縦をさせることにした。『海犬』のヒューゴだけはロープでぐるぐる巻きにして『サイドワインダー号』の船室に閉じ込めてある。その上『贈り物』で動けなくしてあるから、島に着くまでは何かされる不安もない。
僕とスノウは、海賊たちの見張り役だ。ブレンダもさっきあんなマネをした以上、ハワード様たちの近くにいない方がいいだろうというジルさんの判断でこちらに移ることになった。
残りの海賊たちは、海賊船の船室や船底に閉じ込めてある。武器は全部『サイドワインダー号』に移しておいたから反乱もできないだろう。
船を動かす海賊たちもおとなしく従っている。言うことを聞けば命だけは助ける、と約束してある。船長を倒されたせいか、おとなしいものだ。
ちなみに海賊船の名前は『ドッグ・キャッチャー号』というらしい。『野犬を捕まえる人』とはなんともシャレが効いている。でもやっぱり『ハッピースノウ』の方がいいかな。
僕はスノウを抱えながらマストの上の見張り台に立ちながら水平線を見つめる。
色々あったけれど、何とか上手く行きそうだ。船はまっすぐポルスウェイド島に向かっている。海風も気持ちいい。
こうしてホンモノの海賊船に乗っていると、まるで海賊トルネードになったような気分だ。海賊旗は降ろし、船内のドクロは全部外してあるけれど、荒くれ者たちを見下ろしながら海風に吹かれているとついそんな気になってくる。
今の僕は、世界中の海を股に掛ける大海賊。つばの広い海賊帽子をかぶりながら仲間に向かって号令を掛けるんだ。さあ、いくぞ野郎ども、宝島へ目指して出港だ!
「なあに笑っているのよ」
隣にいたブレンダが僕のほほをつねった。
「痛いな」
「どうせ、海賊になった夢でも見ていたんでしょ。本当、アンタって子供っぽいわね」
「誤解だよ」
内心の動揺を悟られないよう、気のないそぶりを作って言った。
「僕だって現実と物語の区別は付いている」
トルネードは格好いいけれど、それはあくまで物語だからだ。いくら悪人だからって大商人や公爵夫人の船をおそっていい法律はない。
「それに実を言うと、ドクロは好きじゃないんだ」
どうせなら猫の紋章なんかいいなあ。海賊はともかく、船乗りも悪くないかも。スノウと二人で世界中の海を旅して回るんだ。
そしたら僕の二つ名も『白猫』から『海白猫』に変更かな。
「スノウは船に付けるとしたらどんなマークがいいかな」
「ねえ」
スノウとの船に付けるマークを考えていると、ブレンダが上目遣いに話しかけてきた。
「さっきのことなんだけど」
「何の話? 僕何かしたっけ」
ブレンダが間の抜けた声を上げた。
「アンタ、記憶力ないの?」
「母さんから言われているんだ。『恩着せがましい奴は嫌われるぞ』ってね」
恩は着るものであり、むやみと着せるものではない。だから人にしてあげたことは知らんぷりしておけ。
母さんによく言われたものだ。いい言葉だ。
『そうしたら恩を受けても知らんぷりできるし、ここぞって時に恩に着せることもできるでしょ?』
その後の言葉がなかったらもっと良かった。
「……ゴメン。アタシ、頭に血が上っちゃって。昔っからそうなの」
「なんとなく想像は付くよ」
出会って三日くらいだけれど、気が短いのはイヤってくらいに感じている。
「アンタにも迷惑かけた」
「あやまるのならジルさんたちにもね」
自覚しているのならそれでいい。母さんは『チクチク人の失敗を突っつく奴は嫌われる』とも言っていた。『揚げ足はここぞと言う時に取るものだ』とも。
「わかっている」
「ならいいよ」
「アンタって本当に変わっているわね」
見張り台の手すりに背中を預けながらブレンダが微笑する。
「名誉も名声もお金も思いのままだっていうのに、全部平気な顔でぶん投げるんだから」
「価値観の違いだね」
僕にだって大切なものはある。でも名声だとか財宝なんて、僕にとってあまり重要ではない。それだけの話だ。
「じゃあ、アンタの大切なものって?」
「家族とか友達とか、かな」
母さんが死んだ今、アップルガースのみんなが家族のようなものだし、スノウはかけがえのない親友だ。
「それじゃあさ」
ブレンダが身を固くする気配がした。緊張しているようだ。どうしたのかな?
