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【完結済み】王子様は見つからない  作者: 戸部家 尊


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誰がための…… その14

 とりあえず事情を尋ねようと思い、一旦物陰に隠れると、手招きでジルさんを呼んだ。船室への出入り口のせいでブレンダからは死角になっているので気づかれる心配はない。


 ジルさんは僕の姿を認めると、ほっとした様子で顔をブレンダの方に向けたまま近付いてきた。

「一体何があったんですか?」

 物陰に隠れながら僕はきいた。


「あの御家来のせいだよ」

 と、キツネさんを腹立たしそうににらみつける。


「アンタが海賊退治に飛び出した後、あの子の『出自・・』を蒸し返したのさ」


 こんなに立て続けに海賊におそわれるのはおかしい。もしかして、誰かが裏でつながっているからではいか。そういえばこの船にはお尋ね者が乗っていたなあ。あのこぞうもどうして貴様のような小娘をかばい立てするのか。さっさとしばり首になって仲間のところに行けばいい。


 そんな当てこすりを言ったからブレンダが怒ったらしい。ナイフを持ちだしてキツネさんを追いかけ回した挙げ句、目に留まったハワード様を人質にしたのだという。何とかなだめようとジルさんたちが説得を続けていたところに僕が戻ってきた、という流れのようだ。


「のんきだなあ」


 僕が必死で海賊やスキュラと戦っていたというのに、ブレンダは刃物を振り回して追いかけっこか。キツネさんもキツネさんだ。口げんかするヒマがあるならほかにやることもあるだろうに。


「のんきなのはアンタだよ」

 ジルさんがブレンダの方を見ながら小声でぼやいた。


「なんとかしておくれよ。このままじゃ舵も握れやしない」

「わかりました」

 放っておいてケガ人が出たら大変だからね。


「よっと」

 僕は『瞬間移動テレポート』でブレンダの背後に回り込む。


 気配を察したのだろう。ブレンダは振り返るなり、うれしそうな顔をした。向かいのキツネさんは反対にぎょっとなっている。


「お待たせ」

 僕はブレンダからナイフを奪い取ると、手首を極める。同時に脚を払う。前のめりに倒れ込むブレンダの背中につぶれない程度にのしかかる。


「やあ、どうも。遅くなりまして申し訳ありません。『海犬』のヒューゴは捕まえました。スキュラも全部倒しましたのでご安心下さい」


 キツネさんたちはなりゆきに付いていけないのか、目をぱちくりさせている。


「何するのよ!」ブレンダが僕の下から抗議の声を上げる。

「アンタどっちの味方よ!」


 あんまり動かないで欲しいなあ。くすぐったくなっちゃう。

「もちろん君の味方だよ」

 僕はきっぱりと言った。


「だからあばれんぼうの君自身・・・からも守っている」


 キツネさんの悪口に怒る気持ちはわかる。だからといってナイフを振り回したり、ハワード様を人質に取るのはやり過ぎだ。


 いくら荷物を『人質』に取っているといっても限度というものがある。あんまり怒らせると、外国に逃げても追っ手を差し向けられる。


 貴族というのはプライドが高いからね。

 僕はキツネさんやハワード様たちに向かってにっこりほほえみかける。


「どうでしょう。ここは一つ、仲直りといきませんか? 同じ船に乗ったのも何かの縁だと思うんですよ。色々すれちがいがあったかもしれませんが、お互いすっきりした気持ちで航海を終えようじゃありませんか」


