誰がための…… その13
どうやらスキュラは全部倒したらしい。ほっとしたところで鋭く風を切る音がした。反射的に剣を振るうと、真っ二つになった矢がぽとりと海の上に落ちて波間に飲まれていく。
見上げると、さっきまで小舟のようだった海賊船が、もう矢の届くところまで迫ってきている。
スキュラを倒されたというのに、引くどころか、僕を仕留めようと迫ってきている。余裕がないのか、海賊の意地なのか。続けて第二、第三の矢が飛んできた。僕は『大盾』を壁のように立てて矢を防ぐ。弾かれた矢が、二つに折れて海に落ちていく。もったいない。
さて、どうしようか。このままやってくるのを待つのも芸がない。それに『サイドワインダー号』は僕の帰りを待ってくれているらしく、先程から同じ位置にいる。海賊船を近づけたくはない。
僕は隙を見計らって飛び上がると『大盾』を解除する。続けて『瞬間移動』で一気に海賊船に飛び移る。
僕がいるのは、海賊船のマストの上だ。涼しい風が僕の横を駆け抜けていく。気持ちいいね。
「こっちだ、悪党ども!」
僕が呼びかけると、海賊たちが泡を食った様子でマストを見上げる。
「あいつ、いつの間に!」
「打ち落とせ!」
号令とともに海賊たちが矢を射かける。僕はひょいと矢をかわすと、マストの先っぽから一気に飛び降りた。
マントをはためかせながら僕はマストの根元、海賊たちのど真ん中へと落下していく。それとみた海賊たちは素早く矢をシミターに持ち替え、僕を切り刻む準備を始めた。対応が早い。
いいよ、そいつがありがたい。
着地する寸前、僕はもう一度虹の杖にお願いをする。
「『瞬間移動』」
僕は海賊たちから少し離れた、船の手すりの上に着地した。同時に虹の杖を海賊たちに向ける。
「『麻痺』」
派手な音とともに雷光が放たれる。黄色い電撃が海賊たちの間を駆け抜け、甲板の上を猛犬のように走り回っていった。
きな臭い臭いが海風にかき消されると、海賊たちはばたばたと白目をむいて倒れていった。
念のために船の中を『失せ物探し』で調べてみたけれど、これで全員のようだ。
「さて、『海犬』のヒューゴはどいつかな」
見たところ、眼帯の人はいたけれど、サメの骨を被ってもいないし、左手がかぎ爪になっている人もいない。オウムも飼っていないようだ。ならば、と一縷の望みをかけて探してみたけれどトルネードのようなりりしい少年もいない。
「勉強が足りないな」
きっと『海賊トルネード』も読んでいないのだろう。だから僕なんかにやられるんだ。
気を取り直して僕は本題に入る。折り重なって気絶している海賊たちをかき分け、その中から一人の海賊を引っ張り出す。色の落ちたような茶髪に、赤ら顔でひげもじゃの男の人だ。
僕が頬を叩いて起こすと、その人はまるでこの世の終わりのような顔をした。
「やあ、またお目にかかりましたね」
僕は言った。
「どうも、あなたが『海犬』のヒューゴですよね」
昨日、僕に「ここにはいない」と言った人は顔を真っ青にしていた。
「な、なんのことだ」
「ああ、とぼけてもムダですよ」
知らん顔されると話が進まないので先手を打っておく。
「スキュラたちの動きはあまりにも統率が取れすぎていました。なんというか、臨機応変に過ぎるんですよ」
いくらかしこい魔物でもあそこまで素早く対応するのは厳しいだろう。スノウなら別だけれど。
「あれは指示する人が現場にいないとできない芸当です。たとえば、海賊船の上、とかね」
「だ、だからって」
「それともう一つ」
言いたい事はわかる。「ほかにも海賊はたくさんいるのに、どうして自分がヒューゴだとわかったのか」だろう。
「僕は記憶力がいいんですよ。村でもえーと……八番目くらい?」
七番目だったかな? まあいいや。
「スキュラは昨日も今日も来ましたけど、二日続けて海賊船に乗っていたのはあなた一人だけです」
昨日の海賊たちはおそらく怖じ気づいたのか、まだ目が覚めないかで来られなかった。だから今日は別の手下を連れておそってきた。そんなところかな。
「あと、さっき『打ち落とせ』と命令していたのもあなたでしたよね」
どのみち、僕に捕まりそうになったからってとっさにウソをついてごまかすようなやつだ。
トルネードどころかストームにもなれやしない。
「観念して下さい。もう頼みの綱のスキュラはいませんよ」
「そうだな。もういやしねえ。全部お前にやられて海のもくずだ」
言葉だけ聞けば落ち込んでいるようだけれど、ヒューゴの口調には得意げなものが含まれている気がした。
僕はイヤな予感がした。
まるで今から大逆転してやるぞ、って宣言に思えたからだ。
「あとはもう、コイツだけだ」
ぐらりと海賊船が揺れた。まるで船底に何かがぶつかったような衝撃に、倒れないようにふんばる。そのすきをかいくぐってヒューゴは這うようにして走り出した。
動けたのか。しぶとい奴だ。
ヒューゴは船の縁に手をかけ、そのまま吸い込まれるように海へと身を投げ出した。
僕があわてて駆け寄ろうとした時、海賊船のすぐ横に水柱が上がった。同時にまたも船が左右に揺さぶられる。
水を被りながらも見上げると小さくなっていく水柱の中からそいつは現れ、船の上に飛び降りた。
軽く五フート(約八メートル)は越えているだろう。一見すると上半身は裸の女の人のようだけれど、僕は全然恥ずかしがったりも目を背けたりもしなかった。
そいつの皮膚は青白く、髪の毛のあるべき場所には、真っ青な巨大ミミズのような触手が何本も生えている。顔は目と口があるだけで鼻や頬のようなでこぼこはなく、仮面でもかぶっているかのようにつるりとしている。何よりその下半身から生えているのは脚でもなければ、人魚のような尾びれでもなく、何匹もの白と黒の犬たちだった。
さっきまで戦っていたスキュラたちだ。しかも胴体から下を謎の魔物と同化させている。一匹ずつ目を光らせ、うなり声を上げて僕をにらんでいる。
何だこの魔物は?