「アタシは……」
「にゃあ」
不意にスノウが飛び上がった。手すりに飛び乗ると首を目一杯伸ばし、訴えるような鳴き声を上げる。
僕はそちらを向くと、水平線の間をさえぎるように緑の島が見えた。島のあちこちに黒い船影が離れたり近付いたりしている。
「もしかして」
「間違いないわ」
ブレンダが見張り台から身を乗り出すと、たまりかねたように言った。
「ポルスウェイド島よ!」
目をこらせば、確かに周りにはたくさんの船が泊まっている。島の周りが全て船が止まれるように作ってあるのか。海岸線に沿うようにして大きな船に負けないくらいの建物がぐるりと並んでいる。あれは倉庫かな。あの中には貿易で外国から輸入された荷物や、外国へ運ばれていく荷物がたくさん詰まっているのだろう。
島全体が港、というのもウソではないようだ。あれだけ作るのに一体どれだけの人と時間とお金がかかったんだろう。
「やっとここまで来られた」
ブレンダは島を見つめながら感慨深げにもらす。
「よかったね」
気が強そうに見えてもたった十三歳の女の子だ。父親である親分さんたち『鋼のフクロウ』が無くなってから仲間とはぐれたり、衛兵に追われたり、とても苦労してきた。
「アンタのおかげよ」
ブレンダは手の甲で目の端を拭うと、照れ臭そうに言った。
「本当にありがとう」
「いや、そんな」
こうも素直に言われると、僕の方が照れてしまう。
「これ」
ブレンダはポケットから折りたたんだ羊皮紙を取り出すと、僕に差し出した。
「今のうちに渡しておくわ。報酬よ。ケムリ玉と光玉の作り方」
「いいの?」
まだポルスウェィド島には到着していない。
「島に着いたらまた衛兵やらなんやらに追いかけられるかも知れないでしょ。そしたら渡すヒマないかもしれないじゃない。だから先に渡しておく。前払いと思ってくれていいわ」
「わかったよ」
僕としては島に到着する前に『瞬間移動』でシムドーラ王国行きの船まで連れて行くつもりだったけれど、何が起こるかわからないのも世の中だ。ブレンダの気遣いがうれしかったので素直に受け取っておく。
「へえ、こんなのでいいんだ」
紙にはケムリ玉と光玉に必要な材料とその量、手順が書いてあった。どれも簡単に手に入りそうな材料ばかりだ。
手順も材料の配合が重要らしく、思っていたより簡単そうだ。
でも詳しくは言わないよ。もし悪い奴らに知られたら大変だからね。
この紙も中身を頭に入れたら火にくべてしまおうと決めた。
船は着実にポルスウェイド島に近付いている。海賊旗は外してあるから、一見して海賊船だとはわからないだろう。僕とブレンダとスノウは、予定どおり到着する前に一足先に『瞬間移動』で島まで移動する。その後はハワード様たちにお願いして海賊たちもろとも衛兵さんたちに引き渡してもらえばいい。
「シムドーラ王国に行ったらどうするの?」
「向こうには母さんの親戚がいるの。そこを頼ることになるわ」
「それなら安心だね」
見知らぬ異国に女の子一人だけでは心細い。
「多分、もう戻って来ることもないわ」
「そっか」
それでも、生きていればまた会えるかも知れない。無事なのが一番だ。
「アンタには本当に世話になったわね。ありがと」
「いいよ別に」
ほめられたくてやったわけじゃない。
「あのさ」
ブレンダが不意に顔を伏せた。
「その、もしかしたら、最後になるかもしれないわけじゃない?」
「いつか、また会えるよ」
「そうじゃなくって!」
だだっこのように腕を振る。何をむきになっているんだろう。
「だから、その……アタシと」
ブレンダの声がだんだんとか細くなっていく。
なんだろう、とうつむいた顔をのぞきこもうとしたその時、僕の目にチカチカとまばゆい光が当たった。
目を細めながら光の来た方向を向く。『サイドワインダー号』からジルさんが鏡を持って何事か叫んでいた。
「ゴメン、ちょっと待ってて」
「あ、ちょっと」
ブレンダが引き留めるけれど、ジルさんの様子を見る限りどうも急用みたいだ。
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次回は12/24(月)午前0時頃に更新の予定です。