「ならん」

 そう言ったのは案の定、キツネさんだ。


「そこな娘はあろうことか、ハワード様に刃を向けたのだぞ。最早見過ごすことはまかりならん! 港に到着次第、しばり首にしてくれる」


 大変怒り心頭のご様子だ。この分では荷物をタテにしても通用しないかも知れない。

 僕はブレンダの上から離れると、手を引いて起こしてあげる。


「仕方ありませんね」

 横目で見ると、ブレンダはまだ勝ち気な目を怒りに燃やしていた。その中には不安やおびえの影もゆらゆらと瞬いている。でもあやまる気配はなさそうだ。


「煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」

「ちょっと!?」

 つかみかかろうとしたブレンダの手をひょいとかわす。


「ところで話は変わりますが、僕の手柄を買ってくれませんか?」

 と言いながら主を失った海賊船を指さす。


「『海犬』ヒューゴというのは、この辺りをさわがす海賊なんですよね。そいつを捕まえたとなれば、ハワード様の大手柄だと思いますが、いかがでしょうか? 僕は手柄だの名誉だのに興味はありませんから、喜んでおゆずりしますよ」


 キツネさんが値踏みするように僕と海賊船を交互に見やる。

「あの海賊やスキュラをハワード様が討ち果たしたことにするというのか?」

「指揮を執ったことにすればいいんですよ」


 僕は歴史には詳しくないけれど、戦いなんかだとナントカ将軍が勝った、とかドコドコの王様が勝利したなんて書いてある。実際に剣を取って戦ったのは、兵士や騎士様だとしてもだ。家来の手柄は主君の手柄、ということのようだ。


 実際、ハワード様が自分で戦ったなんて言っても誰も信じやしないだろう。剣を振り回しただけで息が上がってしまいそうだ。


 ポルスウェイド島に行く途中で海賊がおそってきた。そこでハワード様の指揮の下、たまたま乗り合わせていた冒険者とともに捕まえた。筋書きとしてはそんなところか。


「それに海賊というからにはお宝も貯め込んでいるでしょう。そちらもお任せしますよ」

 トルネードなら貧しい人たちに分け与えているけれど、ウワサによるとストームのようなごうつくばりらしい。きっとアジトには、金銀財宝を隠しているに違いない。


 宝探しには興味はあるけれど、ここはガマンしておく。財宝が狙いだと勘違いされても大変だ。僕がやりたいのは宝探しであって財宝そのものにはあまり興味がない。


 キツネさんたちの目の色が変わった。さっきまで半信半疑って感じだった。それが今では、そっけない顔で考えるフリをしながらも僕の提案に耳をひくつかせている。財宝、という言葉に心動かされたのだろう。


「何が欲しい?」

「安くしておきますよ」

 僕は商売人のように精一杯こびを作りながら言った。


「この子の首で充分です」

 ブレンダの手をつかみ、一緒に手を上げる。ブレンダはさっきよりも目を見開いてびっくりしている。


「それは」


 キツネさんが腕組みしながら首をひねる。でもその仕草はどこか芝居がかって見える。ブレンダが憎い、というより体面の問題だろう。


 さっきまでしばり首だなんだと騒いでいたのに、宝物を目の前にした途端、手のひらを返すような奴だと思われるのがイヤなのだ。だから迷ったフリをしているのだろう。

 僕は後押ししてあげることにした。


「この子の首をしめたって何も出て来やしませんよ。せいぜい、よだれくらいです。海賊退治の名誉に財宝、それと女の子の命。どちらが大切かなんて聞くまでもありませんよね」

 もちろんブレンダの命だ。


 キツネさんは完全に心動かされたらしく、物欲しそうな目を向けている。

 ハワード様は目を細めたままじっと何かを考え込んでいる。

 まだ足りないのかな。駆け引き上手だなあ。なら、奥の手だ。


「それとニューステッドの海で、おばけナマズ(・・・・・・)が出たのはご存じでしょう。あれ倒したのも実は僕なんです。そっちの手柄もおゆずりしますよ」

「何をバカな……」

「これが証拠です」


 カバンから黒いロープのようなものを取り出し、放り投げる。足下に落ちたそれを見て、キツネさんがおかしな悲鳴を上げて飛び退いた。大蛇のように見えたのかも知れない。失礼、とあやまってから僕はそれを指さした。