僕が迷っていると、下半身に生えていた白黒二種類のスキュラたちは雄叫びを上げる。犬のような鳴き声が連呼する中、ゆっくりと謎の魔物の下半身から自身の下半身を引っ張り出し、甲板の上に降り立った。
「どうだ、見たか」
謎の魔物の首のところに捕まりながらヒューゴが勝ち誇った声を上げる。
「こいつがホンモノの『スキュラ』だ」
「なるほど、そういうことか」
さっきまで戦っていたのは、ハチでいうところの働きバチか。
そして目の前にいるが女王バチだな。いや、女王スキュラか。
あれだけの数のスキュラをどこから集めてきたのかと思ったけど、これで謎が解けたよ。
「どうだ、こいつが俺の切り札よ。さっきまでのようにはいかねえぞ」
「そうですね」
僕は虹の杖を構える。
「ムダだ!」ヒューゴがせせらわらう。「こいつにイカヅチの魔法は通用しねえ!」
正確には『麻痺』なんだけれど、説明する義理もないか。
「くたばれ」
ご主人様の掛け声に応じて、女王スキュラがにじり寄ってくる。ぬめぬめとしたとした体表では剣も通じにくいだろう。船に手を掛け、上半身を折りたたみながら僕を押しつぶそうと大きな手のひらを振り下ろしてきた。
僕がひょいと、飛び退くと、白と黒の犬スキュラが二匹、僕に牙をむいて飛びかかってくる。
僕は虹の杖に強く願いを込める。
「『大盾』!」
大きく広がった赤い盾を生み出す。半透明な円が僕の真正面で浮いている。直径で言えば三フートくらいだろう。さっきまでと違うのはその厚みだ。さっきは壁か木の板くらいだったけれど、今回のは布地くらいだ。特に縁の辺りは紙のように薄く作ってある。
犬スキュラたちは大盾に構わず突っ込んでくる。いいぞいいぞ。
僕はた『大盾』の角度を変える。甲板と平行にすると、縁の方をスキュラたちに向けたまま、くるくると車輪のように回す。回り始めたた『大盾』は空気を切り裂き、鋭い音を立てる。
「行っけえ!」
僕は回転させた『大盾』を勢いよく放った。赤い円盤のような『大盾』は甲板を掃除するように低く空を滑る。
一瞬で犬のスキュラたちの間を駆け抜けると、ふわりと浮き上がり、再び腕を振り上げていた女王スキュラの胴体を通り抜けていった。大海原に出た後も更に上昇を続け、水滴を撒き散らしながら太陽に吸い込まれるようにして飛んでいく。
僕は『大盾』を解除した。
「な、なんだ。何が起こった?」
ヒューゴが目を白黒させた。その瞬間、犬のスキュラたちは血しぶきを上げて甲板に倒れ、女王スキュラは腰の上と下とがおさらばをした。ヒューゴがしがみついていた上半身の方はぐらりと後ろに倒れ込み、海へと落ちていく。切断面から緑色の血が大量に噴き出していく。
ヒューゴも悲鳴を上げて海へと落ちていく。水柱が上がった。
僕が海の方を覗き込むと、どうにか船の縁に指を引っかけ、落下を免れていた。
僕はつま先で甲板を叩きながら言った。
「足場もしっかりしているし、正面から来てくれるのでさっきよりは楽でしたね」
僕はそれからヒューゴを引っ張り上げるとほかの海賊たちと一緒にぐるぐる巻きに縛り上げた。念のため『贈り物』で動けなくしておいた。もう一度、船内を一通り見て回り、全員捕まえたのを確認して甲板に戻る。
さて、これからどうしようか。放っておいたらまた悪さをするだろう。さっきの要領で海賊船ごと『瞬間移動』でニューステッドに戻って、衛兵さんたちに突き出そうか。けれど、一度戻ったらまたこの海域まで戻れる自信がない。見渡す限り、海ばかりだ。今どこにいるのかもよくわからない。
一度ジルさんに相談してみようと、とりあえず『サイドワインダー号』に戻ることにした。
「やあ、お待たせしまし、た?」
『瞬間移動』で戻って来たのは、船首のあたりだ。心配をかけただろうからと、なるべく元気に声をかけようとして、顔が強ばるのを感じた。
「動かないで」
ふと見れば、舵のあたりでブレンダがハワード様の首筋にナイフを突きつけていた。ハワード様は両腕を上げて膝立ちに座らされている。顔も真っ青だ。
キツネさんたちご家来衆だけでなく、ジルさんたちコードニー商会の面々も二人を遠巻きにしながら様子をうかがっている。キツネさんは額からたくさんの汗をかきながら目を泳がせているし、ジルさんはどうにかなだめようと両手を広げて敵意のないことをアピールしている。家来の騎士様は獣のように目を光らせながら飛びかかろうと身を低くして身構えている。
「アタシは本気よ」
すごんだ声を聞きながら僕はため息をついた。
勘弁してよ。
どうしてこう次から次へともめ事が起こるんだろうか。
お読みいただき有り難うございました。
『面白かった!』『続きが気になる!』と思ったら下の評価ボタンをクリックして応援していただけると励みになります!
次回は12/17(月)午前0時頃に更新の予定です。