「カリュブディスのひげ(・・)です」

 切り落とした一部が、小舟に引っかかっていたのだ。持って来て良かった。


「あとで切り口を比べていただければわかると思います。あ、そのひげも差し上げますので、どうぞご自由に」

 僕の付けひげには、ちょっと大きすぎるからね。


「いかがいたしましょうか」


 キツネさんがハワード様にお伺いを立てる。さすがに勝手に決めるわけにもいかないのだろう。

 これなら二つ返事で許してくれると思ったのに、ハワード様はもっと険しい目付きで、恐ろしげな視線を僕にぶつけて来た。半端なウソやごまかしは通用しないぞ、と言われているような気がした。


「聞きたいことがある」

「なんでしょう」

「その娘は貴様の思い者なのか」

 僕は顔が赤くなるのを感じた。恋人なのか? と聞いているのだ。


「違います」

「ならば任務故か」

 今度は冒険者ギルドの組合証に視線が注がれる。


「まあ、そのようなものですけど」

「正直に答えろ」

 あいまいな言い方が悪かったのか、言下に否定されてしまう。


 さて、どうしたものか。親分さんとの関係は言えない。そもそも親分さんと何か約束をしたわけでもない。「足りない」と言ったのだって、ちょっとした皮肉のつもりだったのかもしれない。もしかしたら全く別の話だった、という線だって考えられる。


 全部僕が考え、僕が勝手にやっていることだ。


「あえていうなら……僕自身のため、ですね」

「どういうことだ?」


「ご存じの通り、この子はちょっと訳ありの身の上です。この国に居所を失って、逃げている途中です。頼るべき相手もいない。そんな子が困っているのを見過ごすのは、明日のパンがおいしくなくなりそうじゃないですか」


「つまり、あわれみか?」

「とんでもない」

 ブレンダは誇り高い子だ。同情なんかしたらバカにするな、と怒り出すだろう。


「僕が守りたいと思ったら守っている。それだけですよ。理屈なんてありません」

 言葉にしたとたん、すとんと腑に落ちるの感じた。そうだ。僕はいつだって自分のやりたいことをやってきた。


 ポルスウェイド島に連れて行くと約束したのもブレンダを守ると僕自身が決めていたからだ。

 僕がそうしたいと思ったから約束したのだ。誰のためでもない。僕自身のためだ。


「そうか」

 何が気に入ったのか、ハワード様は感じ入ったように深々とうなずいた。キツネさんから杖を受け取ると、部屋に戻る、と言って背を向ける。


「よろしいのですか?」

「何の話だ?」

 キツネさんのおうかがいにもけろりとした顔だ。


「長年、この海域を荒らしていた海賊は捕まえたのだ。これでニューステッドのロース伯爵にも貸しができた。父上も誰が跡継ぎに相応しいか、これでわかっただろう」


「し、しかし」

「後は任せる」

 その命令には、反論を許さない響きがあった。


「あとはそこな冒険者と相談して決めるがいい」


 それだけ言ってハワード様は部屋へ戻っていった。お付きの騎士様や侍女さんも付いていった。

 あとにはぽかんとした顔のキツネさんと、ほっとした様子のジルさんたちが残された。


「いつまで握っているのよ」

 ブレンダが僕の手を振りほどく。


 僕はため息をついた

「寿命が縮まるかと思ったよ。もう無茶はしないでよ」

「ウソつき」

 ブレンダはじろりときつい視線を向けてきた。


「平気な顔でアタシのこと取引に使っていたじゃない」

「こういう時は感情を表に出さないものだからね」

 さもないと賭け事に大負けする羽目になる、と母さんはいつになく真剣な面持ちで言っていたものだ。


「それより後でちゃんとジルさんたちにあやまるんだよ。迷惑を掛けてごめんなさいって」

 刃物を振り回すだなんて、本当なら海に突き落とされてもおかしくない。

 船長であるジルさんにはきちんと謝罪すべきだ。


「もういいわ」

 ブレンダはなぜかふてくされた様子で船首の方に向かっていった。


お読みいただき有り難うございました。


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次回は12/21(金)午前0時頃に更新の予定です。

※「小説家になろう」サイトのメンテナンスのため更新日を変更致します。

 ご了承をお願い致します。




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